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日本は鎖国によって多くのものを失ったのか? @ [日本史板]


日本は鎖国によって多くのものを失ったのか? @ [日本史板]
1: 日本@名無史さん 2008/07/10 14:51:16
日本が鎖国してなかったらもっと多くの外国人が
日本にきてたのかな?
鎖国 (Wikipedia) 鎖国(さこく)とは、江戸幕府が日本人の海外交通を禁止し、外交・貿易を制限した対外政策である。ならびに、そこから生まれた孤立状態を指す。実際には孤立しているわけではなく、李氏朝鮮及び琉球王国とは「通信」の関係にあり、中国(明朝と清朝)[脚注 1]及びオランダ[脚注 2](オランダ東インド会社[脚注 3])との間に通商関係があった。鎖国というとオランダとの貿易が取り上げられるが、実際には幕府が認めていたオランダとの貿易額は中国の半分であった。
一般的には1639年(寛永16年)の南蛮(ポルトガル)船入港禁止から、1854年(嘉永7年)の日米和親条約締結までの期間を「鎖国」と呼ぶ。但し、「鎖国」という用語が広く使われるようになったのは明治以降のことであり、近年では制度としての「鎖国」は無かったとする見方が主流である[参考 1]。
なお海外との交流・貿易を制限する政策は江戸時代の日本だけにみられた政策ではなく、同時代の東北アジア諸国でも「海禁政策」が採られていた[脚注 4]。
2: 日本@名無史さん 2008/07/10 15:22:37
そもそも鎖国なんてしてたのか?
4: 日本@名無史さん 2008/07/10 16:32:29
>>2
江戸時代の末期にできた言葉だ。でもさ、もっと多くの国と貿易しててもよかった気もする。
3: 日本@名無史さん 2008/07/10 15:38:17
インドみたいに鬼畜米英の植民地になってただろうな。
まあ資源が無いからスルーされてた可能性も高いがwwwwwwwwwwww
5: 日本@名無史さん 2008/07/10 17:47:24
>>3

当時の日本は世界有数の資源国だが
6: 日本@名無史さん 2008/07/10 21:42:24
>>5
そうか。なら植民地にされて今頃はみんな英語をしゃべっていただろうな。
日本語はアイヌ語と同じ扱いwwwwwwwwww
管理人より:ハイ。この日本には資源がない、というのもある種の刷り込みなのかなと思わないでもないです。
16世紀~17世紀当時、佐渡金山や石見銀山などで、日本の貴金属の算出量は世界一!とは言わないまでも、世界有数です。当時流通してた銀の30%は日本産というデータもありますね。(残りの7割はカリブ海のポトシ銀山)
貿易の相手先は主に中国でしたが、ここを通して日本の金銀は世界中に流れていきます。
7: 日本@名無史さん 2008/07/11 15:52:30
黒人に支配されるよりはマシだな。
東日本はロシアの植民地で西日本はアメリカの植民地になったら、今頃日本人はロシア語と英語を話す民族になっていたかもしれない。
8: 日本@名無史さん 2008/07/11 19:57:39
>>7
黒人には、支配するなんて発想じたいがあんまりないだろ。
帝国主義は、資源の乏しい北方遊牧民出身の卑しい白人に顕著な発想。
今のアフリカで殺し合いしてるのは白人がそういう発想を持ち込んだせい。
白人は病原菌で他民族を滅ぼすだけでなく、宣教師による文化破壊、帝国主義による経済支配でも他民族を破壊。
おいらは真っ平ごめん。
9: 日本@名無史さん 2008/07/12 14:46:01
ヨーロッパに支配される日本というのは想像できないな。
ロシアの植民地になったらパスポートなしでロシアにいけるんだよ。
なんか得した気分。アメリカでも同じ。
10: 日本@名無史さん 2008/07/12 18:00:01
アフリカ人は自由にイギリスへ行けたかね?
アメリカ原住民に選挙権はあったかね?
11: 日本@名無史さん 2008/07/12 18:09:07
マシュー・ペリー 目の前に地球を半周してきた男達がいるのに何も感じない、心が沸かないというのは情けない男のオバサンだ
12: 日本@名無史さん 2008/07/12 21:53:02
長崎出島を開港することにより為替レートが安定し、オランダ東インド会社との貿易量が増加、欧州株式市場と大阪の米相場もつながり経済が安定した。
 出島開港後の著しい貿易量の増加からわかる。船から進入してくるゴキブリ、ねずみもブロックでき検疫にも最適な方法だった。
外人の持ち込む麻薬(アヘン)も出島でくい止めることができた。
管理人より:出島の検疫についてはこちらに詳しく載ってますので、合わせてドウゾ。
15: 日本@名無史さん 2008/09/06 22:35:33
日本に何らかの重要な価値があるならば、鎖国しようとしまいと、侵略されていただろう。
鎖国してそれを保つことが出来たということは、その期間は鎖国してなくても独立を保つことが出来たのではないか?
とすれば日本自身がどう動いていたかが問題だ。
17: 日本@名無史さん 2008/09/07 03:30:05
日本が鎖国で失ったものは産業革命の成果だろう。19世紀後半に開国したんだから、英仏より100年遅れた。

 それまでに発明されたもののうち最大のものは蒸気機関だろうな。


 しかし、一から自力開発しなくても見本があったのは有利な点もあったかも知れない。
開国後、100年以上、必死に後追いしなければならなかったのも鎖国のせいだ。
20: 名無し募集中。。。 2008/09/09 08:43:15
大黒屋光太夫 >>17
せめて大黒屋光太夫帰国の頃あたりで
解禁すれば良かったのにね
21: 日本@名無史さん 2008/09/09 16:24:38
>>20 そのころ開国していたら日本は、カラフト、千島を領有していた可能性があるな。
樺太の天然資源を開発して、資源大国になっていたかも。
22: 日本@名無史さん 2008/09/09 17:51:54
>>21
樺太千島へは日本の版図が広がるかどうか、は鎖国と無縁。
すでに進出していたのであって。


>>20
ロシア相手に解禁にしても、そのロシア自体が大黒屋光太夫の十二年後まで来ないんですが?
23: 日本@名無史さん 2008/09/10 14:03:35
間宮林蔵 >>22 すでに進出とはロシアがか?
間宮林蔵が探検したころはまだ領有権は確定していなかっただろう。
対岸は清の役人がいて間宮と会談していたな。
25: 日本@名無史さん 2008/09/10 20:36:03
>>23
領有権が確定していないから、日本の進出は鎖国と無縁だったと言うことだ。
21の論法だと鎖国のため樺太千島に進出できなかったと言う意味に見える。
26: 日本@名無史さん 2008/09/11 00:21:59
>>25
領有権が確定していないから、日本の進出は鎖国と無縁だったと言うことだ。
・・・意味不明
28: 日本@名無史さん 2008/09/11 20:42:49
>>26
蝦夷地・樺太・千島には進出していた。
だから>>21のお考えは鎖国云々に関係ない。
29: 日本@名無史さん 2008/09/11 21:34:48
>>28 開国していれば欧米国際法をもっとよく知り、領有権を早めに主張していた可能性が高いと思うが。

 蝦夷地だけは早めに幕府直轄地にし、南千島の領有までやっていたのだから。
27: 日本@名無史さん 2008/09/11 12:46:01
江戸時代初期まで東南アジアにあった日本人町が存続していただろう
日系外国人がもっとたくさんいることになったんじゃないか
31: 日本@名無史さん 2008/09/13 02:58:25
ちょうど幕府の力が弱まったころに次々と外国船がやってきたなあ
偶然というべきか
もし100年くるのが早かったらまた違った展開になってただろう
32: 日本@名無史さん 2008/09/13 03:47:40
>>31 オランダが100年前から来ていたが商売第一だったしな。

 スペイン、ポルトガルは布教活動第一だし。
33: 日本@名無史さん 2008/09/13 10:28:47
ヨーロッパから船が来るようになったのはアヘン戦争以後だね。
偶然ではなく中国という壁があったからヨーロッパも日本まで手が回らなかったらしい。
34: 日本@名無史さん 2008/09/13 13:49:19
>>33 ポルトガルは南蛮時代、オランダはキリスト教弾圧以後に船で来日していたが。

 オランダ人と日本人が台湾で戦闘したりしていた。

 シナには東インド会社(ジャワ)からもっと早くに来ていただろう。


 ヨーロッパから来なくてもアジアの植民地から来ていたんだ。
近いところではフィリピン(スペイン領)、ジャワ(オランダ領)。
35: 日本@名無史さん 2008/09/13 13:53:14
>>33
シナという壁は東南アジアには全然役に立たず、シナ自体の防衛にも無力だったな。
36: 日本@名無史さん 2008/09/13 19:57:21
アメリカ大陸とオセアニアの領有ができなかった事は普通に失敗だと思う。
スペイン・ポルトガルに接触していて、日本は世界の動きを知っていた。
その上、日本は普通の国より自由な立場にあった。
明清は日本の脅威ではなかったし、日本はヤル気さえあればとれた。


世界史を学ぶと16世紀の日本で日本人同士の殺し合いをしていたのには普通に悲しくなる。
ローマ人ですら紀元前から世界征服をしていて、モンゴル人ですら13世紀に世界征服をしていたのに、日本人の世界の空気の読めなさには唖然とさせられる
19世紀の末期から帝国主義を始めるが、日本ってなんてアホなんだろうか・・・・と思ってしまう。

オセアニアをイギリスにとられたのが普通に悔しい
40: 日本@名無史さん 2008/09/14 03:28:16
>>36 西欧は15世紀にアメリカを発見し、世界一周もやったが、日本は東南アジアの日本人町が限度だったから、全然スケールが違っていたな。

 日本は海洋国家ではなかったのだからしょうがない。

 シナも東アフリカ周回が限度で華僑は東南アジアどまりだった。

 ポルトガルやオランダはヨーロッパから日本まで来たが、日本が西欧まで出かけたこともない。
42: 日本@名無史さん 2008/09/14 03:45:13
伊東マンショ >>40
伊東マンショ
43: 日本@名無史さん 2008/09/14 14:35:04
支倉常長 >>42 伊藤マンショや支倉常長の遣欧使節は、南蛮人の船に便乗していっただけだろう。

 日本はスペイン、ポルトガル、オランダのように国家が海外進出のスポンサーだったことがない。
37: 日本@名無史さん 2008/09/13 20:00:52
>日本はヤル気さえあればとれた。
やる気を出せるかどうか、それが一番難しいんだよ。
その時になれば、とか、やる気を出せば、なんて言っている奴で、何か素晴らしい実績をあげることが出来る奴なんていない。
52: 日本@名無史さん 2008/09/17 14:47:06
日本帝国ってかなりショボイよ

朝鮮という領有価値のないところを領有して、価値ありそうなのはせいぜい台湾程度
後は南洋の小さな島々ばかり

朝鮮なんて領有できてもぜんぜん自慢に思えない
台湾という僻地がとれてもぜんぜん誇りにできない
南洋の小さい島々を領有できても意味ないとしか思えない

その程度の帝国

ローマやイギリス、ロシアやオスマン帝国のような、歴史に残るような大帝国というイメージがない
唐清のような圧倒するような大国としての存在感がない

最大版図も三日天下で終了したし世界史を学ぶと唖然とする
ローマが征服地に数多くの遺跡を現在に残したのとは対象的に、なにも残さなかった日本は歴史に残るような帝国とは言いがたいな
ローマ+唐清は歴史の担い手というイメージがあるが、日本帝国にはそんなイメージがない
世界史で言えばパルティアかオーストリアハンガリー帝国並みの存在感
54: 日本@名無史さん 2008/09/17 18:06:20
>>52 対象的になにも残さなかった日本は歴史に残るような帝国とは言いがたいな

・・・東南アジア植民地独立という世界史の転換を残しているが。
その後、アフリカ植民地諸国の独立が続いた。

 台湾、朝鮮は旧植民地としては例外的な経済発展している(北鮮を除く)。

 人口に比較すればアジアではシナ、インド以上の存在感をもっている。
55: 日本@名無史さん 2008/09/17 21:07:28
鎖国してたから白人どもがこなくてすんだ。
鎖国してたから、商業が発達し寺子屋が1万5000もでき、飛脚制度で速達にも対応し商売の税金はなし、農民は毎年大名側と年貢の話し合いが出来る。これさえも農民一揆としてカウントする学者がいる。
56: 日本@名無史さん 2008/09/17 21:12:21
なぜなら白人が封建社会は悲惨なもので白人が産業革命以後アジアの猿どもにあらゆる制度を教えてやったと思ってるから。
実は日本にはほとんどそろっていて明治以降ヨーロッパ風に組み替えればいいだけだった。
ヨーロッパのあの人間扱いされない農民の社会と比べる事が間違い。
57: 日本@名無史さん 2008/09/17 21:17:25
日本やアジアは食い物に恵まれていて文化も発達してたので飢饉の時以外は食って行けたし開国も必要なかったし、ましてや革命なんて必要がなかった。
むしろ奴等がやってきてからインドや中国の商業が目茶苦茶にされインドの農民なんかただの小作人にされた。
58: 日本@名無史さん 2008/09/17 21:23:29
日本には江戸時代に銀行もあって預金もできたし利息もついた。むしろヨーロッパのほうがあらゆるものができたのがおそい。しかもとんでもない搾取社会だから農民がはい上がるなんて無理。領主はアジアの陶磁器などを買う為に白人女狩りをやって中東やチュニジアに売っていた。
68: 日本@名無史さん 2008/09/20 18:26:14
鎖国により阿片の流入を出島で防いだ。
75: 日本@名無史さん 2008/09/29 12:19:35
16世紀から17世紀初めにおいては世界最大の軍事大国だったろ?
当時の世界の火縄銃の半分が関が原にあった、ってくらいなんだから


それだけの超強力な軍事力を島国に封じ込めて腐らせた徳川家の罪は重いよ
77: 日本@名無史さん 2008/10/04 16:22:56
アメリカによって開国させられたせいで、力が正義という考え方が前提になり、以降は対外戦争の歴史になったのは承知の通り。

もしもロシアによって開国させられていたら、対露交渉は実際に外交交渉によって積み重ねられてるので、武力より外交戦術によるしたたかさを身に付けたかもしれない。
ロシアが出てきたら占領されて……という歴史観はあるけど、実際のロシアは当時日本領ではない蝦夷地(北海道)どころか樺太すら占領していない。
理由はすでに日本人が住んでいたから。
不凍港として箱館(函館)が欲しくて堪らなかったのに。
ロシアは中韓と違い、日本をかなりの文明国と見做していたため、アメリかと先に不平等条約を結ばなかったら、対等な条約を結ぶつもりだったらしい。
となれば不平等条約を直すために武力が要る、富国強兵だという流れはなくなるだろうな。
78: 日本@名無史さん 2008/10/10 00:27:34
>アメリカによって開国させられたせいで、力が正義という考え方が前提になり、
いつの時代だって力は正義だろJK

>もしもロシアによって開国させられていたら、
同じ同じ。
79: 日本@名無史さん 2008/10/13 16:13:18
「自ら開国する」という選択肢が浮かばないのが日本人
96: 日本@名無史さん 2008/10/28 08:25:52
江戸時代は、「お米」を基礎とした農業主導の財政を支配階級が作り上げました。
戦国時代の貨幣流通が中途半端だったため、お米の方が信用価値が高かったという証拠なのでしょう。

おかげで大坂の先物取引市場など、先進的な農作物取引が世界に先駆けて行われています。
しかし、全体として見た場合、進んだ租税制度とはいえません。
農業技術の進展を考慮しない硬直した租税制度のため、武士の没落を早め幕府崩壊の原因の一つとすらえいます。
もちろん、歴史において様々なファクターが重なり合って、江戸時代の税制が作られたのですが。
租税徴収を当初お米のみとした原因は、室町時代の「鐚(びた)」という言葉に代表される悪銭(明からの輸入銅銭が数百年の年月で劣化したものや、国内鋳造の粗悪な通貨)の弊害からの脱却が原因の一つでした。
しかも日本自身での貨幣鋳造力はありません。ついでに、当時の日本経済を完全に満たすほどの金銀銅は産出されていません。
また、日本全体の商業経済が発展していなかったのも大きな原因の一つです。
107: 日本@名無史さん 2008/11/04 13:07:20
>>96
>しかも日本自身での貨幣鋳造力はありません。
寛永銭
アジア全域で使われたろ


>当時の日本経済を完全に満たすほどの金銀銅は産出されていません。
>また、日本全体の商業経済が発展していなかったのも大きな原因の一つです。
貴金属の輸出しまくってたろ何言ってんの
戦国期商業の発展は室町以降だろ
105: 日本@名無史さん 2008/10/31 10:21:30
1870年に当時、世界の金融業における中心地であった英国・ロンドンで公債の買取り人を募集した。そのときの金利は9%であった。
これは当時の外債市場においてもこれは高い金利であった。
以下に当時の外債市場の金利を示す。
1870年におけるロンドンでの外国債の発行状況(単位百万ポンド)(>>2クーポン 発行価格 発行金利 発行額
アルゼンチン 6 88 6.8 1
チリ 5 83 6.0 1
エジプト 7 78.5 8.9 7
フランス 6 85 7.1 10
ホンジュラス 10 80 12.5 2.5
日本 9 98 9.2 1
ペルー 6 81.25 7.4 11.9
ルーマニア 7 86 8.1 0.4 ロシア 5 80 6.3 12
スペイン 5 80 6.3 2.3
トルコ 6 60.5 9.9 22

外債は金利9%以外にも担保として関税収入と今後3~5年間に建設する3つの路線からの鉄道純益が充当された。
この発行条件は高い金利、短い債還期間、抵当といった点で半植民地的条件であった。
不平等条約において制限されている関税収入すら担保にしなければ成らないところに日本の信用のなさが現れている。
なお1870年代における英国のコンソル公債の利子率は約3.2%であった。
106: 日本@名無史さん 2008/10/31 10:26:47
>>105の末路が江戸時代鎖国の弊害だ。
外国から借金や借款。

外国資本導入したくても当時の日本には信頼性が全然無い国内資本不足に国内産業の未熟、更に中世封建制の弊害……。
70: 日本@名無史さん 2008/09/21 00:18:16
それまでの日本人と違って、根暗になったのは事実だな。
72: 日本@名無史さん 2008/09/21 13:09:06
>>70
戦国時代を続けるのがネアカなのか?

ペリーの画像出すと「開国しぃてくださァいよぉ~」の例のアレが頭に浮かんで仕方ないですね。笑


割りと適当なこと吹いてるのもチラホラという感じですが、世界史における日本の地理的特性というのは、実に素晴らしいと言わざるを得ないですね。

島国であるおかげで中国からの進出を慢性的に防げたし、さりとてハワイほど孤島ではないので、古代中国の進んだ文化の上澄みだけを拝借できたし。
ユーラシア大陸の反対側にあったおかげで、ヨーロッパの進出は遅れたし、中国が壁になったわけではないけど、まず中国という市場の開拓に時間を取られたことは間違いないです。アヘン戦争もあったし。
日本は目と鼻の先で繰り広げられる惨状に対して、あらかじめ心の準備をすることができた側面もあるでしょう。

またアメリカはヨーロッパより近かったし、アジア進出の遅れを焦っていたとはいえ、日本を領有する気があまりなかったのも運が良かったですね。
日本を足がかりにして、中国進出を狙ってたんでしょうが、その後運悪く南北戦争の勃発で、アジア方面が半放置になったも良かった。
ロシアが先に来てたら?ロシアを甘く見過ぎですねー。ロシアの不凍港は、ヨーロッパ方面にあることが重要だったので、アジア方面の不凍港はさほど重要ではなかったと思います。中国へは陸続きだし…。

なんか開国したら、即座に国際社会の仲間入りして、近代化が始まるみたいな書き方してるひといますけど、そうはならなかったんじゃないかなーと。
江戸幕府誕生後、300年近く熟成された平和な時代があってこその、急速な富国強兵だったのかなと。
日本は変化していく世界情勢についていこうとして、その場その場で様々な決断を迫られ、中には間違えたこともあるでしょうけど、「非白人国家」として、できることを精一杯やったんだろうと思うんですよね。
後になって、現代的な視点から、あれこれ先人達に文句言うのはフェアじゃない気がします。

ご覧のドクターの皆さんはいかがでしょう?

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ポルトガル語には「Biombo(ビョンボ)」という単語があって、これは日本語の「屏風」から来ているんですが、なんと現代のビョンボ・アーティストもいるんだそうですよ。ビックリ!
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    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.10.22 18:10
    ペリー来航による開国について

    佐藤賢一著「ペリー」を読んでみるのも
    面白いと思います。

    勿論、小説なので史実ではありませんが
    佐藤さんらしい綿密な資料などの上に立っている小説ですので
    参考にするに相応しく思います。

    またペリー目線での話が進みますので
    「外から見た日本」もまた興味深い記述です。

    学校で学んだ時は
    ペリー来航についてどの航路来たか何も教えられず


    単純に一番近い太平洋横断くらいに
    思っていましたが

    アメリカ東海岸から大西洋、喜望峰を回り
    インド洋を回り
    中国で足止めされつつ
    漸く日本にたどり着いています。
    • ほぉー、ペリー視点っていうのはけっこう新鮮な気がしますね。
      東洋の島国にたどり着いて、チョンマゲのお侍さんを見たペリーがどんなことを感じたのか、ちょっとおもしろそうですね!
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