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存在って意味不明だよな @ [哲学板]


存在って意味不明だよな @ [哲学板]
1: 考える名無しさん 2019/07/05(金) 00:41:54.81 ID:0.net
「存在する」ということはどういうことかよく分からないから、この概念を使わずにまずは認識の原理について探求すべきだ

その後で我々が日常生活において「存在する」ということをどのように認識しているのかを考察し、「存在する」ということの意味を認識から基礎づけるべきだ
2: 2019/07/05(金) 04:58:46.41 ID:0.net
「認識の原理」ってのはどんなんだ?
存在というのは「そうあること、そうあるもの」を認識することだ。その原理っちゅうと、どうして人は過去を振り返るのか、とか意識とは何かっちゅうことの根本を明確にしろいうことか?

ただ認識の根本というのは無い。
人間は想像する生き物なんだ。イマジネールとか言うらしいが認識することと存在は切り離して考えた方がいい。
認識することから始めて存在とは何かを考えることはナンセンスだ。
我々が存在しているということは、もう認識してしまっている。

ということは認識というものを理解したところでそれで存在が解明されるわけではなく、先に存在があることをコギトエルゴスムで認識しちゃってるんだよね、既に。
だから悪しからず、どうぞお引き取りください!
3: 考える名無しさん 2019/07/05(金) 10:35:06.70 ID:0.net
こんな無茶苦茶な文章よう書けるな
5: 考える名無しさん 2019/07/05(金) 13:50:45.69 ID:0.net
マルティン・ハイデッガー
ハイデガー嫁。
6: 考える名無しさん 2019/07/05(金) 14:13:09.99 ID:0.net
存在と時間は未完ですよ
7: 考える名無しさん 2019/07/05(金) 14:14:57.54 ID:0.net
>>1
それが現象学だろ
8: 考える名無しさん 2019/07/05(金) 14:38:22.70 ID:0.net
存在とは記憶である
9: 考える名無しさん 2019/07/05(金) 14:39:44.27 ID:0.net
存在とは思い出である
振り返らなければ存在しない、それが人間である
情報に近い
10: 考える名無しさん 2019/07/05(金) 21:02:37.13 ID:0.net
俺も主観的哲学には賛成だな
11: 考える名無しさん 2019/07/05(金) 22:01:47.55 ID:0.net
「確認できること」で完璧に説明できると思うんだが、確認できることをどう確認するかはまた別の話な
12: 考える名無しさん 2019/07/05(金) 22:06:26.86 ID:0.net
哲学って、そういえば論理的説明に明け暮れるよな
社会科学一般を見て来た俺からすれば、「論理的に説明ができる」ということはさほど重要ではない。
誤解を恐れずに言えば、どのような立場も論理的説明が
可能である。

存在って、数学的にはアインシュタインが解明したんじゃないの?
14: 考える名無しさん 2019/07/05(金) 23:14:34.21 ID:0.net
>>12
論理的に説明できることがさほど重要じゃない?どういうこと?
論理的に説明できない理論に価値があるの?
15: 考える名無しさん 2019/07/06(土) 00:33:38.31 ID:0.net
もはや哲学は数学と同じく仮言命題しか扱えないんじゃないか
定言命題は完全に真であることはあり得ず、統計や実験による検証で真理性を高めていくしかないが、哲学がその手続きを行うことは不可能だろう
16: 考える名無しさん 2019/07/06(土) 01:36:22.06 ID:0.net
アラン・ソーカル>>15
いや、それだと哲学の方向性がわかってねーんだって。
アラン・ソーカルの示した通り、哲学の厳密さはいつでも疑問符がつくところだが、哲学の方向性はそういうところにはない。
仮言命題だの定言命題だのそういったものではなく、人間存在の生の方向性やもっと言説が出来うる限り裏を暴くことに哲学や思想の意味があるんだよ。
言明に対する緻密さというのは取っ払われるべきだ。
21: 考える名無しさん 2019/07/06(土) 10:50:53.98 ID:0.net
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン>>15
ウィトゲンシュタイン は「論理学の命題はトートロジーである」ってはっきり言ってるね
19: anonymouse 2019/07/06(土) 09:38:54.72 ID:0.net
存在には因果律があるのだろうか、いやないと思うね
存在には因果律が成りたつのか、存在に因果律は適用されるのか、と言ってもいい

当たり前のように、生まれたから存在して死ねば存在しないと、存在は因果律に従うと考えるけど本当なのか
赤色はなぜ赤色なのか、存在はなぜこのように存在するのか、存在に、そもそも原因や結果というものを問うのはカテゴリエラーを起こしているかもしれない
至極純粋な存在、在るということは、恒久普遍で、因果律には従わないだろう

まあ、こういうアプローチもありなんじゃない
23: 考える名無しさん 2019/07/06(土) 16:58:27.31 ID:0.net
>>19
少なくとも我々は因果律を認識している
ここまでしか言えないんじゃないか
20: 考える名無しさん 2019/07/06(土) 10:22:44.29 ID:0.net
実存は本質に先立つ
22: 考える名無しさん 2019/07/06(土) 11:09:09.62 ID:0.net
さて実存を信じた発言か、本質を信じた発言かw
25: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 12:38:20.83 ID:0.net
ようするに頭が悪いから因果律の原理を理解できないということ?
36: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 15:55:19.93 ID:0.net
>>25
因果律を受け入れると究極の根拠まで遡ることになるんだが、そうすると時間を超えてしまう
まぁここまで言ってわからないんだったら足りないってことだから諦めろ
41: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 21:55:44.43 ID:0.net
>>36
時間を越えてしまうと観念してるだけで、ここまで言ったと思ってるなら、君の頭はまったく足りてないのは明らか
27: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 12:41:34.73 ID:0.net
因果律って分からなけりゃ頭が悪いというほど自明なものでしたっけ
まだ因果律の実在論も決着ついてないし、結局は少なくとも因果律は認識されているという妥協点にしか達してないと思うんですけど
管理人より:因果についてはこの後も盛り上がるのですが、ちょっと言ってる意味がよくわかんなかったのでカットしました。スマソ。
26: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 12:39:39.12 ID:0.net
存在とは何かが捉えきれないから、存在という概念を使わずに考える方法についての理論が欲しいところだよな
33: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 14:54:15.50 ID:0.net
>存在って意味不明だよな
だったら、不在をもとに考えればいいのでわ?
37: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 19:02:52.27 ID:0.net
>>33
存在がどういうものかわからないんだからnot存在も分からないぞ
34: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 14:55:15.81 ID:0.net
不在とは何かの不在である
38: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 19:03:50.98 ID:0.net
エトムント・フッサール君たち現象学というものを知らないの?
フッサールとか聞いたことない?
39: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 20:19:37.85 ID:0.net
扱うテーマがデカすぎるでしょ
とてもまとまらんよ
40: 学術 2019/07/07(日) 20:23:20.35 ID:0.net
存在自体が変容するから意味/意味不明が流れている。
42: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 22:19:24.27 ID:0.net
あるものが感覚されるということから、直ちにそれが存在するということにはならない、しかし少なくともそれは感覚されている
あるものが直観的に把握されるということから、直ちにそれが存在するということにはならない、しかし少なくともそれは直観的に把握されている
あるものが存在することが推測されるということから、直ちにそれが存在するということにはならない、しかし少なくともそれが存在することは推測されている

結局人間は認識を超えた範囲のものごとについて真偽を確かめることはできない
43: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 22:26:03.50 ID:0.net
実際に感覚される認識が存在なのだから、あるものと言ってるわけで
49: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 22:41:10.65 ID:0.net
>>43
あるものって「存在するもの」じゃなくて「何か」って意味だと思うんですけど
44: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 22:33:01.64 ID:0.net
存在するとは感覚されることだったのか、知らなかったなぁこれはたまげた
それじゃあアクィナスもヒュームもカントも言葉の定義を確認せずに無駄な議論をしてたマヌケだったということか
実在論争に決着がついてよかったよかった
48: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 22:40:47.86 ID:0.net
存在を語るのに存在が存在がって言うレベルだから5ちゃんは面白い
50: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 22:42:16.54 ID:0.net
存在とは何かってスレだからな
52: anonymouse 2019/07/07(日) 22:46:21.90 ID:0.net
少なくともが存在することは、自明では
54: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 22:51:44.69 ID:0.net
ルネ・デカルトまったく自明じゃないです
デカルトの論証はぜーんぜん厳密じゃない
56: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 23:06:53.12 ID:0.net
哲学板って他の専門板と違って専門家が一人もいないよね
馬鹿が雰囲気で語ってるだけの地獄
57: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 23:08:48.87 ID:0.net
じゃあなんでお前はここにいるんだよ、お前も馬鹿の一人だよ
58: 考える名無しさん 2019/07/07(日) 23:14:35.14 ID:0.net
専門家はいても書き込まないでしょ
こんな少ない字数じゃ間違ったことしか書けない
62: 考える名無しさん 2019/07/08(月) 07:45:24.40 ID:0.net
言葉の理解の上で存在と不在について、いろいろ混乱しているのは確かだろうね。
というのも、日常的な感覚では、円や球が形として存在していると考えられてしまう。

だが、球とは体積だけが存在して、形が不在であることであり、円とは面積だけが存在して、形が不在であることであり、これは、点が位置だけが存在して、体積も面積も長さも不在であるのと同様だろう。
63: 考える名無しさん 2019/07/08(月) 09:21:53.56 ID:0.net
このように見ると、単にそこにボールが転がっているというボールの存在さえ、不在に支えられていることになる。
なぜなら、その物体が球であるという認識がなければ、その物体はボールであるとは理解されず、球であるとは、体積だけが存在して、形が不在であるということなのだから。
しかし、同様のことは、他の形状の物体についても、その変形として当てはまるはずである。
65: 考える名無しさん 2019/07/08(月) 10:43:35.52 ID:0.net
体積を有する何らかの形の存在には、形が不在である体積の存在が先立つ
71: 考える名無しさん 2019/07/08(月) 13:03:29.32 ID:0.net
>>65
この時点で抽象化が先立つ捨象された思考概念に過ぎないんだよな
頭を使ってないw
管理人より:ユークリッドの定義によれば「円」とは「定点からの距離が等しい点で構成される曲線」、「球」とは「定点からの距離が一定未満の点の集合」。面積だけ、体積だけが先立って…とか、形が不在で…とかいうことはないです。面積が同じでも矩形を「円」とは呼びませんな。
67: 考える名無しさん 2019/07/08(月) 11:07:23.95 ID:0.net
形が不在であるものから形が自ずと生じることはないので、形が生じたなら、その形を生じさせた原因が求められ、そのような原因が「意図」と見なされるのだ。

ところが、現実に観察される形の変化は、多くの場合、形あるものに、その形を失わせる方向に働く。したがって、何らかの形が現れるなら、その形をもたらした「意図」としての作為が追求されることになる。
68: 考える名無しさん 2019/07/08(月) 12:11:28.47 ID:0.net
西田幾多郎っぽいな
78: 考える名無しさん 2019/07/08(月) 16:09:06.73 ID:0.net
存在するってことは、定量性があるってことだろ?
0.0000000何グラムかの重さはあるはずだ
79: 考える名無しさん 2019/07/08(月) 16:27:30.60 ID:0.net
>>78
自分で考えろてあるはずだと思ったんだったら、君の人生哲学はそれまでってことで別にいいんじゃねw
81: 考える名無しさん 2019/07/08(月) 17:13:08.09 ID:0.net
イマヌエル・カントどう見ても認識論スレなのにさぁ…馬鹿しかいねぇのかよ…
このスレの主題はどう考えても理性批判じゃんかよ…カントとか読んだことねぇのかよお前ら…

昨日の虚数を使った事例が存在するのかどうか、という話の続きを哲学板から。
「存在」とはいったいなんであろうか…というのは哲学における巨大なテーマのひとつなので、哲学的といや哲学的なスレですが、一見すると言葉遊びをやってるようにしか見えないですねw

哲学における「存在論」というのは古くは古代ギリシャからあって、偉大な哲学者によって多くの研究がなされてきました。
その過程で、カントらの批判的存在論から「認識論」という分野が生まれ、ハイデッガーらの基礎考察により、また存在論へと戻っていく流れです。
考えてみるとギリシャの偉人たちは、そんなこと考えたってメシの種にはなりそうもないことに、よくもまぁそんな時間を使えたものです。それだけ豊かな時代、あるいは身分だったということでしょうか。
哲学がまだ学問として成立したばかりなんだから、その価値が一般庶民にわかろうはずもない時代。いや、今だってその価値がどれほど認知されてるものか…。気が遠くなりますねぇ。

ウチでもまとめてる多数の議論スレの中でも「○○は存在するのか?」というタイプのやつは、そもそもみんなが独自の「存在」の定義を持ち寄って話し合うからいつまでたっても結論が出ない。
ここはいっちょう、揺るぎない「存在」の定義を確立しておきたいところです。

存在とはなにか、を考えるには、まず存在の対象について考えるほうが捗るのでは…ということを管理人はまとめながら考えていました。
「存在の対象」には、大雑把に形のあるものとないもの、というふうに大別できるかな。

「形あるもの」とはこれまた難しいように思いますが、まぁ仮に「なんらかの微粒子で構成されるもの」としておきましょうか。これだと重力・熱・音などについてはその限りではありませんが、一部光や電磁気などのエネルギーや、空気のように目に見えないものまで範疇に加えることができる。存在のゼヒについてもわかりやすい。
微粒子で構成されていない(されているかどうかわからない)エネルギーなども含めるなら、「客観的に観測できるもの」としておく?難しいな。でもこれでX線とか紫外線とか放射線なんかも含められます。ひょっとしたらそのうち感情とか記憶、意識など、あるいは「我思う」という状態でさえ、観測可能かもしれない。
観測できなければ、実はそこにあったとしても、我々にはわからない道理です。それは存在してないのとあまり変わらず「人間が観測してない時、宇宙は存在していない」みたいな話は、このへんを突き詰めて出てくるんでしょうね。

「観測」とはいったいなんd(ry

「形のないもの」とはなにが考えられますかねぇ。それらは例えば規範とか、モラルとか、定義とか、そんなものになりますか。あるいはもっと大雑把に「形のあるもの以外のものすべて」としてもいいかも。時間や幸福、美醜なども含まれ、人間がそれらを知覚できるもの、知覚していると思わされるもの。
それらについては、もう本人次第ということになるかもしれず、「本人とっては」存在してる、ってことにするしかないのかな。
»62さんにとって、数学的に正しい円の定義は存在しないが、»62さんなりの哲学的な円の定義が、»62さんの心の中には存在している、みたいな感じで。

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    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2019.8.23 1:29
    「存在」は存在するのでしょうか?
    • ※2 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2019.8.23 9:27
    存在を述べる命題は無意味だとウィトゲンシュタインが言っていたように記憶するが。
    • ※3 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2019.8.23 14:51
    何て言うか人は見たものに永久的に引き摺られる事はあると思う。
    • ※4 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2019.8.23 19:09
    そんな事考えてないでオナニーして寝ろ
    • ※5 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2019.8.23 21:06
    人間はあらゆる事を実現できるが、存在する事をやめることだけはできないとバシャールは言っていた
    • ※6 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2019.8.28 21:43
    僕が死んだら全ては存在しなくなる
    • ※7 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2019.9.18 23:14
    (存在するか・しないかではなくその存在を考慮することが有用か無用かの話だが)
    とある系(有形・無形問わず)に対して相互作用するものは存在する
    (というよりも相互作用するものを存在として扱う。力、エネルギー、規範、モラル等)
    相互作用しなければ存在していたとしても影響を与えないので考慮する意味がない

    観測・認識は相互作用を知覚する活動だからその後の話。たとえ観測・認識しなくても影響(相互作用)するなら存在する

    話は逸れるがその後に評価が来る。相互作用は単なる状態の変化だから、それに対して良否や無視できるか・できないか等を判断することでようやく存在が意味を持つ

    喩えば、「東京⇒大阪を車で移動する」ことを考えるときに新幹線は存在しない。新幹線が存在する場合は「東京⇒大阪への移動手段」を考えることとなる。
    そのうえで「(徒歩に比べて)車を使うと速くて楽」ということで車が存在する意味になる。「速い」という事実によってではなく、「楽」という意見によって
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