人気サイト様 最新記事

博士ちゃんねる ヘッドライン

レスの強調ウゼェー!というドクターへ

レス内の強調表示をOFFにする コチラをクリックして切り替えてください。設定は30日間Cookieに保存されます。
現在のステータス:強調有効

縄文人と弥生人の使っていた言語は違うのか @ [日本史板]


縄文人と弥生人の使っていた言語は違うのか @ [日本史板]
1: 日本@名無史さん 2015/10/12(月) 17:20:09.63 .net
例えば、今では「顔」を「カオ」というが、これは弥生語で縄文人は「ツラ」と呼んでいた
根拠は「ツラ」というのは縄文人が最後まで多く残っていた九州南部と東北に共通する方言だから

ホントかわからんけどこんな話は聞いたことある
管理人より:日本史板のまとめだけど、考古学+言語学カテゴリーでの更新!
2: 日本@名無史さん 2015/10/12(月) 17:29:45.70 .net
あるかもな
縄文人といっても氷河期時代に渡ってきた連中でルーツはマンモスハンターだからな

それからマンモスハンターとは言っても2万3000年前の女性の遺体だが服を着ていた
痕跡とかでていてな
象牙の飾り物とかもでとる
3: 日本@名無史さん 2015/10/12(月) 17:32:26.08 .net
氷河期時代が終わって閉じ込められたってのが真相かもな
石器時代から土器時代への共通点はあちこちある
7: 日本@名無史さん 2015/10/13(火) 19:13:21.72 .net
浅間山や阿蘇山の「アサ、アソ」も「活火山」という意味の縄文語ではないかという話は聞いたことがある
9: 日本@名無史さん 2015/10/13(火) 21:47:50.87 .net
縄文人がいた時代の言葉なんざ書物がないのにわかるわけないだろ
いずれもそうであってほしいという願望にすぎない
10: 日本@名無史さん 2015/10/13(火) 23:22:52.89 .net
まあ、弥生もそうだな。
14: 日本@名無史さん 2015/11/03(火) 08:33:43.37 .net
そもそも縄文時代の後期でも4つの文化圏に分かれてたんであって、縄文人の言語って言っても、縄文語A・縄文語B・縄文語C・縄文語Dぐらいバリエーションあったろう
そのうち縄文語Aがアイヌ語になって縄文語Cが弥生人の言語になったって感じだろう
17: 日本@名無史さん 2015/11/13(金) 14:15:52.41 .net
>>14
基礎語彙からすると、あくまで方言ていどの違いだと思うけどね。
一部、難民がやってきたとしても、基本、弥生人とは弥生土器をつくるようになった
縄文人の子孫であり、言語の根幹は縄文から変わっていないだろうね。
子孫の我々が、カステラやコーヒーやストレスなんて言葉を取り込んだのと同じ。
54: 日本@名無史さん 2015/11/30(月) 14:22:50.80 .net
>>17
言語年代学的には今の本土日本語と琉球諸語は2000年前くらいにわかれたんだっけ?

それだけ均質的なら、2000年前のある地方の方言がほかを一気に駆逐したと見た方がよい。
縄文時代の文化圏が方言差としてそのまま残ってるんなら日本語族内でも5000年以上昔に別れた方言が残っていても良さそう

事実上、5000年以上昔に分岐した言語は比較言語学ではほとんど別言語として扱われるため、縄文時代に方言差だった言語は残っているとしたら、アイヌ語や朝鮮語として扱われているんじゃないだろうか
15: 日本@名無史さん 2015/11/03(火) 08:41:05.12 .net
>根拠は「ツラ」というのは縄文人が最後まで多く残っていた九州南部と東北に共通する方言だから
普通に標準語だろ。「面構え」とか、「泣きっ面に蜂」とか。
「ツラ」が方言とか主張してる奴は明らかに頭がおかしい。
21: 日本@名無史さん 2015/11/18(水) 03:16:57.62 .net
>>1
縄文人=弥生人=倭人なんだけど別の人種だと思ってるのか?
22: 日本@名無史さん 2015/11/18(水) 18:02:29.64 .net
語族と人種の区別もつかないのかお前は
24: 日本@名無史さん 2015/11/21(土) 16:13:17.28 .net
>>21
>>23
え?骨も激変して遺伝子も変わってるのに馬鹿なの?
そしたら現代人がゲノムレベルで縄文人と類似してない理由は?
27: 日本@名無史さん 2015/11/26(木) 14:08:06.02 .net
>>24
ゲノムで類似していないという証拠は?
ただの院生の論文がたった一つだけってのは証拠にはならんからね。
23: 日本@名無史さん 2015/11/18(水) 21:14:49.38 .net
人種には狭義と広義があるんだけどそんなことも知らんのか
しかも縄文人=弥生人=倭人って書いてるのにそれでも理解できないとは…
なんか色々とアレだよな
25: 日本@名無史さん 2015/11/21(土) 16:42:00.40 .net
>>23
やはり理解できてないようだな
例えばボビーオロゴンは語族的にはアングロサクソンだが遺伝的には全く関係がない

だから例え縄文人と今の日本人が全く同じ言語を話していたとしてもそれが同一人種だという根拠にはならない
なぜなら語族と人種は一緒ではないから
26: 日本@名無史さん 2015/11/23(月) 12:24:11.99 .net
今残っている言葉のイントネーションなんかは、1型式が大半で、曽於市・志布志市・種子島を除く鹿児島県、宮崎県えびの市、熊本県人吉市・球磨郡、長崎県五島、佐賀県南部、福井県の一部のみ

2型式って所を見ると、大きく分けて2系統、また、その中で地方ごとの方言の違いがある位のものだろう。
34: 日本@名無史さん 2015/11/26(木) 17:49:39.99 .net
土(はに)、水(み)、火(ほ)
とだけしか呼んでなかったのはたしか

つち、みず、ひ、なんてのは後代
40: 日本@名無史さん 2015/11/28(土) 12:08:40.99 .net
弥生人ってのは弥生時代の人って意味だから、今の日本人は縄文人でも弥生人でもないよ
41: 日本@名無史さん 2015/11/28(土) 21:00:34.60 .net
>>40
ゆとり世代かな?
時代だけの区別じゃないのにアホなのかね
そういうゆとり臭いレスいいから
45: 日本@名無史さん 2015/11/28(土) 23:43:39.52 .net
>>41
それってキレるようなレスか?
58: 日本@名無史さん 2015/12/01(火) 07:34:20.68 .net
弥生人=縄文人だよ。だから言語は変わっていない。
「優れた文化を持った渡来人(弥生人)がやって来て日本中に広まった」のではない。
最古の水田と言われる「菜畑遺跡」は、縄文人のムラだ。
明治日本が新しい文化を取り入れたと同じように、縄文人のムラに新しい文化(道具)が交じるようになった。


菜畑では半島南部と同じ石庖丁が出現する。
曲り田では朝鮮系の無文土器の系譜を引いた土器が出現する。
新町遺跡では、朝鮮系の支石墓が出現する。
これだけ取り上げると、朝鮮半島からあたかも弥生人が「やって来た」かのように映る。

実際は、菜畑は縄文のムラに少しだけ新しい道具が入ってきた。
曲り田は6割以上の土器は縄文土器だ。
新町では、埋葬された人骨は縄文人だ。

しかも、やってきた「半島南部」は縄文系や弥生系の遺物が沢山出土する場所だ。
これらの現実が有るにも関わらず「弥生人がやって来て縄文人を蹴散らした」と言い続けるマスコミや一部の学者は何か意図ががあるとしか思えない。
59: 日本@名無史さん 2015/12/01(火) 09:04:50.02 .net
優れた新しい技術を持った弥生人が大挙してやってきて日本を支配したなら、それが僅か2000年~2500年程度の前のことなら、日本語に近い言語がその故地や周辺にあるはずなんだよ。
英語とドイツ語が別れて2500年より新しいと言われている。
4500年程度前に別れたと言われるイタリック語派とゲルマン語派でさえ、復元できるのに、それと同程度に近い言語はどこにも見つからない。
61: 日本@名無史さん 2015/12/01(火) 15:16:12.67 .net
周辺地域に類似言語が見つからないなら、縄文語の中で征服しあって今の日琉祖語だけが残ったのだろう

日本列島に広範囲に住んでいた縄文人が統一した言語をしゃべっていたとはとても思えないなあ。
統一国家を作っていたわけでもないのに
62: 日本@名無史さん 2015/12/01(火) 19:02:11.16 .net
その通りだよ。日本語はよく北方言語と南方言語の融合と言われるけど、北方から弥生人、南方から縄文人、とかではなくて、北方ルートの縄文人と南方ルートの縄文人によるのではないかと思う
63: 日本@名無史さん 2015/12/02(水) 18:40:57.24 .net
北方言語はアルタイ諸語、南方言語はオーストロネシア語族のことを指しているのだろうか
村山七郎とかが提唱してたやつのことかも知れないけど
アルタイ語の存在が今や疑わしい上にオーストロネシア語との一致は精度がいまいちなんで、手放しでは賛同しきれない内容だよな
管理人より:日本語のルーツというのは諸説あってよくわかっていません。世界でも数少ない孤立言語のひとつ。
64: 日本@名無史さん 2015/12/03(木) 17:47:14.18 .net
66: 日本@名無史さん 2015/12/04(金) 22:55:59.42 .net
琉球語は縄文語に近いのかな
67: 日本@名無史さん 2015/12/05(土) 00:50:27.88 .net
>>66
遺伝子で琉球とアイヌが…とかいうけど、琉球とアイヌ、九州南部と奥州北部、全然言葉違う。
縄文語なんていうものがあったのかな。
68: 日本@名無史さん 2015/12/05(土) 12:23:06.64 .net
>>67
縄文語というか原日本語と言うべきか、琉球から東北まで多くの違いはあるとはいえ、文法的にはかなりの部分が一致してる訳だから、縄文以前の日本列島に言語的交流はあったんじゃないかな
70: 日本@名無史さん 2015/12/06(日) 11:22:10.94 .net
語順にばかり拘る人がいるけど、言語の遠近に語順はあまり関係ない。
印欧語にもSOVがあるしね。
ドイツ語は基本SOVだったのか・・
71: 日本@名無史さん 2015/12/06(日) 11:39:27.94 .net
>>68
>>70も言うように、語順や文法は系統関係の決め手にならない。
かつて系統関係が模索された諸語も今では言語連合ということになってるのが多い。

もちろん、列島内でけっこうな交流はあっただろうけど、原日本語なんて均質なものがあったかどうか。


縄文時代の直前に、日本列島全体に、一度きりの大移民が押し寄せて、文化的に近似の原日本族が拡散したというのなら、話は分かるけど、列島への移住って、断続的逐次的だったんじゃない?
今の方言が比較的均質なのは、古墳時代から奈良時代にかけての統一過程による影響だと思うがなあ。

ニューギニアやアンダマンみたいに、全然違う言語が雑居してたかもよ
そしてその残存があるかもなんて考えるとわくわくする。根拠はないがw
72: 日本@名無史さん 2015/12/09(水) 00:59:05.89 .net
>>71
今の方言が比較的均質なのは古墳時代から奈良時代にかけての統一過程による影響で間違いないよ
ただ、それ以前にもそれなりに統一性があったのかもしれないという話だ
73: 日本@名無史さん 2015/12/09(水) 05:36:44.07 .net
>>72
琉球語の均質性も、中山王国の統一に起因すると思う。
で、日本語は北方と南島の混成言語ってよくいわれるけど、与那国と台湾とで、有意の関連性って何かあるかしら、無いと思う。
つまり、政治的統一過程は、それ以前の言語をかなり破壊しちゃうので、現在の知識から古代以前の日本語の様相を探るのは極めて困難だと思う。


古墳以前の原日本語があったとして、それがどの程度同系だったかは、なんともいえない。
台湾諸語みたいな感じだったら、原日本諸語という風に一定の連帯を保ってたかもしれないけど、ニューギニアみたいな感じだったら、異なる系統の言語が入り混じってても何もおかしくない。
74: 日本@名無史さん 2015/12/09(水) 18:44:51.15 .net
>>72
奈良時代にはまだ蝦夷は平定されてないだろ
「東大寺諷誦文稿」によると平安時代でも飛騨ですら通訳がいったそうだから共通の「日本語」と呼べるものが奈良時代にあるわけがない

琉球も清の使節が記した「中山伝信録」には本島とそれ以外の島々では言語が全く通じず、それぞれの島に通訳が置かれているとあるので少なくとも18世紀時点では「離島」の人たちは「琉球語」とは違う言語を話していたことがわかる
75: 日本@名無史さん 2015/12/10(木) 08:35:40.57 .net
>>74
>>74
飛騨以外はどうなの?
山間離島に古い言語が残存しやすいことは説明するまでもないし、寧ろ僻地以外では中央語が広まってたことの傍証なんじゃないの?

通じるか通じないかで、沖縄とそれ以外を、全く違う言語というのはどうなの?
現代の奄美や八重山は琉球語に属してるのに、清代ではそうじゃなかったの?
明治以降の日本政府は、琉球語の標準化なんて全くやってないのに、なぜ琉球語は中山王国内である程度均質化してるの?
84: 日本@名無史さん 2015/12/11(金) 18:28:28.85 .net
>>75
>なぜ琉球語は中山王国内である程度均質化してるの?
北琉球語と南琉球語の話者が通訳なしで会話できるようになったのは戦後しばらくたってからだが
88: 日本@名無史さん 2015/12/11(金) 18:49:15.89 .net
>>82-83
アクセントの変化に、海上交通の影響を考えるのは賛成しない。
地図を眺めても、内陸に古形、沿岸に新形という傾向は見えないし、主要な航路に沿って同一のアクセント地域が細長く延びているという状況もないし。
北陸にだけ適用するのは反対。

組織的な農耕に伴う人口圧で、関東・東北は前進的に近畿の勢力が制圧していったと考えられる。
対して、早くから先進地域だった近畿と九州に挟まれた吉備周辺は、東北と同様の歴史を歩んできたようには思えない。

アクセントの分布を、周圏論や言語交流で説明するのであれば、東北のアクセントをアイヌ語からの残存として、特に関連を認めて説明する必然性を感じない。
熊襲や隼人をアイヌと同系だった、かつてアイヌは列島全体に居た、というのなら話は別だが。

東北・関東にある無アクセントの理由をアイヌに求めるなら、同様に九州の無アクセントもアイヌに求めないと、説としておかしくないか。

例に挙げた、サワやクマは、今の日本語でも理解できるから、ちょっと不適当だった。
で、ナイやベツがアイヌ由来だという説は広く見られるけど、ナイの地名は東北から関東にかけて多いが、東海や九州にもそれなりにあるらしい。

>>84
戦後になって、北琉球語と南琉球語に、どういう変化がおきたの?
会話での意思疎通という観点なら、本土の方言同士だって本来は難しかったはずだが。
北琉球語と南琉球語を別の言語とするなら、薩摩と津軽もそうなの?それならそれでもいいだろう。
93: 日本@名無史さん 2015/12/11(金) 21:19:35.17 .net
>>88
海上交通から派生したなら逆じゃね?内陸に新形、沿岸に古形だ。北海道がその典型だな。

ところで俺、無アクセントはアイヌ語の影響なんて言ってなかったと思うけど。
平安時代以前、東北地方にはもっと広い無アクセント地域が広がっていて、更にその先にはそもそも日本語話者の住域じゃない地区が広がっていたっていう話しただけだ。

スレタイに戻すと、平安時代以前までは北東北にはまだ縄文人が住んでいた。彼らが擦文人になるのはその後。
こいつらがアイヌ語を喋っていたかといわれるとそんな証拠はないにしても、少なくとも今の日本語とは異なる系統の言語を喋っていたわけで、それは弥生人の言語(魏志倭人伝に少々残ってるけど、かなり日本語くさい)とは違う何かだとは言える。
89: 日本@名無史さん 2015/12/11(金) 19:04:53.37 .net
>>84
ウチナーヤマトグチ、つまり今の沖縄弁が完全に日常会話として定着したことによって、通訳なしでお互いに意思疎通できるようになった

>薩摩と津軽もそうなの? それならそれでもいいだろう。
それは話者自身が決めること
クロアチア語とセルビア語とボスニア語とモンテネグロ語は、通訳なしでもお互いの言葉が通じるのに別言語扱いされてるんだから、結局は方言と言語の差はアイデンティティーの問題
92: 日本@名無史さん 2015/12/11(金) 19:41:37.05 .net
>>89
で、あなたは何が言いたいの?
北と南の琉球語は別の言語、薩摩と津軽は同じ言語、話者が決める、それで、だから?
対話できないと、音韻や文法が同じでも、同系ではないの?

政治的統一が言語に及ぼす影響は、何も標準語や共通語の普及拡大だけじゃないと思うよ。
そういう優勢かつ洗練された言語・方言が普及することで、周辺の言語・方言に音韻や語彙や文法に影響を与えるんじゃないの?
たとえ対話できなくとも、そういう同系言語の緩やかな連帯を維持するのに貢献したと思うけどね。


統一された政治勢力が長く無かったアイヌや台湾なんかだと、日本や琉球での地域差よりも激しいと思うが。
95: 日本@名無史さん 2015/12/12(土) 01:14:13.66 .net
逆にアイヌや台湾が地域差が激しいからだから何って話だが
そもそも「琉球」には「標準語」といった概念がなかったから首里の言葉が地方に波及することもなかった
だから本島ですら首里と今帰仁とでは長母音の数やアクセントすら異なっていた

つまり
>政治的統一が言語に及ぼす影響は、何も標準語や共通語の普及拡大だけじゃないと思うよ。
>そういう優勢かつ洗練された言語・方言が普及することで、
ってのは完全な思い違い
三山が統一された後も首里方言が普及していった形跡はまるでなく本島ですら戦後になるまで地域によって点でバラバラだったのが実情
102: 日本@名無史さん 2015/12/13(日) 23:02:29.97 .net
津軽弁はお隣とも通じないらしい

言語学板や考古学板もこれくらい盛り上がればナァ…。まとめてる途中で、流れがよくわからんようになってしまいました。('A`)
言語学的なルーツの同定と、考古学的なそれと、遺伝学的なそれは、どれくらい一致するのでしょうかね…。

というわけで、縄文人と弥生人はどんな言語を喋っていたのか。まぁ気になりますよね。
原初の人々は、どんなふうにコミュニケーションをとっていたのかさっぱりわかりませんが、長い時間をかけて徐々にこなれていくわけでしょうね。

日本へは主に、まだ地続きだったベーリング海峡伝いに北から、半島方面から荒波の日本海を渡って、南方から黒潮に乗って船で…という3つのルートが有り得そうです。
うち、半島方面から日本海を横断するやりかたは、カヌーのような原始的な船では難しく、航海技術がもう少し進歩しないと無理かもしれません。

いずれにせよ、3系統の連中がそれぞれ同じ言葉を喋っっていたとは考えにくく、第一陣の言葉に新参が合わせたものか、新参の人数が多すぎて古参の言葉が駆逐されたものか、あるいは均等に混じり合ったものか。
互いに言葉も通じなかったと思うので、身振り手振りで用を果たしたのでしょうかね。気になるなぁー。

スウィフトの「ガリバー旅行記」には、まったく言葉の通じない外国で船乗りたちがどうやって言葉を覚えるのか、主人公ガリバーの体験を通してけっこう具体的に語られます。
まずは逐語訳というか、ものを指さして単語を教えてもらう。これだけでだいぶん用が果たせる。
次に「食べる」「排泄する」「寝る」などの生活に必要な基本的な動詞。これらを駆使し、推測も十分に働かせつつ、抽象的な単語を学んでいくのだとか。
コツがわかると別に難しくない…のかもしれないし、見知らぬ土地で生活しなきゃならないんだから、案外必死にやればできるんでしょうかね。

でも別に全員がこれできる必要がないですし、集団にちょっとカンのいいやつがおって、そいつが言葉覚えて仲間に翻訳してあげればすむわけです。
きっとその彼/彼女重宝されるだろうし、狩猟採集などの義務を減じてくれる仲間内ボーナスもあるかもしれない。
原始の職業細分化の第一歩はそんなところかも…しれませんよ、ウフフフフ。

日本人と日本語のルーツを掘り起こす 考古学からDNAまで
宮崎 嘉夫
文芸社
売り上げランキング: 1,646,277



人気サイト様 最新記事

博士ちゃんねる ヘッドライン

    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2018.8.21 8:18
    縄文人にも弥生人にも、「ワシら縄文(弥生)人ですねん」っていう自覚はないでしょう
    管理人さんが津軽弁の東西の壁を例にだしてましたけど、それ以上に時代の壁は大きいですよ
    縄文初期と弥生初期では1万年もの差があるわけで、そういうスポットの人間同士では、言葉での意思疎通は到底おぼつかないでしょうが、実際はその変化が緩やかに起きたからこそ、日本の歴史に断絶が起きなかったっていうのが事実でしょう
    現代人が、1000年遡った平安の人間と直接会話しようと思っても、まずムリだとは思いますがね
    • ※2 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2018.8.22 22:05
    現代日本語の口語や文語の多くは明治政府発足後に広まったのが主で、それ以前はバラバラだし未知である… ってたしかここのまとめかコメントで見たような気がw 単語レベルなら現在でも残ってるようなものもあるんでしょうかね…?
    • ※3 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2018.8.23 11:23
    ※2
    文豪と言われる方々が、読み本や新聞を介して言葉の標準化には寄与しましたね
    それでも、イントネーションとかは伝えられなくて、音声での標準化についてはラジオ放送がきっかけとなります
    NHKが「全国共通語」ってのを、東京の山の手言葉をベースに作ったのが始まりです
    言葉の標準化については、高等教育は言うに及ばず、意外に兵役が寄与したという事実もあります
    中央集権の政治体制が確立した頃ならば、官僚の各地への赴任がモノ言ったかも知れませんね
    • ※4 :  
    • 2018.8.25 14:11
    遺伝子完全無視かよ。何の宗教だ?
      • ※5 : ドクター・ノオ・ネーム
      • 2018.8.28 10:52
      >※4
      言語が遺伝するってどんなオカルトよ
  1. トラックバックはまだありません。


コメ欄での議論はおおいにけっこうですが、当サイトではドクター同士の罵り合いは禁止となっております。反論する際には、相手の意見・人格を尊重し、どうぞ冷静に。