人気サイト様 最新記事

博士ちゃんねる ヘッドライン

レスの強調ウゼェー!というドクターへ

レス内の強調表示をOFFにする コチラをクリックして切り替えてください。設定は30日間Cookieに保存されます。
現在のステータス:強調有効

「自由」とはなんぞや?「平等」とはなんぞや? @ [哲学板]


「自由」とはなんぞや?「平等」とはなんぞや? @ [哲学板]
1: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 18:46:15.94 ID:0.net
近代から現代にかけて語ろう
管理人より:元スレタイは「自 由  について」でしたが、短いのでスレの内容にそって伸ばしてます。
2: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 18:50:01.18 ID:0.net
カントは近世?近代?
3: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 19:16:31.70 ID:0.net
近代のど真ん中
カント→ヘーゲル→マルクス
4: 考える名無しさん 2019/10/11(Fri) 20:15:37
参考となりそうな本。

岩崎武雄『カントからヘーゲルへ』up選書
鰺坂真『マルクス主義哲学の源流』学習の友社
5: 2019/10/11(Fri) 20:49:07
1です。
誰々がどう言っていた、どう言っているだけではなく、俺達が哲学の世界を切り拓く感じで、自由に語って欲しいですね
6: anonymouse 2019/10/11(金) 20:53:46.50 ID:0.net
自由とはなんぞや、
7: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 20:55:15.33 ID:0.net
少なくとも関西では、自由は科学技術のしがらみなしでの探求へとつながる。京大が理系優位だから。

関東では、土着的なしがらみから自由になって自由に学生生活を送れということになってると思う。早稲田の存在が大きいから。
8: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 21:02:22.36 ID:0.net
こういう話をするとき、
自分の身近な世界から考えるのではなく(現代的)
抽象論から本質を語りたくなってしまう(近代的)
9: 考える名無しさん 2019/10/11(Fri) 21:06:12
自由とは、、、拘束からの解放である。
精神的にも、物理的にも、経済的にも!
13: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 21:22:43.20 ID:0.net
>>9
政治的な自由は要らんのか?
日本では自由民主党が支援団体を組織ぐるみで拘束して自党への投票を強いているようだが。
14: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 21:26:30.44 ID:0.net
>>13
「民主」は「平等」の亜種かな?って思ってる。
17: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 21:32:59.71 ID:0.net
>>14
フランスっぽいね。
19: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 21:36:30.30 ID:0.net
>>17
今思い付いた。
11: 2019/10/11(Fri) 21:10:58
個別的な「自由」はしたいようにすること。自らの欲望を自らの能力でカバーすること
社会的な「自由」は権利を持ち振る舞うことが相互に認められていること
12: 考える名無しさん 2019/10/11(Fri) 21:13:56
その「社会的自由」は、宮沢俊義のいう所の「公共の福祉」かな
15: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 21:27:43.69 ID:0.net
~な自由なんていうと既に自由に条件が付いて自由についてから逸脱するな
18: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 21:35:56.57 ID:0.net
自由そのものは拘束を免れているということだから、~な自由と言う時、既に自由ではなくなっているのかもな。確かに。
21: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 21:45:32.69 ID:0.net
そういえば、共産党って「民主」っていう言葉が好きだな
やっぱり、「民主」と「平等」は馴染みがいいのだろか
民主は一人一票だもんな、形式的平等の最たる例
しかし、やはり平等は自由より後者に来るものだろうか
22: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 21:49:16.22 ID:0.net
平等は一人一人が異なる状況において何をもって平等であるか
平等であるための基準を設定するのが難しい。
25: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 21:57:22.67 ID:0.net
>>22
そこなんだよね。
平等は、もちろん「一定条件下で等しい者は等しく扱い、異なる者は異なるように扱う」という概念。
その「一定条件」を作りだすために、当然事実上の差異を一定程度捨象する。

しかし、自由と平等の非両立を言う学者は、事実上の差異をなかなか捨象しないんだよね。
「人はみな違う。だから平等を持ち出すと自由が束縛される!」だのなんだの。
分かりにくくてすまん。
23: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 21:52:52.23 ID:0.net
自由と放縦の違いとは?
24: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 21:56:48.36 ID:0.net
超越的なものへの依拠があるか否か。
26: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 22:00:33.56 ID:0.net
規律があるかないかの違い
27: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 22:04:14.81 ID:0.net
自由には拘束がある。放縦と区別されうる点。
自由があらゆるものからの「開放」だと考えるのは概念の印象による。むしろそれは放縦に属する
28: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 22:23:03.26 ID:0.net
>>1だけど、、、
俺は大学で哲学の授業を受けたことはない。全部我流。
生きるのに必要な限度で、市立図書館で本を借りて読んだだけ。
だから、みんなも遠慮せずに書き込んで。
29: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 22:26:11.03 ID:0.net
皆平等に死に至り、明日どうなるかわからない世界が平等なのだよ
30: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 23:06:27.35 ID:0.net
自由というのは責任を伴う
というのがよく進学校の校訓を巡って言われることだよね。
31: 考える名無しさん 2019/10/11(金) 23:10:55.67 ID:0.net
やはり責任を伴う自由は自由ではなく不自由でしかなく、自由が許されるのは思想的な自由ということになるかな
32: 考える名無しさん 2019/10/11(Fri) 23:19:55
ただ、内面的自由が大事なことは確かなんだが、身体的に拘束されたり何らかの強制的手続きの餌食になってしまうと、外的に苛まれるから、内面の自由も自由のうちの大事な一つの要素に過ぎない、と言えるかもしれない。
40: 2019/10/12(Sat) 19:56:17
>>31
自由に振舞えばその結果は自分で受け入れるべき、という責任を「自己責任」という。
もう一つ、「責任を伴う自由」における責任とは、社会人としての法的責任道義的責任社会的責任を言うとおもう。
41: 考える名無しさん 2019/10/12(Sat) 20:10:17
>>30
自由とは、自分のおかれた束縛に対して絶え間なく現れるその束縛を突き抜ける欲求ではないか。

では360度の自由が享受可能か?まず、違法行為は禁止される。
次に、社会的倫理的に望ましくない行為が忌避される。
その後、望ましい行為を選択することが求められる。道徳的良心的に上へ上へ伸びることが求められる。
そうしてエリートが選抜される。
これが進学校の校訓ではないか。
34: 考える名無しさん 2019/10/11(Fri) 23:45:19
思想的な自由は、自らの意思で思考し得る哲学的な世界
内面的な心の世界は、自らのの意思によらず身体や周りの影響を受けて、たやすく乱れ、自らコントロールすることが難しいく不自由な対象だと思う。
37: 2019/10/12(Sat) 18:34:45
色々理解した上で、みずからの考え方を変えてゆければいいんじゃないかな。
42: 考える名無しさん 2019/10/13(日) 03:28:14.95 ID:0.net
自由ってのは本来独立であることなんだけど、一般には不遜であることが自由だと思われている
そういうトラップと常に背中合わせなのが自由という概念
だから責任が重要なんですわな
43: 考える名無しさん 2019/10/13(日) 10:58:01.36 ID:0.net
飼いならされ作り上げる自由、所謂社会的自由は責任を果たしたご褒美に授かる不自由からの開放で、不自由と自由の安定的なバランスを自ら勝ち取ったと感じる開放感、実はそれは自由ではなく自由の権利なのである。

社会学で言うところの自由はそこまでなのは理解できる。
45: 2019/10/13(Sun) 13:22:00
>>43
自分は主に19世紀の西欧哲学の自由論を学んできたけど、現代の社会学で扱う自由については勉強したことがない。
あまり言われないよね。社会学自体があまり体系だった学問じゃないから、多分「自由とは」みたいな抽象論はないよね。

どの辺の学者が、現代日本社会学で自由を研究しているのだろう
46: 2019/10/13(Sun) 13:22:06
>>43
自分は主に19世紀の西欧哲学の自由論を学んできたけど、現代の社会学で扱う自由については勉強したことがない。
あまり言われないよね。社会学自体があまり体系だった学問じゃないから、多分「自由とは」みたいな抽象論はないよね。

どの辺の学者が、現代日本社会学で自由を研究しているのだろう
47: 2019/10/13(Sun) 13:22:07
>>43
自分は主に19世紀の西欧哲学の自由論を学んできたけど、現代の社会学で扱う自由については勉強したことがない。
あまり言われないよね。社会学自体があまり体系だった学問じゃないから、多分「自由とは」みたいな抽象論はないよね。

どの辺の学者が、現代日本社会学で自由を研究しているのだろう
48: 考える名無しさん 2019/10/13(Sun) 14:43:48
なんべん言うねん!
52: 2019/10/13(Sun) 15:42:38
>>48
こういうピリピリした奴やだね
53: 49 2019/10/13(Sun) 16:14:25
3連投もどうかと思うけどw
44: 2019/10/13(Sun) 12:31:26
まあ言うて生存しなきゃいけない以上は、全ての責任から自由になることは不可能なんだけどね
たとえ社会から自由になって一人になっても自分の命の責任は自分が負う
49: 考える名無しさん 2019/10/13(日) 15:01:38.21 ID:0.net
社会学でも理論家の系統なら自由論を語ってくれそうだと思うけどな。
宮台真司とか見田宗介とか。
55: 考える名無しさん 2019/10/13(日) 17:27:32.59 ID:0.net
自由について学ぼうとしてしまう無意識に家畜化された自己って哲学的だな
56: 考える名無しさん 2019/10/13(Sun) 20:14:18
学ぶということは主体的な行為、サブジェクティブな行為だしな。
58: 考える名無しさん 2019/10/13(日) 23:50:59.22 ID:0.net
まあ、subjectiveは従属的なという意味もあるから主体的に学ぶとはテキストに従って読んで学ぶということでもあるんだよな。
57: 考える名無しさん 2019/10/13(日) 22:10:28.12 ID:0.net
自由を目的に学びを受けないと自分の思うままに振舞えない不自由な場合、学ぶという事は主体的な行為だと言うことで主体的に自由を求めているのだと思えるのはわかる
60: 2019/10/14(Mon) 18:24:49
>>57
どういう状態を想定してるのかさっぱりなんだがそれ
62: 2019/10/15(Tue) 20:58:19
>>1だけど。
俺はリベラリストだけど、寛容とか良心とか思いやりとか、そういう気持ちの理論化にまだ成功していない。つまり、ネオリベではないのだ!!
67: 考える名無しさん 2019/10/27(日) 21:39:29.33 ID:0.net
>>62
リベラルなんてすべからくネオリベだけどな
自分はネオリベではないみたいな顔をしながらネオリベの邪魔は一切しない
搾取に直接加担してるか間接的に加担してるかの差しかない
64: 考える名無しさん 2019/10/21(月) 10:40:28.50 ID:0.net
相互監視と団体責任だけど民主主義みたいな顔してる
65: 考える名無しさん 2019/10/22(火) 19:13:19.63 ID:0.net
哲学を想うとき、自由を感じる
根っからの哲学者なのである
66: 考える名無しさん 2019/10/22(火) 23:52:41.88 ID:0.net
他人が思った人間になる必要はない
自分が思った人間になればいい

英語の「liberty」に「自由」という言葉を当てたのは福沢諭吉でしたか。彼自身、この訳語は適切ではないが、しかし日本語には他に類する言葉がない…と言ったとか。「freedom」という言葉も別途あるんだから、そりゃそうかもしれない。
「liberty」を英英辞典で引くとこのような意味合いです。
1. the state of being free within society from oppressive restrictions imposed by authority on one's way of life, behavior, or political views.
2. the power or scope to act as one pleases.
1. 個々の生き方おいて、権力により圧迫的に強制された社会的制限から自由でいられる状態、行動、政治信条。
2. 望むままに行動する権利、または範囲。
「解放」ともちょっと違うし、日本語にはうまく訳せない言葉なのだな…という気は確かにしますね。昔の日本語における「自由」というのは「勝手気まま」とか「やりたい放題」とかそのようなニュアンスの言葉なのです。
闘争により権利を勝ち取ってきた自負のある大半の欧米諸国と、そのような意識もなく「のほほん」と生きてきた我々日本人と、考え方が異なるのも無理はないかも。

さて、「自由と平等」という概念を旗印に戦われた革命時代のヨーロッパ。代表的なのはフランス革命ですが、1789年のフランス人権宣言第4条にはこう書いてあるそうです。
Art. 4. La liberte consiste a pouvoir faire tout ce qui ne nuit pas a autrui : ainsi, l'exercice des droits naturels de chaque homme n'a de bornes que celles qui assurent aux autres Membres de la Societe la jouissance de ces memes droits. Ces bornes ne peuvent etre determinees que par la Loi.
第4条:自由とは他人を害さない範囲のすべての行動である。ゆえに、個々人の自然権の行使は、社会における他の構成員に、これら同様の権利を享受することへの保証以外には制限を持たない。この制限は法律によってのみ定められなくてはならない。
管理人はフランス語はよくわからないので、これの英訳のほうを日本語に直してます。元文が冗長なので回りくどい翻訳ですまない。
要するに、あくまでも欧米型の「自由」にはもとより制限付きであり、その言葉にはなにやら「至高の意味」しか持たず、それまで持ってたものが制限を受けるのではなく、新しいルールにより従来の権利が大幅に拡張されたのだ、というイメージ。

これらと「平等」のバランスを取るのは難しく、自由競争の結果生まれた不均衡に対して、我々はどう対処すべきでしょうか。
平等については「機会の平等」と「結果の平等」という概念があり、活動家のひとらは、たいてい「結果の平等」を求めて戦うのですが、これを突き詰めていけば本人らにも確実に害があるんですけどねぇ。
自分らが受ける害は、いっさいこれを認めない!…などという都合のよいワガママがどこまで許されるか、見ものではあります。
皆様のお考えはどうでありましょーか!




人気サイト様 最新記事

博士ちゃんねる ヘッドライン

    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2020.4.15 22:31
     この世界で唯一自分だけが持ちうる固有の”自分自身が真に存在していないという事”に気付き殉じること 
    • ※2 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2020.4.15 23:48
    全く手つかずの地球型惑星に一人で存在すれば究極の自由では?
    なにしても良い状況なのだから自由と言える
    しかし、単独で生存するのは難しいし、文明や化学とも縁が無い状態は不自由と言える
    ならば生存に必要な物資をすべてそろえて等、となると最終的には延々と個人のメンタルが満足するまで物資が増えるだろう
    所有物品数が満足するまでの数は個人差が生じる。
    この所有物品数が満足し、生存が不自由しなくなる状態を自由と言うのでは?
    不自由とは、何らかの問題で生存を脅かされた状態なのでは?
    • ※3 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2020.4.16 0:31
    奴隷は、所有者(他人)が定めたルールによって支配、拘束されるが
    自由民は自らがそのルールを決めることができる

    自由とは、自らのルールによって自らを拘束することだと考える

    ところで、支配者を自らが選ぶことができる状態は自由か?
    自分の中ではまだ答えがでていない
    • ※4 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2020.4.16 1:49
    自由とは未来を選べることである。
    平等とは他に与えられる未来のことである。
    • ※5 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2020.4.16 6:56
    Freedomを当時の誰かが「自由」という漢字2文字に翻訳した。
    「自らに由来する〜」と言う意味で。
    自分自身に由来する考え、想像、憶測、推測
    自分自身に由来する行動、動作
    自分自身に由来する「意識した行動:自我」「お腹が空けば勝手にお腹が鳴るような)無意識の行動:無自我」「お腹が空いていても無理やり断食で我慢する超自我(自我を超える)」

    自分に由来する行動には、必ず責任がともなう。
    無自我、超自我だろうと、自分自身の脳と身体由来でやったことなので、「責められる事を自分以外の人に任せる:責任」がともなう。
    これが要約
    • ※6 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2020.4.16 7:29
    edXという無料オンライン授業サイトで、ハーバード大の「Justice」を受けるといいよ。
    ただし、英単語の日本語訳の先入観を一回ぜんぶリセットして、独自に翻訳しなおすこと。
    一個前のまとめで書いて馬鹿にされた様に、既存の言葉の常識を疑いながら解釈しないと、授業は理解できない。
    昔の人が難解イミフの日本語訳(独自の用語)を作ったので…。
    馬鹿にされても良いから、独自翻訳をして現代の言葉に置き換えないと理解できない…。漢文古文由来の言葉がおおいため。
    だから、英文を読む際は接続詞をすべて当てはめて試して読み解いていく必要がある。

    本来だったら今の中国の教育みたいに、映像も交えて授業出来たら良かったんだけど…。
    原始人のIQは、現代のテストで言う低IQ。
    短時間で分かりやすく全てを覚えさせていれば、今の子のIQは平均120になっていなきゃおかしかった…。短時間で先人の知恵を全て惜しげもなく伝承することが、すべての人に平等に与えられた寿命を正しく使った進化だったはずだった。
    中国は高IQ者が高IQ者を量産する教育に達したおかげで、世界大学ランキングで日本を超えたわけで…。
    • ※7 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2020.4.16 7:34
    ハーバード大の授業を、ラノベ調に本にしたのが
    飲茶って人の出版した「正義の教室」
    edXなら分かりやすい動画もみれたよ

    金が無きゃ人間らしい正統進化すらさせてもらえない日本の教育とお金大切主義を恨んで
      • ※11 : ドクター・ノオ・ネーム
      • 2020.4.17 18:30
      >※7
      読んだことあるけど、「自由や平等の定義」というよりは「自由や平等の正しさ(問題点)」について議論していた印象
      それでもこの記事や米欄で出てる疑問の大半には答えてたと思うけど
    • ※8 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2020.4.16 9:53
    両親の自由の意思を尊重するために、国は「子供を産め」とは命令していない。
    ただ両者の自由(それぞれの自分自身由来の行動)を尊重しただけ。
    しかし、子供には生きる自由はあっても、生まれる生まれないを選ぶ自由はなかった。
    無慈悲に生まれ、すでに決まっているルールの世界へ放り出される。
    その瞬間から子供には生きる自由(子供自身の考えと行動の元で生き続ける自由と責任)が付きまとう。
    しかし社会はそこまで厳しくはない。成人年齢16~18~20歳まで、自由と責任をある程度猶予する期間がある。しかし早熟の子供も入れば、遅く育つ子供もいる。生まれつき脳に障害を抱え、意識と無意識の行動の区別がつかない人もいる。
    生まれた境遇もバラバラ、生まれた理由もバラバラ、身体能力もばらばら。スタートラインは人の数だけある。しかし、平等の名の下に個人個人の自由を尊重しなければいけない。
    しかし、行動のし方/考え方/生き方はバラバラ。しかし、同じ土地にいる全員に平等になるルールを考えなければいけない。
    完全に個人の自由を尊重してしまうとバトルロワイヤルゲーの世界になるため。
    日本の憲法も法律も、この基本的な考え方を知らないまま、開国時に英国の法律をそのまま真似た。それに戦国時代から試行錯誤して続いてきた旧来の幕府藩政の政治を織り交ぜた。日本独自の法律の仕組みの誕生。しかし、海外が数千年かけて議論して見つけてきた政治の基本原則(憲法)を、英語も知らない江戸時代の日本人が理解できるはずもなく…。明治~昭和の法律は失敗の連続で、GHQ介入まではやりたい放題だったらしい。(税金という名前を使えば、あらゆる名目で自由に労働者から金品を徴収できると考えていた。この考えを今でも続けているのが、コミュニケーションと気分の良し悪しだけで地方自治をしてきた村社会出身議員。)
    自由の本当の意味を知らない、平等と対等の本当の意味を知らない大人でも、政治家になることができて法律の制定ができる民主主義(人間関係の気分の良し悪しで代表を決められる)の国。これに社会主義(多数決)が加わると、村八分的なやり方で当選もできる。これに共産主義(年長のトップの言うことは絶対)が加わり、自由主義(何をしても自由の名の下に許される)が加わったのが「今の日本」と「国会議員」と「法律」。
    子供はこの現実の仕組みを知らずに無慈悲に生を受ける。先生や親が教えなきゃいけないのに教えない/教えられない。子供の自由を大切にするため、下手に大人の思想を植え付けられない。村社会では、どこかしらのグループに属さないといけないため、絶対的に中立中道を保てる人はいない。そのため、親や大人の影響を受けて右か左に偏り気味の子が育つ。これが日本に、自分自身の考えや意思で行動できる、独立した考えの子がいない理由。おんぶにだっこで「親の世話を見ない奴は悪い」という名目で、共依存を強いる国。
    親は親、子は子、自分は自分、他人は他人という考えを持つことができない国…。平等なんてものは地球が生まれた時から存在しない。マンモスと原始人が平等だったか?というところまでさかのぼるため…。この手の自由や平等や政治の話になると、才能があるのに自殺した友人を思い出して熱くなるから駄目…。申し訳ない…。
    • ※9 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2020.4.16 10:14
    汝らはなんぞや?
    • ※10 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2020.4.17 12:54
    哲学の話かと思って覗いたが社会科学系の話に終始してて残念
    自由意志は可能か、とかそういう話には興味ないのかな?
    • ※12 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2020.4.17 18:54
    ホントの自由は平等ではないしホントの平等は自由じゃねー
    • ※13 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2020.4.18 9:46
    憲法と法律で人を裁く、人を裁くのに理由が必要だ
    道徳と人徳で平等を築く、平等を敷くにも理由が必要だ

    ということですかね
    • ※14 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2020.4.18 15:33
    平等は
    差別、慣習、しきたり、そういったしがらみを取っ払って同じ立場に立てるもの。
    自由は、
    上記のしがらみがあってもなくても好きなように振る舞うこと。

    な感じで持ってる。
    • ※15 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2020.4.20 18:05
    残念だけど日本の憲法は敗戦の罰としてアメリカを含めた戦勝国に定められた貢ぎ物を貢為の足枷
    憲法9条の戦力放棄が掲げる緊縮条項に拠って国債の発行自体は制限されており、国の権益拠りも上に立つ存在に仕立てられた財務省と官僚が、緊縮をしないと出世できない仕様で足枷を法に拠り嵌められている
    そしてその誤法に乗っ取り活動する財務省に管轄のある国税局の協力無比の力を使われると
    日本に生きとし生ける全ての権力者も間違えてる財務省に身辺探られれば手も足も出せないと言うのが、この国が一度滅びないとどうにも成らない程酷い闇に包まれてる最大の原因
  1. トラックバックはまだありません。


コメ欄での議論はおおいにけっこうですが、当サイトではドクター同士の罵り合いは禁止となっております。反論する際には、相手の意見・人格を尊重し、どうぞ冷静に。