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世界の暦と暦の歴史 @ [世界史板]


世界の暦と暦の歴史 @ [世界史板]
1: 世界@名無史さん 2019/09/15(日) 20:51:59.17 ID:0.net
世界には様々な暦があり、それぞれの暦が現在の姿になるまでには色々な歴史があります。
そういったことを語りましょう。
管理人より:世界史のコテハン・ウムウル氏は独り言が多く無駄に長いので、例によってほぼ全部削りました!
2: 世界@名無史さん 2019/09/15(日) 21:32:10.10 ID:0.net
ポーランドの中で帝政ロシアに組み込まれた地域はグレゴリオ暦から
ユリウス暦へ変わったん?
3: 世界@名無史さん 2019/09/15(日) 22:20:40.59 ID:0.net
1811年、ロシアのゴロウニンは函館に幽閉された。世に言うゴロウニン事件である。そこに間宮林蔵が面会に来る。

間宮 「我が国は寛政暦ですが、その精度はまだまだですな」
ゴロウニン 「我がロシアは、今だユリウス歴ですよ」
間宮 「イギリスやフランスはグレゴリオ暦ですが、これもまだまだですね」
ゴロウニン 「ほう、どうしてですか?」
間宮 「もっと良い補正の方法があるのに、それを採用していないからです。今のままでは3千年後には1日の誤差がでるはずです」
ゴロウニン 「なるほど」

ゴロウニンは、間宮はいけ好かない人間だけど、知識量は凄いと『日本幽閉記』に書いている。
4: 世界@名無史さん 2019/09/16(月) 20:09:05.85 ID:0.net
完全太陰暦のイスラーム暦より、よっぽどシュメール、バビロニア、エジプトの方が進んでたのに、何で劣化させたんだか
8: 世界@名無史さん 2019/09/19(木) 13:49:08.70 ID:0.net
>>4
イスラムは砂漠での交易がメインだし、その為には月齢の把握が重要だから。
10: 世界@名無史さん 2019/09/19(木) 18:10:46.59 ID:0.net
>>8
それって、太陽太陰暦で十分じゃ
21: 世界@名無史さん 2019/09/21(土) 16:09:30.89 ID:0.net
>>4
俺の想像
砂漠は一年中同じ気候で昼間は暑くて外に出られない
よって外に出るのは太陽が沈んだ夜からとなるが、そうなると月が外に出ている
よって月で暦を作った方が生活に便利となる
24: 世界@名無史さん 2019/09/21(土) 21:22:56.99 ID:0.net
>>21
なるほどね
それだと、メソポタミアやエジプトみたいな穀倉地帯に所信が広がると、預言者が想定していなかった事になって、信者は困るんだけど、だからという訳じゃなく、別の可能性を考えてる

ムハンマドは教義上文盲だったらしい
そうだとしても、商人としてエジプト人やビザンツ人、ペルシア人と交渉したはず
そうすると、商談で納期の折衝もしたはずで、太陽暦や太陽太陰暦の事も、承知してたと思う

トルコ国旗を見れば分かるように中東一帯には太陰信仰があった
月の神様
だから、アラビアに元々あった月神崇拝の名残じゃないかと
28: 世界@名無史さん 2019/09/24(火) 02:14:33.70 ID:0.net
>>21
なに 適当に言ってるんだよw
太陽暦に比べて 太陰暦の方が 『月の満ち欠け』を見て 今が今月の何日?が判りやすいんだよ
月の満ち欠けの周期は約29.5日

満月から満月まで 数えれば 約30日 満月から新月が 約15日月の満ち欠け大昔で 庶民がカレンダーを持ってない時代とかには 『月の満ち欠け (月齢)』を見れば、月の頭(新月)だな 三日月なので 月の3日だな 月のなかばだな(満月)と言うのが、月の満ち欠けで、おおよその月の日数30に満ち欠けの形で判るようになってた

アホな庶民でも月の形をみれば、おおよその暦が判るので、天文観測を重視しないなら太陰暦の方がアバウトで勘定がしやすい

月の満ち欠けの 運行を 元にすると 29.5日なので、29日の月と 30日の月 x12月で 一年は 354だと一年周期に11端数が出る
なので3年に一度 プラマイ修正として 12月の次に うるう月を入れる。これが太陰暦。


庶民はこれでよかったが、一方で 月齢のままの太陰暦だと 実際の二十四節気(春夏秋冬など)とズレが生じるので、実際の二十四節気に 出来るだけ合わせるように 大の月 小の月を調整するなど暦を作る側が毎年難儀してた 暦を作る方は大変

中国の太陰暦では 一年の起点は 冬至を起点としてたので、理屈の上では 太陽暦と太陰暦もそうズレは起こらないはずだが、天体観測の測量機器が中国日本は 欧州に比べて遅れていたので 冬至がうまく予測できてなかった。
幕府の面子は まる潰れであるw
6: 世界@名無史さん 2019/09/17(火) 16:08:16.42 ID:0.net
グレゴリオ暦(とユリウス暦にも関係するかも?)に関して一つ疑問があります。

それは、「どういう理由で、新年つまり1月1日を現在の時点(地球と太陽との位置関係)に選んだのか?」という疑問です。

新しい年が始まる1月1日を、例えば冬至とか春分(もちろん夏至や秋分でも)といった太陽と地球との位置関係が特別な日に選んでいるのならば、何の不思議でもありませんが、現在のグレゴリオ暦の新年は冬至からも10日前後ズレた非常に中途半端な時点を選んでいます。
何故、こんな中途半端な時点を年の始まりと言う1年の起点に選んでいるのでしょうか?

何か特別な祭礼の日付を、ユリウス暦と同じにする都合というのが上の問の答えでしたらば、ユリウス暦が採用された最初期での新年の時点(地球の公転軌道上の位置)はどうだったのでしょうか?
そしてそれがグレゴリオ暦と同じく中途半端な時点であるのならば、何故、そんな中途半端なのが選ばれたのでしょうか?
どなたか御存知でしたらば御教示くださると幸いです。
7: 世界@名無史さん 2019/09/19(木) 13:32:06.69 ID:0.net
>>6
気になるね
古代ローマで、一年の始まりは三月で(だから閏日は二月末だし、九月が「7」に由来する September)これでも春分とずれるし

ユリウス・カエサルがモデルにしたエジプト太陽暦(これ、クレオパトラが伝えだんだか?)
エジプト暦はどうだったか、分かればヒントになる
同様にエジプト暦が元になった、コプト暦やエチオピア暦も
12: 世界@名無史さん 2019/09/19(木) 18:45:32.81 ID:0.net
>>6
ローマ暦(Wikipedia)
これのヌマ歴とその改暦を読んでさらに疑問がわきますかね?
ヌマ暦
紀元前713年、ローマ国王ヌマ・ポンピリウスによって改暦が行われ、現在の1月にあたるJānuārius、2月にあたるFebruāriusがつけ加えられた。
このときヌマは、日数が30日だった月の日数をすべて29日に変えた。平年の1年の長さは355日になる。

2年に1度、2月の日数を23日に減じ、2月23日の翌日に Mercedinus(メルケディヌス)という名の27日間または28日間の閏月を挿入した。
この時期はまだ年始は3月1日であった。この暦法は、布告した王の名をとりヌマ暦と呼ばれる。ほとんどの月の日数を29日と31日にしたのと、1年の長さを月の運行に合わせた354日にしなかったのは、ヌマの信仰が偶数を嫌ったからだとされている。
紀元前153年の改暦
この後も数度、改暦が行われた。最も大きな改暦は紀元前153年1月1日に行われた。
この年から[要出典]、 年の始まりが3月1日(MartiusのKalendae)ではなく、1月1日(JānuāriusのKalendae) に移った。
このとき、月の順序と月名との間にずれが生じた。
13: 世界@名無史さん 2019/09/20(金) 01:29:11.92 ID:0.net
>>12
情報有難うございます
なるほど、ローマ暦のような誤差の大きな暦では、使っている間に暦年と太陽年とのズレがどんどん蓄積してしまい、最初期に公転軌道のどの位置を新年に選んだのか、この説明だけではほぼ逆算不能ですね

つまりローマ文明は暦というか春分・夏至・秋分・冬至といった精密な太陽観測の蓄積に関して無頓着だった、あるいはローマ文明は余り天文観測や太陽観測を長期的かつ系統的に行う文化を有してなかったということになるのでしょうか

ずっと以前の世界の様々な文明は天文や太陽観測で春分などの地球公転上の特別な日を特別な日として認識していたのに、西欧文明の礎であるローマ文明はその認識を持っていなかったということでしょうか
15: 世界@名無史さん 2019/09/20(金) 19:43:51.74 ID:0.net
>>13
いえ、その続きにあるように、ユリウス暦になるときに日数を調整しているのでなんらかの意図があったと思われますね

おいらは後の太陽神信仰との絡みもあり、冬至日はかなり重視されたのではないかと考えております
またその後の千年ぐらい、世界の天体観測をリードするプトレマイオスさんがローマ文明の中の人ですね
16: 世界@名無史さん 2019/09/20(金) 23:30:14.82 ID:0.net
>>15
> またその後の千年ぐらい世界の天体観測をリードするプトレマイオスさんがローマ文明の中の人ですね
あっ、そうか、西欧の天文学の祖とも言うべきプトレマイオスは古代ローマ人だったのですね
何か古代ギリシャかどこかだと思ってました、無知蒙昧を反省しています
有難うございました


>>14
> 春分・夏至・秋分・冬至
> 赤道に近くなるほどそういうのははどうでもよくなる
ローマを始めとしてヨーロッパは結構、緯度は高いですよ(暖流のメキシコ湾流のお蔭で西ヨーロッパは緯度の割にとても温暖ですが)
なので、古代でも春分~冬至は結構はっきりと認識できていた筈です
47: 世界@名無史さん 2019/09/25(水) 07:37:57.87 ID:0.net
>>16
>古代でも春分~冬至は結構はっきりと認識できていた筈です
春分・秋分ははっきり認識できるけど、冬至・夏至はどうかな。
冬至・夏至の前後の1週間ほど日の出日没は1分以内。
日没が最も遅くなる日は冬至から半月後、日の出が最も早くなるのは夏至から半月後だし。
むしろ春分・秋分が決まってその中間の日を冬至・夏至としたんじゃないのかね。
51: 世界@名無史さん 2019/09/25(水) 10:14:10.34 ID:0.net
>>47
> >古代でも春分~冬至は結構はっきりと認識できていた筈です
> 春分・秋分ははっきり認識できるけど、冬至・夏至はどうかな。
古代では、日の長さという事よりも、黄道での太陽の移動する位置で、天球面で 360度1週するのを一年の周期とみなして地球から見た 太陽の周回基準で 太陽年(太陽暦)が出来てる。
太陽年は およそ 365.242189日 (平均値)
天体観測(天文学)からの成果だと思います。
9: 世界@名無史さん 2019/09/19(木) 15:29:41.82 ID:0.net
エジプトでナイルの氾濫を新年とする暦が作られたので、それにあわせてローマでも英語のMarchに当たるMartiusを新年としたわけだ

だけど本来11月を表すJānuāriusが扉や入口の神であるJanusにちなんでいるので、こっちの方が新年にふさわしいとされ2ヶ月ずれる事になった
11: 世界@名無史さん 2019/09/19(木) 18:36:14.72 ID:0.net
ユリウス暦で少しずつずれてゆき、「よし、ここでこれ以上ずれない新しく計算した暦に切り替えよう」と実施した年が現行の12月22日冬至の暦だったんじゃないの?
20: 世界@名無史さん 2019/09/21(土) 14:49:35.61 ID:0.net
このスレに気づかなかったものですでに質問スレにも書いたのですが、大航海時代16世紀の航海士たちの一日の定義とはどういったものだったのでしょうか?
68: 世界@名無史さん 2019/09/27(金) 20:39:04.02 ID:0.net
>>20
> このスレに気づかなかったものですでに質問スレにも書いたのですが、大航海時代16世紀の航海士たちの一日の定義とはどういったものだったのでしょうか?
一般的ではないが、天文学での慣習では一日の始まりを12時の正午にしていた、(夜中に日付が変わると 1晩での観測日付がまたがる煩雑さを回避する慣例)
海上で 正確な経度を測定するのはまだ困難で、緯度は比較的に容易ですが星座と北極星観測する天文学的知識が必要でした
一流の素養のある航海士は 天文学での慣習にしたがった 日付を公開日誌を書いていました。

経度が正確に判るようになるにはクロノメーターの登場を待つことになります。
太陽の角度などで(夜は星座の位置)おおよその時刻は判りましたが、精度はよくなかったようです。
時計の精度がまだ充分でなかった頃は時刻を知るのに砂時計を使う場合もあったようです。
111: 世界@名無史さん 2019/10/03(木) 18:13:22.48 ID:0.net
>>68
18世紀の帆船が太陽時を用いたとする本がありました。
ウィキの太陽時のなかの天文時ってのが正午に日付が変わるとあり
>一般的ではないが、天文学での慣習では 一日の始まりを 12時の正午にしていた、
のとおりですね。また、
>日は、正午から次の正午の間の時間である。
と「時間と時計の歴史」という本に載ってました。
アメリカ人が書いた本ですがアメリカがそうだとは聞いたことがないですね。
29: 世界@名無史さん 2019/09/24(火) 02:30:10.10 ID:0.net
古代エジプトでは ナイル川の氾濫の時期を 星座を観測してシリウスの緯度経度で 季節の巡航を把握してたそうだから(土地が痩せることなく ナイル川の氾濫で 栄養に富んだ土壌を定期的に得られた)

チグリス・ユーフラテス河も 洪水が起きた時への建造物(ジグラット)で対応してたから、星読みが農耕と密接に関係していたのだと思う
これらの地域だと バビロニアからの60進数で天体観測した方が正確なので、月齢よりも 太陽の運行(星座)を観測した方が重要だったのだと思う

イスラムも航海術などは発達してたので天体観測はしてたと思うのだが(実際そうだし)なんで太陰暦なんだろうね 判らぬ
30: 世界@名無史さん 2019/09/24(火) 18:54:47.36 ID:0.net
暦といえば面白いのがフランス革命暦

1年は365日で、革命政府が指定した年が別に閏年となった。
1年は12か月、すべての月は30日で、あまった5日(閏年は6日)は年の終わりに置いて休日とした。
さらに1か月を10日ずつ3つのデカード(décade。週・旬とも訳す)に分け、従来の週 (semaine) と七曜を廃止した。
1週は10日、1日は10時間、1時間は100分、1分は100秒とすべて十進法が使われた(十進化時間)。
33: 世界@名無史さん 2019/09/24(火) 20:13:47.97 ID:0.net
>>30
結構便利そうだな
月の日数が統一されてるのがいい
35: 世界@名無史さん 2019/09/24(火) 22:04:20.14 ID:0.net
>>33
現実は従来の暦とかけ離れてるせいで農作物の収穫時期がわからず大不評
結果すぐに元に戻った
宗教的支配からの脱却という着目点は革命らしいけどメートル法のようにメジャーにはなれなかった
41: ウムウル 2019/09/24(火) 23:50:32.87 ID:0.net
>>30>>31
共和暦とも呼ばれる。国民公会によってフランス革命中の 1793年 10月 24日に施行された暦法。
92年9月に王制廃止の宣言が出されたが,翌年国民公会は西暦を廃止し,カトリック的色彩を一掃するために,公共教育委員長 C.ロンムに改暦をまかせた。 G.モンジュ,J.ラグランジュらの数学者,F.デグランティーヌらの文学者を含む委員会は,原案として,以前に古代エジプト暦やペルシア暦をもとに案出されていたマレシャールの暦法 (1788) を審議し,ほとんど変更なくそれを採用した。第1年はフランス共和国の成立した 92年9月 22日 (共和政成立の日) から始る (第1年は実際には存在しない) 。

1年を 12ヵ月,1ヵ月を 30日とし (12× 30=360日) ,年間5~6 (閏年) 日の残り (太陽暦に比べて) は,年末におき,「サン=キュロットの日」として共和政祝典の儀式にあてた。
44: 世界@名無史さん 2019/09/25(水) 03:14:27.25 ID:0.net
1年が12月なのは、一年に月がまあ大体12日満ち欠けするってことから来てるんだろうけど、なんで1月が西洋でも東洋でも冬なの?冬至でもないし
46: 世界@名無史さん 2019/09/25(水) 05:18:50.33 ID:0.net
>>44
バビロニア暦では 三月か四月の春が 一年の始まり
古代エジプトの暦法に由来するコプト暦だと8月から9月ごろ、ナイル川が増水する時期
古代ギリシャも夏ごろが新年

ユリウス暦の前身のローマ暦で 1月1日を新年の始まりとしているから、1月1日を新年の始まりとしているのは古代ローマの流れだと思います。
50: 世界@名無史さん 2019/09/25(水) 10:03:23.76 ID:0.net
>>44
由来のJanusが始まりを表す神だったので、本来11月だったJanuariusが1月にスライドして2ヶ月ずれた
55: 世界@名無史さん 2019/09/25(水) 23:03:55.62 ID:0.net
一年が365.24219日で、月の満ち欠けの周期は約29.5日なのは人類にとってラッキーだったよな
一年が11ヶ月とかだったら計算が面倒でかなわん
どうせなら指の数も12本だったらもっと楽だったのに
58: 世界@名無史さん 2019/09/25(水) 23:41:37.46 ID:0.net
古代バビロニアの バビロニア暦が 太陰太陽暦で判りにくいんだが、古代エジプトの暦の考え方が めっちゃシンプルエジプト暦
一年が 30日の月 12月で 360日+神様の祝日として 5日、シリウスの位置が起点日
が この方法にも問題があった。太陽の運行からすると 1年は 365.24日ほど、0.24日の端数があるので 4年で1日 ズレていく
古代エジプトでは 4年に一度 閏年に 1日加えて修正することにした。
この考えがナイスだったので カエサルがユリウス暦として導入した。
60: 世界@名無史さん 2019/09/26(木) 00:14:59.02 ID:0.net
ヌマ暦めっちゃ適当やなw 太陰暦なのに29日 31日が周期的に出てる

太陰暦なら 月齢(約29.5日)に合わせる為、 小の月 29日 大の月30を交互に出して、月の運行に合わせて 各月を運行するのに『偶数が嫌い』って言う理由で 29日や31日で布陣
まぁでも後世に影響残してるなぁw
これは勉強になるわぁw 中国の暦の歴史よりか面白いwww
61: 世界@名無史さん 2019/09/26(木) 00:19:20.60 ID:0.net
「2月はどうして28日なのか?」 これも元を探せば ヌマ暦なのだな
65: ウムウル 2019/09/27(金) 02:19:59.81 ID:0.net
気になっていて調べてみたいことをメモ

【春分、秋分について】
①春分、秋分の日の昼夜の長さが等しいとわかったのは何時か
②その記録が文章に記載された初出はなにか
③それを考えるにあたってどういう仮定や前提を必要としたか

【冬至、夏至について】
④冬至、夏至のどちらかのみを記録や予想していた文明はあったか
⑤北回帰線と南回帰線の間を発祥とする文明において冬至、夏至がどのように扱われていたか(特に夏至)
⑥古代極地方において白夜と極夜は天文現象と絡めてどのように認識されたか

あと歴史上の日時計の取り扱いや実際の運用がどのように行われたか
いいサイトがないか探したいところですね
66: 世界@名無史さん 2019/09/27(金) 03:29:40.29 ID:0.net
>>65
春分や秋分とかにこだわるのは あんまり意味がないと思うよ。
黄道座標系で太陽の位置(実際には地球の公転の位置)で『一年』を古代のひとが発見したのだと思うし、円周を360度と考えて 分割して考えた結果だと思いますがね。(この意味では 60進数を考え出した バビロニアのひとは凄い)

地球を測定したひと
エラトステネス(BC276~194)は 当時のエジプトの首都アレクサンドリアの博物館の館長でしたが、夏至の日に エジプトのシエネの町の井戸が 井戸の底まで太陽の光が届くことから、これに着想して、アレクサンドリアでの 夏至の正午に 太陽陽がさす角度を求めて、シエネの町からアレクサンドリアの距離から 地球の球体の大きさを計算しました。(本筋ではないで 詳細には書きません)

夏至や冬至を知ってる古代人が 春分や秋分を知らないとするのはおかしい訳で、現代に通じる定義をどのように定めたのかになりますから、天文学(暦の作成)などの歴史になると思います。
天文観測機器はなかなか発達しなかったので 正確な定義はかなり後代だと思います。
地球は丸かった
エラトステネス管理人より:ギリシャの数学者にエラトステネスというひとがいましたが、このひとはシエナからアレクサンドリアまで人足を雇って正確な距離を測定。夏至の日・正午の日照角度の傾き(南中角度の視差)から、地球の直径を、現在の測定値からしてもまぁまぁな感じで割り出す、という離れ業をやってのけています。
67: 世界@名無史さん 2019/09/27(金) 04:01:32.67 ID:0.net
中国の暦だと、冬至を起点にしてて 冬至を迎えてから 次の朔(三日月)を新年にしてた
夏正・殷正・周正があるが 春秋時代-秦-漢 改暦などがあるので、まぁそこは深く調べなくてもいいと思う

旧暦では 冬至は 10月前後
太陽黄経が270度のときで グレゴリウス暦で 12月22日ごろ、旧暦の新年が グレゴリウス暦で 1/20頃 (閏月などで変わる)
なので暦の修正には冬至の観測の時期が便利そうではある。

二十四節気は 中国の春秋戦国時代の頃に考案されたそうだが、太陰暦の季節からとは無関係だから 暦にどの程度重要視されてたのかは不明。
72: 世界@名無史さん 2019/09/28(土) 13:56:27.84 ID:0.net
西暦をやたら持ち上げ、全世界これで統一すべきだ、と主張している人は「紀元前」記数の不合理をどう考えているのだろうか。
紀元前何年などと逆走せず、ローマ紀元やエジプト紀元などで前は数えようとは思わなかったのだろうか。
73: 世界@名無史さん 2019/09/28(土) 14:56:45.96 ID:0.net
皇紀でいいじゃん
74: 世界@名無史さん 2019/09/28(土) 15:05:06.41 ID:0.net
正教の世界創造紀元
今年は7528年
これだけ長かったら紀元前を使う必要ほとんど無いで

ユダヤの宇宙創世紀元も今年は5780年やから紀元前を使う必要ほとんど無いのは同じ
98: 世界@名無史さん 2019/09/29(日) 15:41:13.54 ID:0.net
春分、秋分について

春分、秋分の日の昼夜の長さが等しいくないのが現在では判っている(実際には昼の方が少し長い)
また 昼の長さ 夜の長さなどで 春分の日は決められていない
100: 世界@名無史さん 2019/09/29(日) 17:30:46.63 ID:0.net
春分・秋分の決定は難しいよね。
日の出・日の入りだって、定義が太陽の上部が水平線上に現れた時…となっているから、単純には計測できない。

多分…日の出の時に、太陽の中心部が真東にあるかってので決定しているのではなかろうか。
あるいは、冬至と夏至の中間を取るとか。
107: 世界@名無史さん 2019/10/01(火) 11:12:05.54 ID:0.net
暦といえばマヤが有名だが、マヤ暦って実際どれくらいのレベルなんだ?
同時代の西洋(地中海)や中国より進んでいたのか?
108: 世界@名無史さん 2019/10/02(水) 09:30:10.18 ID:0.net
>>107
> マヤ暦って実際どれくらいのレベルなんだ?
> 同時代の西洋(地中海)や中国より進んでいたのか?
天文学で言うなら、星や星座の観測や記録とかは圧倒的に西洋(ギリシャ・エジプト・バビロニア)の方が格段に上。
バビロニアの60進数の考えかたが 古代エジプトに伝わり、エジプトの文化はギリシャにも伝わった。

60進数の考えかたは分数を示すのに判りやすく、( 6/60= 1/10= 0.1などのように分数や小数点以下の値を記すのと約分などの計算がしやすかった)天文学や占星術など 星や星座の位置を示す角度の単位(分 秒)など、中世以降までギリシャやバビロニアの記述法が支配的になってた。

マヤ暦は文字での記録が圧倒的に少なく他の文明にほとんど影響を与えていない。
119: 世界@名無史さん 2019/10/05(土) 16:30:40.58 ID:0.net
ウチの地区は北にあるため、夏至の季節は連日曇りの日が多いんだよね。
ストーンサークルは、夏至とか冬至とかの太陽の出入りを記録していることが多い。
大湯ストーンサークルも、東京町田の田端遺跡もそう。

オレの近くにあるストーンサークルは、夏至の日没が曇りで記録しにくいのか、何度も何度も日没を計り直した跡がある。
しっかり計測して、ストーンサークルの形状に反映させたかったのだろうが、結局あきらめた感じ。曇る日が多いからね。
管理人より:古代の巨石遺構の意味とは?
122: 世界@名無史さん 2019/10/07(月) 12:15:43.75 ID:0.net
暦で言えば西暦も元号も0年がないよね、0世紀もない
だからちょっと不便
123: 世界@名無史さん 2019/10/08(火) 02:25:50.48 ID:0.net
インド暦はいずれも0年があるぞ。
さすが0を発明した国
124: 世界@名無史さん 2019/10/08(火) 11:06:53.20 ID:0.net
0年 → 元年 → 2年 → 3年 → ……
0年あったら変になるやん
125: 世界@名無史さん 2019/10/08(火) 14:55:59.24 ID:0.net
>>124
元年は1年だ。紀元前の年数計算を前提にすると全く矛盾はなく、しかも合理的だ。
126: 世界@名無史さん 2019/10/08(火) 15:23:04.08 ID:0.net
>>125
そやから0年があったら0年の次が元年ていう変なことになるやん
127: 世界@名無史さん 2019/10/08(火) 15:41:13.98 ID:0.net
>>126
数学でも0の次は1だぞ。
128: 世界@名無史さん 2019/10/08(火) 15:43:12.07 ID:0.net
>>127
なにあたりまえのこと力説してんねん
129: 世界@名無史さん 2019/10/08(火) 15:56:21.70 ID:0.net
>>124
元年を0年にすればいいのでは?

そうそう、元年の話で思い出したけど、今年は令和元年でしょ。だから役所の書類を元号で書くとき、なんて書くのかよくわからないんですよ。
令和「1年」ってかくのか、令和「元年」なのか。
で、聞いたらね、どっちでもいいっていうんですよ。そんなバカな!どうみてもOCRで自動読み取りしそうなこの書類に!「元」って書いて読み取れるのかい?
もういい加減、役所の書類は西暦に統一してくれよ、いっつも思いますけど、日本の文化だからしょうがないのかな。

というわけで、なかなかトリビアルな世界の暦のスレ。やたらと博識な青枠さんは、文節の間に半角スペースを挟むクセからおそらく同一人物。

暦を正確に把握することは、農作業にとって重要ですが、しかし太陽の巡航は1日単位というわけにもいかず、誤差を調整するため、様々な方法が取られたものです。
現在の我々の暦は、ローマ法王グレゴリオ13世のさだめたグレゴリオ暦が基準になっています。
これはカエサルがさだめたユリウス歴に、400年間に1回閏年をおいて1年の精度を高めるよう修正したもので、言ってみれば、ユリウス暦の完成度はそれほど高かったということでしょうか。

カエサル以前というのは、スレでも語られているように、2ヶ月ほどズレた状態でローマ市民はガマンしていたのです。
合理的な男であるカエサル、「ほんなら変えてまえ」となったかどうか、実際に即した暦へと変更され、その年だけは差分調整のために1年が長くなることに。

1年に関してはそれでいいとしても、現在の西暦の紀元前、紀元後、みたいな呼び方は当然昔はしてなかったので、いろんな年数の数え方してたんだそうですね。
ローマでは、執政官誰それの年、みたいな言い方をしていましたが、これは最高権力者の執政官が1年ごとに選挙で選ばれたことから。

途中でヌマ歴の話が出てますが、ヌマというのは王政ローマ2代目の王様なんですね。
初代の王ロムルスは若くしてローマに街を作り、近隣の部族を従え、ローマを発展させた偉大な王様。
して、2代目のヌマは学者肌で司祭で、瞑想好きな物静かな男であったとか。治世の期間、戦争はいっさいやらず、内政の拡充に務めましたが、そのなかで行った政策のひとつが暦の整備だったわけです。

当時のローマはまだまだ新興国、1年は10ヶ月であったとか。これに2ヶ月を加えてより正確に。
偶数嫌いのヌマ王であり、29日と31日で統一しちゃったわけですが、これは現在の暦の名残ともなっているから、あの世でヌマ王もまぁまぁ満足かもしれません。

こうやって多くのひとが試行錯誤しながら、正確になるように調整していった現在の暦。
歴史の重みを感じつつ、ありがたく利用させていただくとしましょうよ。

暦のからくり―過去から学ぶ人生の道しるべ
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博士ちゃんねる ヘッドライン

    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2019.12.23 1:19
    以前、やきう民で学ぶ的なまとめをどこかで見たことを思い出しました
    あれもなかなか充実していて結構面白かった記憶があります
    まぁ肝心の中身はさっぱり覚えていないんですがね
    • ※2 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2019.12.23 9:26
    椎名誠が親友の沢野ひとしとの対談で、「世界中の暦が統一されてるのは、アメリカ辺りの陰謀なんだよ、きっと」っていう、いつものいい加減なことを言ってるのを聞いて感心してた
    度量衡ですら一部の根強い勢力のせいで統一できていないのに、現代グレゴリオ暦だけは、慣習暦と併用ながらも世界統一してんだから大したもんだ
    • ※3 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2019.12.23 17:09
    本文67はけっこう間違ったこと言ってる。朔は三日月ではなく新月のことだし、旧暦・・・つうのがどの旧暦を指して言ってるのか分からんけれど日本で江戸時代まで使われていた暦とそれに影響を与えた唐代以前の古代中国における暦では冬至を10月ではなく11月に置くことが決められていた。んで二十四節気はれっきとした太陽暦で、古代の中国人は日常生活に便利な太陰暦を長いスパンで季節感変わらず使えるよう二十四節気と組み合わせて太陰太陽暦として採用していたのだから、影響あるどころじゃなく暦のなかに組み込まれている。そのうち太陰暦を捨てちゃったのであくまで古代限定だけど。
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