人気サイト様 最新記事

博士ちゃんねる ヘッドライン

レスの強調ウゼェー!というドクターへ

レス内の強調表示をOFFにする コチラをクリックして切り替えてください。設定は30日間Cookieに保存されます。
現在のステータス:強調有効

祖霊信仰から太古の日本人の精神世界を語るスレ @ [民俗・神話学板]


祖霊信仰から太古の日本人の精神世界を語るスレ @ [民俗・神話学板]
1: 淡交
日本の宗教的な心のベースとなっている祖霊信仰は、十分語られていないように感じる。
2ちゃんねるにこのスレがなければならない。
管理人より:日付が出てませんが、2003年~のスレです。時期的にお盆とかそのあたりにやれば良かったかな…。
2: 天之御名無主
祖霊信仰とは文字通り読めば、祖先の霊を敬うくらい?解説を願いたい。
3: 淡交
いま宗教的に無自覚な普通の日本人にとって、「信仰」とは何でしょう。
神道なのか、仏教なのか、外国で自分の宗教をきかれたとき戸惑いませんか?
かといって、無自覚=無信仰とも思えませんし。

よく考えれば、日本人が続けてきたもろもろの習慣のなかに、「祖先を敬う」ことだけは、残っているのではないでしょうか。
でないと、お盆に帰省する習慣を、根源的に説明できません。

人は亡くなり、遺族はその人を想う。
想うだけではなくて、遺族を守ってくれると考える。

そんなふうに、日本人の心に「祖霊信仰」が生きている、これを抜きにして日本人や日本の伝統文化は語れないと思ったわけです。


そんな信仰は自覚できないか、祖霊信仰は古くからどこにもあったのか、各地で行われる伝統行事は祖先の霊魂に関係あるか、名所旧跡などには見られないか、自分や家族が行っていることが、祖霊信仰になっていないか

そんなことを通じて、日本人の精神文化や伝統を語る場になれば幸いです。
6: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE
とりあえず墓でも盆でもいいから1氏のネタ振りが無いとどうにもなりません。
7: 天之御名無主
精神世界っていうタームがもうアウト
10: 淡交
山野野衾先生の前で恥ずかしいのですが、小さい頃、亡くなった人を供養するとき、何でこんなことをしているのだろう、と思ったことがありませんか?
子供じゃないから問い詰めたりしないけれども、人が亡くなれば消えてしまうのに、お線香を立てたりお経をあげてもらったりして、これがどういう働きをするのかと、考えることはありませんか?
11: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE
>10
私は逆に死んだら閻魔様のところに行くのが怖くてたまらずに、お地蔵さまやお大師さまにお参りしていた子供でした。
どうやって行くのか、ぐらいは考えましたが。
12: 淡交
>>11
私の周りの大人は、よく知らないような人ばかりで、閻魔様の話もなんにも教えてくれませんでした。
分家を繰り返した伝承力のない家だったせいか、柳田国男のいう「常民」風の深みがなかったのです。
お地蔵様や祠は、電信柱や垣根よりちょっと大事程度の扱い!
13: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE
>12
田舎育ちの私とは大分違うようですね。
妖怪や俗信の話を聞いて育ちましたから。
15: 天之御名無主
祖霊信仰なんて日本固有のものでもないに。
16: 淡交
>>15
ええ、そのようですね。
外国にお盆の帰省ラッシュはあるんでしょうか。
18: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE
>16
無いでしょう。似た概念は中国やポリネシア方面にもありますが。
ハロウィンも元々は山から幽霊などが下りてくる日であったといい、今でも来訪神儀礼が多い。
サンタクロースも年末に訪れる来訪神ですよ。
管理人より:本題と直接関係ないですが、サンタクロースの元ネタはキリスト教の聖人「聖ニコラオス」だと言われています。海運の守護聖人で、教区の貧しい少年少女に食べ物を施したりしたことから…という説。サンタさんは煙突から入ってくる、ということで、昔のスペインの泥棒の皆さんの間では「泥棒の守護聖人」として崇められていたという…。
27: 天之御名無主
道教?
28: 淡交
>>27
いいことをおっしゃいますね、道教ってどんな感じなんでしょうね。
同級生に好感の持てる台湾人がいたので、きいておくんでした。

昔中国に仏教が伝わった時に、中国人がまず思ったのは、「輪廻させてくれるのか?すばらしい!」ということだそうです。お釈迦さんがきいたら、さぞかし困ったことでしょう。

日本(または倭)に伝わったとき、はたして当時のひとはどう感じたのか気になるところです。
死後の世界観と仏説が矛盾しなかったのか、そういう突き詰めた発想から理屈を並べなかったのかもしれません。
35: 天之御名無主
>>28
問題意識に賛成です。
仏教の特徴は「輪廻」そのものではなく「解脱」にあるわけですが、こいつは結構珍しい考え方だと思います。

輪廻転生に似た考え方自体は日本周辺の非仏教地域に広がっている。つまりそれらは仏教とは由来が異なる可能性があるわけです。

日本にもその系列の考え方があって、案外仏教は違和感なく受け入れられたのかもしれないと思うんですが。
「解脱」がその哲学的発展として捉えられたのではないか、と。
管理人より:「解脱(げだつ)」は、仏教における「煩悩(身心を乱し悩ませ智慧を妨げる心の働き)」から解き放たれて、すべての執着を離れ、悟りの世界(涅槃)へと脱出すること。解き放たれて脱出するから「解脱」なんだそうです。
49: 天之御名無主
死者に対する執着から抜け出せないのは人間の常だ
さまざまな宗教が死後の世界が存在するとしている
それは自分が死後も存在していたいと思いたいというよりは、寧ろ自分の愛する人物が死後も存在していてほしいと願う気持ちに由来すると俺には思える
60: 天之御名無主
ねるぽからさえ5ヶ月たってしまっている…。

死んだ親戚を50年祭るといい神様になって守ってくれる、という話は、爺さんの葬式のとき神主から聞きました。
死んだ直後はアラミタマですが、お祭り鎮めてゆけばニギミタマに、という話でした。
じーさまがいかにも「アラミタマ」になりそうながんこじじだったゆえ、みなカゲでウケておりました。


神道の葬式って明るいですよね。
ウチに出入りしてる神主さんは盆に呼ぶと、祝詞の前に笛を吹いてくれます。
61: 天之御名無主
>>60
神道のお葬式は、死者を「祭り鎮める」ものなんですか!
私にとって新しい概念でした。


仏教のお葬式は、「こういう人(霊)が今から仏になろうとしてますんで、ちょっと道に迷わないようひとつ宜しくお願いしますよ。
あ、この人(霊)の名前は生前は○○といって、これからの名前(戒名)は△△△△△△△△△に変わりました。
そこんとこ宜しく。死んだ人、行ってらっしゃ~い

という感じですかね。少なくともお経ではこう言ってる。
いろいろ枝分かれしている宗教なので、全ての仏教がこうなのかはよく知りませんが・・・。
多分このスレで語られている『祖霊信仰』とは別物の気がします。

ちなみに「お盆」というのは「盂蘭盆(ウラボン)」というサンスクリット語に由来する語でして、本来の意味合いとしては「両親孝行する日(期間)」だそうです。
つまり、両親が死んでる生きてるに関わらず孝行を・・・。

もしかしたら両親だけではなく祖先全てに孝行を、なのかもしれません。
文献は?と聞かれるかもしれませんが、かなり前に学んだので探すのには時間がかかりそうです。スマソ。

しかも長文レス・・・スマソ。
62: 山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM
無理に挙げなくてもそれこそこのスレは「弔い上げ」でよかったのでは。
(沈むの楽しみにしてたら・・・。)

盂蘭盆の語源はサンスクリット語の「ウランバナ」(逆さ吊り)に由来する、と言われて来ましたが、実際にはこんな言葉はなく、イラン系のソグド人の収穫祭・祖霊祭であるウラバンによるのでは無いかという説が出て来ました。
柳田國男は文字通り供物を載せた「お盆」から来た面もあるとしています。

我が国では古くは『日本書紀』に出て来ますが、国家を離れて貴族や庶民が行うようになったのは十世紀から。
『更級日記』・『枕草子』・『東山往来』・『古本説話集』・『今昔物語集』に中級以下の身分の人々の盆に関する記事が存在します。

また『明月記』には生御魂の記事らしきものもあって興味深い。

なお死者の霊が「神になる」ことについては鎌倉時代に書かれた『葬喪記』に出て来るのが古い例かと。

必ずしも故人の霊が「神」になれる訳では無かったともいいますが。
神道式の葬儀というのは新しいものですね。
66: 天之御名無主
>>65
縄文的信仰のあの世って陸続きの概念じゃない?
それの延長でニライカナイとか東北の薬師岳信仰とか。


関係ないけど沖縄の波の上神社の神様は海を渡ってくるんで、それを遮る形で海上を走ってる高架道路の一部は赤く塗ってある。
神様の通り道を切らないようにしてるんだってさ。
そう考えるとニライカナイは「陸続き」でなく「海続き」なのかも。

>>62
「今の」神道では新しいのかも知れない。
原神道ではアイヌのイオマンテに見られるように、あの世送りは大事な儀式だったんでないだろうか。
65: 天之御名無主
山の神、田の神ってことは、陸続きのあの世ということになるな。
管理人より:「ニライカナイ」は、沖縄や奄美大島(鹿児島)に伝わる理想郷の伝説。遠い東の海の彼方、海の底にあるとされる世界。人は死ぬとニライカナイで祖霊として生まれ変わり、親族の守護神として豊穣をもたらす云々。
68: 天之御名無主
祖霊信仰の原点は母親思慕にあるのでは?
イザナミを恋しがったスサノオ。
それを自分にダブらせて日本の国生みの神の死をを慕い讃え、日本人の自覚をした昔の人々など。

今も多少は残っているのだろうか?

皇国史観やナショナリズムはよくないが、日本人のアイデンテティを無くしてしまうのはもっと良ないような気がする。まじめでスマソ。
69: 天之御名無主
安来は死者と生者の約束事をイザナミによって教わったと聞いている。
いつまでも悲しんでは日常の生活が立ち行かない。
それでもそういう気持ちが基本で自然であることを日本神話は伝えている。


何故靖国が、ナショナリズムや皇国史観を超えてでも大事であるかを語るべきかに思い至るであろう。
とにかく洗脳は良くない。
自然と立ち上る日本人の感情としての思いが重要だと思いますね。
71: 天之御名無主
今晩のことなんだけど、ちょっと教えてほしいことがあるんだ。

俺の氏神さんは、一月一日の夜明けとともに開門して、初詣がはじまるんだけど、たくさんの人が夜中に初詣するよな。
日本古来、日の出が一日の始まりじゃなかったんだっけ?
とすると、夜明けまえに初詣にいくやつは、前年に初詣したことになるよな。これじゃご利益すくないとおもうんだ。

昨日、氏神の宮司にいわれたんだけど、どっちがただしいの?

板ちがいごめん。
管理人より:日付が出てないのでわけわからないですが、2004年の大晦日の書き込みです。
72: 天之御名無主
どっちが正しいかっていうと・・・
どっちでもいいとは思うけど。
古くは一日の始まりは日没だったという話を聞いたことある。
祭りなんかも「宵宮」から始まるしね。
73: 山野野衾 ◆a/lHDs2vKA
>72
>古くは一日の始まりは日没だったという話を聞いたことある。

仰る通りで、日没とともに「あけましておめでとう」という地域も存在しています。
所謂「丑の刻」を、前日と翌日の境に置く説もありますが。
101: 天之御名無主
祖霊信仰ネタとは盆正月で受けた個人的感情から、我々日本人の先祖の、生きてきた気分というものをいろんな補助線を使って活写できたら
というスレでつか。
102: 天之御名無主
非業の死を恐れるのではなくて、飢饉や疫病などの現世での異常を怨霊と関連づける発想が興味深い
103: 名無しさん
神道では、死後33年経つと御霊様という大きな霊体に吸収されていくと読んだことがありますが、またその大きな御霊様から魂が生まれていくと考えてよいのでしょうか。
それとも吸収された魂は永遠にそこにいるのでしょうか。

何か、このことに関する文献等ご存じでしたら教えて下さい。
104: 山野野衾 ◆a/lHDs2vKA
三十三年という時点で、既に鎌倉時代末期に誕生していた三十三回忌のパクリ臭いのですが・・・
「神道」なるものの教理・世界観が整備されるのが、実質近世になってからですし。
109: 天之御名無主
この前、御霊様に吸収されるのは死後50年って聞いた。33年は仏教だそうです。
管理人より:「御霊様」というのは、「NO.200  みたま祭り」←コチラによると、亡くなった方一般を指す言葉のようですね。
人がなくなると、50年立つまで定期的にお祭りをして、元気に暮らしている姿を見せる。それが一番の供養になるから。50年以降はご先祖様として祀る…ということになるんだそうです。
108: 天之御名無主
祖霊信仰とは日本人が一番安定して能力を発揮できる思考基盤だとおもう。
先祖盲従ではなく、ある空想的シミュレーションで昔の人の活気や努力や挫折を理解し、有益なものを採用する心性の特徴なんじゃ?
117: 天之御名無主 投稿日:2006/03/11(土) 18:55:53
祖霊信仰は、やはりなんといっても東北地方が優勢でしょう。
縄文文化が息づいているということかも。
東北が高度な縄文文化を持っていたということは古くからいわれていたことで、縄文文化の精神的支柱は、自然崇拝であり、自然との響き合い、宇宙との響き合いの中に日々の生活があったといって良いと思う。
その延長線上に祖霊信仰がある。」
とか言ったのは千歳栄だったっけ?
118: 天之御名無主 投稿日:2006/05/20(土) 18:05:08
>>117
誰が言ったか知らないが、どれをどう延長すると祖霊信仰になるンだ?
kwsk
119: 天之御名無主 投稿日:2006/09/29(金) 22:36:43
飢饉で死んだら野辺に捨てて犬や烏の餌になっているし、現代的価値観で当時の庶民階層の生活の厳しさを無視して考えるとかなりの勘違いを生じそう。
124: 天之御名無主 投稿日:2007/06/25(月) 02:42:17
ちょっと前にブームになった千の風。
あれって、ネイティブアメリカンに元歌があるとも言われているけど、なんか、日本人の自然信仰プラス祖霊信仰の宗教感覚にもマッチしているような希ガス。
それが、日本であれだけ流行した理由では?


「千の風になって」の歌詞
私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る (以下略)
125: 天之御名無主 投稿日:2007/06/27(水) 06:38:06
日本人の精神性って面でいえば忌むべきものとしての信仰もあるけどね
どーかお願いですから出てこないで下さいっつー類の

屈葬とか手足縛ってってのはそうゆう事だし
126: 天之御名無主 投稿日:2007/06/27(水) 12:14:50
お盆などの決まった時期にだけ帰ってくるというのが日本の祖霊信仰ではなかった?
130: 天之御名無主 投稿日:2007/07/01(日) 16:16:38
死んで土に帰る、というのは、土葬時代の実感でもあり、客観的事実でもあろう。

「土」を、大地や、さらには大地が育んだ動植物、というように拡大解釈していけば、千の風やアイヌのような、死者観や他界観になるのは、それこそ自然な流れでは。
千の風になって 秋川雅史管理人より:ジブリアニメの「千と千尋の神隠し」の主題歌になったやつ。
5.13追記:千と千尋の神隠しは全然関係なかった。そうそう「いつも何度でも」でしたね。ご指摘どうも~。大恥をかくところでした。(もうかいてる定期)
113: 大名無尊 投稿日:2006/01/03(火) 13:07:42
なんだかね?難しく考えることで自分だけの特権と思っているようですね。
神仏は意外とわかりやすいものだよ。
だって全ての人を助けようとしているのだから・・・
116: 天之御名無主 投稿日:2006/01/19(木) 00:16:51
>>113
他力本願は(祖霊)信仰ではないな。
何かに対して敬虔な気持ちになるところが人間の心のどこかにあって、それを祖霊へ向ける(祈る)のが、祖霊信仰。神仏だったら神仏信仰。
143: 天之御名無主 投稿日:2009/09/19(土) 14:45:51
>>113
>だって全ての人を助けようとしているのだから・・・
日本神話に登場する神々にそんな慈愛深い神って、いたっけ?出雲神話のスサノオ?
基本的には、日本神話の神は祟り神だろ。
114: 天之御名無主 投稿日:2006/01/03(火) 22:14:52
神はおそろしいものなのじゃっ

昨日はもうーサーバールームで、ホコリでゲホゲホしながら朝から晩まで重労働、で全身筋肉痛です。ITがデスクワークとか思ってるひとはちょっと考えなおしてもらいたいですよ、チクショウ。
明日から日曜まで超過密スケジュールで打ち合わせがありますゆえ、また更新お休みです。週末は仕事で全滅。(上に書いてあるとおり)

そゆわけで、日本の祖霊信仰についてのスレです。
まぁあの、お盆とかって実家に帰省してお墓参りに行ったりするわけですが、これはお盆になったらご先祖様が帰ってくるんだとかそういう話ですよね。
こういう考え方っていうのは、日本で暮らす海外のひとにはなかなか新鮮に映るんだそうで、「死んだらそれっきり家族に会えないんじゃない!だって日本ではお盆になったら帰ってきてイイってんだから!」と、わりと好評だと聞いております。

祖霊信仰なんてのはありきたりだと思うし、かつてはどんな原始宗教にも存在してたのではないかと思いますが、宗教的体系が複雑になるにつれ、そういった原始の信仰というのは別のもの、あるいは考え方に取って代わられる傾向にあるみたい。
神々の権威も増大して、人間はそのご威光のおすそ分けをもらって威張り散らす関係上、祖先がみんな神様に…ではいろいろと困るという大人の事情もあるかもしれないですね。

そういった世界的ムーブメントの中で、日本では様々な経緯を経てこの原初の自然な信仰が残っているわけで、日本の人口の多さを考えるとなかなか貴重なことだと言えるでしょう。
先進国の中で、いわゆる宗教エスタブリッシュメントに属してない数少ない国ということもあり、大事に守って後世に伝えてゆきたいものです。

トップ絵はお盆に行われる熊本の「山鹿灯篭祭り」より。(画像はコチラより:山鹿灯篭祭り
こういう灯籠を使ったお盆のお祭りというのは、けっこう各地にあるのかなと思いますが、お盆の終わりにあの世へ帰ってゆくご先祖をお見送りする、という感じの儀式だそうです。
灯籠の明かりを霊に見立てているのかもしれないですけど、なかなかロマンチックで美しいですよね~。

そのひとが亡くなっても、誰かが覚えている限り完全には死なないものです。墓参りだとかお盆だとかは要するに「故人を思い出す」ということです。亡くなった方を思い出して、そのヨスガを偲ぶのも生きている我々のつとめである、とも言えますネ。
5.18追記:当記事を「朝目新聞」様でご紹介いただきました!うーん、アルバイトって一生懸命働いても時給があがってくひとはごく一部ですもんね。責任持ってってのは無理がありますよナァ~。
千の風になって‾一期一会‾ 旅立ちの日に 他
秋川雅史 秋川雅史 feat.古澤巌
TEICHIKU ENTERTAINMENT(TE)(M) (2008-04-02)
売り上げランキング: 5,533



人気サイト様 最新記事

博士ちゃんねる ヘッドライン

    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.5.12 22:45
    いきなり天皇様の話でも始めるのかと思ったけど
    皆の考察意外と面白いな。
    参考にしたいから、また後でじっくり読みに来る。
    • ※2 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.5.13 0:54
    千と千尋の主題歌は木村弓さんの「いつも何度でも」ですね。
    • ※3 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.5.13 1:13
    南無阿弥陀仏と唱えるとき爺婆様はご先祖様にって拝んでる。
    敢えて否定しないけど、南無阿弥陀仏は自分の為の念仏。
    神仏が混ざってるけど、もはや切り離せないもの良いじゃない。
    古事記や日本書紀も仏典が伝わったことで文字として権現してるから、
    もしかしたら仏教が滅んだらヨリシロがなくなって元の形(自然)に戻るかもねー。
    • ※4 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.5.13 8:46
    宗教の習合とか合一化というのは、古今東西で常に行われているから、別に不思議ではない
    新興宗教が既存宗教を飲み込む形が多いのは、後発の方がよりシステマテッィクだし、
    時代背景に迎合して受け入れやすくしているから仕方ない
    逆に、後発でそれだけの武器を持っていても、既存宗教に習合されてしまうのは、
    後発の足腰がよほどに弱いという、”教”としての根本がなってないことの証左
    で、日本のアミニズムは、舶来の宗教に一度は飲み込まらたフリをして、
    実は長い時間をかけて徐々に侵食していったというのは、相当に足腰が強いってこと
    大して、仏教発祥の地のインドで仏教が片隅に追いやられてるのは面白い現象で、
    仏教は相当に懐の深い(=曖昧な)宗教であるにも関わらず、
    本場よりも輸出先のほうで繁栄してるってのは、SFの宇宙生物のように面妖
    • ※5 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.5.15 20:38
    土に返ると言う言葉が出てたのでちょっと本題から外れるけど両墓制ってのは死生観って観点で言えば外せないよな。とは言え疫病とか事を考えた実利的な側面も大きいんだろうが
    そういう点じゃ殯と反対の性質な気もするけど、身体と魂が離れる過程の観察・確認と考えるなら根底にある思想は同一な気もするね
    • ※6 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.5.16 0:57
    原始宗教にわだつみの神などがいるし、島国である日本に海洋宗教があるのは当然だ。と、大見得をきってみる。(日本神話で蛭子を流したり、海彦とかあるし、)陸続きだけがあの世と繋がってるわけではないと※65.66を読んで思った。何年か前テレビで原始の海辺での弔いの話をしていたような?
    初参りの話は年越し参りが変容しただけじゃないのかね。おおつごもりから新年にかけて社にこもるのが、村社会が瓦解されて長時間の滞在がなくなっただけでは。
    自分はどっちかというと神道は精霊信仰のほうが好きだ。西洋での悪魔相当が日本ではかみであるし。
    • ※7 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.5.17 11:55
    千と千尋の神隠しの新主題歌リークするのはNG
  1. >千と千尋の主題歌は木村弓さんの「いつも何度でも」ですね。
    >千と千尋の神隠しの新主題歌リークするのはNG

    そーでした…これは大変失礼しました。ご指摘どうもです~
    -----------------------
    >長い時間をかけて徐々に侵食していったというのは、相当に足腰が強い
    本来は厳しい戒律を持つ仏教なので、日本人の気質に合わなかったので、適当に改変して最終的には別物になってしまった…って感じですかね。
    日本人の得意技ではあります。
    -----------------------
    >島国である日本に海洋宗教があるのは当然だ。
    竜宮城なんていう海底の理想郷もありますしね。お土産を開けると年寄りになってしまうのが難点。ヨーロッパにも海底に沈んだ都市「イスの伝説」ていうのもありますが…。
    • ※9 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.5.19 10:15
    今の日本人は宗教心が無いだけで信仰心自体は消えてないんだよな
    • ※10 : 名無し
    • 2016.5.21 2:55
    古事記を聖書扱いしていいよ
    古事記以前はまだ日本人というより民族各種だから
  1. トラックバックはまだありません。


コメ欄での議論はおおいにけっこうですが、当サイトではドクター同士の罵り合いは禁止となっております。反論する際には、相手の意見・人格を尊重し、どうぞ冷静に。
*