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【温故知新】昔のITってどんな感じだったの? @ [プログラマー板]


【温故知新】昔のITってどんな感じだったの? @ [プログラマー板]
1: 仕様書無しさん 2010/07/17(土) 02:13:31
技術から言えば1/5位のレベルで、今よりも単価が3倍位高かったみたいなんだけど本当?

10年前くらいらしいけど、HTML組めるレヴェルで500kとか貰えたって・・・
3: 仕様書無しさん 2010/07/17(土) 05:25:00
3年前でも、Javaかけるだけで50万くらいもらえたよ?
4: 仕様書無しさん 2010/07/17(土) 07:07:12
15年くらい前だと、ただ単にHTMLを使える人がほとんどいなかっただけ。
ていうかHTMLはプログラミング言語じゃないんだから組めるとかふつう言わない。
5: 仕様書無しさん 2010/07/17(土) 07:07:31
2001年のJavaOneにも参加して、JAVAの仕事も結構やってるが未だに20万だな
6: 仕様書無しさん 2010/07/17(土) 07:19:31
>>1
技術は昔の人のほうがはるかに高い。
なにせ資料はまったくなく、自動化も簡略化もサポートも少ない。
となれば、コンピューターのことをちゃんと理解してないと動かすことすらままならん。


オタクな職業だったから、絶対数が少なく単価は高かった。
今のように誰でも1,2週間でプログラマを名乗れる時代ではなかった。
少なくとも新人教育にはマジで半年はかかった。
8: 仕様書無しさん 2010/07/17(土) 08:30:13
>>6
技術と技能の違いも解ってなさそうな人に長文書かれても…。
9: 仕様書無しさん 2010/07/17(土) 09:13:31
>>8
雑魚に言われても・・・。
10: 仕様書無しさん 2010/07/17(土) 10:05:03
>>6>>8
30年前、40年前ならともかく、10年前程度じゃ大して変わらんよ。
11: 仕様書無しさん 2010/07/17(土) 11:23:35
ドラム缶サイズのハードディスクで、コンパイル1回するのに計画書が必要な時代ですね
12: 仕様書無しさん 2010/07/17(土) 12:00:19
テープやカードに穴開けてた時代だろ?
人が読んで解析したりな。
18: 仕様書無しさん 2010/07/18(日) 13:02:32
いい大人がお子様の煽りに簡単に揺すぶられてどうするよ。
本気でやってきた技術者なら、この20年やら30年やらで、後輩に覚えていてほしいこととか、自分らの反省とか、色々あるだろ…
19: 18 2010/07/18(日) 13:12:34
いわゆるInterne breakの頃(90年代中盤)、HTML組むだけで=Web pageのデザインをするだけで月100万の仕事は存在しました。
今はどうなんですか?ツールの充実で納期は5倍ぐらい短くなったかもしれませんが、会社としては人月あたり数十万以上入らないと経営が成り立たないですよね。

デザイン=狭義の見てくれ(表現)もエンジニアがやることがあって失敗作続出でした。
当時は標準ははっきりしないし、ユーザーが使いやすいデザイン規範も決まらないので、HTMLソースもハチャメチャなものもありましたね。
これを技術的なレベルの低さとも解釈できるでしょう。


でもどの時代でも、はっきりしない分野、新しくて方法論が定まらない分野ではハチャメチャなものがありますよね。
20: 18 2010/07/18(日) 13:24:38
昔のITは、当たり前だけどユーザーが使うインターフェースと、アプリケーション本来の機能を一緒にして、時にはハードも組で売ってました。

最初は1980年代にハードが切り離されて「オープンシステム」とか呼ばれるようになって、インターネットの興隆後にインタフェース(Web)が切り離されるようになりました。

今、データの保存(あるいや永続化)にはデータベースを使うのが当たり前ですよね。
実はこれは、インターネットの興隆前はそんなに当たり前ではありませんでした。
自前の保存システムや永続化システムが、システムに埋め込まれて売られることが非常に多かったのです。
脆弱だし、性能もよくないはずですが、「アプリケーションに特化してある」と言い訳していました。

こうしたコンポーネントも組になって売られている分、今との比較では、お金も納期もかかってたはずです。
24: 18 2010/07/18(日) 13:36:34
>>20
RDBの流行は、インターネットの興隆と関係ないという意見も多いかも。
直接的には、性能と安定性の向上のせいかも。

「インター」に限らずネットワークの機能向上は、システム中のコンポーネントを分離あるいは分散させるという意味で、RDBの一般化についても重要な要素だったでしょう。

ところが90年代、ネットワークハードウエア、あるいはコンポーネントの分散化、並列化の技術者は極端に少なく、あるいはこれを専門の職、あるいは独立した仕事と考えてお金を払う思想は全くありませんでした。
できる人が便利屋的にひっぱりだされるか、組織によっては「誰もそれの知識がない」という状態でした。
21: 仕様書無しさん 2010/07/18(日) 13:26:16
当時Internet breakと平行してホットだったのは「オブジェクト指向」でしょう。

世の中の誤解を良いことに、継承だけで(encapsulationなしで)オブジェクト指向を標榜して、10倍のお金をもらうこともあり得た時代でした。

今もAjaxとかWeb2.0とかを標榜してるが実は…とかいうのありませんか?

オブジェクト指向で開発するから、今回はちょっとお金多く貰うけど、次回や修正の際は短納期で安くできるよ、とかいう営業トークをしたようです。
実際はそうはなりませんでした。

今そういう営業トークは誰も信じませんが、実はオブジェクト指向が浸透した今は、多方面でじわじわそういう効果が出てると思います。劇的でないにしろ。
22: 仕様書無しさん 2010/07/18(日) 13:29:25
=無計画に設計し、人海戦術でこなす。大金が動いていたのでこれでもなんとかなる。
=計画的に設計し、既存のものを最大限活用し、少人数低コストで実現することを最大目標とする。

まあ今でも人海戦術大好きな連中が化石のようにはびこってるけどねw
将来を棒に振りたくなきゃ、そんなとこに参加しないこった。
23: 仕様書無しさん 2010/07/18(日) 13:34:47
>>22
これはおかしい。昔はシステムが高かったからそんな無計画になんてできるわけがない。
そもそも人海戦術というが、昔はそんなにプログラマなんて人いなかったから人海戦術は物理的に無理だし。

そもそも、昔の人はそういう環境しかなかったのだから。gotoでしか分岐できなかったんだから。
そういった時代を生きた人の中で、優秀な人が改良改良を加えて今の開発環境ができた、というプロセスを忘れてはならない。
今の人がある日突然gotoをなくしてJavaやOOを開発したわけではないんだから。
おっさんたちの中の優秀な奴らが修正を加えた構成気を、自分たちの功績のように語るのは問題あるぞ。

今は、そういった過去の問題点への改良のおかげで、高度な開発環境を手にできてレベルが低くても開発できるようなったおかげでプログラマがたくさんできた。同時にコストも下がった。
26: 仕様書無しさん 2010/07/18(日) 13:56:30
>>23
設計って書いてあるだろ。
君の言ってるのは、全て実装の話だ。
28: 仕様書無しさん 2010/07/18(日) 14:24:33
>>26
設計者と実装者がイコールであった時代になにを言うんだ。
いや正確には設計者は実装のベテランが担当した時代だ。
今のように新卒SEなんて言葉がなかった時代だぞ。
30: 仕様書無しさん 2010/07/18(日) 14:34:10
>>28
新卒SEが設計してるところってあるの?
新卒SEはSEって言う名前だけど連絡係なところはいくつか知ってるけど。
42: 仕様書無しさん 2010/07/18(日) 20:58:01
>>30
N○Tデータ
25: 18 2010/07/18(日) 13:53:42
今と大きく意識が違う点として、ハードの価格というのもあるでしょう。

ハードディスクなんて、まずは利用が考えられない時代がありました。
1980年代: オフコンで中華なべぐらいの50KBのディスクが数百万
1990年代はじめ:PCにHDDがつくけどPCのシステムの仕事はなく、ワークステーションでも数十メガあたり百万。
私の場合では、容量を気にせずハードディスクを使えたのは1990年代中盤からです。


ハードディスクに限らず、メモリ、ディスプレイ、なんでも同じです。
当時は、こうした資源をケチケチ使う技術がいろいろありました。
資源をケチることは、ハードを含めたシステムの全体的な価格を抑えることができるので、非常に重要視されました。
設計の非常に早い段階から、ハードの制約(どうケチるか)が関係者の頭に必ずめぐってました。
もちろん、これは出来上がりの美しさを歪めることが多かったです。でもお金には代えられない。

逆に、90年代中盤ハードの価格が下がりだしてから、ケチケチしない「富豪プログラミング」という思想が出ました。
ソフトウエア工学的に正しいし、人に優しいし、今はこちらが当たり前で死語ですよね。
29: 仕様書無しさん 2010/07/18(日) 14:30:13
>>25
そんなことは無い。
1970年代後半、PC-8001ですら32kB RAM載ってた。俺のは64kBに拡張してCP/M動かしてた。
1980年代初頭にはPC-9800シリーズ用の5inch HDDが登場して、これですら最初から10MB有った。
1990年なんて既に64bit RISC WSが発表に成って、ウチの自宅でまだ稼働してるが、最初から540MB HDDが載ってた。それ以前(1980年代)に使ってたR3000マシンには、2GBのHDDを増設してた。その当時既にGB超えてたよ。


そんなけ有っても、速度の面からケチってCのような高級言語使わず、MIPS RISC命令をマシン語で組んでたけど。
CISCと違って、MIPS命令はマシン語で組み易かったし。
NEC PC-9801 RX
管理人より:日本の誇る名機「PC-98」シリーズ。当時日本のシェアを実に90%以上も占めていました。RXのスペッコよく覚えてないけど、当時の標準はCPUは16MHz、メモリ640KBくらい。HDDなどついてませんでしたが、代わりにガチャガチャと超うるさいフロッピードライブがふたつ。フロッピーはたったの1MBしか容量がありませんでした。それでもコピーするのに数分はかかったものです。これでお値段30万超。
43: 仕様書無しさん 2010/07/18(日) 21:42:51
32Mのメモリー買う予算が無いからプログラマー3人を一ヶ月投入して最適化したりしてた。

最近の若者に言っても全く信じてくれないが
44: 仕様書無しさん 2010/07/18(日) 21:49:29
未だに10KのRAMでがんがってる
45: 仕様書無しさん 2010/07/18(日) 21:50:28
256KBのメモリーが数万円の時代は、1日掛けてコード量を10バイト減らしてグッジョブな状態だったな。

メガじゃないぞ、キロだからな。
46: 仕様書無しさん 2010/07/18(日) 23:13:47
あの時代はあの時代で求められるものがあった。
今の時代は今の時代で求められるものがある。
求められるものが違うけど、その時代を生きる人間には、自分の時代が一番つらいと感じるものさ・・・。


今の時代にとりあえず求められるもの「おまえの仕事量は増やすが、給料を減らすの了承しろ」以上。
まぁ未来が見えないというのはつらいよね。
少なくとも昔は、こんな時代が来るとは思ってなかったもん・・・。(;_;)
47: 仕様書無しさん 2010/07/19(月) 01:57:58
仕事は物理的に増やしようがない。
それなのに増やせと言われる。
寝るなと言っているのと同義だ。
給料減らすって言われるのはまだ親切だなw
管理人より:今のIT技術者心の叫びは、コチラあたりに。
48: 仕様書無しさん 2010/07/19(月) 05:10:14
今フレームワークになっているものを、昔はアドホックな方法で実装していた。
ホリエモンの会社も、初期は今でいうajaxでやっているようなインタラクティブなページを作るという評判で大きくなった。
50: 仕様書無しさん 2010/07/19(月) 10:55:29
昔からのやり方しか知らない人が多いのか、フレームワーク上に無理矢理、昔ながらの方法で設計を乗せてるプロジェクトは多いよね。
フレームワークとかみ合わなくて、昔ながらの方法からさらに手間が倍掛かるだけだっちゅうの。
52: 仕様書無しさん 2010/07/19(月) 11:25:59
センスの問題なんだよな。

大局的な設計が出来ないというか、最初から全部詳細に決めてしまわないと、全体を掌握できない人って居るわあ。
フレームワークもそのごく一部に過ぎないけど、現代の設計技法ってのは、アリモノを最大限に利用して、作り物を最小限に減らそうってことだからな。


アリモノ使って上手く行かない場合には、どちらかになんらかの論理的な矛盾があるはず!と考えて、論理的に上手い設計にするにはどうしたらいいのか?を常に考える能力が要求されてくる。
53: 仕様書無しさん 2010/07/19(月) 11:36:40
フレームワーク使って開発進めてたら、途中でフレームワークから外れた要求が出てきたとかはよくあること。
54: 仕様書無しさん 2010/07/19(月) 11:56:04
フレームワークなんてのは、システムの物理設計の塊という側面も持っている。
当然、論理的設計というものから、遠くかけ離れた部分も多い。
だから、正しい論理設計を満たせないようなことがあると、フレームワーク側が頑張って論理的に対応するというのが本来あるべき姿だ。


フレームワーク様が真ん中にふんぞり返っていて、「さあお前ら使え」みたいなとこは駄目だ。
「基盤チーム」みたいなのが権力強いようなのは、糞プロジェクト認定。


ただし、正しい論理設計ってのは、どこにも解が存在しない。
説得力のみが命だ。
「コレが正しい論理設計なのだ」と言える程の設計が出来ないから、というのが、そういうのが蔓延る諸悪の根源なんだけどね。
58: 仕様書無しさん 2010/07/20(火) 18:01:19
何百ページもの仕様書を、全部手書きで書いてましたね。
図も、なんとか定規を使って書いたり。

80年代の話。
64: 仕様書無しさん 2010/07/22(木) 03:20:06
>>58
>なんとか定規を使って書いたり。
テンプレート、だな。フローチャート用のテンプレ定規なら大学生協でも売ってた。
テンプレート定規
管理人より:必要は発明の母、ですナァ。
59: 仕様書無しさん 2010/07/20(火) 21:33:27
業務システムを自動化するだけで、莫大な利益が生まれていた時代ですからね。
1システムに掛けられる金額が桁が2つも3つも違うし、けっこうショボい小規模システムでもライバルも居ないし、ノンビリ作ってて大丈夫な時代だったからねえ。
平和だったねえ。
62: 仕様書無しさん 2010/07/21(水) 19:17:56
>>1
へ?業務システムの構築なんてダンピングが横行してたから0円に等しいぞ。
保守料で金とってたけどw
63: 仕様書無しさん 2010/07/21(水) 21:38:42
>>62
懐かしいな、富○通の1円入札事件とか
管理人より:バブル期に、官公庁の入札を請け負うために、1円で入札するという事件があった模様。(参考
68: 仕様書無しさん 2010/07/24(土) 00:36:11
プロセッサが実行するコードを吐き出すツールは良く作ったな。
アセンブラーとか、ニモニック言語とか低級言語を、プロセッサーコードに変換するだけなら、ツール的には楽勝だが、それじゃプログラムを作る方が大変なので、ある程度構造化とか、プロセッサーの制約に縛られない論理的データ構造が使えたりとか、特殊な言語にしていた。

また、コードが無駄にデカくなるプロセッサーとかの場合、コード量を減らすために動作仕様に合わせたコンパクトなコードバイナリーを実行する仮想プロセッサーを設計し、物理的なプロセッサーにはVMを実行させるとか、色々好き放題やったわな。

何でも自分でやんなきゃならんのは面倒ではあるが、好きに考えてオケーってのは、逆に楽なものだ。
73: 仕様書無しさん 2010/07/24(土) 12:28:28
COBOLを使うと馬鹿になる
74: 仕様書無しさん 2010/07/24(土) 15:27:39
だが日本のIT業界は、どこもCOBOL(20年前)で培った設計ノウハウを踏襲し(他の設計ノウハウは無い)、いまだに現役である(コストに見合うパフォーマンスを発揮しているとは言っていない)
75: 仕様書無しさん 2010/07/25(日) 06:13:26
いや、コスパは十分だろ。
なにせ、必要なものを必要な分だけプログラミングして使ってるんだから。無駄はない。

ただし、はるかに安いハードで、同等の安定性をもって、その資産を生かせれば、それに切り替えることも当然選択の一つ。
76: 仕様書無しさん 2010/07/25(日) 06:24:42
無駄はないけど、生産性の低いやり方。
無駄は発生するけど、生産性の高いやり方。
どちらの方が安くできるかというと、大抵後者。
60: 仕様書無しさん 2010/07/21(水) 16:18:08
俺が最初に付き合ったのは、昭和45年で、HITAC-8300。
IBM-S/360互換機で、メモリー64KB、磁気テープ800BPIが6基、磁気ディスク8.5MBが2基、80欄紙カードのカードリーダー1基、ラインプリンタ1基。
水冷式クーラー2基。
以上総額買い取りならば2億7千万円を44ヶ月レンタル。

言語は、360互換アセンブラ、COBOL、RPG、FORTRAN。
日立製作所本体からSEが4人派遣され、日立電子サービスから保守員2人常駐。


設置してから2ヶ月間の点検と試験運用を経て、お祭り騒ぎの始動式典をやった。
61: 仕様書無しさん 2010/07/21(水) 16:26:02
なんで保守員が2人も必要かというと、1週間に1度、3~4時間の点検、頻発する故障、不慣れな操作による不具合対策のため。

特にコンピュータ室は稼働中23℃以下を厳守、もし25~6℃を1時間くらい見逃してしまうと、それから十日ほどの間に間違いなく故障が発生する。
発熱はそりゃもうすごいもんで、真冬でもクーラーをかけなければ30分ほどで室温30℃を越える。
真夏でも寒くてたまらんので一年中厚着をしてコンピューター室で作業をする。
36: 仕様書無しさん 2010/07/18(日) 15:06:40
今から10年後同じようにお前らも言われるのにw

ひとくちに「昔」といっても、個々人の想像する時代が全然異なるので、読んでるとなかなかおもしろいですね。
管理人がこの業界に足をツッコんだのは、1999年の終わりごろで、新世紀に入った段階でWEB系に完全移行したので、そのころのWEB系について、なんか書きましょうか。

当時はWEBデザインとプログラム、FLASH(笑)もバリバリやってたので、日本ではまだほとんど存在してなかった、フルFLASHのサイトとか作ろうものなら、神様のように崇められたものです。
ペラの4ページくらいしかない、Dreamweaver(笑)で適当に作ったしょぼーいサイトで30万ももらえたから、なんてボロい商売なんだ…と思っていました。(すぐ過当競争になりました)
HTMLもよくわからなかったから、本屋さんで本買ってきたら、

*改行タグ「<br>」の代わりにPの開始タグ「<p>」だけ使えば文字数が節約できる!
*画像を細かく切り出してレイアウトはすべて<table>でやれ!(1x1のspacer.gif大活躍)
*<form>の下にデフォルトでつくマージンは「<table>」と「<tr>」で挟んで消せ!

…などなど、バッドノウハウのオンパレード。スタイルシートで、構造と見栄えを分割しよう…という流れが完全に現場に浸透するのは2005年以降くらいの話です。

当時、日本でシェアの最も多かった、XPに標準でついてたブラウザの「IE6」は、なにしろバグが多くて、でもシェアが多すぎて無視するわけにもいかず、今度はスタイルシートのバッドノウハウが世に溢れて、すんごいカオスなことになってました。Firefoxがシェアで逆転するまで、この流れが続きます。

CSSがうまいこと適用されずに泣き、携帯サイト作成で、各携帯間の互換性のなさに泣き、Javascriptの実装がブラウザ間であまりにも違うのに泣き、スマホと携帯の移行期には、PCサイト・携帯サイト・スマホサイトと3種類作らないといけないことに泣き、JQueryで超めんどくさいインタラクティブなUI作らされて泣き…といった具合に、楽だったのは最初だけで、その後は常に苦しい思いをしてたような気がします。
このあたりから、デザインと開発で分業することがだんだん困難になってきた道理ですが、管理人は、元からひとりで全部作ってたので、低みの見物です。
まぁそれでも、今では標準化が進んで、そのへんの手間は激減しました。(代わりに別の技能が必要になってます)

「ホームページ作成」は、2000年代前半くらいまでは、常に需要があってウハウハでしたが、後半は需要が尽きて失速、たくさんの会社が潰れました。
今では、できあいのテンプレートを適当に当てた格安のサイト作成と、CMSフルカスタムで高価な大規模サイト作成、という具合に、二極化してるんじゃないですかね。

開発の方では、管理人が最も、そして常に苦しんできたのは、サイトのアウトスケーリング問題。
要するに、盛り上がったはいいけど、ひとが来すぎてアクセスがさばけない!という問題に、どう対処するのか、ということです。
昔はけっこうドンブリ勘定だったトラフィック量も、今やクラウドで従量課金なので、なかなかバカになりません。
ない知恵絞る過程で、サーバーにもずいぶん詳しくなりました。

まぁそんなこんなでですね、今だからこそない苦労というのもたくさんあったので、一概に「昔は良かった」とも言えないのですが、「昔のIT(WEB系)は活気と希望があった」というのは事実です。
当時は、誰も最大公約数的な「正解」というのを知りませんでしたから、みんな好き勝手やってたわけですね。自由でしたよ、とにかく。

インターネット、それは未知のフロンティア…
という言葉そのままに、管理人は別段それを楽しんでたわけではありませんが、周りはすっごく楽しそうでした。
もう今は昔、って感じですけどね!
9.23追記:当記事を「朝目新聞」様でご紹介いただきました!
常時SSLで通信するとかめんどうですなー。まぁ確かに安全ではないけど、確認の出ないSSL証明書はタダやないんやぞ。
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    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.9.11 21:27
    墓の下にいるうちのおかんが当時では珍しい女性技術者だった

    酔っ払うと「若い頃はテープに穴を開けてプログラミングしてた。公務員だったおとんより給料が良かったけど、あんたができたから辞めた」とクダを巻いていた、というのを思い出したスレだった
    • ※2 : sage
    • 2016.9.12 8:38
    大学でHTMLを学んだだけで会社設立、株価をコントロールして社員1人を死に追いやり豚箱に1度入った豚が入るくらい
    • ※3 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.9.12 9:37
    ITのエンジニアって高慢だから嫌いだ。
    他の業種のエンジニアだと職人肌と言うかストイックな人がほとんどだったな。
    • ※4 :  
    • 2016.9.12 19:53
    設計、実装、サポート、すべて1人でやってた
    その代わり実力はついた
    コンパイラの吐いたコードにアセンブラでパッチ当てたり
    クロス開発もした
    コピー防止プロテクトも作ったりした
    サポートのおかげで、末端ユーザーがどう使うかとかどう思うかとか勉強になった

    かなり昔に引退して、今は研究者としてアルゴリズムを考えたりしてる
    チームでの開発を経験しなかったので、それは大きな弱点だと思う
    • ※5 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.9.12 20:47
    レス内で文字の大きさ変えるのやめろや
    読者洗脳したいんかてめえは?
    • >※5
      まぁ落ち着いて、上の方にある緑のボタンをぽちっと押してご覧なさいな。
        • ※9 : ドクター・ノオ・ネーム
        • 2016.9.14 0:31
        >※6
        別人だけど
        おぉ!!(パチパチ
        こう言う流れるような対煽り行動が取れるのが羨ましい

        今回も面白かったです、お疲れ様です。
    • ※7 : ピンポンパンポーン♪
    • 2016.9.13 18:11
    昔のITをお知らせします。
    • ※8 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.9.14 0:21
    10年数年位前はセキュリティにうるさくなくて、フリーランスで受けて月100万とか普通だった。
    しかも、相場が固まってなかったから言い値で受け放題だった。
    一番多い時で、カーナビの一部プログラム作っただけで月300万。
    特にウェブページはIT知識のない顧客が全く相場理解してなかったから吹っかけ放題。
    10ページくらいのHP作っただけで900万なんて事もあったな。
    今じゃ、なかなかフリーランスなんて使ってくれないし、どこもITに精通したシステム部があるから相場以下まで下げられる。
    • ※10 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.9.14 17:15
    一流企業からの孫請けだか何だか知らないが、俺みたいなバイトの大学院生が天下の(?)○○電気の名前でプログラム作った
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