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なぜ中国の歴史は同じことの繰り返しに見えるのか? @ [世界史板]


なぜ中国の歴史は同じことの繰り返しに見えるのか? @ [世界史板]
1: 世界@名無史さん 2017/01/01(日) 11:59:54.80 0.net
中国の歴史書には、あまりにも似たような出来事の繰り返しが多い。
だから、通読しても、何もアタマに残らないと昔から言われてきた。
大歴史家の司馬光が、自著を通読したときでさえそうだった。

ヘーゲルが、「持続の帝国」と呼んだ国。
なぜ、そうなったのか?
2: 世界@名無史さん 2017/01/01(日) 12:12:39.78 0.net
数年前に、「なぜ、中国はどの時代も同じように見えるのか?」というスレッドをやって以来、いろいろ考えてきたが、まだ結論が出ていない。

なんといっても、問題はビジュアル面にある。
たとえば日本の場合、「平安時代」といえば、十二単や狩衣を来た貴族が、平安京で牛車に乗って、寝殿造の屋敷で和歌を読み・・・というような絵が、すぐ脳裏に浮かぶ。

江戸時代なら、チョンマゲ結った武士が大名行列して、町人が長屋に住んで・・・というような絵が、やっぱり浮かぶ。

ヨーロッパでも、古代ギリシャ・ローマ時代、中世、近世、近代と、歴史ドラマを見ただけで、時代背景の見当はすぐにつく。

その点、中国は、どの時代のドラマを見ても、違うのは人物の名前だけで、建物も、人々の服装もほとんど変わらない。
唯一の例外は清だ。弁髪と満州服のおかげで、この時代だけは一目で区別がつく。
あとは、秦から明まで変わらない。

彼らの時代考証は、一体どうなっているのか?なんで、そーなるの?
3: 世界@名無史さん 2017/01/01(日) 12:26:18.74 0.net
もっとも、戦国時代から秦までは、兵隊が兵馬俑に似てる上に、武器が青銅器だから、戦争シーンを見れば大昔だとわかる。
あとは、北方の野蛮人が大暴れしている時代というのがあって、それは魏晋南北朝か、遼・金・元。
とくに、金庸の武侠モノは、この時代背景が多い。

それにしたって、どの時代も、建物と服装が似ている。
古代ローマ人と中世ヨーロッパ人のような、パッと見て分かる違いに乏しい。
違うのは登場人物の名前だけで、あとは漢も唐も明も一緒。
4: 世界@名無史さん 2017/01/01(日) 12:36:38.48 0.net
ヨーロッパの場合は、巨大なローマ帝国の時代があって、バラバラに分かれた中世があって、やがてイギリス・フランス・スペインといった大国が成立して・・・と、政治体制の変遷も大きい。
「古代・中世・近代」という区分が歴然としている。

その点、中国の場合は、帝国が統一して、分裂して・・・の繰り返し。
漢も唐も明も、そして清や中華民国・中華人民共和国も、この点では同じに見える。

ヘーゲルが「持続の帝国」と呼んだのも、まさにこの点を指している。
21: 世界@名無史さん 2017/01/06(金) 23:25:41.86 0.net
>>2
ビジュアル面なら、ベトナム王朝の方がもっと同じに見えるよ
ベトナム王朝のビジュアルを勉強してから中国史のビジュアルを学習すると、「中国各王朝はこんなに違うのか!」と驚くかもしれない
43: 世界@名無史さん 2017/01/09(月) 00:11:30.63 0.net
>>2
胡服を取り入れたのは春秋戦国だったな
45: 世界@名無史さん 2017/01/09(月) 07:35:06.93 0.net
>>43
趙の武霊王が、胡服騎射をはじめた
胡服(右)
管理人より:「胡服」というのは、異民族を意味する「胡人」が来ていた服の総称で、特定のファッションスタイルを差す言葉ではありませんが、ここでは戦国時代流行した匈奴の来てたこゆ感じの服。
胡服騎射
「胡服騎射」は、遊牧民族が馬上で単騎で弓を扱うのを真似たもの。この騎射を実現するために、従来のスカート型の裾がビラビラした服はやりづらく、胡服のズボン式が必要だった云々。
6: 世界@名無史さん 2017/01/01(日) 22:24:10.15 0.net
>>1
唐の時代と明の時代じゃ、服装からして明らかに違うだろ。
清だけしか違いが分からんって、そりゃ勉強不足だよ。
7: 世界@名無史さん 2017/01/02(月) 06:29:31.80 0.net
英雄 ~HERO~ Blu-ray 映画「HERO」が作られたときは、中国では唐の時代の衣装が分からないので、時代考証については日本からアドバイザーがつくことになった。
ひとつには、中国では昔の絵が意外と残っていない。


秦の時代については、兵馬俑のおかげで、兵隊がどういう格好をしていたかがリアルに分かるようになったのだが。
英雄~HERO~
管理人より:「英雄~HERO~」は秦の始皇帝暗殺を描くトンデモチャイナな映画なので、唐は関係ありませんよォ。
9: 世界@名無史さん 2017/01/02(月) 06:53:25.48 0.net
そもそも、唐の時代の服装は多様で、「これが唐人だ」と決めるのが難しいという面もある。

唐は、アメリカ合衆国のような多民族国家で、漢人と胡人のハイブリッド文化であった。

胡人の文化に由来する服装は、騎馬民族だけに、馬に乗りやすいズボン姿が基本。
あと、女性の服装で特徴的なのは、裳を胸まで上げた、チマチョゴリみたいな服とか。
31: 世界@名無史さん 2017/01/08(日) 22:39:18.25 0.net
>>9
唐代の女官の装束 唐の女官
32: 世界@名無史さん 2017/01/08(日) 22:41:51.55 0.net
>>31
右端がチマチョゴリにそっくり
34: 世界@名無史さん 2017/01/08(日) 22:55:35.79 0.net
>>31
これみんな高位の女官?
日本じゃ十二単しかないけれど、唐の都長安は国際都市だから、こんないろんな服装や髪型があったの?


唐の女官唐の女官唐の女官唐の女官
10: 世界@名無史さん 2017/01/02(月) 07:07:00.61 0.net
唐の女性といえば、胸の谷間が見えるほどエリを開き、帯の位置は高くハイウエストで、額に花のマークがついてるのが特徴。

漢の服と比べて、全体的にゆったりとしている。

漢を代表する美人の趙飛燕は細身の柳腰でピチッとした服だが、唐を代表する美人の楊貴妃は豊満な体型でゆるい服をきている。
漢や明よりも露出度が高いので、唐を舞台にしたドラマは見応えがある。
趙飛燕
管理人より:「趙飛燕」とその妹の「趙合徳」は美貌を持って知られ、身分の低い生まれながら舞姫として研鑽を積み、前漢成帝に見初められ、おねーちゃんはやがて皇后の座をゲットします。コスプレでどうぞ。
20: 世界@名無史さん 2017/01/05(木) 10:13:41.29 0.net
やっぱり唐宋変革が大きいわ
唐までと宋以後で社会の様相がまるで違う
22: 世界@名無史さん 2017/01/06(金) 23:45:20.58 0.net
歴史が繰り返すのではなく、人の心が変わらないということでしょう。
徳治主義も法治主義も社会主義も彼らを善導できなかった。
23: 世界@名無史さん 2017/01/07(土) 00:28:53.12 0.net
中国でも時代によって服装は違うじゃん
例えば上流階級の女性が十二単の様な服装をしていれば唐代だとわかる
26: 世界@名無史さん 2017/01/08(日) 16:38:00.60 0.net
平安時代の貴族社会と、鎌倉以後の武家社会。

中国でそれに相当するのは、唐の貴族と、宋以後の士大夫かな?
27: 世界@名無史さん 2017/01/08(日) 16:46:59.46 0.net
漢の時代の文化は、博物館で文化遺産を見る限りでは、日本の弥生時代とたいして変わらない。同じ時代なんだから当たり前だが。

庶民が住んでたのは、竪穴式住居だし。
土器も、後の時代の陶磁器とはレベルが違いすぎる。
鉄器も、本格的に普及するのは後漢から。

弥生時代の原始人みたいな人たちが大帝国をつくったとは、にわかに信じがたい。
事実は小説より奇なり・・・。
28: 世界@名無史さん 2017/01/08(日) 18:38:07.38 0.net
弥生時代は稲作や戦争の為に集落が組織化されていたんだから、間違っても原始人の様なと言えるレベルじゃないだろ
29: 世界@名無史さん 2017/01/08(日) 22:13:49.72 0.net
>庶民が住んでたのは、竪穴式住居だし。
農村部ですら瓦屋根を持った建物が発掘されているが

>鉄器も、本格的に普及するのは後漢から。
鉄製農具が普及したのは紀元前6世紀
武器は依然として青銅製のものを使ったいたのは、中国では最初に武器に不向きな鋳鉄の製造から始まったから
30: 世界@名無史さん 2017/01/08(日) 22:21:19.49 0.net
前漢代の豪農の家 前漢の農家前漢の農家
農家 前漢の農家
58: 世界@名無史さん 2017/01/09(月) 15:27:07.82 0.net
>>27-31
まあ、ポンペイなどのほぼ同時代のローマ都市のように、電化製品と自動車を持ち込んで、あとは医師に来てもらえれば、今の先進国の中産層と、ほぼ全く変わらない生活水準を維持できそうな、「輝かしい古代」というのには、前漢の社会は若干物足りないようにみえるよね。

前漢に関しては、むしろ「生産の帝国」と言ったほうがいいのかもしれない。
あの時期、華北平原の土壌が限界までフル活用され、人口と生産力が前近代のほぼ限界まで伸び切って、ここでピークアウトする。
後には行われなくなる、生産性の高い稲を組み込んだ複合農業が、華北で行われていた。

中国というのはいつもそうなのだが、常にずばぬけて博物地大だが、その割に住民はあまり豊かじゃない。
65: 世界@名無史さん 2017/01/09(月) 18:49:57.38 0.net
>>58
弥生時代の日本と同じ文明レベルだったとか言ってたのに、随分と主張を後退させたじゃないか

オドリコ「東洋旅行記」
このマンジ州(華南)にはゆうに二千の大都市があり、それ等の大都市は非常に巨大なため、トレヴィソもヴィチェンツアもその数に入れられぬほどであり、またこの地方の人口は非常に多くて、我等には信じ難い程である。〔そして多くの場所で我々がヴェネチアの昇天祭で見かける群衆よりも多い人出を見ることが出来た。〕
この地には大量のパン・ぶどう酒・肉・魚・米その他世界の人々が用いるあらゆる種類の食糧があり、またこの州のすべての人々は技芸や商業を営み、どんな貧困者でも手足でおのれを助けうる間は、決して施与をうけようとはしない。

アルヴァーロ・セメード「チナ帝国誌」
つぎにこの国の物資の豊かさについて語ろう。国土が非常に広大で、いくつもの緯度にまたがっていて、気候がいたって変化に富んでいるために、この国ではさまざまな産物が収穫され、消費されており、まるで神が世界の他の国々にお分けになる一切のものをここに集中なさったかのように思えるのである。
78: 世界@名無史さん 2017/01/09(月) 21:19:36.59 0.net
>>65
横だが
なんでそこで元代以降の史料を引いてくるんだよ
一千年以上の開きあるだろ
83: 世界@名無史さん 2017/01/09(月) 22:51:02.33 0.net
>>78
ちゃんとレス読んでるか?

>>58
>中国というのはいつもそうなのだが、
~~~~~~~~~~~
>常にずばぬけて博物地大だが、その割に住民はあまり豊かじゃない。
に対する反論なんだが
36: 世界@名無史さん 2017/01/08(日) 23:14:34.09 0.net
これは奈良じゃなくて難波宮だけど唐と同じ服装だ
難波宮
37: 世界@名無史さん 2017/01/08(日) 23:17:57.40 0.net
>>36
ほんとだ。でも難波宮には、肩もあらわに、胸も大きくはだけた女官の服装はない。
63: 世界@名無史さん 2017/01/09(月) 18:34:10.48 0.net
>>36
唐朝の場合だと、肩から上はベールを羽織るだけで胸をはだけさせる服装が流行っていたのでちょっと違う 唐代の女性の服装
髪形のバリエーションも全然違うし、額に花模様の化粧するのも日本ではしなかったはず 唐代の女性の髪型
41: 世界@名無史さん 2017/01/08(日) 23:30:47.88 0.net
あくまで貴族の衣装の話であって、日本人の大多数を占めていた庶民は、古墳時代を引き継ぐような衣袴・衣裳(きぬはかま・きぬも)のようないでたちだった・・・んですよね?
44: 世界@名無史さん 2017/01/09(月) 07:33:17.68 0.net
↓女官の衣装に注目!
映画ファンから「おっぱい祭り」といわれた、チャン・イーモウ「王妃の紋章」


王妃の紋章『王妃の紋章』(チャン・イーモウ) - 愛すべき映画たち

王妃の紋章[映画『王妃の紋章』を観た] - 『甘噛み^^ 天才バカ板!』 byミッドナイト・蘭
47: 世界@名無史さん 2017/01/09(月) 07:47:59.42 0.net
こちらは明の官服、朱色が特徴。これも「ザ・中国人」って感じ。
韓国ドラマの朝鮮王朝モノも、こんなカッコしてるのがほとんどですな。

明の官服中国の伝統のアパレルの明朝のアパレル
48: 世界@名無史さん 2017/01/09(月) 07:52:45.20 0.net
こちらは、清の官服。中国は、まったく別の国になってしまった。
朝鮮では、明の服装を守り続けた。

清の官服
49: 世界@名無史さん 2017/01/09(月) 07:56:15.77 0.net
>>48
越南も清の服を着せられたんだが
朝鮮だけなぜ明の服のままで許されたんだろうね
51: 世界@名無史さん 2017/01/09(月) 08:34:11.65 0.net
>>49
ベトナムの民族衣装は、満州服だねえ?

アオザイ添乗奮闘記 ベトナムの民族衣装
52: 世界@名無史さん 2017/01/09(月) 09:04:27.38 0.net
>>51
アオザイもチャイナドレスと同じで清の服を現代風にアレンジしたもの
53: 世界@名無史さん 2017/01/09(月) 09:10:32.20 0.net
ベトナムの衣装の歴史
やっぱり清に服属した頃から突然別世界の服に変わってしまう
ベトナムの民族衣装の歴史ベトナムの民族衣装の歴史ベトナムの民族衣装の歴史ベトナムの民族衣装の歴史ベトナムの民族衣装の歴史ベトナムの民族衣装の歴史ベトナムの民族衣装の歴史
61: 世界@名無史さん 2017/01/09(月) 18:16:27.99 0.net
>>53
アオザイって、実は100~200年程度の歴史なんだなあ。
日本の振袖が江戸以降なのと似たようなもんか。
103: 世界@名無史さん 2017/01/15(日) 10:30:05.39 0.net
107: 世界@名無史さん 2017/01/15(日) 11:10:35.64 0.net
>>103,104
明の士大夫wikipediaの画像を貼るときにはURLに注意
Wikipedia「士大夫」の画像
105: 世界@名無史さん 2017/01/15(日) 10:37:10.18 0.net
109: 世界@名無史さん 2017/01/15(日) 14:25:10.51 0.net
漢の皇帝漢光武帝劉秀:歷史上征戰最多的皇帝 - 每日頭條

漢の皇帝
古風なベン冠(簾がついたやつ)と、ベン服を着ている。
始皇帝も武帝も光武帝も、劉備や孫権も司馬炎も、肖像はみんなこういう感じだ。

長大なエリとソデ、幅広い帯など、全体にゆったりした作りなのが漢の特徴。
漢は、、農耕民族の国。ノンビリした時代の産物といえる。
110: 世界@名無史さん 2017/01/15(日) 14:38:43.71 0.net
唐の皇帝【歷史今天】一代聖君唐太宗逝世 | 大紀元

唐の皇帝
漢の時代の長大なエリとソデはなくなり、機能的な丸いエリとソデに変わった。
唐は、騎馬民族の時代。馬に乗りやすい服装に変わったのは当然と言えるだろう。

もっとも、漢の皇帝のような、ベン服・ベン冠がなくなったわけではない。
一種の礼服として着ることはあったようだ。

この伝統は、明まで続く。
113: 世界@名無史さん 2017/01/16(月) 23:25:41.99 0.net
明朝のファッションを見たいなら、韓国ドラマの時代劇を見ればよいだろう。
あれは朝鮮王朝というより、明代の中国。
115: 世界@名無史さん 2017/01/17(火) 20:42:03.42 0.net
朝鮮王朝は、それこそ時代劇見れば一目瞭然だけど、場所によって明朝の服と朝鮮民族服を同一人物が使い分けてる。

朝廷の御前会議も、椅子じゃなくて床に敷物しいてあぐら座りだし。
13: 世界@名無史さん 2017/01/02(月) 12:14:54.26 0.net
中国4千年のウソ中国4千年のウソ中国4千年のウソ中国4千年のウソ
15: 世界@名無史さん 2017/01/04(水) 15:47:20.42 0.net
>>13
嘘ばっかり
507: 世界@名無史さん 2017/02/23(木) 08:53:00.78 0.net
>>13
反論しても意味ないけど中国4000年の歴史の根拠は全土を統一したかどうかじゃなくて最古の文字が4000年ぐらい前にあったことが確認されてるからじゃねーの
510: 世界@名無史さん 2017/02/23(木) 13:35:14.11 0.net
>>507
4000年ぐらい前に簡体字ってあったのか 簡体字の電光掲示板
16: 世界@名無史さん 2017/01/04(水) 21:10:44.60 0.net
小林よしのりは、相変わらず史実に虚偽を混ぜこんでるなあ。
日本礼賛の結論が先にあるんだよな。

あ、世界の拷問スレの続きやんの忘れてた。次回投下します。
なんか古代中国のファッション考察スレみたいになっており、ややスレタイ詐欺でしたけど、まぁおもしろかったです。ベトナム民族衣装の13番とかなかなかカッコよくて、映画とかに出てきそう。

中国歴代王朝は、なんで毎回同じやねん!という»1さんですが、毎回同じは言い過ぎにしても、言うほどビジュアル的には変化がない感じですね。
でも唐代の女官の衣装とか、セクシーでなかなかステキ。
あとはラーメンマンに代表される(?)清の弁髪でしょうか。あれは頭頂部を残してあとは全部剃るので、高校の歴史の先生は「古文の○○先生(頭頂部ハゲ)とかどーすんだろねぇ…」つって笑いを取ってました。

中国の王朝は平和裏のうちに交代した例は少なく、だいたい飢饉か反乱か騎馬民族襲来、ないしはそれらすべてがやってきてボロボロになって交代…というのがいつもの流れ。
無茶な公共事業や対外戦争で短期に終わる王朝と、特に戦争もなにもせずダラダラと、しかしそこそこ平和に続く王朝の2種類があります。

中国には自然国境がやや乏しく、あの「中原」を細かく分割して互いに争うか、帝国としてまとめあげて運営でヒーヒーするか、の2択なところもいろいろツライ。国土が広いといろいろ大変です。

首里城の謁見の間
管理人はこないだ沖縄に行ったとき、首里城にちょっと寄ったんですね。
沖縄も長らく中国の影響が濃かったせいか、首里城の雰囲気はまんま中国!って感じでしたが、いつの時代の「中国」なのかなーなんてことを、まとめながら考えていました。
だいたい14世紀末ごろの築城ということなんで、明代の影響が色濃いってことになるのかな。

Chunli Style
トップ絵は、シンガポールのイラストレーター「スタンリー・ラウ」さんの作品「Chunli Style」より。 けっこうこのひとの絵はよく見るから、わりかし有名なんでしょうね。もう中国つったら「春麗」みたいな貧困な発想どうにかしたい。

Super Girl Original1
Catwoman Orginal1
このひとのイラストは独特の雰囲気があってエロカコイイ。女性のメイクをよく研究しないとこゆ感じの絵は描けないんですよね。
5.30追記:当記事を「小人閑居シテ駄文記ス」さんでご紹介いただきました!
有能な独裁者というのは、庶民に取って甘い罠ですなー。
6.2追記:当記事を「朝目新聞」さんでご紹介いただきました!
お、クメール・ルージュはおもしろそう。後で読む。
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    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2017.5.30 14:53
    資料が残らないのがデカいんでね?
    王朝変わる度に何千万人も殺したは、戦乱で流民となり戸籍の管理が出来なくなった為との解釈もある。
    人間はどこかに行ったが、戸籍としての記録の編纂が追い付かず、死んだことになったらしい。
    • ※2 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2017.5.30 20:28
    そりゃハードウェア(政府とか人材とか)が変更されても、運用のソフトウェア(儒教)が変わらないんですもの。細かいところはいろいろ変更して運用しているけれども、本質部分が変更されないから、同じような動きになるのは当たり前。
    • ※3 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2017.6.2 0:44
    日本の官僚も借金まみれにしては崩壊を繰り返してるやん。
    まあ、ロスチャイエズス会のワンパターンな支配構造のせいだけど。
    • ※4 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2017.6.6 17:25
    統一帝国の形成と戦乱の終結に伴う人口の増加が一人当たり耕地面積を減少させ、一人当たり耕地面積が一定限度を超えて減少すると食糧生産が必要量に足りなくなり戦乱が勃発する
    これが延々と繰り返されるのが中国の歴史

    そもそも変化がないのは豊かな証拠
    変化は弱者の戦略であって強者は変化しなくても生きていける
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