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秦氏など渡来人のルーツは? @ [日本史板]


秦氏など渡来人のルーツは? @ [日本史板]
1: 日本@名無史さん 2012/03/13 20:56:25
遊牧系異民族ってせつもあるけど
どこからきたの?
秦氏 (Wikipedia) 秦氏(はたうじ/し)は、「秦」を氏とする氏族。東漢氏などと並び有力な渡来系氏族である。
『日本書紀』において、応神天皇14年(283年)に百済より百二十県の人を率いて帰化したと記される弓月君[1](別名は融通王[2])を祖とする。『新撰姓氏録』によれば秦の始皇帝の末裔とされるが[3]、その氏族伝承は9世紀後半に盛んになったものであって[4]、その真実性には疑問が呈せられており[5]、その出自は明らかでなく以下の諸説がある。
  • 秦の遺民が朝鮮半島に逃れて建てた秦韓(辰韓)の系統。(太田亮)[5]
  • 新羅系渡来氏族。特に、聖徳太子に仕えた秦河勝は新羅仏教系統を信奉していたが、これは蘇我氏と漢氏が百済仏教を信奉していたのと対照的である[6]。(平野邦雄・直木孝次郎・上田正昭)[7][8][9]
  • 百済系渡来氏族。弓月の朝鮮語の音訓が、百済の和訓である「くだら」と同音である。また『日本書紀』における弓月君が百済の120県の人民を率いて帰化したとの所伝もこの説を補強する。(笠井倭人・佐伯有清)[10][11]
  • 弓月君は中国五胡十六国時代の羌族が興した後秦に由来する。また、羌族がチベット・ビルマ語派に属するチベット系民族であって、同言語においてハタは辺鄙の土地、ウズは第一、キは長官を意味することから、ハタのウズキとは「地方を統治する第一の長官」を意味する。同様に、マは助詞「の」、サは都を意味することから、ウズマサは「第一の都市」を指す。(田辺尚雄)[12]
  • 景教(キリスト教のネストリウス派)徒のユダヤ人とする(日ユ同祖論)。(佐伯好郎)[13]
3: 日本@名無史さん 2012/03/13 22:17:21
好きたい人
4: 日本@名無史さん 2012/03/13 22:19:22
削ぐど人
23: 日本@名無史さん 2012/11/13 18:27:08
姫氏 おっと!これは天皇家やった
(Wikipedia) 姫、媛(ひめ)は、およそ皇室から公卿、将軍家、大名など高貴な身分にあった人の息女の敬称として広く用いられた。
(中略)
日本はかつて「姫氏国」という倭漢通用の国称[1]をもっていた。日本紀私記の丁本によれば、野馬台詩には日本のことを「東海姫氏國」と称し、また日本神話において皇室の始祖は天照大神とされ、女帝・神宮皇后を輩出していることから姫氏の国と呼ぶという。
なお、漢の文化における「姫」は、黄帝と周王の姓、そしてその継承者の姓を意味し、こちらに関連する逸話もある。
24: 日本@名無史さん 2012/12/11 22:40:20
秦氏って天皇家と近い関係なのかね
26: 日本@名無史さん 2012/12/12 03:57:19
>>24
近いっちゃ近いね。
でもより近いのは物部(藤原)氏と鴨氏。
この3氏族が連合組んで「物部連合(物部連)」。
30: 日本@名無史さん 2013/01/11 22:46:33
古代イスラエルから来て 中国秦国をもって、日本へ渡ってきた。
38: 日本@名無史さん 2013/06/03 00:33:10
31: 日本@名無史さん 2013/02/16 15:46:32
D系統の遺伝子がセム人種のE系統に似てると言っても中央アジア出自のセム人種に遺伝的に近いってだけでユダヤとは限らないよ
アラブ人に近いかもしれないじゃん。

日本人なんか自爆攻撃と首チョンパが大好きな首狩族だしアラブ人みたいじゃん
ナチスの収容所で反乱起したユダヤ人は似たような自爆をやったらしいけどね
ハプログループD (Y染色体) (Wikipedia) ハプログループD (Y染色体)(ハプログループD (Yせんしょくたい)、英: Haplogroup D (Y-DNA))とは、分子生物学・人類遺伝学で用いられる、人類のY染色体のハプログループ(型集団)の分類で、YAPと呼ばれる珍しい変異の型を持つもののうちの「M174」に定義されるもの。
(中略)
ハプログループDは、東アジアに住むためにアラビアから南アジアの沿海岸を通って東南アジアへ、さらに東南アジアから北方への経路を進んで移住していったと想定されるが、現在のインド・中国(漢民族)やその他の地域では全くその痕跡が見当らない。地球上で、ハプログループDが人口比に対して高頻度で見つかるのは日本、チベット、ヤオ族だけで、世界でほぼ3か所でしか見つかっていない。しかし、この3か所は、同じハプログループDに属していても、サブグループが異なるため、分岐してから数万年を経ていることを示している。またハプログループDは、中国、朝鮮、東南アジアにおいて一般的なハプログループOとはさらに遠く隔たっている。
32: 日本@名無史さん 2013/02/16 15:47:25
親日なイラン人によると日本の風習の大部分はイスラム教のコーランと風習と共通してるらしい
34: 日本@名無史さん 2013/02/22 05:37:13
民族衣装の本にアイヌは中央アジア系とかアホなこと書いてあったけど、
著者は生物学に疎くてD系統ってのを早合点したんだな
37: 日本@名無史さん 2013/05/26 23:21:39
ローマのガラス製品が日本に見つかったから想像がふくらむな
【イギリス反応】〜ローマ帝国のガラス工芸品が日本の古墳から出土 〜 (海外反応!クールジャパン) ローマ帝国のガラス工芸品 古代ローマの工芸職人が製作したと思われるガラス製の宝飾品が、日本の古墳から出土しました。ローマ帝国の影響が、アジアの端にまで及んでいたことがうかがわれます。

京都府長岡京市に5世紀に建造された宇津久志古墳群から発見された3個の淡黄色のガラス玉は直径5ミリ。金箔が付着しており、1世紀から4世紀の間に製作された物とみられています。奈良文化財研究所の分析によると、ナトロン(炭酸ナトリウム水和物)を使って作られたようです。ナトロンは古代ローマでガラスを溶かすのに使われていた化学物質です
39: 日本@名無史さん 2013/10/23 15:51:37
秦氏は基本、新羅渡来。
百済系の藤原氏に入ってる秦氏も要るが、百済和氏と同じく、混じっているだけ。
倭人本体と渡来秦氏本体は、新羅系渡来。
だから
八幡神社、賀茂神社、素戔嗚尊神社、新羅神社は、皆、新羅絡み。
出石神社・白井神社も新羅渡来の天日槍命崇拝。
松尾大社や伏見稲荷大社も秦氏の秦神社由来で新羅系。
百済神社や高麗神社は、高句麗絡み。
42: 日本@名無史さん 2013/10/30 20:20:27
秦氏と高皇霊産神と須佐之男と天若日子と少彦名命と新羅の関係が、分からないんだけど。
43: 日本@名無史さん 2013/10/30 20:25:33
>>42
それと、これらの人達と大日鷲命だとか金烏だとかの関係も分からない。
大日鷲命は大国主とも云われてるし。
47: 日本@名無史さん 2013/10/31 04:30:34
>>42 秦氏は正確には中国渡来。秦氏の進路を遡ると、シルクロード経由でイスラエルまで行きつく。
弓月国や郭耳国は秦氏と関係あると思う。高句麗とは関係ない。
48: 日本@名無史さん 2013/11/04 20:41:05
>>47
>秦氏の進路を遡ると、シルクロード経由でイスラエルまで行きつく・・・・・・
秦氏が、現在のイスラエル地方出身だと?壮大な説だが、太古の出アフリカ
途上に一時イスラエル地方に逗留したことを指しているのかね?
53: 日本@名無史さん 2013/11/07 11:38:03
>>48 いや、イスラエル→バビロン→ペルシャ→中国→日本。
秦氏の信仰する宗教は景教(原始キリスト教)だったという。
ネストリウス派 (Wikipedia) ネストリウス派とは、古代キリスト教の教派の1つ。コンスタンティノポリス総主教ネストリオス[1]により説かれ、431年、エフェソス公会議において異端として排斥された。唐代の中国においては景教と呼ばれる。のちアッシリア東方教会が継承した。
管理人:唐は7世紀~10世紀初頭ごろまで。一方秦氏が日本に来たのは3世紀頃。時代が合ってない気がしますね。
52: 日本@名無史さん 2013/11/06 23:28:03
>>42
それ全部関係ないから心配すんなw
関係あるある言ってるのは電波系のアホばっかり
49: 日本@名無史さん 2013/11/04 21:00:06
前秦の苻氏の子孫であり、胡族であろう。
胡族の成分としては、匈奴・鮮卑・羯・氐・羌のうち、氐・羌。
シナチベット語族チベットビルマ語派ロロ・ナシ語支あたり。
(Wikipedia) 胡(こ)は、漢民族が、中国の北部や西部の異民族(とくに遊牧民族)を卑しんで呼んだ言葉である。また「胡瓜」(きゅうり)のように、これらの異民族由来のものである事を示す用法もある。
もともとの意味は、「あごひげ」が長い人である。
58: 日本@名無史さん 2013/11/07 23:59:02
ユダヤ教系(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教) では基本的に偶像崇拝は厳禁。
その為か神の依代、代替として岩や石を神聖視したようです。

我が国の神道に於いても基本的に同じ。
ユダヤ由来説は日本より当のイスラエルに於て驚嘆を持って盛んに言われているところ。習俗や祭儀、神社の様式。言葉に至っては3000語以上の類似性や同一性が確認されています。
これは単なる偶然とは考えにくい生きた物証
意味不明な囃子詞/ハヤシコトバ(此れ自体もユダヤ由来)の数々はユダヤの古語ヘブル語だと訛りはキツイものの意味のあるフレーズばかり。
63: 日本@名無史さん 2013/11/08 18:14:36
養蚕、絹織物なんかは秦氏の職能
64: 日本@名無史さん 2013/11/08 22:59:28
養蚕、織物ならモロ漢民族だろ。

秦氏の残した朝鮮陶質土器=須恵器だって中国灰陶の流れを汲む土器。
85: 日本@名無史さん 2013/11/11 15:59:59
>>64 漢民族が養蚕、織物に従事してたなんて初耳だが。
漢というと征服系で着る側というイメージだが。
まあ養蚕はどこの国でもやってただろう。呉服は呉系であるし。秦氏は漢の国にもいたし。
(Wikipedia) 絹 (中略)
絹の生産は紀元前3000年頃の中国で始まっていた。伝説によれば黄帝の后・西陵氏が絹と織物の製法を築いたとされ、一説には紀元前6000年頃ともされる。少なくとも前漢の時代には蚕室での温育法や蚕卵の保管方法が確立しており、現在の四川省では有名な「蜀錦(中国語版)」の生産が始められていたという。『斉民要術』によれば現在の養蚕原理がほとんど確立していた事が判明している。また、北宋時代には公的需要の高まりに伴って両税法が銭納から絹納へと実質切り替えられ(1000年)、以後農村部においても生産が盛んになった。
一方、他の地域では絹の製法が分からず、非常に古い時代から絹は中国から陸路でも海路でもインド、ペルシア方面に輸出されていた。これがシルクロード(絹の道)の始まりである。紀元前1000年頃の古代エジプト遺跡から中国絹の断片が発見されている。古代ローマでも絹は上流階級の衣服として好まれ、紀元前1世紀にエジプトを占領すると絹の貿易を求めて海路インドに進出、その一部は中国に達した。だが、ローマでは同量の金と同じだけの価値があるとされた絹に対する批判も強く、アウグストゥスが法令で全ての人間の絹製の衣類着用を禁止した。マルクス・アウレリウス・アントニヌスは絹製のローブが欲しいという后の懇願を拒絶して模範を示したが、それでも絹着用の流行は留まることはなかった。

管理人より:…とありますから、秦氏が養蚕、絹織物に従事してたかはさておき、少なくともある時期までは古代中国の専売特許ぽい。
65: 日本@名無史さん 2013/11/09 07:34:24
太秦って大阪府にもあんだな
66: 日本@名無史さん 2013/11/09 08:29:23
何でそれで、うずまさ、って読むのかな?
69: サガミハラハラ 2013/11/10 12:43:00
太秦とかいて何故ウズマサとよむのかについては、長らく不思議がられていたが、平成14年に
雑誌歴史研究にその謎が解かれている。
太秦の太は、太郎次郎三郎の太と同じであり、本家とか中心とかの意味である。
つまり太秦とは、秦氏の本拠地という意味なのである。
であるから、本来は、オオハタと発音するのが正しく、そう発音されていたはずである。
で、秦氏はその本拠地、太秦(オオハタ)を今の京都の一角に置いた。
その一帯はウズマサとよばれていたところであった。
日本では、人名や施設を、そのある場所の地名でいう場合がみられる。
例えば、木村という親戚が大阪に住んでいると、大阪の叔父さんという呼び方をする。
新東京国際空港が成田にあるので成田空港と呼ぶ、とかである。
警視庁は桜田門にあるので、サクラダモンといったら警視庁を指す、とかである。
この太秦も、本拠がウズマサにあったので、ウズマサというようになったのである。ただし正式には太秦であったので、
漢字で書く場合は太秦の字を使ったということである。
ではウズマサの意味であるが、
ウズとは髷のことである。マサとはマサキカズラのこと、今のテイカカズラのことである。
つまり、髷飾りにマサキカズラを使っている光景からできた地名なのである。
京都の(昔は葛野と言った)一角にテイカカズラのさきみだれる野があり、そこのテイカカズラを人々は髪飾りにつかっていたのである。
もう一つの説は、やはりテイカカズラの咲き乱れる野については変わらないのであるが、
その咲き乱れる花をみたある人が、天石屋の事件の時に、天のウズメの尊が、 石屋の前で踊るときにウズにマサキをさして踊ったことを思い出し、ウズマサといい、それが広まったものである。との説がある。
以上から、太秦という表記とその読みがウズマサとなったわけの説明を終わります。
70: 日本@名無史さん 2013/11/10 13:01:31
解説乙。

なるほど、髷飾りのマサキカズラを指すウズマサの地に秦氏が大挙して移り住んだから太秦=オオハタと名付けても旧名のウズマサで呼ばれてオオハタが消えてしまったんだな。

確かにみんな新東京国際空港となんて言わないね。

単にナリタと言うだけでw
74: 日本@名無史さん 2013/11/10 16:47:52
>>69それは違うのではないか?
太秦の「うず」は、宇治と同じ蛇のことだ。渦=とぐろと考えればわかりやすい。
太秦とは、秦氏が崇拝する蛇神のことだろう。三輪山の大物主も蛇神だ。
「まさ」の方は、長を意味する勝(まさる)のことだろう。
宇都宮という地名も、実は宇津の宮、つまり秦氏の宮なのだ。
秦氏は、薬師寺との関連が深く、蛇は脱皮して再生する薬師如来の使いとされていた。
宇津救命丸の創業家宇津家は、宇都宮が秀吉に改易されるまで藩の御典医だったと伝えられている。
富山の薬売りにも、宇津と名乗るものが多いという事実もある。
下野薬師寺が、奈良東大寺と同じく、奈良時代に正式に僧尼を認める戒壇が設けられていたことでもわかるように、
秦氏の分派が下野に来ていたことは確かだ。宇都宮藩の祖、慈覚大師円仁は秦氏か?
管理人より:蛇を崇拝…というとグノーシス派(の中のオフィス派)を連想しちゃいますね。時期的にちょっと遅すぎるかな…。でも秦氏の先祖が、異端者として、正統派カトリックから追われた身だとするとおもしろい!
グノーシス派はキリスト教のかなり初期から異端とされていたので、流れに流れてマニ教なんかに姿を変えつつ中国まで。
当時の中国は春秋戦国時代~秦の中華統一あたりなので、こんな好戦的な国では、知識の追求などかなわん!ということでついに日本まで。
日本に来てみると神様たくさんいるし、この上ひとり増えたところで…というわけで、どさくさに紛れて蛇を祀る神社なんか作っちゃったりして、これが後の白蛇信仰につながったりしたらおもしろいですね………という管理人の妄想でした。
グノーシス主義 (Wikipedia) グノーシス主義(グノーシスしゅぎ、独: Gnostizismus、英: Gnosticism)またはグノーシス(古希: Γνῶσις、ラテン文字転写:Gnosis)は、1世紀に生まれ、3世紀から4世紀にかけて地中海世界で勢力を持った古代の宗教・思想の1つである。物質と霊の二元論に特徴がある。普通名詞としてのグノーシスは古代ギリシア語で認識・知識を意味する言葉であり、グノーシス主義は自己の本質と真の神についての認識に到達することを求める思想傾向を有する。
またグノーシス主義は、地中海世界を中心とするもの以外にイランやメソポタミアに本拠を置くものがあり、ヘレニズムによる東西文化のシュンクレティズムのなかから生まれてきたものとも云える。代表的なグノーシス主義宗教はマニ教であるが、マニ教の場合は紀元15世紀まで中国で存続したことが確認されている。
71: 日本@名無史さん 2013/11/10 14:31:36
秦氏をハダと読むのも、機織りからと良く言われるけど、ハナハダシイのハダ(「甚」:極端、想像を超えるの意)から来てるんじゃないかな。
むしろ秦氏が得意だったから機織りをハタオリと呼ぶようになったのでは?
75: 日本@名無史さん 2013/11/11 02:18:20
「うづ」は秦韓十二国の中の一つ、「優中国」の優中(ウツ)だろ
今の慶尚北道の北部の日本海沿岸
その前は「有秩」これは秦の制度で五千戸の長。
5000世帯でそこに移民定住したから「優中国」という地名が起こった

「まさ」は…メシアかなw
76: 日本@名無史さん 2013/11/11 04:11:26
優中国なんて存在しないしな、在ったのは優由(ユリウ)国、それ程似てない
89: 日本@名無史さん 2013/11/14 23:16:58
>>76
写本によって優中国・優田国・優由国いろいろある
日ユ同祖論では辰韓十二国がイスラエル12部族でその中の優田国がユダ族
「優由国」説もあるがその場合は「うや」と読むはず
ユリウとかいってるやつは朝鮮人だけ、問題外。
90: 日本@名無史さん 2013/11/15 19:24:48
>>89
残念ながら南チョンの願望妄想も虚しく
在ったのは優由国、そして古漢語の発音はユリュ(YuLiu、YuLiw)
91: 日本@名無史さん 2013/11/15 21:33:08
>>90
優の字の音に[Y]があらわれるのは近世音(宋代)以降
由の字に[L]音があらわれるのは現代中国語じゃないのか

優中でも優田でもなく「優由」なのだとする場合にはその比定地に
烏也山(うやさん)を想定しているはず
古漢音とか何を典拠にしてんのかしらんが
三国志の時代の「優由」の漢字音と6-7世紀の「烏也」の漢字音に
つながりを認めない立場なのか? それで「優由」説に執着する意味あるの?
辰韓 (Wikipedia) 辰韓 辰韓(しんかん)は、紀元前2世紀末から4世紀にかけて、朝鮮半島南部にあった三韓の一つ。帯方郡の南、日本海に接し、後の新羅と重なる場所にあった地域である。その境は、南にある弁韓と接しており、入り組んでいた。もともと6国であったが、後に分かれて12国になった。そのうちの斯蘆が後の新羅になった。辰韓人は穀物と稲を育て、養蚕を生業としていた。
(中略)
優由戶(優中・優田。「優中国」として秦氏の国とする説もある)
88: 日本@名無史さん 2013/11/14 21:32:30
「うづまさ」の「うつ」も「はた」も同語源で訛り方が違うだけ
元は「于填(うてん)」のちのホータン
于填の先秦上古音は[yu-tu]でこれが「うつ」の語源
于填はまたそれ以前の「月氏」「禺氏」の語源でもある
月氏の先秦上古音は[hat-ti]でこれが「はた」の語源
92: 日本@名無史さん 2013/11/15 23:44:14
同時代の三国志に残されている記録は優由国
三国史記は数百年後に創られた読み物
現代中国語の由はyou2、上古音の優はyuもしくはquに近い音

>>88
えw上古音だと月氏は(GwaTsing)、于填は(GwaDin)だぞ?
あ、本当だ、よく似てる。同じ民族の別音写なのか
93: 日本@名無史さん 2013/11/16 03:27:40
>>92
>同時代の三国志に残されている記録は優由国
>三国史記は数百年後に創られた読み物

それは否定してないが、ぽまえの考えでは優由国ってのは今のどこなの?
94: 日本@名無史さん 2013/11/16 12:54:18
辰韓地方は南と東南を倭と接し現慶州北道と概ね一致するから
慶州北道の何所か、慶州南道では無いね
95: 日本@名無史さん 2013/11/16 23:06:42
>>94
>慶州北道の何所か

あたり前だろ! そんなことは質問する前から大前提だっつの
まさか全羅道だの京畿道だの言い出すとはこっちも思ってないから心配すんなw
管理人より:レベル高ェ…('A`)
77: 日本@名無史さん 2013/11/11 10:44:22
古くの渡来秦氏を皇統で観ると・・
孝元天皇、第一皇子の大彦命の四男に、波多武彦命と孫に、豊韓別命・・後の安倍氏
大彦命と開化天皇の弟の彦太忍信命の孫の三韓征伐の武内宿禰の子に古代波多氏・許勢氏・蘇我氏・平群氏・紀氏・渡来9天皇家の葛城氏・江沼氏と古代中央氏族の臣姓が名を連ねている。
82: 日本@名無史さん 2013/11/11 14:39:20
狗邪韓国、後の任那や弁辰、後の加羅も韓だからな
84: 日本@名無史さん 2013/11/11 15:46:40
秦氏は大体分かった。物部の力を検証してくれ。楚系だと思うんだが。
96: 日本@名無史さん 2013/11/20 17:15:18
月氏はガチで秦氏と関係あるファー。
月氏 (Wikipedia) 月氏 月氏(呉音:がちし、漢音:げっし、拼音:Yuèzhī)は、紀元前3世紀から1世紀ごろにかけて東アジア、中央アジアに存在した遊牧民族とその国家名。紀元前2世紀に匈奴に敗れてからは中央アジアに移動し、大月氏と呼ばれるようになる。大月氏時代は東西交易で栄えた。
(中略)
秦の始皇帝(在位:前246年 - 前210年)の時代、中国の北方では東胡と月氏が強盛であった。一方、匈奴は陰山の北からオルドス地方を領する小国にすぎず、大国である東胡や月氏の間接支配を受けていた。ある時、匈奴の単于頭曼は、太子である冒頓を廃してその弟を太子にしようと、冒頓を月氏へ人質として送った。しかし、頭曼は冒頓がいるにもかかわらず月氏を急襲してきた。これに怒った月氏は冒頓を殺そうとしたが、あと少しの所で逃げられてしまう。匈奴に逃げ帰った冒頓は父の頭曼を殺して自ら単于となり、さっそく東の東胡に攻め入ってこれを滅ぼし、そのまま西へ転じて月氏を敗走させ、次いで南の楼煩、白羊河南王を併合し、漢楚内戦中の中国にも侵入し、瞬く間に大帝国を築いた。
97: 日本@名無史さん 2013/11/20 21:44:53
ハダもウツも元々は月氏の音写、今のホータンだよ
98: 日本@名無史さん 2013/11/20 22:45:35
月氏が後の卜部氏じゃね
99: 日本@名無史さん 2013/11/21 03:03:08
卜部は中臣と同系統。帰化系ではない
100: 日本@名無史さん 2013/11/21 07:09:16
え?中臣鎌足って百済人じゃ無かった?
101: 日本@名無史さん 2013/11/21 15:15:03
>>100
それはヒガミ鮮人の電波説。
111: 日本@名無史さん 2013/11/22 22:01:16
電波とデマは百済系。
藤原鎌足 (Wikipedia) 藤原鎌足 中臣 鎌足(なかとみの かまたり)は、飛鳥時代の政治家。藤原氏の始祖。
大化の改新以降に中大兄皇子(天智天皇)の腹心として活躍し、藤原氏繁栄の礎を築いた。『藤氏家伝』には「偉雅、風姿特秀」と記されている。字は仲郎。
(中略)
出生地は大和国高市郡藤原(奈良県橿原市) 『藤氏家伝』。
藤原という姓も出生地の地名から取られたものである。
大原(現在の奈良県明日香村)や常陸国鹿島(茨城県鹿嶋市)とする説(『大鏡』)もある。
102: 日本@名無史さん 2013/11/21 21:38:27
卜部氏は、元々が月読宮に仕えていた言霊聞き家系の宮司だろう。
103: 日本@名無史さん 2013/11/21 21:43:10
大陸では、トは吉凶を占うシャーマンで通ってた筈。
トの元の書体は、動物の骨が元。
吉凶を占うシャーマンのアイテムが動物の骨だったから、ト姓
半島の新羅王族の一人朴氏姓がそのシャーマン家系と言う話。
106: 日本@名無史さん 2013/11/22 00:23:21
>>103
卜は亀の甲羅を使うのが古代中国の基本
卜は大体占いと同じ意味で、シャーマンは巫であって卜でない
卜部氏 (Wikipedia) 卜部氏(うらべうじ/し)は、「卜部」を氏とする氏族。古代の祭祀貴族の一つで、卜占(ぼくせん)による吉凶判断を業としていた氏族である。占部・浦部・浦邊とも表記する。
卜部とは亀卜(亀甲を焼くことで現れる亀裂の形(卜兆)により吉凶を占うこと)を職業とした品部。系統が異なる氏族が日本各地に存在するが、このうち伊豆・壱岐・対馬の卜部氏は神祇官の官人に任ぜられ、神祇官の次官(大副・少副)には伊豆卜部氏が、下級職員である卜部には伊豆5人・壱岐5人・対馬10人の、それぞれ卜術に優秀な者が任じられた[注釈 1]。この三カ国以外の卜部氏は日本古来の卜占である太占に関係した氏族の後裔であるという[1]。
55: 日本@名無史さん 2013/11/07 11:59:29
きっと秦氏の古墳を掘り返したら、兵馬俑やら地下宮殿、水銀の池、契約の箱に聖杯、ロンギヌスの槍や頼朝公おん十四歳のみぎりのしゃれこうべなどが出てきて大変なことになるなw

謎の渡来人「秦氏」についての、考察でしたがいかがでしたでしょう?
日ユ同祖論なんかでは、失われた10支族のうちのどれかではないか?なんて言われますよね。
正直、あんまり期待せずにまとめてましたが、予想に反してけっこういいまとめ記事なったのではないかと自負しています。ンフフ。
古い時代の話しなので、ちょっと考古学チック、そして言語学チックになったのは否めないですが…日本史板にも随分博識な方がいるんですね。まぁ歴史系はコアなファン多いから…。
歴史系まとめは管理人的にはもっとやっていきたいのですけど、競合が多いのとまとめるのにやたらと時間がかかるので、このサイトでは控え目に行きたいと思います!

トップ絵は永仁6年(1298年)制作と言われる「鑑真和上東征絵伝」に描かれた渡来船。
はるか昔、大陸から様々な情報を持って、日本海の荒波を往き来してたと思うと…なんだかロマンがあっていいですよね。
聖書に隠された日本・ユダヤ封印の古代史―失われた10部族の謎 (Natura‐eye Mysteria)
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元スレ:http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history/1331639785/

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