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なぜローマは蛮族ゲルマンの前に滅び去ったのか? @ [世界史板]


なぜローマは蛮族ゲルマンの前に滅び去ったのか? @ [世界史板]
1: 世界@名無史さん 2015/04/07(火) 09:51:55.87 0.net
同じ蛮族のヴァンダルとかフランクの前には破られなかったのにね
2: 世界@名無史さん 2015/04/07(火) 17:35:27.18 0.net
まあ東側は滅んでないけどね
5: 世界@名無史さん 2015/04/08(水) 18:54:44.60 0.net
>>2
実はビザンチンってギリシャの真の黄金時代だったかも
豊かな異教文化は過去のものとなったけど
3: 世界@名無史さん 2015/04/08(水) 16:13:26.90 0.net
ヴァンダルもフランクもゲルマン系だろ
4: 世界@名無史さん 2015/04/08(水) 17:01:29.74 0.net
ヴァンダルはいまのポーランド出身の蛮族。
フランクはゲロマン化したガリアのケルト人。
ヴァイキングはおそらく海上の騎馬民族的な集団。
そしてゲルマンとはライン側より東側に位置したドナウあたり起源の人たちで、いろんな種族の混成民族だったと言われている。
7: 世界@名無史さん 2015/04/08(水) 20:53:35.46 0.net
>>4
冗談はやめろ
ギリシャ語が母語なだけのローマ人国家だし、ラテン系からギリシャ系に代わっただけ
しかも今のギリシャにあたる部分はゴート人に掠奪受け、スラブ人に文明根絶するぐらいの侵攻を受けて、とどめにノルマン人にコリントスが廃墟になるぐらい掠奪されて、最後はフランスの一部だ
何が黄金なものか 暗黒時代だ
10: 世界@名無史さん 2015/04/09(木) 00:28:13.13 0.net
>>4
ケルトとはライン側より東側に位置したドナウあたり起源の人たち

>>7
東ローマはギリシャ語が母語なだけのアナトリア人国家
ヴァンダル王国の版図
管理人より:「ヴァンダル王国」は5世紀~6世紀にかけて、地中海南岸からサルディーニャ島あたりまでを含むゲルマン人の王国。
11.22追加:当初「シチリアあたりまで」…と書いてましたがよく見たらシチリア入ってなかったっていう…。書き直しました。('A`)
8: 世界@名無史さん 2015/04/08(水) 20:57:23.98 0.net
フランクはゲルマンかしたと言っているが、言語がゲルマン化したということなの
9: 世界@名無史さん 2015/04/08(水) 21:57:48.26 0.net
>>8
どうかわからん。
でも、クローヴィスがウェルキンゲトリクスの子孫だったりする可能性もゼロじゃないんだろうな
11: 世界@名無史さん 2015/04/09(木) 19:58:44.90 0.net
ラテン系ローマ人から、ギリシャ系ローマ人になっただけの国
12: 世界@名無史さん 2015/04/10(金) 22:14:48.92 0.net
それってただのギリシア人じゃん
13: 世界@名無史さん 2015/04/11(土) 12:26:05.12 0.net
言語こそギリシャ語だが、自分たちの事をローマ帝国人だと思っていたのでギリシャ人じゃない
後代の一部の物好きしかギリシャ人だと思わなかった
16: 世界@名無史さん 2015/04/12(日) 15:11:05.73 0.net
>>11
そもそもローマの前身のアルバ・ロンガがトロヤの遺民が漂着して建てた街で、アルバロンガ王室、ローマ初代王ロムルス、ガリア遠征のカエサルを出した名門ユリウス氏族は、アイネイアスを介してアフロディーテとトロヤ王イリオスの血を引くアスカニウスの子孫を称していた。
つまり、ギリシャ世界と同祖同族を主張していた。
17: 世界@名無史さん 2015/04/13(月) 22:15:40.85 0.net
ローマを崩壊させたのはゲルマンというよりフンなどの遊牧勢力だろ。
18: 世界@名無史さん 2015/04/21(火) 15:17:49.37 0.net
>>17
アエティウスがフン族撃破しても歯止めがかからなかった時点でそれはない
19: 世界@名無史さん 2015/04/28(火) 21:21:59.88 0.net
アッティラあっちらおっちら
20: 世界@名無史さん 2015/05/04(月) 20:51:48.82 0.net
アッチラは早死にして、さしもの勢いを失い、フン族はハンガリーの元祖になったんだっけ?
21: 世界@名無史さん 2015/05/25(月) 09:23:06.81 0.net
ハンガリーはマジャール
22: 世界@名無史さん 2015/05/27(水) 00:23:18.45 0.net
フンが崩壊しても、アヴァールやブルガールが勃興してビザンツは脅かされ続け、守勢にまわった。
フン以降、ローマは勝ったとしても撃退という勝利であり、遠征による勝利は無くなった。
26: 世界@名無史さん 2015/06/18(木) 00:23:02.68 0.net
>>22
外部の勢力の脅威よりも内乱多すぎ。
規律・技術で侵略者上回れたローマ軍を内部抗争ですりつぶしてりゃ、遠征も満足にできなくなるわ。
ユリアヌス帝の時代ださえ長期遠征のノウハウ失われてんだから
23: 世界@名無史さん 2015/05/27(水) 21:34:12.36 0.net
アヴァールもブルガールも平たい顔族?
24: 世界@名無史さん 2015/06/05(金) 10:59:15.20 0.net
>>23
そうだよ
ブルガールは見た目も言語もスラヴ化したけど
25: 世界@名無史さん 2015/06/06(土) 11:54:13.84 0.net
マジかよ
平たい顔族最低だな
ブルガール人騎兵
管理人より:「ブルガール人」は、中世あたりに中央ヨーロッパへ移住してきた、元は中央アジアのモンゴル系だった民族。南スラブのコーカソイドと混血し、現在のブルガリア人の祖先に。だから、あのへんはブロンズ色の肌をした美女が多いんですかね?
アヴァールとブルガール(8世紀ごろ)
アヴァール」も同様に、中央アジアから出てきた柔然もしくはエフタル系遊牧民族と言われてます。小粒なフン族みたいな感じで統率力を欠き、やはりアッティラ大王は偉大だったというわけです。
27: 世界@名無史さん 2015/06/23(火) 22:56:04.19 0.net
ローマは全盛期でもダキアから東には何故か進撃しなかった。
28: 世界@名無史さん 2015/07/17(金) 21:42:03.31 0.net
>>27
海w
29: 世界@名無史さん 2015/08/01(土) 21:04:57.23 0.net
>>27
ギリシャ人やローマ人は白人とはいえ地中海人種だぞ
ダキアの寒さは身にしみただろう
ましてそれより道の奥に行くなど考えられない
金髪女を拉致しに行くとか以外に何も考えられん


いや、それでも一応南ドイツ、ベルギー、イングランドまでは征服しているんだよな
案外ローマ人も寒さに強くて単なる地中海帝国とは言い難いな
31: 世界@名無史さん 2015/08/02(日) 23:32:48.75 0.net
東に行ってんじゃん。
ある時期には今のクウェートら辺、ペルシャ湾に届くところまで、領土にしているし、キリスト教の興った時分にはアナトリア全域、ヨルダン川あたりまでローマ領だったろ。
ダキアの対岸、このまえ冬季オリンピックのあったソチのら辺、コルキスとかアルメニアとか三頭政治のポンペイウスに攻略されて保護国になってるになってるだろ。
ダキア王国の版図
管理人より:「ダキア」とは、前1世紀ごろに現在のルーマニアあたりにあった黒海西岸の王国。
34: 世界@名無史さん 2015/08/19(水) 15:16:02.52 0.net
オグズ系トルコ人が滅ぼしたんではないの?
1453年のコンスタンティノポリス陥落で
35: 世界@名無史さん 2015/09/06(日) 14:23:39.63 0.net
そもそもローマ軍自体が、ゲルマン人の割合が高くなった時点で帝国の滅亡は必然だろう
38: 世界@名無史さん 2015/09/09(水) 21:17:24.63 0.net
発掘された遺物依ると、ゲルマン女性はローマ人男性より体格が大きく屈強だったそうだから、当時の人はさぞかし怖かったろうな
39: 世界@名無史さん 2015/09/09(水) 22:00:28.01 0.net
>>38
僕の彼女は僕より背が高いです。
41: 世界@名無史さん 2015/09/21(月) 22:13:55.60 0.net
>>38
クニグンデ・アーデルハイト・ヒルデガルト(時代考証はめちゃくちゃw)VSマルキア、ポッパエア、リウィア
確かに名前でもゲルマンの方が強そうw
67: 世界@名無史さん 2015/11/11(水) 16:16:56.13 0.net
>>38
当時?今も同じでは
68: 世界@名無史さん 2015/11/11(水) 17:54:42.39 0.net
>>67
今はイタリア人男性の平均身長は175cm近いからそんなでもない
69: 世界@名無史さん 2015/11/11(水) 18:24:16.19 0.net
>>38
怖い?むしろ興奮しただろ
52: 世界@名無史さん 2015/11/07(土) 00:56:42.07 0.net
ゲルマン人の方がかっこいいからだろ
蛮族だゆーたところで金髪長身の方がいいに決まってる
61: 世界@名無史さん 2015/11/07(土) 20:27:30.76 0.net
>>52
ローマのような南欧人って、意外と背が低くチリチリ頭の黒髪で非イケメンもいるしねw
104: 世界@名無史さん 2016/01/13(水) 22:06:00.96 ID:mMGJ+Y1pR
>>52
男も女もラテン系の方が良い
53: 世界@名無史さん 2015/11/07(土) 00:57:46.39 0.net
いくら文化や組織が発達したところでチビじゃもてないから、ローマ人はゲルマン人に嫉妬したんだよ
これが現実
54: 世界@名無史さん 2015/11/07(土) 01:01:02.46 0.net
オスマンもハーレムに金髪女ばっかいれたせいか、スルタンは醜いアラブと違って白人になっちまった
55: 世界@名無史さん 2015/11/07(土) 01:55:13.43 0.net
アリウス派の存在っていったい
56: 世界@名無史さん 2015/11/07(土) 17:10:22.89 0.net
4世紀のローマ帝国はアタナシウス派と反対派との闘争史
57: 世界@名無史さん 2015/11/07(土) 17:54:14.77 0.net
最終的に敗れたとはいえ、ゲルマンやスラブへの伝道を積極的に推し進めたのは彼らの功績
管理人より:325年、キリスト教を国教としたことで知られるテオドシウス帝がニケーアにて主催した、キリスト教の教義を決める公会議が開かれました。そこでアタナシウス派の唱える「三位一体説」が正統とされ、キリストは神聖ではあっても、あくまでも人の子にすぎないと主張するアリウス派は異端とされることに。ローマから追放されたアリウス派はゲルマン人の間で布教を進めていきます。
62: 世界@名無史さん 2015/11/07(土) 21:43:40.78 0.net
ヨーロッパの定義は「ローマ文明=アタナシウス派を受け入れたところ」と言えるかも
東も西も。
72: 世界@名無史さん 2015/11/11(水) 23:23:07.78 0.net
>>62
そういや北方十字軍の本の副題が「ヨーロッパの拡大」だった
63: 世界@名無史さん 2015/11/07(土) 22:33:51.83 0.net
アイルランドはヨーロッパじゃないのか
70: 世界@名無史さん 2015/11/11(水) 20:34:17.20 0.net
ゲルマン女性の屈強でたくましい背中は魅力的だよな
頼りがいがあるというか
73: 世界@名無史さん 2015/11/20(金) 01:28:56.70 0.net
屈強なゲルマン人がどうして貧相なフン族にフルボッコされた?
75: 世界@名無史さん 2015/11/21(土) 19:42:05.21 0.net
>>73
騎馬戦が得意だったからだろフン族は
77: 世界@名無史さん 2015/11/22(日) 01:26:35.24 0.net
>>73
匈奴時代から無敵だった複合弓
81: 世界@名無史さん 2015/11/23(月) 23:06:29.42 0.net
>>73
貧相だったのかな?背が低いという記録はあるが。
例えばモンゴル人やカザフスタン人は顔は東アジア人に似ていても身体は驚くほどゴツいからさ。
フン族も実際は北欧人並みかそれ以上に屈強だったかもよ
74: 世界@名無史さん 2015/11/20(金) 08:06:35.66 0.net
戦争はそれほどでもなかったんだろう
だからこそローマ人もゲルマン人に対する戦争では、侵略される事はなかった
しかしゲルマン人の傭兵を雇ったせいで内部から侵食されて滅びた
76: 世界@名無史さん 2015/11/21(土) 21:56:30.99 0.net
あぶみの差だな
鐙(あぶみ)
管理人より:馬の「」は、4世紀ごろ中国の北東部付近のどこかで誕生した説が有力。それまでは両足で馬の胴体を挟んで乗ってたわけで、不安定なことこのうえない状態でした。ヨーロッパへ伝わったのは7世紀ごろ。
79: 世界@名無史さん 2015/11/23(月) 21:29:20.23 0.net
テオドシウス1世>>1
マグヌス・マクシムスやアルボガステスを倒したテオドシウス1世が西ローマ没落の張本人
テオドシウス1世が彼らを倒すと、ガリアの軍事力が痛手を被り西ローマ軍は急に弱体化した

もともと軍事的には西の方が優勢で、コンスタンティヌス1世やユリアヌスは西から東を征服した
ウァレンティニアヌス1世の治世には兄が西の皇帝で弟のウァレンスが東の皇帝で、西ローマはまだ充分に強大であった
82: 世界@名無史さん 2015/11/24(火) 16:12:36.12 0.net
そもそもゴート族はどうやってサルマタイに勝ったのだろう?
勝者のゴート族が敗者の戦術を模倣するというのも奇妙なんだけど、ゴート族はフン族と戦った頃には、サルマタイを模倣して騎兵主力の軍になっていたけど、元々は他のゲルマン人と同じく歩兵主力の軍だったらしい。

軽装歩兵のゴート族が重装騎兵&弓騎兵のサルマタイにどうやって勝ったのだろう?
キンメリア対スキタイ、スキタイ対サルマタイ、アラン族対フン族など、他は遊牧民対遊牧民、騎兵対騎兵だった。
83: 世界@名無史さん 2015/11/24(火) 19:14:40.39 0.net
支那人も匈奴はデカかったって記述してるしな
84: 世界@名無史さん 2015/11/24(火) 19:47:24.78 0.net
南匈奴とフン族は人種が違うみたい
南匈奴は匈奴はコーカソイドでフン族はモンゴロイド、フン族は匈奴に征服されたモンゴロイドの末裔で、オルドス周辺に残った南匈奴が匈奴みたいだな
匈奴と烏孫と月氏が匈奴系民族だったみたい
86: 世界@名無史さん 2015/11/25(水) 00:03:47.45 0.net
>>84
オルドス青銅器文化で出土した匈奴人の人形は長い鼻、大きい目をしており
濃い髭も有していていわゆる平べったいモンゴル顔じゃないんだよね
85: 世界@名無史さん 2015/11/24(火) 22:17:15.97 0.net
森だよ、きっと森におびき寄せて皆殺しにしたんだ(適当
88: 世界@名無史さん 2015/11/25(水) 06:49:09.34 0.net
ゴートがサルマタイに勝った、というほどに地勢が決まったわけではなく、双方の勢力が入り組んでいた。
人口的にゴートがサルマタイに優位に立ち、騎兵の戦力でサルマタイがゴートの人口圧力に抵抗していた、という関係なのではないか。
91: 世界@名無史さん 2015/11/25(水) 15:44:47.07 0.net
>>88
サルマタイが農民化し始めていたからゴート族を追い払えなかったのかも。
スラブのアント人は農民化したサルマタイの子孫だったらしいね。
東ローマ人はスクラヴェン人とアント人をともにスラブ人とみなしていたけど、アント人はスラブ語を話していなくても単に似た服装の農民という事で、スクラヴェン人の同類にしていただけなのかも。
サルマタイの版図
管理人より:「サルマタイ」は前4世紀~800年ほど黒海北岸にあった騎馬民族の国。ゲルマン人の大移動の際にゴート族に駆逐・吸収されていった模様。
106: 世界@名無史さん 2016/01/23(土) 22:48:47.04 0.net
ゲルマン人の大移動って、今でいうと日本に中国人が大量に押し寄せるようなイメージ?
そら無茶苦茶になるわ
110: 世界@名無史さん 2016/02/15(月) 11:46:19.80 0.net
>>106
フンは平たい顔族だったがアランはイケメン戦士が多かったという
107: 世界@名無史さん 2016/01/25(月) 00:52:59.80 0.net
原因は平たい顔族だけどな
黄色くて目の細い人種は人類の平和の脅威か
108: 世界@名無史さん 2016/01/26(火) 02:36:35.76 0.net
ヴィルヘルム2世いわゆる黄禍論だな

地名とか部族とか民族とか、どこまで注釈入れればいいかよくわからなかったスレ。どうぞよしなに。

ローマは共和制のころから北方のゲルマン人との確執で、何度も痛い目にあってきました。
小麦と魚介類が主食のローマ人はわりと小柄だったらしく、肉食系のゲルマン女子にはタジタジだったことでしょう。

なぜ彼らが度々大挙して大遠征を敢行するのかというと、経済活動、生産活動ともに未熟だったということが挙げられると言います。
長らく狩猟採集生活の半定住生活で、部族間の争いも耐えない血の気の多い彼らですが、それでもひとはどんどん増えてくる。
ひとが増えてくる規模に合わせて農耕でもやればよかったかもしれないですが、温暖な地中海沿岸に比べて森林だらけで暮らしづらいヨーロッパ地域ですから、選択肢は以外に少なかったかもしれんすね。
そうやって食い扶持が減ってくると、豊かな南方へ略奪遠征に…というわけです。

苦労して地中海の覇者となったローマは、その後は逆に北方の蛮族平定の大遠征を何度も行ったものですが、ローマの版図が広がり、帝国となると、その広大な地域を治めるだけで一苦労ですよ。
遠く離れたところに軍権を持った司令官が何人もいるわけで、異民族の襲撃をはねのけ、なんとか持ちこたえた東ローマは、今度はこの司令官たちの反乱に悩まされることに。
しまいには、次々に司令官たちは皇帝のイスを左右したものです。

東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルは、1453年にオスマン帝国に滅ぼされてしまいますが、「世界に冠たるローマ」の象徴である鷲の意匠や皇帝の称号は、その後もヨーロッパの君主たちの間で受け継がれていきます。

Spartacus Blood and Sand trailerトップ絵はテレビドラマの「スパルタカス」より。このドラマ見てないからアレだけど、たぶんこの勇ましい女戦士はゲルマン人ではないです。でもなんとなく雰囲気的にゲルマン人ぽいので採用。(てきとう
以下、本題と関係ないお知らせ:
ちょっと予定がまだハッキリしてないですが、21日と22日は両方もしくは片方が更新できない可能性があります。しかし両方とも更新できるかもしれず、まだちょっとわかりません。
お知らせまで。
11.21追記:当記事を「朝目新聞」さんでご紹介いただきました!
へぇ聖ニコラウスの墓かー!本物かどうかはわかんないけど。
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    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2017.11.20 23:13
    ・寒冷化によって間接的(ゲルマン民族の襲来)直接的(天候不順)に作物の収穫量が減少
    ・金山が枯渇して経済が衰退した
    ・アントニヌス勅令のせいで軍人のなりてが減った
    ・過剰な軍量や官僚機構を維持するための重税
    • ※2 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2017.11.21 14:54
    出来たてほやほやのイスラム教徒がササン朝と東ローマを相次いで撃破しちゃったりとかするのも不思議だよね。あんな砂漠国家が当時最先端の二大文明帝国を同時に相手して勝っちゃうなんて奇跡
    • ※3 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2017.11.22 1:40
    ・ローマが東と西に分裂した。
    ・地中海交易の権益を狙って、東が西の分断工作を図り、西国内での分裂が多発した。
    ・西中央のキリスト教会勢力は蛮族による破壊を神の怒りとして受け入れる方針を取った
    ・税収が低下したので、(悪質な)貨幣の発行増などで対策を取った。
    ・結果として中央政府による不信感が極大化し、オドアケル王国の誕生などで瓦解

    って流れじゃないのん?蛮族対策はそもそも金なくて取れなかったってのも大きいけど
    滅亡30年前のレオ1世の方針が影響強すぎて、『話し合いで解決しよう』って勢力が
    増えすぎちゃったんだよ。押さえつける強権が無くなれば、封建国家の団結は
    簡単に失われていく。
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