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急激に拡大した帝国の成功例・失敗例 @ [世界史板]


急激に拡大した帝国の成功例・失敗例 @ [世界史板]
1: 世界@名無史さん 2013/11/17(日) 16:40:55.38 0
短期間に急激な拡大に成功した帝国でもその行く末は様々
アケメネス朝のように古代オリエント世界を比較的長期間統一したり、アレクサンドロス帝国のように一人のカリスマの死後、後継者争い等で領土が分裂したり…

そんな古今東西の帝国の長命の秘訣・短命の原因について語りましょう
2: 世界@名無史さん 2013/11/17(日) 17:59:15.73 0
急激に拡大して失敗したのは、秦、隋、(アレクサンドロス帝国ではなく)アレクサンドロスの帝国…
3: 世界@名無史さん 2013/11/17(日) 18:18:52.92 0
モンゴルさんじゃね?
あれだけ領土を拡大して維持が大変そう。独立とかしたりしてまとまりなくなったし
4: 世界@名無史さん 2013/11/17(日) 18:35:50.11 0
ナポレオン、ドイツ第三帝国は戦線を広げ過ぎて短期で終わってしまった
5: 世界@名無史さん 2013/11/17(日) 19:42:58.54 0
アレクサンドロス3世成功例・・アレクサンドロス三世の帝国
理由・・征服した土地を文明化・民主化(ヘレニズム)したから。
かれの活躍によって仏像が日本にも伝わる。まさに文明の伝道者。世界最強・最大の天才白人。師匠はアリストテレス

チンギス・カン失敗例・・チンギスハンの帝国
略奪と破壊とレイプしかしなかったとは英国の歴史学者が科学的に分析している。
当時のイラクは原子爆弾で焼かれたようにすべての文明的な遺産が消滅し、後にキリスト教徒に完膚なきまでに叩きのめされる原因を作ったと言われている。
精神病理学的にみるとチンギスハンの一族は「サイコパス」である。
インドを中途半端に侵攻したティムールにもサイコパスの特徴が如実に現れており、後の英国の支配を経て、その異常な破壊ぶりが明らかにされる。
インド人はティムールを破壊者としたが、英国人をよき創造者としたのがその証拠である。
11: 世界@名無史さん 2013/11/18(月) 20:37:28.78 0
>>5
英国人をよき創造者とした
マジで?
20: 世界@名無史さん 2013/11/21(木) 00:34:53.64 0
>>11
イギリスは貧乏な中国女性をたくさん嫁にして幸せにし、かつトランプ・文明化・民主化に貢献した、とかつて香港人が言ってたよ
6: 世界@名無史さん 2013/11/17(日) 19:46:28.45 0
中国人もモンゴル帝国を「邪悪な征服者」とする一方、英国と米国は「創造的なパートナー」とした。
中国の大学は全部英米が作ったものであり、非科学的な妄想(道教、儒学)にふける中国人はこの学校設置に大変感謝している(清華大学はアメリカへの留学のためにある予備校)。

科挙をしてもなんら意味がないことを、英米の科学文明によって知ることになった中国人がこのような態度をとるのは彼らの頭の良さを示している。
7: 世界@名無史さん 2013/11/17(日) 23:35:29.30 0
急拡大した大帝国がすぐに崩壊する要因は
1.後継者争いでアボーン
2.民族をまとめ切れずにアボーン
3.でかい図体の為に行政の新陳代謝が悪くなってアボーン


の他にある?
371: 世界@名無史さん 2014/07/31(木) 12:13:46.22 i
>>7
身軽な騎馬民族に侵入繰り返されて体力を失うだな
あとはビザンツ帝国みたいな老衰みたいな滅び方
8: 世界@名無史さん 2013/11/18(月) 15:52:43.83 0
アレキサンダーって成功だったのかな
アレキサンダーは無茶な遠征で自分の国潰した印象があるけど
戦争に勝ちまくったけど。領土広げすぎじゃね?
10: 世界@名無史さん 2013/11/18(月) 16:08:45.70 0
>>8
成功例だろ。
近代の白人の植民地支配は全部アレクサンドロス三世を模倣してる。「民主化と文明化」、これをやってるんだよ。
アレクサンドロス三世がいなければ未だに中国なんて算数も平面幾何もないクソだし、仏像も生まれなかった。
12: 世界@名無史さん 2013/11/20(水) 00:16:34.49 0
>>10
でも直後に国が分裂、結果的に文化の拡散には貢献したけど、インド遠征とか国益的に意味あったと思えない。
本人の趣味に近い
しかもその後も懲りずに遠征計画して家臣団がピキピキしてたらしい
長生きしててもアレクさんが死んだら後継者がよっぽどじゃないと、あれだけの広大な国土を統治できたかな
13: 世界@名無史さん 2013/11/20(水) 03:24:27.71 0
成功例なら正統カリフ&ウマイヤ朝時代のイスラム勢力。
それまで無名だった砂漠の遊牧民が突然信仰に目覚めてビザンツとペルシャを相次いで破る大金星。
イベリア半島を除きウマイヤ朝の最大版図は今日に至るまで一貫してイスラム教の勢力圏だし、
ビザンツや西欧世界も支配こそされなかったが、十字軍やルネサンスなどで多大な影響を受けている。
15: 世界@名無史さん 2013/11/20(水) 12:23:52.49 0
急速に拡大する要因

・戦争革命
一歩進んだ戦術や兵科や軍制度などが、旧態に対して強い優位性を持った。
・被侵略側の弱さ
広大な領土をもつ大帝国が弱体したとか、小勢力の戦国状態や内輪もめとか、美味しいケーキ状態になっていた
・英雄誕生
歴史有数の偉大なリーダーの個人的資質が全てをうまくまわした、おおくは賭けである
・新宗教
人々に受け入れやすい、受け入れさせやすい新たな神の教えや哲学が勢力拡大をやりやすくした
19: 世界@名無史さん 2013/11/20(水) 22:36:33.09 0
アウラングゼーブアウラングゼーブは失敗例だな。
没後たった50年でプラッシー、ムガルはイギリスの年金生活者に堕落・・・
管理人より:ムガール帝国黄金期を築いた6代目の皇帝。しかし晩年はマラータ王国との戦争にきちんとケリを付けられず、帝国は麻のように乱れ衰退が始まります。
21: 世界@名無史さん 2013/11/21(木) 03:14:58.98 0
スペイン・ポルトガルの植民地帝国。
南北アメリカ大陸を山分けという夢のようなシチュエーション。

しかし現地での所業を考えると、あの2国はいったいどれだけ謝罪と賠償をしたらよいのやら……。

そしてインカ帝国もわりと急拡大で成功した部類に入ると思う。あっけなく滅びたが、あれは相手が悪すぎる。
22: 世界@名無史さん 2013/11/22(金) 08:15:42.52 0
スペイン、ポルトガルは所詮自分たちよりも遅れた地域を征服しただけだからなぁ。
モンゴル帝国や初期イスラーム帝国(正統カリフからアッバース朝まで)のように、自分たちよりも進んでいた文明地域を急速に征服した国のほうがすごいように思える。
23: 世界@名無史さん 2013/11/22(金) 10:51:14.30 0
地理的隔たりを考えればスペイン・ポルトガルの方がすごいと俺は感じるけどな
39: 世界@名無史さん 2013/11/23(土) 12:14:38.09 0
>>23
だな。
実際にはオスマンはスペインに敗北したし、そのスペインも17年後にイングランドに苦戦
25: 世界@名無史さん 2013/11/22(金) 15:27:27.13 0
成功した国際帝国・・マケドニア・英国
理由・・文明化・民主化をしたから。征服民はイスラムやアジアなどすべて喜んでいる。経済的にも発展した

失敗した侵略帝国・・クロス二世、クセルクセス・アッティラ・チンギスハンの帝国
理由・・白人いわく「彼らの破壊は原子爆弾でイラク・イランの図書館・都市を破壊させたようなものだ。後になにも残らない」


やはり「征服支配されたけど結果的に良かった」と言われるのはヘレニズムと近代化・自由化じゃないかな。
38: 世界@名無史さん 2013/11/23(土) 11:56:56.90 0
>>25
中東におけるアレクサンドロス(イスカンダル)伝承では、征服されてよかったなんて思ってないだろ。
イスカンダルは暴虐な王で図書館に集積されていた古代の書籍を焼却し、文化を破壊した王とされている。

「征服支配されたけど結果的に良かった」なんて後世言われてないだろ。
40: 世界@名無史さん 2013/11/23(土) 12:17:29.26 0
>>38
イスカンダルは英雄視されてるだろ。
インドでは神として崇められてるまでなったし。
韋駄天がそう、日本まで神として崇めてるぞ
42: 世界@名無史さん 2013/11/23(土) 12:49:42.11 0
>>40
中世パフラヴィー語文献「パーバグの子アルダシールの行伝」には、暴威を振るった三悪王として「魔王ダハーグ」「トゥーラーン王フラースィヤーグ」「アレクサンドロスの邪悪な治世」と出てくる。
同じく中世パフラヴィー語文書「デーンカルド」には「アレクサンドロスがもたらした惨害と混乱」「不運の悪党アレクサンドロス」、同中世パフラヴィー語書籍「敬虔なヴィーラーズの書」には「不運をもたらす異端者、邪悪で有害なエジプトのフローム人アレクサンドロス」と出てくる。

アレクサンドロス像が英雄になるのは、イスラーム以降の伝承で、そこでは、当初暴君で残忍で傲慢だったアレクサンドロスが、アブラハムの宗教(ユダヤ教→後のイスラーム教)に改宗し、諸国に宣教を行なった英雄として描かれる。


ササン朝時代もイスラム時代も、中東においてはどちらも当初の征服事業は暴君として描かれていて、”改宗”後、イラン・イスラムの”正統”に組み入れられることになった。

これが中東のアレクサンドロス像の歴史。
いずれにしても、「ヘレニズムの文明化・民主化」枠組みの評価では全然ない。
寧ろ、イスラムの到来以降は「(後にイスラムとなる)文明化」を進めた君主とされている。
43: 世界@名無史さん 2013/11/23(土) 15:31:41.93 0
>>42
そうなんだ
マケドニア系のセレウコス朝の大部分を征服していて、領内に多数のギリシア人がいたであろうパルティア王国時代のアレクサンドロス評はどうだったんだろう?
後期からギリシア人を弾圧していた記憶がうっすらあるけど・・・

ササン朝はイラン文化を強調してたし、前の支配者であるパルティアの親「ヘレニズム」を否定して正当性を主張することはあり得るのでは?
44: 世界@名無史さん 2013/11/23(土) 21:46:23.97 0
>>43
パルティア人は直接アレクサンドロスに征服され、被害を受けた証拠が無いので、アレクサンドロスを暴君だと考えることはなかったのではないでしょうか。推測ですが。

初期のパルティア人はセレウコス朝を征服する過程で自然にセレウコス朝の文化を取り入れたのでしょう。
しかし、ギリシア人とアケメネス旧領民は、かなり区別されて居住していたと遺跡などから推定されている為、ギリシア人圏がだんだん衰退してゆくと、ギリシア人に気を使う必要が無くなり、アケメネス旧領民へ配慮しなくてはならなくなり、イラン化が進んだのでしょう。


パルティア時代のアレクサンドロス観は史料が殆どないので不明ですが、タキトゥスの年代記に参考になる記載があります。
岩波文庫版上巻p364によると、即位したパルティア王アルタバヌスは、以下のように言った、との記載があります。
「今に予は、最初にキュロスが、その後にアレクサンドロスが統治した全領域を、侵略するだろう」
この文面からは、キュロスとアレクサンドロスが同等の征服者として扱われています。

>>25は、キュロスは失敗した帝国に分類していますが、ここでは破壊者か暴君かはともかくも、キュロスとアレクサンドロスが同じ範疇に入れられている点が重要です。
45: 世界@名無史さん 2013/11/23(土) 21:47:11.87 0
(続き)

一方、パルティア人の親ヘレニズムも、1世紀に入ると大分変質してきていて「年代記」岩波文庫版上巻p94では、ローマで人質として生活していた王子ウォノネスがパルティア王に即位した後、
「そしてパルティア人は、この王の取り巻き連中であるギリシア人や、彼がどんなに安っぽい家具にも、みな押印して保管する習慣などを、あざけり笑った。しかし、王が気軽に人と会い、愛想よく応待するといった美徳は、パルティア人の理解を越え、新しい悪徳とされた」
とあります。
王が気軽に人と会うという点は、民主的な部分のように思えますが、これを否定するパルティア側は、民主的と言えるのか、疑問です。
文面の前半からするとギリシア人の習慣も、この時期になると受け入れていたわけでは無いようです。


また、アルタバヌスのアルタは、古代ペルシア語名アルタクセルクセスのアルタと同じで、彼以降アルタバヌスの名前を持つ王が増えています。
更にこの頃から、パルティア貨幣のギリシア文字は単なる意匠となり、意味のある文字はパルティア文字で記載されるようになります。

その上で、ササン朝のプロパガンダとはいえ、中世パフラヴィー語文書「バフマン・ヤシュトのザンド」でパルティア王ヴォロガセスが「アレクサンドロスによる破壊と危害」により散逸していたアヴェスターを保存した、という文書が出てくるわけです。

パルティアを全否定するのであれば、こんな伝承は削除すべきでしょう。
パルティア時代のイラン化は、ササン朝にあっても完全に放逐できなかったから、こういう伝承が残ってしまったのではないでしょうか。
49: 世界@名無史さん 2013/11/24(日) 01:04:50.75 0
>>45
西洋式とオリエントの違いだね。
28: 世界@名無史さん 2013/11/22(金) 19:43:22.31 0
マケドニアは失敗例だよ
この時期はまだペルシアの方が先進国でマケドニアは辺境の蛮族。
そもそも民主化してない。一世代もたずに瓦解。
30: 世界@名無史さん 2013/11/22(金) 21:07:10.96 0
ペルシャにはアリストテレスもプラトンもいなかったろ
33: 世界@名無史さん 2013/11/22(金) 22:41:31.05 0
>>30
アリストテレスもプラトンもギリシャ人だよ
マケドニアは民主の民の字も無い王政。義務教育レベル
32: 世界@名無史さん 2013/11/22(金) 21:59:22.66 0
アッシリアによる強引なオリエント統一が無ければ、アケメネス朝の緩やかな統一は出来なかった。
46: 世界@名無史さん 2013/11/23(土) 23:49:08.49 0
西方からの支配は「民主化と文明化」をよび、東からの侵略は「破壊と略奪」をうむ。
47: 世界@名無史さん 2013/11/23(土) 23:55:59.12 0
日本の支配は「解放」と呼ぶ
48: 世界@名無史さん 2013/11/24(日) 00:16:30.32 0
なるほど。だから日本の半島支配は「破壊と略奪」ということになってしまうのか。
53: 世界@名無史さん 2013/11/24(日) 09:38:25.21 0
マキャベリによると、統一された官僚帝国(オスマン帝国のこと)は、イタリアの群小国や西欧封建国家と比べると、征服しやすい、とあるね。
一度決戦で破れば、あとは支配層を入れ替えて、官僚帝国をそのまま運用すればいい。と言っている。

キュロス2世アレクサンダーとアカメネス朝の関係もこれに近いのではなかろうか。
アケメネス朝が当時としては比較的高度な組織国家だったから、中心勢力との決戦で、あらかた征服できた。
これに比べると、キュロスは、異なった歴史をもった複数の国を征服し、その後概ね200年統一を続けたのだから、キュロスは十分成功した国際帝国だと思う。
54: 世界@名無史さん 2013/11/24(日) 12:07:01.12 0
キュロスは破壊しただけで文明化と民主化をしていない。
逆にアレクサンドロスは自由と民主主義、さらに文明をもたらせた。
モンゴル帝国と英帝国の違いと酷似する。
モンゴルは後に影響ゼロ。
英国は近代化という新しいヘレニズムをもたらせた。
この違いはなんなのか?
59: 世界@名無史さん 2013/11/24(日) 13:24:44.77 0
>>54
>逆にアレクサンドロスは自由と民主主義、
それ、間違いだから。
プトレマイオス朝は国家統制経済。王家とひとにぎりの支配層であるギリシア人が官僚となって事業、特に商業を経営し、利益を独占していた。全然自由じゃない。
民主的要素なんかどこにも無い。<br />
セレウコス朝の組織はアケメネス朝を受け継ぎ、サトラップ制を敷いていた。
アケネメス朝との相違は、ギリシア人殖民都市内では、ギリシア本土の民主制を引き継いでいたが、アケメネス朝旧領民はアケメネス朝から継承された組織の元で暮らしていた。
これのどこが、自由と民主主義を広めたというのだろうか?
ギリシア人が移住したってだけじゃないの?

キュロスの破壊事例を具体的に挙げてくれ。その上でアレクサンドロスと比較しよう。
62: 世界@名無史さん 2013/11/24(日) 14:24:40.10 0
アッシリアのオリエント統一は短命だったが、アケメネス朝の露払いのような役割は果たした。
63: 世界@名無史さん 2013/11/24(日) 17:43:07.35 0
アッシリアって、実は変則的で不思議な帝国だよな…
シュメール時代から商業民族として知られ文明圏の住人として暮らしていたのに、惰弱化して霧散してしまうのでなく2000年の雌伏を経て強大な軍事帝国を築くにいたる
なぜか騎兵を含む常備軍を備え、敗者には残虐な行為を厭わない蛮性を持つ
なんというか、アルメニア人が18世紀になって大帝国を築くみたいな違和感がある
64: 世界@名無史さん 2013/11/24(日) 19:05:03.54 0
世界に離散しているユダヤ人みたいな感じじゃないかな
資料が少なくよく分からない時代だし、
65: 世界@名無史さん 2013/11/24(日) 19:44:35.90 0
アッシリア人の消えっぷりも凄い。
何度も盛衰を繰り返してきたしぶとさが最後にはまったく見られず、最大拡張してはじけるように無くなってしまった。
その長い雌伏と鮮やかな退場の様子は、「アッシリアのように生きる」という大器晩成の格言として西アジアで長く語り継がれたという(嘘。
72: 世界@名無史さん 2013/11/25(月) 07:14:12.79 0
>>65
アッシリア人は19から20世紀にオスマンに大虐殺を食らった。
50万人が殺されて絶滅しかかった。
66: 世界@名無史さん 2013/11/24(日) 19:51:24.52 0
あれか、セミみたいなもんか

なにをもってして「帝国」と呼称するのかは、時代や場所によって定義に違いがあるのでなんとも言えませんが、基本的には、他民族国家群をひとりの君主のもとに従えてる巨大な連合王国(のようなもの)を「帝国」と呼んでいます。
そんな歴史上の帝国における短命の理由などについて。

Wikipedia英語版の「List of largest empires」によると、領土の広さベスト5は以下の通り。
7.16追記:大英帝国とモンゴルの版図に日本が含まれてたので画像差し替えました!('A`)

大英帝国
1位:大英帝国(3550万km2)

モンゴル帝国
2位:モンゴル帝国(2400万km2)

ロシア帝国
3位:ロシア帝国(2280万km2)

スペイン帝国
4位:スペイン帝国(1370万km2)

清
5位:清(1200万~1400万km2)

ちなみに我らが大日本帝国はだいたい800万km2前後で、12位につけています。
しかしこれらのリストのほとんどが近代の帝国主義時代のものだし、航海技術の発達した時代になるほど有利なのですが、ひとつだけモンゴルは騎馬による征服ですから、なかなかがんばっている。たとえ大半が草原だったとしても…。
この手のリストは、広さだけでなく人口なども加味して考えないといけないですね。じゃないとユーラシア大陸中央部やアフリカを手中に収めると、がぜん有利になってしまう。

とゆわけで、帝国支配の「成功」っていう部分が、長く続いたかどうかと、支配地にしっかり恩恵をもたらしたかどうか、という話がまじってるのでちょっとややこしいスレとなりました。

帝国の傘下に入るということは、外敵の侵略から保護してもらえるという側面もあった以上、帝国はまず最低限強くなくてはならない。
強くあるためには、強い軍隊を持たなければならないし、軍隊を広大な領土の各地へ速やかに派遣するためには、道路を整備し、滞りなく補給を行わなくてはならない。
そうした国内インフラを整えるために、巨大な官僚機構が必要となり、無駄飯食いの率がどんどん上がっていってしまう、という問題と常に無縁ではいられませんでした。
安全保障にはめちゃくちゃお金がかかるのです。

中央においた軍をあちこちに派遣するとお金がかかるなら、いっそのこと最初から各地へ駐屯させとこうか、という案もありましたが、しかしこれは、中央に馴染まない、力を持った地方勢力の台頭を助長しました。
帝国の運営には、つねに軍権を持つ指揮官たちの裏切りの危険もあります。

そうして考えるとき、帝国ではなかったにしても、実質的には帝国のようなものだった共和制ローマなんて、実にうまくやってたと言えます。
共和政ローマの兵士たちは、平時には道路作ったり土木作業に従事していて、その土木作業の原資は、お金持ちの元老院とか貴族とかが、人気取りのために出していたものです。なぜなら政府の役職(執政官など)は選挙で決まるから…。
それでもローマが帝国になり、兵士たちの徴兵義務がなくなり、職業兵士が生まれるようになると、これもだんだん崩れてきます。

広大な領土を守るのはかくも大変なのだという事例は、過去枚挙にいとまがないというのに、各国の君主たちはただひたすら領土を広げることに腐心してきました。ほどよいところでやめとこ!なんていう英明な君主が、はたしてひとりでもいたかどうか。
手の届くところに土地があれば、やはり欲しくなるものでしょうかね…。

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    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2019.7.16 3:49
    すぐ分裂したマケドニアが成功ってのはうーん
    ヘレニズム文化の開花とかそういうのは国の成功失敗とは別問題な気が
    • ※2 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2019.7.16 11:07
    大英帝国に日本も含まれとるが…樺太入ってないし終戦後の占領期の事か?しかし…
    • ※3 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2019.7.16 16:02
    List of largest empires を見ても大英帝国とモンゴル帝国の画像において日本は含まれていないので画像を差し替えた方が良いのでは?
  1. >大英帝国に日本も含まれとるが…
    >大英帝国とモンゴル帝国の画像において日本は含まれていない

    昼間コメ見て画像差し替えようと思っててすーっかり忘れてました!これがmaximum extentなのかどうかよくわからないですが…
    • ※5 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2019.7.16 23:02
    肛門の拡大はゆっくりやった方がいいらしい
    • ※6 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2019.7.31 13:21
    モンゴルにせよ清にせよ朝鮮が独立国扱いなのは何故でしょう?
    どちらも侵攻を受け属国や統治下にあったはずですが・・・。
    まぁどうせ図を作った側が間違えてるんでしょうが、空白地帯があるときになります。


    朝鮮半島は大陸→日本、日本→大陸侵攻の足掛かりになった重要な土地なので気になったのであって思想云々で指摘してるつもりはないのであしからず。
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