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中世ヨーロッパ好きなら知っておくべきこと・後編 @ [世界史板]


中世ヨーロッパ好きなら知っておくべきこと・後編 @ [世界史板]
81: 世界@名無史さん 2013/01/08(火) 07:09:20.61 0
中世っていっても初期と後期じゃずいぶん違うよね
8世紀だと城は掘っ立て小屋みたいで、アニメ、ファンタジーに出てくるような壮麗な城はないし、ノイシュバンシュタインみたになのは後期でもない。
89: 世界@名無史さん 2013/01/23(水) 07:09:22.57 0
>>81
ノイシュバンシュタイン城は19世紀だから中世どころか、さらには近代どころか、近現代に入る。
産業革命後だから、現代初期の建築と言ってもいい。

中世は全く関係なく、バイエルン王の道楽、ディズニーランドorネバーランド趣味に過ぎない。
91: 世界@名無史さん 2013/01/24(木) 12:51:35.59 0
>>89
ノイシュヴァンシュタインはゴシックリバイバルの文脈にある建築だから、少なくとも外観は、後期ゴシックや北方ルネサンス建築の折衷主義だよ。
特に、フランスの15~16世紀の世俗建築に近い。

Château des ducs de Bretagne(仏語版Wikipedia)
ノイシュヴァンシュタイン城
管理人より:「ノイシュヴァンシュタイン城」はバイエルン王国の狂王・ルートヴィヒ2世によって建造された、19世紀のお城。この王様は中世趣味の絢爛豪華さに傾倒しており、近代のお城なのにどこかロマネスク風なのはそのため。ディズニーランドの「シンデレラ城」はこれをモデルにしたとも。
前半はこちらから。
103: 世界@名無史さん 2013/01/24(木) 23:42:28.76 0
ミシェル・ド・モンテーニュモンテーニュが1580年、ドイツ・スイス・イタリアをめぐる旅に出たときの様子。
秘書による興味深い日誌が残っていて、旅行中のモンテーニュの様子がよくわかる。
病を患いながらの旅で痛みに襲われる記述は読んでいて辛いものがあるが、各地の有力者の訪問の記録や歓迎の記録、またドイツやスイス各地でのカトリックとルター派、カルヴァン派、ツヴィングリ派の共存や対立のありさまがそれぞれいきいきと描かれていて大変興味深い。

モンテーニュはドイツの宿屋や食事がとても気に入っていて、城館の料理人を連れてくればよかったと後悔している。
また、フランスでは水で割って飲むのが一般的だったワインをドイツでは生で飲んでいるなど、国柄によって特徴的なことが多いことがわかる。
彼は全般的にドイツの几帳面さやまじめさ、清潔さなどをを気に入っていて高く評価している。
ミシェル城館の人〈第3部〉精神の祝祭 (集英社文庫)
108: 世界@名無史さん 2013/01/31(木) 18:36:52.28 0
上で中世欧州が一般に小奇麗なイメージを持たれてるって指摘されてるが、騎士とかは超絶美化なんてものじゃない、もはやファンタジー
騎士について調べていくと幻滅なんてもんじゃすまない
116: 世界@名無史さん 2013/02/02(土) 22:00:05.93 0
>>108
豆知識:騎士が近代化したのはポーランドのフサリアから
117: 世界@名無史さん 2013/02/02(土) 22:16:51.37 0
>>116
その近代化って何やねん。
銃を近代化というなら、その時代にはもう騎兵なんて用なしになりつつあったやろ。
118: 世界@名無史さん 2013/02/02(土) 22:33:01.46 0
119: 世界@名無史さん 2013/02/02(土) 22:39:14.62 0
>>117
ならねーよバカ

結局エンジン積んだ車が出てくるまでは騎兵は戦場において必要な存在だった
機動力ある存在が他にねーからな
122: 世界@名無史さん 2013/02/02(土) 23:09:57.92 0
>>118-120
世界大百科事典より
>近世に入り,火器の発達にともなう大砲の地域制圧力, 小銃の狙撃力によって,戦場でその目標になりやすい騎兵はその力を失い, 軍の主兵の地位から脱落した。
ばーか
121: 世界@名無史さん 2013/02/02(土) 22:48:31.05 0
ポーランドってフサリア作ってからは、ヨーロッパ屈指の大国でオスマンともやりあったけど、中世はいろんな部族に侵入されて分裂しまくってたらあげくの果てに、モンゴルとかいうチートのための防壁にされてしまったかわいそうな印象しかない
ルーシを虐めるくらいの力はあったようなんだがな
126: 世界@名無史さん 2013/02/02(土) 23:34:51.84 0
騎士の話なら、間違いなく銃器が出てくるまでがピークだろう。
近世に活躍したのは騎士(←身分の一つにまでなる)じゃなくて、騎兵。

騎兵の話だと、ウィキペによれば

重武装騎兵衰退

乗馬歩兵の活躍

近代的な運用で騎兵復活

銃器の発達で衰退

みたいだし、双方、それぞれに間違いがあるんじゃないのw
128: 世界@名無史さん 2013/02/03(日) 00:54:09.97 0
>騎士の話なら、間違いなく銃器が出てくるまでがピークだろう
間違いです
銃器が浸透する前から没落はじまってます
まぁこれ以上はスレチなんで当該スレでしたほうがいいでしょうが、そのスレでは既出の話題だと思います
127: 世界@名無史さん 2013/02/03(日) 00:39:58.38 0
しかしウィキや百科事典をソースとか釣りなのか天然なのか迷うな
とりあえず騎士スレで議論され切ったから読んできたほうがいいよ
144: 世界@名無史さん 2013/02/04(月) 09:10:39.17 0
>>122>>124
「用なし」「主力から脱落」「衰退」は全く別物だろ

哨戒や斥候としたら騎兵に代わる兵科はなかったから、結局第二次世界大戦辺りまでは「用なし」にはなってないんだよ


>>126
銃器が出る前に槍持った歩兵が隊列組んだ時点で、戦場の主力としての騎兵って相当オワコン扱いになってたぞ
177: 世界@名無史さん 2013/03/14(木) 19:13:17.17 0
>>144
歩兵が槍持った密集陣形を飛び道具でチラしたところに突撃。
あるいは突撃の形で近くまで進んで、歩兵が恐怖で陣形崩れたらそのまま突撃、崩れなかったら引いて歩兵がつられて陣形崩して追いかけてきたら、第二陣が突撃。

古代に重装騎兵対槍の密集陣形は成立している
152: 世界@名無史さん 2013/02/05(火) 07:17:59.30 0
>>117
騎士階級や騎兵の「近代化」はポーランドでそれぞれ14世紀・16世紀に開始している。
14世紀に騎士は法律で「ポーランド市民」として再定義され、王冠領では人口の25%を占め、しかも現代の市民同様、労働による所得を得ていた。
16世紀に騎兵が改良されて史上最強の騎兵軍団「フサリア」が登場する。


このフサリアの発達は銃砲の発達を凌駕していたが、その時代が終わったのは高所得層が自分たちへの増税を嫌がり、政府がフサリアの予算を増額できなかったからという、これも非常に「近代的」というか「現代的」な理由。
そういう「新自由主義」の流れについてはフサリア時代当初の大元帥ヤン・タルノフスキ自身が警告しているという、この慧眼もまた超近代的。
155: 世界@名無史さん 2013/02/06(水) 03:37:06.96 0
リチャード3世イギリスでは薔薇戦争で騎兵は長弓兵のいい餌食になったせいで、戦死したときのリチャード3世も騎馬してなかったりする。
ポーランド装飾騎兵
管理人より:「フサリア」というのは、(特に)精強で鳴らしたポーランドの装飾騎兵のこと。こんなふうに腰のあたりに2枚の翼の装飾をつけており、とても特徴的。「hussar」はフッザーとかフサールとか発音され、本来は「軽騎兵」という意味です。
火砲の歴史はこちらをどーぞ。
109: 世界@名無史さん 2013/01/31(木) 21:48:34.41 0
教会の腐りっぷりがピークに達してた時代
効率的に統治するための権力機構として各国で利用されてたら必然的に利権が拡大し…
110: 世界@名無史さん 2013/01/31(木) 22:18:29.74 0
教科書的だなw
間違っちゃないんだろうけど
115: 世界@名無史さん 2013/02/02(土) 18:47:17.49 0
ルイ9世ルイ9世とかいうネタキャラ
167: 世界@名無史さん 2013/03/11(月) 21:25:55.58 0
どうせほとんど嘘なんだろ歴史なんて
魔女狩りとかうそ臭すぎるわ
168: 世界@名無史さん 2013/03/11(月) 21:50:33.17 0
同調圧力なんて恐ろしい言葉だが、現代でも全然絵空事じゃない
管理人より:魔女狩り関連はこちらを!聖王ルイ9世はネタキャラですかー。
133: 忍法帖【Lv=6,xxxP】(2+0:8) 2013/02/03(日) 14:23:09.53 O
初歩的な質問で申し訳ないですけど、フランスやドイツあたりの中世って、だいたい何世紀から何世紀ぐらいまでを指すんですか?

「中世」の定義って文章にするとどんな感じですか?
134: 世界@名無史さん 2013/02/03(日) 17:57:58.57 0
一段落目は、それこそ wikipedia 見た方が早いとおもうw
中世は原義が中間の時代だし、中世前期と後期では統治機構一つとってもだいぶ違うから、あまり定義というのは意味がない。

端的に言うなら、古代の終わりから、近世の始まりまでというしかない。
139: 世界@名無史さん 2013/02/03(日) 21:22:04.08 O
近世ってルネサンスを含むの?
140: 世界@名無史さん 2013/02/03(日) 22:09:45.75 0
そこら辺の線引きは諸説あってあいまいだよね
141: 世界@名無史さん 2013/02/03(日) 22:18:14.70 0
宗教改革、イタリア戦争あたりから近世っぽくなるイメージ
俺はね
143: 世界@名無史さん 2013/02/03(日) 23:37:05.16 O
ルネッサンスは何か特殊な時代。
中世にも近世にも入れたくない気がする。
145: 世界@名無史さん 2013/02/04(月) 14:09:41.40 0
もともとルネサンスというのは、文化的というか、もっというと美術的分類だから、それをもう少し広い歴史に当てはめると、無理が生じることが多いな。

シモーネ・マルティーニとかの国際ゴシックや、ファン・エイクの末期ゴシックに対して、マザッチョとか、ピエロ・デラ・フランチェスカとか、レオナルド、ミケランジェロを見せられると、確かにルネサンスは存在するとしか言いようがないんだけど、芸術以外の分野を見てみると、これといった目印が見当たらないというか。
146: 世界@名無史さん 2013/02/04(月) 14:26:13.02 0
文芸復興なんてのは12世紀以来の延長線上のものだし、ルネサンス自体に中世、近世の区切りは関係ないよね
政治経済的にいうと新大陸発見や宗教改革の方が目印になる
147: 世界@名無史さん 2013/02/04(月) 15:19:47.57 O
イメージ的に言うと、ルネサンスは中世の海の中の島のような感じかな。
フィレンツェでルネサンスが花開いていた頃、イタリアに住む人間のほとんどは中世を生きていた。
また全ヨーロッパ的に「ルネサンス期」という時代区分があったわけではないよね。

スクロヴェーニ礼拝堂のフレスコ画(ジョット・ディ・ボンドーネ)
美術で言うと、ジョットがパドヴァでスクロヴェーニ礼拝堂のフレスコ画を描いたのは1305年。

4人の使徒(アルブレヒト・デューラー)
デューラーがドイツのニュルンベルクで「四人の使徒」を描いたのは1526年。(両者をルネサンス絵画に含める事には異論もあるけど)。
148: 世界@名無史さん 2013/02/04(月) 17:18:11.37 0
ジョットとかダンテは、かつてはルネサンスということになってたけど、いまではどっちも中世の最後の方という分類だね。
ジョットは後期にはゴシック帰りしているし、ダンテの場合は、神曲自体がキリスト教にどっぷりつかった作品だし、グエルフィに属していた点とかでも中世性が指摘されてる。
156: 世界@名無史さん 2013/02/07(木) 03:11:02.96 0
中世を知る面白さは、人の不幸みる面白さと似ている。
157: 忍法帖【Lv=9,xxxP】(1+0:8) 2013/02/07(木) 07:16:34.73 O
あ、「近世の始まりの目安」は、過去に皆さんがいくつか述べてましたね、すみません。

中世って、車裂きの刑(車輪刑)とか、「なぜわざわざそんな方法を?」と思ってしまうようなエグい刑罰がありますね。
158: 世界@名無史さん 2013/02/07(木) 12:12:43.51 0
そういうのは近世でも古代でもやってると思う
管理人より:内容的にいまひとつですが、世界の拷問・刑罰はこちらを。
159: 世界@名無史さん 2013/02/07(木) 19:11:04.84 O
13世紀頃まで大衆浴場は混浴だったらしいけど
160: 世界@名無史さん 2013/02/09(土) 13:11:58.92 0
てか、ヨーロッパの温泉ってふつう混浴じゃね?
水着着用のとこも多いけど、バーデンバーデンとかの温泉は全裸だった(ヌーディスト用じゃない)。
153: 世界@名無史さん 2013/02/05(火) 14:52:23.28 O
ポーランドは他のヨーロッパ諸国に比べて騎士階級(シュラフタ)の人口比率が高かったんだよね。

ところで中世を「古代と近世の間の時期」とすると、「近世の始まり」は何を目安としたらいいのかな。
161: 世界@名無史さん 2013/02/24(日) 01:05:20.76 0
>>153
特権階級の特権の程度に差が大きくあって、自分で畑を耕す特権階級もいた。
江戸時代の武士で、村に住んで畑を耕すのに似ているような、似ていないような。
169: 世界@名無史さん 2013/03/11(月) 21:51:11.94 0
むしろこれから民主化が進んで資料が公開されて歴史がわかるようになる
ポーランド史がこんなに人気出たのは1980年代まで考えもつかないことだった


真実がどんどん明らかになると、ドイツ・ロシア・スウェーデン・リトアニアその他の歴史の嘘が次々と明らかになり、ポーランド史が陽の目を見るようになった、というよりいま欧米における欧州史の分野でポーランド史大人気
171: 世界@名無史さん 2013/03/11(月) 21:54:10.67 0
羽根を背負った重装騎兵の、銃砲をものともしない中央突破の集団突撃
って、中二要素満載だからな、人気出ないほうがおかしい
172: 世界@名無史さん 2013/03/11(月) 21:57:22.00 0
金銀の鎧の下に緋色のビロード、そして豹の毛皮のマントを纏って、中空構造の長大な突撃槍を持ち腰にはピストルと剣と盾

最強だろフサリア
173: 世界@名無史さん 2013/03/11(月) 22:59:32.44 0
その容貌で200年間無敗とか、どこの漫画だよ的な。
ま、あんまり言ってっとポーランド厨にされてしまうのも致し方ない話。
174: 世界@名無史さん 2013/03/11(月) 23:37:32.40 0
フサリアがその容貌で統一したのは1500年代の終わりごろから。
それ以前は緋色のビロードはなかったし、甲冑ももう少し簡素だった
そのかわり毛皮系がモサモサついていた

もともとトランシルバニアから来たバートリ王が連れてきたセルビア騎兵が当初のモデルになっている
これがポーランドで装備が変化して独特のものになった
この分化に決定的な役割を果たしたのは王冠領大ヘトマンのヤン・タルノフスキ
179: 世界@名無史さん 2013/03/16(土) 00:58:34.11 0
ポーランドの黄金時代はロマンがありますな
滅亡したので儚い印象があるが、よくよく年代を見てみると、
アメリカ合衆国の黄金時代よりも昔のポーランドの黄金時代のほうがずっと長い。
儚いわけではなく、相当長い期間最強国として繁栄したんだよ。
181: 世界@名無史さん 2013/03/19(火) 23:50:37.62 0
ポーランドの黄金時代は1410-1612。だいたい2世紀。
14世紀ごろのポーランド
管理人より:14世紀ポーランド黄金時代、カジミェシュ大王のころの版図(ヤギェウォ朝)。中央ヨーロッパを睥睨する形で、たしかな存在感とともに君臨した時代です。
1795年のポーランド
ちなみに1795年のポーランドは、普墺露の3国間で分割され、跡形もなくなってしまいます。諸行無常ですナァ。オーストリア領に組み込まれた、元首都のクラクフは中立都市となり、酒場では母国奪還のための陰謀が囁かれたとか、なんとか。
163: 世界@名無史さん 2013/03/10(日) 21:29:19.95 0
ポーランドは13世紀のペスト大流行で全く被害をこうむらなかった唯一の(都市国家でなく)領域国家
完全に無事だった、不思議


猫を大事にしてネズミが少なかったという説
過密な都市構造を嫌って、都市も家屋がいくらか離れていたので清潔だったという説
命の水(アルコールのこと。後の時代にウォッカと呼ばれるようになった)をヨーロッパで唯一各家庭で日常消毒薬として使っていたほど普及していたという説

いろんな説がある
おそらくだがこの全てが事実で、これが複合的に作用してペスト流行なしという奇跡が起きたんだろうね
164: 世界@名無史さん 2013/03/10(日) 22:58:13.09 0
>>163
スウェーデンは?
165: 世界@名無史さん 2013/03/11(月) 21:11:25.45 0
>>164
あの不潔で知られるロシアより被害をうけた。

というわけで、前回やるの忘れてた これの続き、後編です。

今回はルネサンスとポーランド装飾騎兵の話題が多かったですね。
ポーランドというと、日本人はいまひとつ馴染みが薄く、どういう国かよくわからんというひとも多かろうと思いますが、有為転変の激しい歴史を辿ったせいか、愛国心はとても強い土地柄ではあります。
14世紀のいわゆるポーランド黄金時代、開放的な政策を実施したせいか混血がガンガン進み、民族的にはスラヴ人、ゲルマン人、ユダヤ人、モンゴル人あるいはそれらの混合民族…ということになりそう。宗教的にはほぼカトリック国家。にもかかわらずユダヤ人に寛容だったため、経済がおおきく潤いました。

ポーランドの不運というのは、なにはさておき、その地政学的な位置の悪さと言えるでしょうか。
オーストリアやハンガリーなどとともに東方の脅威にさらされ続け、当初は優位に戦っていたゲルマン人を完全に駆逐するにはいたらず、近代に入ってからはドイツとロシアに両方から毎度フルボッコされているイメージがある。
戦後はロシア(ソ連)に吸収されてしまいますが、西側諸国の手助けの元、独立し民主化したのが1980年。
莫大な負債とオイルショックなどの経済混乱から、いきなりハードモードでのスタートでしたが、現在はヨーロッパでももっとも治安が良く、経済成長率の高い国として知られております。

なぜか、ワルシャワ大学はじめ、日本語科や日本語コースなどがある大学が多く、日本の文化(とくにアニメ)は案外人気があるんだとか。

The Dark Ages
トップ絵は、ジョナ・ドゥローというベルギーのイラストレーターの作品「The Dark Ages」より。
なんか前回のアレよりはこっちのがより中世らしいと言えるわけですかね。暗黒時代ってそういう意味じゃないけど…。

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    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2018.7.18 1:27
    ポーランドでペストの被害がなかったことが後々まで農奴制が続く原因にもなってるからよかったかどうかは微妙
    しかし世界史板で百科事典をソースに、しかも解釈間違ってるとか>>122は色々ひどすぎる
    • ※2 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2018.7.18 2:35
    ポーランドは近代からのイメージで知ってると可愛そうな国のイメージなんだけど
    中世まで遡るとヨーロッパ最大版図だしロシアでブイブイ言わせてるしでかなりイメージが変わるね。個人的にはピョートル大帝が近代化する前のロシアが半ヨーロッパ、半アジアみたいな変な場所なのでそれに面しているポーランドもとても興味深い
    • ※3 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2018.7.18 13:12
    戦争、特に騎兵の話になると食料方面の問題が大量にあるのに一切触れてないな
    少なくとも人に回すだけでギリギリだったルネサンス中期頃までは戦闘に使うのは以ての外、移動用の超高級品扱いだから重装騎兵以前の運用をスルーするというのもねぇ
    騎馬を持つ=金持ち=騎士という時代も確かにあったから騎士と騎兵をごっちゃにして運用面考えないのはどうにも議論の体をなしてない
    • ※4 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2018.7.21 22:59
    「中世ヨーロッパ」って言葉を見て一番にイメージするのはドラクエだな
    王様がいて、お城があって、レンガの屋根と石畳の街。町の外には草原と森が広がっているみたいなヤツで、剣と盾とで馬に乗って戦うイメージがどうしても強い
    だからどうしても、その中で描写されない食事とか衛生とか民族とかの印章は薄いなぁ
    • ※5 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2018.8.22 4:05
    西ローマ帝国が崩壊してから9世紀までと、10世紀以降は中世と言ってもまるで異世界。
    いわゆる「封建領主」が誕生してくるのは10世紀以降で、丘の上に城を構えた封建領主の館の周りに庶民が集住するようになって、小教区もこのユニットをベースに再編されてくる。10世紀より前は、多かれ少なかれローマ帝国の遺制の残滓が残っていて、ヴィラを基盤にした大土地経営とかセナトール貴族なんかがまだ生きている感じ。

    ちなみに、日本で武士が誕生してくるのも面白いことに10世紀なんだな。日本の武士が所領を持った封建領主化してくるのは11世紀の「荘園公領制」の成立を待たなければならないんだけど。
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