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法解釈は文学と何が違うのか @ [法学板]


法解釈は文学と何が違うのか @ [法学板]
1: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/21(金) 05:41:48 ID:+0y76In/
文学部の者だけど、お前らがやってる法解釈って条文の言語的解釈だろ?文学と何が違うの?
2: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/21(金) 09:54:49 ID:GfekCoeY
素材と解釈ルールが違うだろ。
ボールを使ってるアメフトとサッカーはどう違うのか?」と聞いてるのと一緒だな。
3: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/21(金) 10:11:58 ID:04l5q4PG
文学が解釈素材に条文を選択したら、法解釈は文学に取り込まれてしまうんじゃないのか?
解釈ルールというが、条文という文献素材を解釈する以上、法解釈のルールは文学の解釈のルールともいえるだろ。
6: かなや 投稿日:2006/07/22(土) 03:46:23 ID:3LwCIZxT
法解釈は現代社会とそのルールに関係して場合によって、真実の追求に関係するけど、文学は作者の歴史と自分の価値観に関係して場合によって真理に関係するんじゃないか?

文字だけ追ってれば良いわけじゃないよね
7: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/22(土) 04:20:09 ID:y2rm7Vav
意味がわかりません。

だから、簡単な話、文学の解釈も法の解釈も、テクストや条文のことばの解釈でしょ?
だったら法学は文学に取り込まれてしまうのではないか

条文だって趣旨や目的や語義や立法者意思で解釈するとなると、それはまさに作者の価値観にかかわっているではないか
8: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/22(土) 09:15:02 ID:Tf388+lQ
文学研究?なんて妄想オ○ニー相互鑑賞会だろ。だから、社会とは関係ないだろ。
法解釈は第三者に影響がある。
だから、単なるオ○ニーでは済まされない。
15: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/23(日) 11:47:51 ID:+rtX6lXC
>>8みたいな程度の認識しかない法律知識バカが社会にうじゃうじゃしていると思うと
9: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/22(土) 14:33:42 ID:7Uxeh7qS
法解釈なんぞ、出来損ないの文学批評にも満たない。
そこらのおっさんでも考えそうな単純なことばかり。
ややこしいとすれば、いかに曲解してみせるかという要素がある点かな。
法解釈には発展らしい発展もない。現代の批評理論は法解釈に比べて相当高度。


第三者への影響だって?論点ずれているよ。て、いう感じで問題の核心を意識的か無意識的かはともかく、さりげなくずらすインチキも法解釈ならではってことかな。
13: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/23(日) 11:43:51 ID:+rtX6lXC
>>9が核心。
法律バカはこれにきちんと反論してみろ。ごまかしは許されない
10: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/22(土) 15:09:48 ID:2x/qSXMz
やたら難しい解釈にしたら、法規範として使えないだろ…。
12: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/23(日) 11:42:37 ID:+rtX6lXC
文学の中でも解釈ルールが違うものが存在する
解釈ルールは法学と文学を分けるものにはならない
17: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/24(月) 13:42:30 ID:GITYXLZX
>>12
麻雀の中でも地域によってルールが異なる。
それゆえに、ルールの違いは麻雀とポーカーを区別する基準にならない。


( ゚д゚)ハァ?
18: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/24(月) 14:51:52 ID:uS7JVFEp
1、解釈にはある程度の共通の納得がえられねばならない。
2、条文のから直接出てこない要素(たとえそれが立法者の意思、であっても条文の制定過程)はできるだけ捨象する。
3、事実への適用が簡単でなければならない。
4、一般人が聞いて分からないような難解な解釈原理は不必要である。
20: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/24(月) 21:32:22 ID:5I/Rbvyt
文学っていうのは、人間の精神に深く関わるものじゃないの?
21: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/24(月) 23:13:52 ID:n9h4FX0L
そして法という規範も人間の精神に深く関わる
22: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/25(火) 00:43:21 ID:WUik703x
とりあえず藻前らはRonald DworkinのLaw's Empireの第1章を百回くらい読み直してからこの問題を論じなさい。
23: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/25(火) 00:59:05 ID:QVxfVkjf
文献指定して逃げるのが法学バカの常套手段。
てめえのクチで説明しろや
24: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/25(火) 01:23:10 ID:zAj7hbKP
その論理なら文学が法学にとりこまれる可能性もあるのになんで一方しか主張しないの?
文学屋さん教えて
25: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/25(火) 01:31:33 ID:QVxfVkjf
池沼発言きたな
たとえばヴォードレールのどこが法学だ

法学が文学にとりこまれることはあっても逆はない
28: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/25(火) 15:00:35 ID:zAj7hbKP
>>25
その理屈なら、たとえば誤想過剰防衛の解釈論のどこが文学だ、って言われたらどう答えるの?

君の論法は、文学から解釈学的要素のみをとりだして、同様に法学からも解釈学的要素のみをとりだして比較して、ほら同じだろって言ってるだけだもん
それなら両者に優劣はないよ 論点先取りだね


もっと議論の仕方を勉強したら?
29: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/25(火) 15:32:45 ID:YUKA96Ra
護送過剰防衛もまた条文というテクストの範囲内で、テクストから帰納された法理念に照らして解釈するんだろ
やっぱり文学と変わらない


文学テクストが作者の意図に照らして解釈するように、法学は条文というテクストを立法者意思に照らして解釈する
やっぱり文学だ
30: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/25(火) 16:12:45 ID:V898N9B7
>>29
テキスト解釈はすべからく文学である」と定義して、
法学はテキスト解釈である
法学は文学である

三段論法で演繹するなら、それには反論のしようがない。
が、それは定義から演繹してるだけなので、法学の発展にも、文学の発展にも資さないただの言葉遊びだな。

ところで、法学が文学だといったい何がどうなるのか?
31: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/25(火) 16:18:16 ID:jDk02smw
法学部でやっていることは文学部でもできることとなり、法学部のアイデンティティは実質的にないも同然
管理人より:「誤想過剰防衛」というのは、
刑法36条
1. 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2. 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
↑この第2項に規定された違法性阻却事由。要するに誤解に基づく過剰な防衛行動についての規定であって、具体的な判例としては「勘違い騎士道事件」というのがあります。
あんまり関係ないけど、「須く(すべからく)」というのは本来「すべからく~すべし」のように使われることばで、「当然~するべきである」という意味。
»30さんほか、多くのひとが勘違いしている「すべて~である」という意味ではないそうです。豆知識。
39: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/25(火) 16:46:42 ID:jDk02smw
司法試験なんて、条文っていうテクストを解釈してアウトプットするだけだろ?

ソレナンティブンケンカイシャクガク?

文献解釈ごときが達者なだけで弁護士が頭いいなんて、理系が聞いたら怒る
40: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/25(火) 19:34:42 ID:V898N9B7
文学の次は理系か。ごくろうなこって。
46: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/26(水) 12:32:29 ID:fwMV4lWv
文学の「文」意味として文芸という意味文献という意味があります。
だから史学・文(芸)学・哲学・古典(漢文・古文)は文学部にある訳です。
文献学という文学の古典的な意味において法学部は明らかに文学から派生しています。
日本の法律のもとになる大陸法はローマの法律に関する古典文献を元にしてるんですから。
48: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/27(木) 09:41:02 ID:o7tdEP32
まあ、文学厨にこんなことを言われる法学の惨状も反省されねばならんのだろうな。
50: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/27(木) 15:35:16 ID:JPywprSC
法学は実務(最高裁判例)を常に意識しないといけないが文学に実務?があるのだろうか。

法学は「枠」を創造するのが役割であって、文学は「枠」の中、あるいは外を創造するものだろう。具体的には、表現の自由。

法学は表現の自由の範囲を扱うが、文学は表現の自由の内実に努める。時にはその範囲外にも及ぶ。
内心にある分には問題ないが、外部に表現することは「枠」に縛られる。

ということで如何?
51: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/27(木) 15:58:07 ID:JPywprSC
>>50
スレタイに対する見解としてね。
「解釈」の対象と範囲が違うということは、同じ「解釈」という表現であっても別物と扱われるだろう。

人間の精神的営みとしては、法学解釈も文学解釈も同じといえるが、メルクマールが既に別のものになっている。
精神活動にとどまらず外部的活動まで縛ってしまうという実証的な意味でも両者は異なるであろう。

なお、文学解釈が法学解釈を取り込んだと言えるのは(かつての)神学であろう。
聖書による裁判などはその典型例。
当然のことながら、現在の(少なくとも近代的な)法解釈は文学解釈から派生したのではなく、独自の世界観を持って構築された解釈学として現在まで発展してきた。


こんな感じ?添削してみてください。
53: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/27(木) 23:28:02 ID:xmRW94IN
法解釈の背後には実力行使というものがあります。
裁判所が解釈したことにそって有無を言わさずに実行されます
(まあ、学説には実力行使はないでしょうけど)


文学解釈には実力行使は無いです。
どう解釈しようがその人個人の自由です。
54: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/28(金) 00:25:52 ID:Q/wEG9l9
それはそういうしくみなだけの話だろ
法解釈が文献学で、文学部の範疇になりうることの否定にはならない
55: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/28(金) 00:49:34 ID:y5dcD0eB
文学部の文献学って反対解釈とかするのかな。
何か具体例挙げてみて。
56: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/28(金) 01:01:49 ID:X+I2mwsI
反対解釈だって?
そんな幼稚な解釈など「解釈」の名に値しないぞw

テキストからどのようなレクチュールが可能かを様々な文学理論に基づいて解きほぐしていくことこそ解釈なのに、ただ字面追ってるだけの解釈とは訳が違うんだよ!


刑事訴訟法198条の文言を反対解釈して、身柄拘束を受ける被疑者の取り調べ受忍義務が認められるだの、相殺についての民法511条の反対解釈で、差押前に自働債権が存在しているならなんちゃらとかいう、馬鹿げたやり取りなんて恥ずかしくで見てらんないよw
58: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/28(金) 01:12:01 ID:y5dcD0eB
>>56
それはそうと前半と後半が矛盾しているのは何か理由があるの?
管理人より:条文だけ挙げておきます。
刑事訴訟法198条(被疑者の出頭要求・取調べ)
1. 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。
2. 前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。
3. 被疑者の供述は、これを調書に録取することができる。
4. 前項の調書は、これを被疑者に閲覧させ、又は読み聞かせて、誤がないかどうかを問い、被疑者が増減変更の申立をしたときは、その供述を調書に記載しなければならない。
5. 被疑者が、調書に誤のないことを申し立てたときは、これに署名押印することを求めることができる。但し、これを拒絶した場合は、この限りでない。
民法511条(支払の差止めを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止)
支払の差止めを受けた第三債務者は、その後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができない。
57: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/28(金) 01:05:02 ID:y5dcD0eB
>様々な文学理論
の具体例を挙げて。
59: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/28(金) 01:25:51 ID:y5dcD0eB
三連投ついでに
文献学に詳しいみたいだから聞くけど、どのテキストに書かれていないことであっても、ある種の解釈を導き出しても良いの?
仮に良いとしてそれに何ほどかの意味があるの?
61: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/28(金) 01:29:06 ID:X+I2mwsI
>>59
あのな、テキストの意味が一義的に決定できりゃ誰も苦労しねえっていうのw
テキストの意味なるものが一義的に決定できない、というのは今じゃ常識中の常識なんだけど。

まずはポール・ド・マンでも読め!イェール大学の教授の本だよ。
60: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/28(金) 01:26:11 ID:X+I2mwsI
文学批評理論の要諦を知りたけりゃイーグルトンの「文学とは何か」でも読めよw
解釈学から構造主義・ポスト構造主義的批評理論が一応概説されているから。

反対解釈とか言ってるレベルじゃないんだよ。
62: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/28(金) 01:33:11 ID:y5dcD0eB
60-61
>解釈学から構造主義・ポスト構造主義的批評理論
何でもありってことですね。すなわち、何も言っていないのと同じ。

>テキストの意味なるものが一義的に決定できない、というのは今じゃ常識中の常識
解釈したけど分からないって結論はどうなの?何もしていないのと同じ。
64: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/28(金) 01:35:49 ID:X+I2mwsI
>>62
法解釈学みたいに単細胞じゃねえってことだよ。
意味が一義的に決定できるなんて言語についての省察を欠いた斉藤野人の妄言甚だしいことw
おめでたいというかなんというかw
65: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/28(金) 01:39:58 ID:y5dcD0eB
>>64
わからないという結論もまた人間として正しいですが、結論を出せないという限界もまた単細胞であります。
70: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/28(金) 01:53:31 ID:y5dcD0eB
1つだけ確認させて

>>1と同一人物?それとも今日だけの一見さん?
71: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/28(金) 02:05:55 ID:X+I2mwsI
俺?
俺は>>1じゃないよ。俺は残念ながら法学部。
それに法解釈学は文学の一部であるとは思っていないw
文学ってのはもっと凄い学問だっていう敬意があるということと、法解釈学に対する失望があるってこと。
俺の友人でフランス文学専攻しているのはやっぱ凄い。
72: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/28(金) 02:38:07 ID:cuQniXdv
法学部生は既存のルールを何も考えず頭に詰め込んでその通りに国を動かしていくための道具だろ

法学は学問じゃねぇ
76: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/28(金) 14:05:18 ID:yymZedM5
文学の解釈は作者の意図を理解するために、条文の解釈は条文を現実の事象に適用するためにする。
目的が違うね目的が。
77: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/28(金) 17:06:29 ID:Lxapj5FN
あのね、君らはまず学問ってのが何か分かってないね。
世の中には様々な事象があって、それらの意味を考える(=解釈する)ことを学問っていうんだよ。

理系と文系を分けて考えてた馬鹿がいたけど、論外。
解釈をするっていう意味ではどの学問も理系だろうと文系だろうと全く差は無いわけ。
ただ、解釈する対象が違うから、違う学問として便宜的に分かれているんだよ。
だから、文学にも法学にも当然、解釈するという要素はあるんだよ。
そんな当たり前のことも見えないヤツがしょうもない論理で勝った気になって、文学及び法学を語るなんて笑わせるなよ。


なんか、このスレを立てたヤツの思考パターンが、日本の文化は南朝鮮が起源ニダーとか言って優越感に浸るチョンのそれと似ていると思うのは俺だけか?

法学部のヤツら、この程度の論理にもならない論理にうまいことやられてんじゃねーよ。
同じ法学部生として情けない。

文学部およびこのスレを立てたDQNさん、まず学問とは何かということからしっかり考えようね。
法学部に対して何かコンプレックスがあるんだろうけど、それは自分の才能で晴らそうね。
法学部の人が自分の分野だけに閉じこもるというなら、自分にも同じことを言ってみようね。
78: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/28(金) 17:24:01 ID:X+I2mwsI
>>76
違うぞ!「作者の意図」がどうたらこうたら言ってるのは、単なる読書感想文の域を出ない代物。
いまどきそんな解釈方法なんて誰もとらんぞ。
「作者の意図」なんちゅうもんが同一性として措定できないという、つまり作者とテクストは独立していることが言われているわけでさ。
意味の同一性を素朴に信じちゃってたらまともな批評なんか成立せんよ。


>>77
解釈という意味では同じでその対象が違うだけだって?
冗談はやめてくれよ!
解釈という語義で指示されようと、全く異なる方法に基づいて学問的営為はなされているもんだよ。

意味を考える=解釈するじゃないんだよ。
解釈とは何かについて示唆に富むスーザン・ソンタグの「反解釈」でも読め!フレドリック・ジェームソンでもいいぞ。
邦訳されていないかもしんないけど。
81: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/28(金) 17:40:07 ID:yymZedM5
>>77
>世の中には様々な事象があって、それらの意味を考える(=解釈する)ことを学問っていうんだよ。
ウソだろ。学問とはモデル形成ね。つまり概念による模型作り。
例えば、物理学なら自然現象から速度や加速度、質量、力といった概念を抽出してきて、これらの諸概念を合理的に一定のモデルに構成する。こうしてできた模型が仮説ね。
あとは実験や自然観察でその仮説を証明してゆく。証明できれば一応その仮説は正しいとされる。


もっと厳密にいえばその仮説と矛盾する実験データや自然現象はまだ見つかっていないというべき

自然科学はすべて、概念の抽出、仮説モデルの形成、実証という手続きの繰り返しで発展してきたんだ。
学問を世の中の事象の解釈だなんて言ってる君にはわかるかな?
わかんねだろうな。
90: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/29(土) 10:25:20 ID:Ut/waMus
例えば「財物を窃取したる者は・・・」という条文があったとき、この財物とは、どの範囲までをさすのかを画定するのが法解釈ね。
有体物だけなのか、無体物も含めるのかといった具合に。
有体物オンリーだとすると電気などの無体物を盗んでも罪にはならないことになるね。
91: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/29(土) 14:49:38 ID:fupGwAmw
>>90
あなたをけなす訳じゃないけど、法解釈って低レベルな議論をするんですね。
学問の名に値しないと思います。
92: 導来軒の店員 投稿日:2006/07/29(土) 15:25:35 ID:HS5tl3mN
>>91
法解釈なんて別に高級なものでもなんでもないよ。
そのことについては、法解釈学をある程度勉強した者で。法解釈とは何かを多少真面目に反省したことのある者は皆承知しているんじゃないかなあ。


逆に法律をあまりに知らない人が、法律と聞くだけでさもご大層な学問をやっているかのような思いを抱く傾向にあるんじゃないかと思う。
それもあって、やたら法律家に対して自らへりくだる人が多いのだろう。

でも実際はへりくだる必要なんか全くないわけであって、単に法解釈のテクニカルな部分に秀でているに過ぎないのだから、価値判断の部分では何ら法律家に劣るわけでもなんでもないんだよ。

時々法律家とか法解釈学に対して過剰な妄想を抱いて、俺らは凄いといきまいているバカがいるけど、それは法解釈学をあまり勉強したことがなくて、しかも自らを反省したことすらない単純な人間だからね。
法学部といってもそんな単純なバカばかりではなくて、法解釈学の学としての条件とは何か、何を以って自らの解釈の正当化根拠を見出せばいいのか、など思案している者やら、とまどっている者やらも存在するというわけですよ。
93: 法の下の名無し 投稿日:2006/07/29(土) 15:30:50 ID:Ut/waMus
>>91
低レベルっていうけど、電気窃盗をした人にとってはこの条文の解釈しだいで犯罪者になるかどうか決まるわけだから大問題だよ。

こんな記事いったい誰が読むのカナー、(ノ∀`)ハハハ…
どれくらいアクセスが来るかすごく気になる。過去最低を記録するかもしれませんから、後日発表します。
いつも夜の9時に公開して、日付が変わるまでの間のアクセス数はなんぼくらいが平均かな。500とかそんなもんでしょうか。人気記事なら1000超えることも。今までの最低は「世界のCM・Part1」の60くらいです。記録更新なるか!?
1.21追記:00:00までの3時間でアクセス179ということで最低記録更新なりませんでした。
ちなみに昨日の回分のやつ…473(やや悪い)
おとついの地上波云々…1502(かなり良い)
て感じでーす。

というわけで、法学と文学の解釈論の差異について。なんとも地味なスレですが、盛り上がってるぽいのでこゆのに興味のあるドクターは元スレをドウゾ。
でもこう、よく考えると、文学部の学生っていうのが、文学を学問としてどのように学んでるのかっていうのは、確かによくわからない。ウチは文学板もまとめてるけど、そういう「学問としての文学」みたいなテーマのスレはあんまり見ないので、なんかシェイクスピアとか読んでそう…みたいな漠然としたイメージですもんね。
なんかスレ見てると、もんのすごい高度な解釈論というのもあるみたい。なにしろ法学なんて文学の一部だよ!って断言するくらいだもんなぁ…。法学をやるひとにとっても学ぶ部分はあるのかもしれない…。

なんか以前も似たようなスレを取り上げた気もしますが、この法学も「なにやってるかよくわからない」「学問と呼んでいいのか?」という感想を持たれるみたいですね。特に理系のひとなんかに。
過去に巻末欄で書いたかもしれないですが、最後の»90さんが挙げた判例が、案外適切な例なので、もうちょっと詳しくいきましょうか。

明治36年にあった、「大審院」つって当時の最高裁判所の判決(大判明治36・5・21刑録9・874)によると、こういう事件だったそうです。
1901年に、後に東京電燈に吸収される横浜共同電灯会社が、契約に定められた以上の電力を使用したとして利用者を告訴した。一審で有罪判決を受けた被告は控訴したが、その際に「電気は有体物ではない」と主張した[1]。
旧刑法において窃盗は「具体的な財物をかすめ取る行為」と規定されていたが、この主張によって、「そもそも電気とは物か、物にあらざるか」という当時最先端の科学命題が法廷で争われることとなった。控訴審では、証人として呼ばれた東京帝国大学の物理学教授・田中舘愛橘がエーテル理論に基いて「電気はエーテルの振動現象であり、物質ではない」と証言したために被告に無罪の判決が下された。
このままでは事業に致命的な影響を受けてしまうことを懸念し、原告は直ちに上告した。大審院(現最高裁判所)はこの問題をどう取り扱うかに苦慮したが、最終的に電気は、接触すると感電して痺れるから存在する事が分かり、電流計、電圧計、電力計により管理出来るため、可動性と管理可能性を持っているとされ、窃盗罪が成立すると判断して1903年に被告に逆転有罪の判決を下した[2]。
電気窃盗(Wikipedia)」より。

刑法235条の
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
の中の「財物」って具体的になんなのよ?ということが争点になった事件。おもしろいですね。それまでは漠然と「財物=有体物(つまり動産)」とみなされていたそうです。

この時は「さすがに無罪はねぇーだろ!」ってことで解釈で乗り切ったわけですが、誤解を招かないように、刑法には以下の補足が付け加えられます。
刑法245条
この章の罪については、電気は、財物とみなす。
「この章」というのは第36章の「窃盗及び強盗の罪」のことです。
これで電気については解決したわけですが、なんと今度は「じゃあ電気以外のエネルギーはどうなるのか?」という議論が起こったんだそうです。そらそーやろ!というのは今の価値観だから言えることかも。
これについて、「電気以外のエネルギーも全部含まれるよ派」「管理可能なエネルギーだけが含まれるよ派」「いや条文どおり電気だけだよ派」という学説に分かれているそうです。真ん中が通説ということになるんでしたかね?もう忘れた。

管理人はこれ学生ん時に授業で習いましたが、毎回毎回なんか問題が発生するたびに学説が増えていって、マジでめんどくせぇ…('A`)……と思いながら聴いてたもんですよ。

法学部ではそゆことを勉強しています。あんまりいじめちゃイヤーよ?
ジェフリー・アーチャーの短編に「犯罪は引き合う」という、法律の細かい穴をついた犯罪を行う知能犯の話がありますので、合わせて読んでみてください。「十四の嘘と真実」という短編集に収録されてますが、Amazonに見当たらない…。
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    • ※1 : Doctor of Engineering
    • 2016.1.20 21:48
    いつも憲法学者の人らに一番聞きたいのは、なぜいつも学問のための学問をしているの?
    己の志を基に、「俺の考えたさいきょうな憲法」とか書いてみる気はないの?

    社会のシステムとか価値観はずいぶんと急激に変化している。
    人工知能がこの先進歩して、つらつら判決読むようになったらお仕事なくなっちゃうよ?
      • ※6 : ドクター・ノオ・ネーム
      • 2016.1.21 5:18
      まず、立法学と解釈学の峻別は基本中の基本。ただ、法学概論のようなところでは大して出番はなく、強引な解釈を批判する定番フレーズとして使われるのがほとんど。

      あと、憲法学は基礎理論の研究もよく行われるけど、これは学問のための学問というわけではない。日本国憲法は「アメリカ・フランス両革命の人権宣言の嫡流に属する性格を有する」(宮澤俊義・憲法Ⅱ[新版]193頁)のだから、両革命の人権宣言の基礎理論を参照するのは当たり前のこと。別に嫡流でなくても、参考に出来そうなものを参考にするのが悪いはずがない。

      なお、
      >社会のシステムとか価値観はずいぶんと急激に変化している
      というけど、まさにそのような変化を受け、法は何度かラディカルな改革を経ている。そのたびに基本的な思想や枠組自体が大幅な変容を遂げているが、それを新しい法学、そして法典の形にしたのは法学者。実務法曹や社会の側にはこのような高度な知的作業をこなすほどの余裕も能力もない。現代の日本法は(基本的には)17世紀オランダと19世紀ドイツの成果を継受したものだが、ともかく、こういう解釈や立法の作業は人工知能には当分こなせないだろう。そういうわけで、法律絡みのこと全てを人工知能に丸投げするのは無理。

      自然科学の中でも特に応用系の人たちは、法学を受け付けない傾向にあるねえ…
      法学なんぞ学問じゃねえ!と思う人は、ぜひ木庭顕先生の連載「法学再入門:秘密の扉」(法学教室2013年4月号(No.391)~2015年3月号(No.414)、2015年8月号(No.419))の、特にはじめの方を読んでみてね。
    • ※2 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.1.20 22:12
    おそらく1は、>>30の
    >「テキスト解釈はすべからく文学である」と定義して
    云々通りの三段論法に従っているのだろう。

    「テキストを解釈する」という些細な行為を、まとめて「文学」という名前のカテゴリに入れてしまうのは、明らかに恣意的だ。
    • ※3 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.1.20 23:26
    ※1
    自分は法学は門外漢なので多分だが、まさにそこが「法解釈」というものが必要となる由縁なのでは?

    憲法とはある国家の基本方針を示すものであって、基本方針は状況に左右されない。
    状況に左右されるのはそれを実現する際の具体的な手段の方だ
    (上手いたとえではないが、A地点にいる人間がB地点かC地点のどちらかに行く場合、
     その時々の状況に合わせて変えるのは利用する交通手段といった具体的方法の方で、
     目的地をB地点にするかC地点にするかという部分ではない方が多いだろう)。
    現実問題として、法は全ての状況における具体的方法を記載することは
    環境の変化の存在や実作業といった問題から出来ない。
    無理にやれば時代や状況の違いに対する普遍性を持たないものになってしまう。
    このため法は抽象的な表現を取らざるを得ない部分が必然的に生じる。
    従って法を現実の個々の状況に適用する際、
    抽象的な表現ではどうしても個個人による解釈の違いがあるという問題に対処するため、
    その状況において必要なレベルにまで具体化された具体的解釈を
    司法の立場として示さなくてはならない
    (章末管理人コメント中にある「毎回毎回なんか問題が発生するたびに学説が増えてい」く
     というのはここに由縁するのだろう)。
    「法解釈」をこのようなものとして理解するならば、
    まさに「変化し得る状況の中での法運用」を可能にするために実用上必要な行為では。

    むしろ「『俺の考えたさいきょうな憲法』とか書いてみ」たところで、
    それが(間接民主主義によってだが)国民に承認されなければなんにもならない。
    そして現実的に考えればある憲法学者から新たに提出された憲法草案が
    国民から承認される確率はまずないだろう。
    つまり、「まさに今、新生国家として憲法制定を必要としている」といった状況でもない限り、
    「己の志を基に、『俺の考えたさいきょうな憲法』とか書いてみる」という行為の方が
    よほど「学問のための学問」である、と言える。
    • ※4 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.1.21 0:26
    法解釈の解釈は定義の厳密化のことなので、文学でいう解釈とは別ものというのが答だと思う、要するに物理と数学で同じ単語だけど意味違うとか、同性同名だけど別の人とか、同音異義語とかそのたぐいですよねこの話

    そういえば、体温とかも財物に入るのだろうか、冷えた手を当て暖を取られた場合は窃取されたとみなせるのだろうか
    • ※5 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.1.21 0:37
    文学のことをよく知らんが、
    法解釈が文学的手法を使ってるよねってならその通りだと思う。
    ただ法解釈は結果が国家の権力行使に関わってくるのでその辺に違いがあるのかな。

    元スレもなんかすごいことになってたけど、
    「法学は自然科学程厳密ではない」
    ←せやな
    「法学は一切論理的ではない」
    ←言いすぎ
    「法学は科学的厳密さに欠けるので、反証できないので、普遍的ではないので学問ではない」
    ←他の社会科学人文科学についても学問ではないって言うならそう
    って感じかなあ。
    日本も含めた大陸法系の司法が実質的に立法行為してるよねって話はその通りだけどちょっと探せばそういうこと書いた本は見つかると思うしそれを鬼の首とったみたいに言うのはどうなんだろうと思った。

    自然科学的な「正しさ」がないし誰かが「正しい」と思っても立法司法課程に乗っからなきゃ何にもならないのが法学の異色なところだよね。

    ※1
    「どんな法を作るべきか」っていうのと「今ある法をどう解釈するべきか」ってのはちょっと話が違う問題で、
    憲法学と言うと後者の方のやり方でアプローチしてる学問を指すことが多いので、
    解釈に学者の価値判断が入りこんでるのは事実だけど、
    「さいきょうな憲法」を作るのは、(やってる人もいそうだけど)憲法学者の仕事の外になる。
    また、憲法学界ってのが、いわゆる護憲派が多いというかほとんどってのもその理由の一つかな。
    ※3も言ってるけど、どんな法案も立法司法課程を経ないことには実現しないし、憲法学者の言うことってのはそういう意味ではあんまり権威がないので、憲法学者の存在意義がよくわからんって思うのも無理はない。
    • ※7 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.1.21 12:40
    今ある法律の文言の解釈だけを追ってたら「文学」で、
    「電気は財物とする。じゃあそれ以外のエネルギーは?」みたいに、今後発生するであろう可能性も含めた上で解釈を考えていたら「法解釈」
    って事でいいんじゃないの。
    • ※8 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.1.21 12:43
    こういう、最初からムリ筋通そうとする議論の手法って、ギリシア哲学が祖なのかね
    「アキレスと亀」とか「無限の中の有限」とか、結局時代を経て興味本位にしか取り上げられない
    スレ立て主の理屈を用いれば、大統一場理論だって”文学”に収斂できそうだもんね
    • ※9 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.1.21 16:49
    俺は法解釈学はネタ帳だと思ってる。
    様々な解釈をすることで実際に法を適用する時の選択肢を増やす。
    どの選択肢を選ぶべきかは法解釈学だけでなく立法論的な観点が必要になる。
    立法するときにありとあらゆる状況を想定できない以上、
    法の適用は立法の最下流であり、立法論が必要だと思う。

    色々な判例を見ていると、理由付けはかなり屁理屈臭いののもあるけれど、
    そういう判例でも結論は割と常識的な範囲に収まってるように感じる。
    それは結論の方を先に決めて、その結論を導ける屁理屈を引っ張ってきたからだろう。
    その屁理屈の幅を広げるのが法解釈学
    • ※10 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.1.22 20:28
    そうか違うのは就職率か
    • ※11 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.1.24 2:43
    なるほど確かに法解釈は文学の一分野なのかもしれない。
    いや、きっとそうに違いない。法解釈は文学の領域に入れよう!
    なら法哲学も当然、哲学の一種だな。これも哲学者たちに任せよう。
    同様に、法社会学や法律に関連する社会問題は社会学に。立法学は政治学に。
    法律の変遷や過去の法律論の対立も、俯瞰すれば歴史学ということになるのではないか!
    よし、ここも歴史学のフィールドだ!歴史学者や歴史学部の皆さん、頑張って下さーい!
    ふぅ。やっと一息つけるな。学問が本来託されるべき人たちに返されることはとても気持ちが良いことだ。今日も僕は世の為、人の為、善行を働いたぞ!


    ……あれ!
    法学に何も残ってないじゃないか!誰だ中身を盗っていった奴は!


    まあ結局のところ、法学なんて固有の独立した学問があるわけじゃないんだよね。世の中のあらゆる学問から法律に関するものを抽出して、便宜上「法学」って枠組みを作ってるに過ぎない。んで、スレ内では1が「法解釈は言語的解釈だから文学が取り込める」って主張してるけど、仮に取り込めるとして、取り込んでどうするの?文学部生が明日から法解釈の勉強するの?

    現代の「法学」という学問分類は、確かに色々と矛盾や歪なところもあるかもしれないけど、将来法曹に入りたい、法律を研究したい若者が、「法」を多角的な視点から体系的に学べるように巧く作られたものなんだよ。この下で、「法解釈は文学の領域である」って議論を吹っ掛けることに意義はあるのだろうか。その結論を導いて何になるのだろうか。文学愛好者が優越感に浸って気持ちよくなれること以外のメリットが見当たらないんだけど。
  1. おお…意外や意外コメント欄は盛況ですね。さすが博士ちゃんねるのドクター!


    >ある憲法学者から新たに提出された憲法草案が国民から承認される確率はまずない

    日本の憲法は硬性ですからね。
    -----------------
    >体温とかも財物に入るのだろうか、

    窃盗罪で問題になるのは対象に財産的な価値があるかどうか、がひとつにあるので、体温はどうでしょうね??相手によっては窃盗罪よりもセクハラ系の暴行罪とか…。
    -----------------
    >それを鬼の首とったみたいに言うのはどうなんだろう
    >様々な解釈をすることで実際に法を適用する時の選択肢を増やす

    法律はいろんな場合に柔軟に適用できるように、あんまり細かい事例について定めてないので、運用のために「解釈」というのが絶対必要となってきますよね。
    この「絶対」という部分は文学とは少し違うのかな、とは思います。
    -----------------
    >そうか違うのは就職率か

    就職率は法学が圧倒的有利ですよ、間違いない!笑
    -----------------
    >取り込んでどうするの?文学部生が明日から法解釈の勉強するの?
    >文学愛好者が優越感に浸って気持ちよくなれる

    まぁ結局はそういうことかもしれません。
    しかし文学部に入って法律の解釈とかやらされたらイヤだろうなー!
    膨大な量になってるし、おとなしく法学部に任せよう!(提案)
    • ※13 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.1.26 15:05
    >>77で終わりだな
    何かを対象として論理的な展開を行うこと
    数学や論理学なら演繹で、自然科学や社会科学・人文科学は帰納やアブダクションで
    アブダクションひいては創造的解釈やモデル形成なんてどこでもやるし
    反解釈のような立ち戻りや展開しないこともどこでもやる

    ※11の「法学なんて固有の独立した学問があるわけじゃない」ってのもおかしな話
    純粋法学までいかずとも法実証主義は現在基本中の基本


    物理学は世界のすべてを解明するとか脳神経学はさらにこれを内包するとか
    それと同じようなジョークにしかならんな
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