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【沖縄人=古代九州人】沖縄古代史スレ @ [考古学板]


【沖縄人=古代九州人】沖縄古代史スレ @ [考古学板]
1: 出土地不明 2005/12/29(木) 01:13:55 ID:SvzwaBEZ
港川人の時代から約1万数千年の長い空白期間をへて登場するのが、約7000年前からはじまる新石器時代(縄文時代)で、この時代は縄文早期、縄文前期、縄文中期、縄文後期、縄文晩期、弥生時代に分けられます。
縄文早期と縄文前期は九州との交流が深かった時代、縄文中期は奄美諸島や沖縄諸島の独自の文化が発生した時代、縄文後期は再び九州との交流が盛んになり、中国とも関わるようになった時代、縄文晩期は集落が形成され、九州との活発な交流があった時代といえます。

弥生時代に相当する遺跡は海岸砂丘地に多く、出土品から九州や中国と交易していたことが分かります。
貝輪(かいわ)の原材料となったゴホウラ貝などは、九州へ移出されたものの代表的なものでしょう。
九州からは弥生土器が持ちこまれたほか、箱式石棺墓などによる埋葬法が伝わっています。

日本の古墳時代から平安時代までの古代社会の時代には、奄美・沖縄諸島は狩猟採集段階の社会が続いていて、日本との交流もほとんどありませんでした。
沖縄の歴史
2: 出土地不明 2005/12/29(木) 14:20:04 ID:883yDnOE
沖縄人=古代九州人=最古日本民族世界最高民族
6: 出土地不明 2005/12/31(土) 16:10:32 ID:NbexWXan
弥生人は南洋貝を買いに定期的に沖縄に行っているし、近世には島津の支配があったから。
7: 出土地不明 2005/12/31(土) 21:43:04 ID:6AKojmP9
島津の支配は琉球の在来文化にさほど大きな影響を与えていない。
鎌倉時代前後に九州から人の移住とともに(?)稲作が伝わったのなら、九州側にはそれを伝える文献は残っていないのだろうか。
8: 出土地不明 2005/12/31(土) 22:09:03 ID:BiEHoUwo
わざわざ沖縄くんだりまで稲作しにいく理由がない。
沖縄人が率先して稲作取り入れたのでは
11: 出土地不明 2006/01/02(月) 03:39:26 ID:Uk2McaRr
遺伝子ばっかりじゃなくてグスクの様式や遺物とかについても詳しい人よろ。
たしか奄美のグスクは南九州の城と構造が似てるんだっけ?
13: 出土地不明 2006/01/05(木) 18:21:23 ID:mzcMxB6D
>>11
中山清美の報告では、赤木名グスクは北部九州産滑石製石鍋、鉄、徳之島産カムィヤキ、中国製青磁を供伴し、地形的特徴が北部九州の朝鮮式山城に類似するそうだ。
勝連城跡
管理人より:「グスク」というのは、「グシク」とも呼ばれますが「お城」のこと。本土の城とは建築様式が異なり、城マニアにはなかなか新鮮らしいです。沖縄のグソク郡は2000年に世界遺産として登録されました。
12: 出土地不明 2006/01/02(月) 23:59:26 ID:q1P9X4Pw
このスレタイ間違い。
正確には古代沖縄人=古代九州人。


ただ港川人は複雑だ、たしか下層部から出土したものは、縄文人と骨格がやや異なるが上層部(10000年頃前)から出土したものは顔つきや骨格まで縄文人とそっくりだそうだ。
その後、空白があり(港川人絶滅かといわれている)本土の縄文時代前期後半ころから同調するようだ。
そして、日本最古(2700年前)の農耕遺跡(畑)が発掘されたのも記憶にあたらしい(石包丁とかも)。

沖縄ではこの頃何らかの変革があったらしいが、状況証拠が多数揃わないと何もいえないのが考古学のつらいところか。
早くなにかでてこればいいのに!でも何もでてこなかったら怖いな~。
17: 出土地不明 2006/01/10(火) 02:40:57 ID:mAzoGFQq
沖縄の金属加工の技術は九州から?支那から?
23: 出土地不明 2006/01/20(金) 18:22:39 ID:Gk1N9O94
沖縄の久米、比良は古代に九州と通じていた証だぞ
久米というのは大王の直轄地とか
27: 出土地不明 2006/01/22(日) 18:19:40 ID:iKM4kspc
>>23
久米村は朝貢貿易で通訳に当る支那人(客家)の居留地、現代でいう中華街
一体なにからそんな途方もない発想が生れてきたんだ?
42: 出土地不明 2006/03/30(木) 00:18:30 ID:nQObtMvl
>>27
時代の後先を考えろよ。
管理人より:福岡の「久留米」もやっぱり同じ?
28: 出土地不明 2006/01/23(月) 08:19:14 ID:eDCxs4bo
平氏(赤旗=先住民の色)はどこに拠点があった?
源氏(白旗=朝鮮人の色)はどこに拠点があった?
南朝はどこに拠点があった?北朝はどこに拠点があった?
水神と共に祀られる平氏、水神といえば西日本だよね。
平氏も貴族だから朝鮮の血は濃いよ、しかし先住民の反乱だったんだ。あれは単なる権力闘争じゃないんだよ。


南朝しかりだ。よーく考えよう。
記紀、倭人伝、東夷伝、風土記をよーく読もう。
先住民はいま朝鮮人(源氏=東日本人)により根絶やしにされようとしているのである。
29: 出土地不明 2006/01/24(火) 00:25:40 ID:BFDkVOHX
↑(日本)平氏=真大和→(中国)中原の民=真性漢族
  という意味でしょうか。
30: 出土地不明 2006/01/24(火) 11:08:46 ID:FWYkBqde
おれは平氏の子孫だけど。伝わる話では、平氏の出自は中央アジアからイスラム教徒に追われたゾロアスター教の一団。
10世紀ごろ日本に到達して、技術集団として王家に迎えられたのが日本での最初とのこと。

清盛の目は青かったと伝えられている。今でも一族の男は皆眉目秀麗の偉丈夫ぞろいだ。
赤旗は拝火教のシンボルカラー、安芸の宮島の厳島神社も全体赤だ。

源氏こそ、服属土民の子孫と一族内では伝わっている。
32: 出土地不明 2006/01/24(火) 13:01:03 ID:xFx285Jj
元々、平氏と平家は違う
平氏は桓武の末裔だ、彼らは西の先住民と組んだ。
源氏はどうか、彼ら指導層は高句麗系だよ。
彼らも一部先住民と融合したかもしれない。
34: 出土地不明 2006/01/25(水) 03:42:05 ID:YYd1cPY3
邪馬台国は北部九州(宇佐八幡を中心か?)とした本州政権に対するクーデター政権かもしれない。
元々伊都国、奴国、など筑前、豊前は本州政権の支配下にあったが、その臣民は南の狗奴国的な人達が多く、本州政権に対する不満が高かった。
そんな中、邪馬台国(宇佐?あるいは近畿の一部)が主導的な立場に立ちこの地域を中心としたクーデター政権をたてた、それが女王国邪馬台国ではないか?

そうすると、女王連合国家の首都は小城であっても、近畿であっても小城の土蜘蛛征伐等の関係で否定材料とまでは言えないかもしれない。(ちょっとわかりにくい文書いてしまった~)


狗奴国とはその女王国とも本州政権とも連合を組まない熊襲、熊民、隈民、蘇民、土民だったのである。
狗奴国の人達は頑なに火、水信仰(玉垂命)をもっていた。
43: 出土地不明 2006/03/31(金) 00:16:23 ID:tpnDLKa0
奄美人の先祖が九州から来て沖縄、宮古とも交通したって内容の叙事詩が奄美大島にあるって何かで読んだことある
どこで読んだか思い出せないけど
45: 出土地不明 2006/04/02(日) 21:41:20 ID:xkR2hNWk
>>43
カムィヤキの分布と一致する叙事詩だな、どっかに有りそう徳之島が臭いぞ。
44: 出土地不明 2006/04/02(日) 13:51:58 ID:ZMWiwBCr
>43
思考がどっかの半島に似てるぞw
一番ヤバイ奴らは東シナ海の両サイドでオオボケかましてる連中だがな。
カムィ焼
管理人より:「カムィ焼」というのは、11世紀~14世紀くらいで徳之島近辺で作られていた陶器のこと。「カムィ」というのは「甕(かめ)」が方言でなまったものだそうです。
49: 出土地不明 2006/05/19(金) 23:56:26 ID:Q54gaMQH
沖縄は九州と同一の文化圏で本州四国とは隔絶した文化圏であったことは間違いないなw
黒潮文化圏妄説ここにて崩壊www
50: 出土地不明 2006/05/20(土) 01:21:46 ID:HK+QYJuH
崩壊したのはお前の脳ミソだろw
62: 出土地不明 2006/05/26(金) 15:02:51 ID:wS+0spgh
沖縄と九州が同一文化圏?
何処をどうとったらそんなアホな考えができるんだ?
事実を上げてのべよ。
63: 出土地不明 2006/05/26(金) 15:05:19 ID:OAEOdvas
大和出雲系の日本臭い文化が入ってくる前は沖縄九州は一つの文化的同一性はあったと考えられる。
64: 出土地不明 2006/05/26(金) 18:30:48 ID:2LfMIhuv
だから、今は、血統的、民俗学的に無縁だよw
日本つのは、種子、屋久まで。
67: 出土地不明 2006/05/29(月) 03:35:51 ID:7J75K0Jl
同一文化圏とは考えられないわな。
同一起源であったかもしれないが、琉球の起源がは大和のみからとは考えられないし、その場合はむしろ九州こそ沖縄を起源にしているという言い方の方が正しいかもしれない。
68: 出土地不明 2006/05/29(月) 12:06:57 ID:uGyQ+bbj
>九州こそ沖縄を起源にしている
いや、それはないから!
69: 出土地不明 2006/05/30(火) 04:36:56 ID:1RI5SO7A
なぜないと断言できるのだ?
70: 出土地不明 2006/05/30(火) 04:40:18 ID:1RI5SO7A
そもそも九州から沖縄に大和の文化が伝わったのだとしたら黒潮に逆らって南下したことになる。そんな航海術があったのか?
むしろ沖縄またはさらに南方や台湾、華南に起源があり、それが潮にのって北上したと考えるほうが自然。
73: 出土地不明 2006/06/01(木) 22:34:12 ID:l2I/I8Sf
>>70
黒潮がどんなに流れているか理解していますか?
黒潮は琉球の北西大陸棚の縁を流れ、種子島付近で西から東に流れる、幅もそれほど広くない。
この反流で奄美などでは潮流は北から南に流れている。
奄美で遭難して沖縄に流されるのは良くある。
それに、昔の船は帆船だから潮流より風の向きの方が大事。
87: 出土地不明 2006/06/09(金) 06:20:40 ID:MpItq0mn
>>70
沖縄の起源て、台湾・華南なのか?!
マレー・ポリネシア語の影響とかありますか?
台湾の原住民と違って、遺伝子的にも赤くないんだよね、沖縄は。
89: 出土地不明 2006/06/09(金) 10:37:57 ID:7QqeB7Th
>>87
印文土器も南方から沖縄本島以北には伝わっていない。
管理人より:海洋交易などの話題はこちらを。
71: 出土地不明 2006/05/30(火) 09:44:37 ID:hqqt+nMz
高知や紀伊には沖縄の沖縄の貝は繋がってないし、沖縄の弥生式、縄文式土器も九州のものである。

むしろ瀬戸内海、日本海に抜けるルートに沖縄の貝の道は存在したようです。
黒潮は当時の九州人にとって未開のルートだったようです。
東九州人が沖縄と交易してなかったためかもしれません。
72: 出土地不明 2006/05/31(水) 02:19:44 ID:2oPFEHsK
>沖縄の弥生式、縄文式土器も九州のものである
それが逆でないという根拠は?
九州の土器が沖縄のものということもできるではないか。
75: 出土地不明 2006/06/02(金) 05:46:36 ID:fFDShoFB
黒潮の幅は広いよ。
時速7キロという潮流としてはとても速いスピードで流れているのが黒潮。これに逆らうのは困難。
紀元前から紀元数世紀の技術力で帆船が主流とはいえない。
ただ櫂で漕ぐ船が技術的には容易。
容易さで考えればむしろ沖縄から九州に人が流れたと考える方が自然。
78: 出土地不明 2006/06/02(金) 22:33:08 ID:xxx1om2O
>>75
わざわざ黒潮の流れを書いておいたのに無視しないで下さい。
貴方は河を泳いで渡るとき対岸にまっすぐ行きますか?
必ず上流側から泳いで行くでしょ。
一旦黒潮を乗切れば反流が流れています。
それから外海を走る船は帆を持っているのが常識です。
76: 出土地不明 2006/06/02(金) 22:08:29 ID:L3rw42G6
沖縄か黒潮に乗って日本本土の沿岸に到達する実証実験の成功例はよく聞くが、逆に本土から南西諸島への実証実験は聞いたことがない。
本土と南西諸島が交易をしたと証明させるために、本土から南西諸島へのボートによる実証実験をして欲しいものである。

那覇から九州までははやくても5日以上かかる。逆だと一ヶ月以上かかるだろう。
はたしてそれで生きていけるかどうか疑問だ。

それに食料獲得で精一杯の時代に交易にどのような価値があるというのか?
何らかの王権や強制力があったとしてもそれは本土では3世紀いこうであり、沖縄ではどんなに早くても11世紀いこうである。


NHkの高校講座で今は亡き有名な先生がxx貝の産地は海南島で陸路と朝鮮半島を経て日本に運ばれたという説が有力だと聞いた。
77: 出土地不明 2006/06/02(金) 22:21:44 ID:d7BEofXQ
だから、必死こくなって民族が違う。
79: 出土地不明 2006/06/02(金) 23:10:53 ID:L3rw42G6
帆船の話。例えば北の風に対してヨットは真北に進めない。
目標が真北にある島に到達するには帆の角度を変えてジグザグにすすむしかない。
例えば北西に進んで今度は角度を変えて北東に進むそれを繰り返して目的の島に着く事ができる。

真っ直ぐな坂道でジグザグに進むと楽に上がれるがあれと同じ。
古代の帆船はヨットのように帆の角度を自由に変えることはできない。
帆船(ヨット)のように帆の角度を変えて走れる船は中国が最初でそれも数世紀以降である。


日本では帆船は16世紀いこうに造ることが出来るようになった。
それまでは帆の角度を変えることは出来なかった。
ヨットやウインドーサーフィンに乗ってみるとよい。マストや帆の角度が自由に変えられないとどうなるか。えらいことになる。
海をなめちゃーいかん。帆の角度を自由に変えられる船や羅針盤もなく目的地とを往復するのは不可能である。

一度ヨットに乗ってみると良い。
80: 出土地不明 2006/06/03(土) 17:11:54 ID:DEfgC5LP
>>79
じゃ何故、ポリネシア人が自由に太平洋を渡っていたんでしょうね?
ハワイ到達が紀元500年頃ですよ。
96: 出土地不明 2006/06/21(水) 00:27:05 ID:2rJh5oNM
九州の顔は挑戦顔で日本の半分は朝鮮系です。
関東以北は顔が違います(朝鮮系ではない)。

沖縄の顔は南方系です。
後に大和から琉球に入った者が居る、目の一重は朝鮮大和系です。
沖縄の学問は、主に大和系それに中国系です。
不思議なことは、沖縄人の食べ物は朝鮮食とよく似ている。それに中華風でもある。
沖縄の言葉は古い大和の訛り(言葉)が残っている。
97: 出土地不明 2006/06/27(火) 22:06:07 ID:jSfw0L5I
>>96
馬鹿なんじゃね?
おまえそういう風に思ってて九州の本場にくると、朝鮮との違いにびっくりして一発で九州人ファンになるよw
103: 出土地不明 2006/08/27(日) 20:18:44 ID:CmRhwCyX
なぜ、黒潮とか船とかの話になるの?
1万~2万年前は台湾~沖縄~九州全部陸続きだちゅうの!
104: 出土地不明 2006/08/28(月) 14:19:56 ID:5xm9Z6gq
>>103
残念ながら、それは間違い。
沖縄と先島の間は1000mを越える深い海が横たわっている。
また、奄美群島間やトカラ列島間の水深も500mを越えている。
105: 出土地不明 2006/08/28(月) 15:04:22 ID:LoPPTO5+
>>104
残念ながら キミこそ大間違い
一万数千年前の氷期には 中国南部と琉球諸島は地続きだったんだよ
その後の間氷期になって海水面が上昇して孤立したんだ
5000年前にはトカラ大噴火があって 琉球近海の海底噴火のため海底が大陥没もしているんだ
106: 出土地不明 2006/08/29(火) 11:45:47 ID:iVmetKrY
>>105
ちゃんとレス読んだかい?
ヴュルム氷期で海面が何メートル下がったか判っているの?
トカラ噴火ってなんのこと?まさかキカイカルデラの事じゃないよね。
それに噴火での沈下の程度を俺のレスの深さのデータと比べるなんて、まるで像と蟻を比べるようなもんだよ。
管理人より:ヴュルム氷期のころの人類はナニしてたのか!?
107: 出土地不明 2007/03/03(土) 11:37:04 ID:ofTxJIrQ
沖縄は人種・言語・文化のどれをとっても「古日本」直系、「縄文」直系である本土は、縄文と弥生の混合だから、沖縄と違うのは当然である
だから、沖縄は、まぎれもなく日本だし、むしろ沖縄こそが「日本の元祖」なのだ

なお、「琉球」は中国語で、明朝が海洋進出した時代の一時的朝貢関係の下での呼称に過ぎない
108: 出土地不明 2007/03/03(土) 12:03:34 ID:zURFjh5I
日本なんてなかったのだから日本の元祖争いしても意味がない。
本場争いはひまな人にさせたらよい。

なんか最近忙しいからまとめを短めにしようと思ってるんですが、なんだかんだでスレ読んでたらおもしろくて、いつもの長さに。

というわけで、沖縄が古代日本のオリジナル種族なのではないか!?…と鼻息も荒いスレです。
管理人は昨年2回ほど沖縄に用があって行ったのですが、なかなか良いところですよ。ご飯おいしいし、ノンビリしてるし、別にオリジナル主張しても許せる。
沖縄行ってみたらよくわかりますが、半分日本、半分外国みたいな感じで、本土とはえらい雰囲気が異なります。

沖縄のお墓
特徴的なのはお墓ですかねぇ…。本土では小さい黒っぽい御影石が基本ですが、あっちはめっちゃでかい石のお墓。ちょっとした家みたいな感じです。故人もさぞや中で手足を伸ばせましょう。伸ばす必要性があるかどうかは別として。
やっぱり文化が違ってたんだなぁーという名残がまだまだたくさん残ってて、国内にいながら新鮮ですよ。行ったことのない方はゼヒゼヒ。

途中で黒潮の話が出てますが、昔戦争の時に特攻隊のパイロットが整備不良で不時着→フィリピンかどっかの現地人の手を借りて筏を作成→数ヶ月かけて自力で本土に帰って再度出撃→また不時着…
みたいなひとがおったらしいですね。
そゆこと考えると、南から北へ…というのはなんとかなりそうですが、逆はどうだったんでしょうか。
昔の船乗りは気合い入ってるから、やってやれないことはなかったかもしれないですが、そこまでする理由があったかどうか、ってとこなのかな。気になる!
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    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2018.3.11 22:01
    日露戦争の時、久松五勇士は宮古島から石垣島まで平均時速11kmで170kmを手漕ぎで到達してるんだよね
    • ※2 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2018.3.11 22:14
    >世界最高民族

    脳みそのどこをどう弄ったらこういう結論にたどり着くん?
    • ※3 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2018.3.12 7:42
    沖縄の人々、ルーツは「日本由来」 南方系説を否定
    http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/44163
      • ※7 : ドクター・ノオ・ネーム
      • 2018.4.4 23:21
      ※3
      なんかこの見出しはちょっと違うな。
      D系統の仲間はチベットとアンダマン島にあって、だからといってチベットやアンダマン島から飛んできたわけではない。
      D系統は早くから出アフリカして、アジア大陸や東南アジアに広がって、そして日本やチベットやアンダマン島でだけ残っているということ。
    • ※4 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2018.3.12 11:27
    沖縄の小舟は基本的に帆も積んでるよ
    もっと言えば沖縄の船は昔から奄美や九州の木材を使ってるよ
    そして管理人さんのお墓のことは、基本的に沖縄の墓は「ムンチュウ(門中)墓」で個人墓や家墓ではないから大きいのよ ムンチュウは一族じゃないからお間違えないように
    大分や高知にも「リュウキュウ」名称の料理・食材があるから海上での交通があった事がうかがわれます
    ただ沖縄は基本的に農耕だからうみんちゅ~以外はなかなか外部に出ることはできないけどね
    あと地名にも「南風原」の南風・ハエは大和言葉だし原・バルは九州でよく使われる
    山口にも南風泊漁港ってふぐで有名な漁港があるでしょ
    「東風平」のコチも沖縄流だったらアガリカジって読みだけど「東風吹かば~」のコチね
    • ※5 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2018.3.12 17:59
    黒潮が有るから行けないの理屈通りなら奄美は九州からアクセス不能なんだけど
    奄美には縄文遺跡があるしそこから瀬戸内の土器が出る
    日本書紀にも出てくるし平家物語にも出てくる
    古代に奄美九州を行き来できてたってことは交通に関して黒潮の問題はある程度クリアしてたってことで、当然奄美から沖縄各諸島まではアクセス可能だし遺跡状況から奄美沖縄の行き来が有るのは分かってるので、先史時代に沖縄九州間のなにがしかの流通があったとして不思議はない
      • ※6 : ドクター・ノオ・ネーム
      • 2018.3.17 22:20
      海渡ったから人が居るんじゃないんですかね?アホなの?
        • ※8 : ドクター・ノオ・ネーム
        • 2018.4.7 0:01
        >※6
        海渡ったから人がいるって書いてあるものに
        海渡ったから人が居るんじゃないんですかね?とか突っ込むお前があほだな
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