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中世~近世ヨーロッパ、庶民の暮らし @ [世界史板]


中世~近世ヨーロッパ、庶民の暮らし @ [世界史板]
1: 世界@名無史さん 2011/04/08(金) 09:40:45.25
服装とか食事とか文化とか、語れたらいいんじゃないかな
2: 世界@名無史さん 2011/04/08(金) 10:24:54.81
この前初めて欧州(バイエルン州)行ったけどそんな巨漢だらけじゃなかったな
近世ではチビも相当多かったんじゃないか?
3: 世界@名無史さん 2011/04/08(金) 11:29:23.92
じゃがいもはなかった
オ○ニーは禁止だった
4: 世界@名無史さん 2011/04/08(金) 18:08:39.28 ID:O
西洋人って近代に入るまでは基本的に手掴みで飯食ってたよね
7: 世界@名無史さん 2011/04/11(月) 22:46:40.18
手づかみといえば、かならず、引き合いに出されるのがルイ14世。
他の例を見てみたい。
管理人より:小柄なのに大変な大食漢なことで知られるルイ14世。当時はナイフとフォークが普及し始めたころですが、まだまだ手づかみが多かったのだとか。
5: 世界@名無史さん 2011/04/10(日) 16:20:58.60
ポーランドが最強だった
8: 世界@名無史さん 2011/04/13(水) 21:11:59.94
ウンベルト・エーコの小説「バウドリーノ」で、コンスタンティノープルを攻撃する十字軍兵士が
「ギリシャ人に向かって親指を人差し指と中指の間から出したり、右手で左腕を叩いたり卑猥な仕草をしてみせた」
という描写があったんですが、前者は現代日本でもあるから、意味が分かるんですけど、後者はどの辺が卑猥なんですか?
12: 世界@名無史さん 2011/04/23(土) 12:14:31.14
>>8
検索してったらコレ
Bras d'honneur(英語版Wikipedia)
みたいだが、「何が卑猥なのか」は判らん
管理人より:「ブラ・ドノール」と読みフランス語ですが、イベリア半島やイタリア半島でよく使われたジェスチャー。アメリカ人が中指立てるファックサインと意味的には同じで「ケツを掘らせろ」的な意味もあるようなので、そのへんがヒワイなのでありましょうな。
11: 世界@名無史さん 2011/04/21(木) 21:50:07.05
ヨーロッパの宮廷の貴族は、塩入れなんか拘っていたけど。
東洋はどうなんだろ。
13: 世界@名無史さん 2011/05/05(木) 09:43:34.50
日本の場合醤油差しとかありましたがな。
14: 世界@名無史さん 2011/05/17(火) 02:55:21.86
庶民の衣生活には興味津々
財産目録ってまじ面白いと思う
15: 世界@名無史さん 2011/05/18(水) 17:39:26.96
中世ヨーロッパって文明の後退地域だけど庶民の着ている服ってなんだったんだろう、麻かしら?
17: 世界@名無史さん 2011/05/23(月) 00:45:12.38
>>15
肌着は麻だな。ちょびっと裕福なら、亜麻。
で、毛織物の上着を着る。
19: 世界@名無史さん 2011/05/25(水) 19:11:22.72
中世ヨーロッパの農村の料理には塩って使われてたんだろうか。
砂糖はムリと思うんだが、塩くらいなら買える金額で流通してた?
20: 世界@名無史さん 2011/05/27(金) 00:26:17.75
海沿いの国なら海塩で内陸国だと岩塩かな
21: 世界@名無史さん 2011/05/27(金) 05:34:55.00
>>20
海沿いでも岩塩じゃない? 海塩ってとんでもなく燃料必要だもの。
22: 世界@名無史さん 2011/05/27(金) 06:50:41.01
>>21
んなわきゃない
北ヨーロッパでもノルマンディーからデーンにいたるまでローマ式の塩田で塩を生産していた
ビスケー湾の塩は特に有名で広く普及していたが、微量のゴミにより色が悪く低質とみなされていた

岩塩の乏しい北ドイツなどでは、塩分濃度が海水と同じか薄いくらいの塩泉からも塩を生産していた
煮詰める前に、吊り下げたいばらや麦わらの束に塩水をたらすなどして、水分を揮発させている
23: 世界@名無史さん 2011/05/27(金) 06:54:29.83
ヨーロッパじゃないが、中国では各種岩塩・塩泉・塩湖などがあったにもかかわらず、1935年の時点で塩生産の8割が海塩だったという
25: 世界@名無史さん 2011/05/27(金) 15:21:54.12
古代ローマ帝国の時代には兵士への給料として塩を配っていた、というのは高校の時世界史の先生から聞いたな。
管理人より:帝政ローマで兵士に塩で給料払ってたら絶対反乱が起こる。英語の「salary」の語源はラテン語の「salarium(塩の)」で、初期の産業が貧弱だった王政ローマで塩が通貨になってたのは本当ですが、その当時の兵役は税金代わりなので無給です。志願制になって給料もらえるのは、ポエニ戦争後の執政官マリウスの時代で、共和制終わりごろ。この時点ではローマにはもちろん通貨があるし、金貨や銀貨での給料支払いの記述も残ってます。帝政からは20年の兵役を勤めればローマ市民権をもらえ、おまけにまとまった退職金まで支給されるように。そんなもんを塩で払えば大変です。ローマでは通貨以外で支給するなら小麦ですよ、小麦。これは貧民対策として、共和制~帝政でローマ市民が受けられた社会福祉のひとつ。
28: 世界@名無史さん 2011/05/29(日) 16:16:40.30
塩そのものが生命に必要ってだけでなく保存料としても使われていたしな>塩
んで、食料保存のために塩漬け肉や魚の臭い消しと風味づけのために、香辛料が高値で取引される時代になってってなる。
31: 世界@名無史さん 2011/05/30(月) 00:37:58.75
>>28
ニシンの塩漬けってのは、重要な食料だったみたいだね。
北海沿岸の国々にとって、食えない時代の貴重なタンパク源だったとか。
そういう意味では、塩が大事なのは調味料というより保存料としてだな。
34: 世界@名無史さん 2011/06/12(日) 16:54:03.78
>>31
そういう意味も何も、古代から塩は保存の為に使われていた。食料だけでなく、遺体などにもね。
塩漬けの食料に飽きたので、多少腐ってても誤魔化せる香辛料を求める旅が始まったし、またフランス宮廷料理でも今日見られるような腐敗を誤魔化せる多様なソースが発達した。
29: 世界@名無史さん 2011/05/29(日) 16:20:18.80
タイムスリップして中世の欧州、東欧世界に行ったとしたら、SBの赤缶カレー粉なんてのは香辛料のミックスだから高値で買い取ってくれる貿易商人なんているかもしれん。
ダイショーとかSBやハチ食品の味塩コショウの大瓶や袋なんかも商品価値がありそうだ。
30: 世界@名無史さん 2011/05/29(日) 16:33:07.00
>>29
うまくやれば、Youがロスチャイルド家になれるYo!
35: 世界@名無史さん 2011/06/20(月) 15:09:10.57
「中世」も「ヨーロッパ」も色々だからねぇ…
36: 世界@名無史さん 2011/06/20(月) 17:39:50.58
そいつをいっちゃあおしめえよ
37: 世界@名無史さん 2011/06/21(火) 00:11:42.60
ヨーロッパと言っても広いし、中世~近世だと長すぎる。
5世紀のロカ岬と18世紀のクリミアでは同じ扱いはできない。
41: 世界@名無史さん 2011/06/21(火) 09:01:52.77
>>37
だから、例えを言う時は時と場所を明確にして書きこんでねって話だわな
43: 世界@名無史さん 2011/06/21(火) 16:49:25.42 ID:I
中世ヨーロッパの農村の生活 (講談社学術文庫)「中世ヨーロッパの農村の暮らし」買った。
1300年くらいの英の農村ッでの話が中心
牛乳は1ガロンにつき2分の1ペニーだったそうな。
牛一頭からは年に120~150ガロン搾り取れたらしく、農民にとってはバカにならない資金源だった。
45: 世界@名無史さん 2011/06/21(火) 19:59:09.42
>>43
はて、その時代では流通網と鮮度の問題で牛乳そのものを売ったり都市民が飲んだりするのは難しかったと聞いたが…(確か16世紀ごろから都市でも牛乳が飲めるようになった)
都市近郊の話か、それとも修道院などの加工元へ売り払ったりしたのかな?
47: 世界@名無史さん 2011/06/21(火) 20:14:16.49
決してケチをつけるわけではないから誤解なきよう
一種類の本だけでそれが正しいと思わない方がよろしい
偏向した知識が必要となる専門書・専門分野は特に

一応、北欧やノルマンディーではラードよりバターが好まれるようになり、食習慣の変化で14,5世紀から牛の飼育が拡大した。
豚の飼育に必要な森が少しずつ減少したのも理由の一つだろうね。イギリスではどうだったろう?
この頃は、ブリテンの島だけで言えばスコットランドとイギリスの二つで長期安定していた時期だね。

>>45の言うように、原料としての牛乳を卸してたのかな?
53: 世界@名無史さん 2011/06/22(水) 19:54:07.73
推敲してない。文章下手。意訳超訳推奨よろしく。

イギリス文化史入門>>43からの流れでイギリスの金銭価値。近世メインの本だが、イギリス文化史入門から。

16世紀に都市の参政権を得る条件が年40シリング以上の税金。
事実上ジェントリが唯一の為政者階級、と言われるお値段。

1719年国王令状による陸軍将校任命書では騎兵連隊の大佐で9kポンド、中尉でも1,2k。歩兵隊大佐で6k、中尉で300ポンド。
買官制という、要は将校の地位は原則的に金で買う時代、のお値段。
1832年に製陶工が朝5,6時~夜6,7,8時まで働いて、週1シリング。工業化初期の劣悪な環境でのお給料。
59: 世界@名無史さん 2011/06/23(木) 20:48:40.96
>>45
牛乳入れた革袋をロバの背に吊るして村から都市へ
すると、あら不思議、牛乳だったものがバターに大変身ッ

ロバが歩くたびに革袋に入った牛乳が揺さぶられ、脂肪と水分が分離、浮き上がった脂肪をすくいあげたのがバターなんだよね
それが暑い日だったら発酵してチーズになる
62: 世界@名無史さん 2011/06/26(日) 17:12:14.99
>>59
全然違う
バターは乳を攪拌して脂肪分を固めたものだが、チーズは酸や胃の酵素で固めたもの
作る際に乳を発酵させたら発酵バターになるだけだ

それで、確認しておきたいんだが>>43の本にも、そのような方法でバターに加工して売り払った結果の額として書かれていたということか?
輸送の際に水分はかさばるしバターミルクは無駄になる、ずいぶんと不自然なやり方に思えるが…
46: 世界@名無史さん 2011/06/21(火) 20:10:37.83
チーズにするんじゃないの?
48: 世界@名無史さん 2011/06/21(火) 20:21:20.14
>>46
牛からで英と言えばチェダーや青カビになると思うけれど、それはもっと後、17,8世紀じゃなかったかな?記憶あいまいだが。

この頃の基本チーズは山羊・羊やヤクだと思うよ。
中国チベットインドモンゴルの方が盛んだった、ろうね。たぶん。
49: 世界@名無史さん 2011/06/22(水) 07:05:15.20
昨日テレビ見ていて知ったのだけれどモッツアレラチーズって水牛の乳から作ったものが正式なモッツアレラチーズだと言っていたな。
ただ、モッツアレラチーズも18世紀ごろからの物らしいんで、中世には無いよね…。

英国だとチェダーチーズは12世紀ごろにはあったから生乳としてより加工品として扱われていたんじゃないの。
後はバターとしての使い方が多かった気もする。元々バターは貧乏人の食べ物と扱われていた時代もあったようだし。バターは塩さえあれば作れるしね…。


>>48
ロマーノチーズはローマ時代からあって、それも山羊の乳を材料にしていたはずだから「チベットインドモンゴルの方が盛ん」というのは必ずしも正しいとは言い切れない気がするよ。
ペコリーノ・ロマーノなんかは塩味が効いているので保存性には優れているし、元々ローマ帝国時代に広まった物でもあるから英国にも伝わっていそうなんだが
英国は辺境の1つだったしなぁ。
67: 世界@名無史さん 2011/06/26(日) 22:05:57.23
チーズにはレンネットが必要だな
管理人より:「レンネット」は子牛の第四胃を塩漬けにして抽出されたもので、キモシンという凝乳酵素が含まれています。ワイルダーの「大きな森の小さな家」には、西部開拓時代のバターやチーズを作る過程が描かれてておもしろいですよね。
70: 世界@名無史さん 2011/06/27(月) 12:13:24.63
庶民の性生活が知りたいです
72: 世界@名無史さん 2011/06/29(水) 19:40:29.20
>>70
実は近親相姦が多かったとか
73: 世界@名無史さん 2011/06/30(木) 11:18:11.05
>>70
ベッドは「裸で雑魚寝」が多かったので間違いも多かったし、また、「秘密の営み」が難しかったので、夫婦はアオカンが普通だったとか
特に麦畑は格好のまぐわい場所だったそうな
それを念頭に置いて「麦畑」の「誰かさんと誰かさんが麦畑♪」の歌詞を見ると、また違った印象が
74: 世界@名無史さん 2011/06/30(木) 11:47:20.26
デカメロン>>70
デカメロン読め
76: 世界@名無史さん 2011/06/30(木) 21:06:25.87
英国では食事はパンと紅茶という質素なものだった。

しかし、大事なときにはその前の食事にベーコンエッグが加えられた。
卵黄とベーコンは中世から貴重品であり、マトンのような臭みがないベーコンは豚肉が原材料とするが、牛肉、鯨肉も使われることがあった。
77: 世界@名無史さん 2011/07/01(金) 11:34:20.30
紅茶は近世になるまでかなりの貴重品だぞ?
79: 世界@名無史さん 2011/07/01(金) 16:58:30.80
そもそも紅茶が生まれたのが18世紀後半、もろ近代
それ以前ヨーロッパで飲まれていたのは緑茶か烏龍茶
80: 世界@名無史さん 2011/07/01(金) 20:45:53.92
中世ヨーロッパの下層民(農奴、小作農や徒弟)が出家して僧侶になる事って出来たんでしょうか?
出来るとしたらどんな待遇だったんでしょうか?

あと彼等のドクオ(相手が居なかったり経済的な理由で結婚出来ず子孫を残せない人間)の割合はどのくらいだったんでしょうか?

詳しい人教えてください。
81: 世界@名無史さん 2011/07/02(土) 11:37:57.43
出家って修道士になることって理解でいいのかな?
当然、熊谷直実や武田信玄みたいに剃髪することじゃないよね?

カタリ派とかワルド派って司祭を送り込んで布教してたし、自由説教だったよね
実際に修道士になるためにはどうしてたんだろ?
修道士って比叡山なんかみたいに一般に学があるような気もする

俺も知りたいので詳しい人に聞きたい
82: 世界@名無史さん 2011/07/02(土) 18:56:39.82
多分一生召使レベルの僧侶
四つん這いになれば役職をいただけるかもw
83: 世界@名無史さん 2011/07/03(日) 15:21:09.03
ヨーロッパの都市って糞だらけだったってよく聞くけど、江戸時代の農民みたく肥料にしたりはしなかったの?
84: 世界@名無史さん 2011/07/03(日) 20:28:58.82 ID:P
>>83
下肥はほどよく醗酵させないと植物が負けるので、気温の低い欧州では普及しなかったのでは。
85: 世界@名無史さん 2011/07/03(日) 22:08:21.87
畑は水田ほどに肥料を必要としないでしょ確か
86: 世界@名無史さん 2011/07/04(月) 20:00:52.76
水田は窒素やリンが水に溶けて流れてしまい土地が痩せやすいという欠点がある。
その代り連作障害や塩害が無いって言う利点もある。

ヨーロッパでも南欧のスペインやイタリアでは米作が行われてたんだから、下肥農法でイタリアやスペインの人口が史実より増加してたら、世界史ももう少し変わってたかもしれんとは思う。
99: 世界@名無史さん 2011/07/05(火) 19:36:05.48
>>86
これだから答えはこれ!ってわけじゃないけどさ、一応俺も一例。

中世欧州というと、ざっくりとだけど、文化的にも生活基盤的にもアルプス以北以南で二分出来るんだよね。
現代でこそ平野が増えたが、以北では10世紀を過ぎても森が多く文化レベルは低い。
以南はローマ以前より開発が盛んで土地が痩せていることと、ローマ文化としてパンとワインを中心とする食文化がある。

現在との気候変化の違いはちょっと長くなるから省略する。
これもざっくりとだと、以北は湿潤、以南は乾燥って土地柄。
乾燥に強い食物栽培をしていたこととパンとワインの繋がりは理解して頂けると思う。

でもまー、色んな要素が混じり合い、農業形態も目まぐるしく変化していたから詳しく語るのは無理なんだけどさ。
102: 世界@名無史さん 2011/07/08(金) 00:25:24.84
でも西洋に夢見るのも如何と思うぞ
排泄物は下水に垂れ流しだし、誰でも知ってるようにニ階から目薬ならぬ、二階からウンコじゃん

ベルサイユ宮殿なんてウンコだらけの街から逃げるための宮殿だし、ぶっちゃけベルサイユ宮殿意外にトイレはなかったよ(それでもおまるは持参してたけど)

一方日本は昔から雪隠、厠があった
105: 世界@名無史さん 2011/07/08(金) 06:17:38.47
>>102
それはベルサイユの場合
ロンドンタワーや他の中世の城をみればわかるが、ちゃんとトイレが設置されてた
119: 世界@名無史さん 2011/07/08(金) 23:35:46.41
>>102
日本も大雨のたびにトイレの肥溜めから流れだした汚物が道路や街中に流れだしていたのだが。
雨があがるとまずは井戸の浄化だった。
103: 世界@名無史さん 2011/07/08(金) 00:50:25.30 ID:O
しかし石造りというだけ外見は清潔に感じたりする
逆に木造の藁葺き屋根というだけで不潔に感じたりする
104: 世界@名無史さん 2011/07/08(金) 05:25:04.31
それは気のせいだ。
107: 世界@名無史さん 2011/07/08(金) 11:28:18.51
ちなみに、都市や城でも風呂はあったし、農民も水浴びや体を拭く文化はちゃんとあったからな…
城も石造りのものばかりじゃない。石造りということは、かなりの金持ちだったと考えて良い。

近年のサブカル常識は間違い多いままだから鵜呑みにしちゃ駄目だぞ。
110: 世界@名無史さん 2011/07/08(金) 13:17:14.83
欧州人が風呂あまり入らんのは乾燥してるという気候も理由だからな
日本と状況が違う
111: 世界@名無史さん 2011/07/08(金) 20:19:42.37
その排泄設備ってのが壁の穴から外のどぶ川へってヤツだったんじゃなかったっけ。

気候に関しては不衛生になりがちだったからこそ、日本では衛生への関心が高まって、逆にそうではない欧州はおざなりだったから結果的に不衛生になるってのはおもしろい。

欧州は人権や経済の格差が酷かったって事も理由、貴族達はそれなりに綺麗にしてても、都市部はその他の人口が多すぎたし市民、貧民のためのインフラ整備が不充分だった。
欧州を見下すわけではないが、その点で江戸の町人まで対象にした上水道と人肥回収システムは先進的と言えると思う。
113: 世界@名無史さん 2011/07/08(金) 21:54:09.86
>>111
人糞に関しては家畜をあまり飼育せず、肥料としての人糞の価値が高かったという側面があるな
家畜を飼育しなかったのは、雨が多い日本では開墾の対象地が多かったからだろう。
そして階級差があまりないのは異民族支配がないからだろうね。
気候の話と同じくやはり背景がある。

ただし誇っていいとは思う。
112: 世界@名無史さん 2011/07/08(金) 21:28:55.54
でも、日本は江戸時代中期以降になっても度々コレラや赤痢が流行してるし、衛生意識が高いといってもなぁ。

中世から近世のヨーロッパ、ってやたらと範囲が広いなぁ…。
南~中部ヨーロッパにかけては、大半がお風呂大好き民族のローマ版図だったわけで、公衆浴場もたくさん作られたはずですが、温暖多湿な地中海沿岸と、寒冷で乾燥してる地方ではまた事情も違いますか。
キリスト教の支配下では、石鹸で身体を洗うことが悪!だとされた時期もあったので、ローマ時代からは衛生観念が低下したという事情もありましょう。

考えてみれば、熱いお風呂っていうのは贅沢なものですよね。
日本だって、当たり前に庶民が熱いお風呂に入れるようになるのは、江戸後期くらいな気がするけど。

トイレについては、日本は平安時代にはすでにあったのだとか。
やはり清潔好きなローマだってトイレはちゃんとあったことを考えると、ヨーロッパだって多少影響を受けても良いはずです。
その一方で、ベルサイユ宮殿では貴族たちの野グソが跡を絶たず、怒った庭師が「ここで糞尿を垂れるべからず」という立て札を作る始末。これは「エチケット」と呼ばれ、遠く現代では礼儀作法を意味する言葉に…。

というわけで、昔のヨーロッパ、その庶民の暮らしをアレコレ妄想するスレ。なかなかおもしろかった。スレはまだまだ続くので興味のある方は元スレを。

食事についてはどんな感じだったんでしょうかね。
サツマイモやジャガイモは南米産なので、ヨーロッパにもたらされたのは大航海時代。それ以前はなかったということに。
シチューなどもずいぶん味気ない感じになりそうですが、小麦をドロドロに煮込んだお粥ぽいものはよく食べられていたとか。

サトウキビは温かいところでしか育たないから、初めて砂糖が作られたのは1世紀ごろのインド。
やはりこれも中世を通してヨーロッパでは大変高価な調味料であり、なかなか庶民の手には入らなかったようですが、大航海時代を通して製法が確立され、安価に変わっていきます。
ただし甘味に関しては、もとより蜂蜜や果物もあったので、糖分が取れなかったわけではないです。

塩の話も途中で出てますが、塩というのは海水をグツグツ沸かすだけで作るわけじゃないですね。
沿岸に塩田を作って干満を利用して海水を引き込み、天日で乾燥させて、再び海水を引き込み…といった形で濃縮したあとで、濾過して不純物を取り除き、最終的には煮沸します。
岩塩は取れる場所も量も決まってるから、さほど流通しなかったのも無理はないです。

途中で出てるチーズの起源は定かではないながら、シュメール文明にはすでにチーズはあったのだとか。
草食動物の胃で乳を持ち運ぶ袋を作る習慣があれば、偶然にしても熟成チーズができやすく、そうした経緯でかなり早くに製法が確立されていたと言われます。酪農の歴史とほぼ同等かもしれない。
いずれにしても、中世あたりでは完全にヨーロッパ庶民に行き渡ってたはずで、ロバに揺られて偶然…というわけではなかったろうと思うんですがね。

しかし、反面アジアでは全般的にチーズ作りは根付きませんでした。牛の需要が乳牛としてよりも、労役補助に使う用途が多かったからかも。
日本でチーズが普及したのは文明開化以降の話で、それも最初は風味が合わずに、人気がなかったそうです。

現在では1000種類以上はあると言われるチーズの製法。
長い年月をかけて、人類が懸命に工夫してきた技術を後世の我々は享受できることを考えるとき、たかがチーズも虚心には食えまい、というものです。

チーズと文明
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    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2020.3.15 22:11
    ローマの兵士はパンと野菜スープの粗末な食事でよく戦った
    スペイン(=当時の神聖ローマ帝国の主要な穀物地帯)で反乱が起こって小麦の流通が滞り兵士に支給するパンが確保できなくなり代わりに肉(ローマでも高級品)を支給すると老兵たちから「肉を食わされた」と文句が出たという
    • ※2 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2020.3.16 9:59
    汚物を窓から捨てるのは実は古代ローマも変わらない
    古代も中世以降も欧州では階層の高い住宅が作られ地上に捨てに行くのが手間なのは変わらなかったから
    また中世で入浴文化が衰えたのはインフラ事情が大きな原因
    水が豊富な日本と違って水が少ない欧州でローマは巨大な水道施設を作り入浴文化を支えたが、インフラは新設も維持も極めて高価
    中世の貧しいゲルマン国家にそんな金をだす余裕もなければ、そもそも都市国家由来のローマと違って民のために金をだす意識もない
    その上都市が敵軍に襲われたら侵入経路にもなりうることから破壊されることも
    水道施設は平和で豊かな状況が許す贅沢だったということ
    ただしそれでもローマの影響が濃かった地域では入浴文化は廃れず残った所もあった
    しかし公衆浴場はイコール清潔というわけではなくて性病は蔓延するわ病人が健康のために来るわで病気の温床になることもあった
    そのためにペストの大流行を機に文化が残ってた地域でも廃れることに
    • ※3 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2020.3.16 18:20
    江戸時代の風呂については、燃料の問題よりも水の安定供給っていう側面の方がが大きい
    江戸については、開府当初から火事防止のために、風呂の設置は厳しく制限されてたんで、江戸市中に関しては大店ですら内風呂の設置はほとんどされてない
    内風呂の設置に関しては、家屋が密集していない郊外の茶寮とか、広い敷地を持つ武家屋敷などに特別に許されていた模様
    反面、公衆衛生という面から身体をキレイに保つことは奨励されていたから、銭湯自体は町内に一つのレベルで開設はされていた
    が、開府当初は江戸の上水が安定供給できなかったので、水を大量に消費する湯舟は設置されずに、蒸し風呂が主流だったとのこと
    後年水道の整備が進んで、水を大量に使える湯舟に移行できるようになったというのは一番大きい理由だろうけど、その他の明確な理由についてはよくわかってない

    池波正太郎の「藤枝梅安」で、「忙しい梅安にとって、診療の終わったあとのこの風呂だけが、贅沢のひと時であった」という描写があるけど、梅安の宅地がある品川台町が郊外で、しかも竹藪の奥を超えた一軒家だからこそ風呂の設置を認められたんだろうけど、風呂を焚けるほどの水源(上水井戸)を専用に確保するってことと、風呂設置の申請に際して、お上に相応のデポジットをしたであろうことから、表家業の針医者だけで、相当な稼ぎがあると認められてることになる
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