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最強の剣豪は誰だ! @ [日本史板]


最強の剣豪は誰だ!
1: 日本@名無史さん 2010/06/14 18:37:51
日本には、ただなる剣豪か存在します、

その中で最強は誰か?を決めたいと思います、
 
宮本武蔵、堀部安兵衛、沖田総司、柳生十兵衛、伊東一刀斉
樋口定勝、柳生兵庫之助、永倉新八、斎藤一、岡田以蔵、千葉定吉
清水一角、佐々木小次郎、芹沢鴨、歴代の剣豪は、まだまだ居ます
 
対決の決め事として  刀 槍 薙刀 鎖鎌 手裏剣 の 五つの
 
勝負とさせて頂きます、「武士、浪人、忍者、誰でも構いません」、
 
こいつが一番強いと思う人を一名上げて、その思いをぶつけて語って下さい、

↓どうぞ
9: 日本@名無史さん 2010/06/15 01:46:06
>>2
鹿島の英雄塚原卜伝に1票

しかし司馬遼太郎に言わせると剣豪・武芸者なんてえものは
男芸人のようなもの、らしい
義経、信長・・・・合戦の采配の上手さこそオトコの価値
3: 日本@名無史さん 2010/06/14 20:58:29
永倉新八、斎藤一、岡田以蔵、芹沢鴨

除外
4: 日本@名無史さん 2010/06/14 21:48:16
新撰組は強かったかも知れないけど
一対一じゃないんだろ?
5: 日本@名無史さん 2010/06/14 21:51:47
新撰組なんかより
まだ山岡鉄舟やら中村半次郎のほうが上じゃね?
6: 日本@名無史さん 2010/06/14 21:58:38
坂本龍馬も最強剣豪の候補じゃないの?
11: 日本@名無史さん 2010/06/15 14:20:04
松林蝙也斎。相手の刀の上に乗っちゃうんだろ。凄すぎるw
松林蝙也斎 (Wikipedia) 松林 蝙也斎(まつばやし へんやさい)は、安土桃山時代から江戸時代初期の剣術家。諱は永吉(ながよし)。夢想願流の創始者。 (中略) 相手の太刀の棟に飛び乗り宙を舞うなどの奥義を披露し(夢想願流の極意には、「足譚」(そくたん)という相手の太刀を足で踏み落とす術があるとされる)、家光は「身の軽きこと蝙蝠の如し」とその技量を讃えたという。これを誉れとした永吉は以後は蝙也斎と号した。
13: 日本@名無史さん 2010/06/16 01:16:13
本当に最強は、おそらく足利義輝。
15: 日本@名無史さん 2010/06/16 16:27:50
武蔵に負けた佐々木小次郎は脱落だろ
16: 日本@名無史さん 2010/06/30 18:58:17
上泉



終了
管理人より:「上泉」→上泉伊勢守信綱のこと。
18: 日本@名無史さん 2010/06/30 21:53:19
小田切夕雲斎だろうな
24: 日本@名無史さん 2010/07/02 19:02:56
海上物語と二天記では権之助は武蔵に遊ばれて完封された事になっていて、描写はいかにも小説風味って感じだが、
誇張を抜きにしても神道夢想流にもその伝承があるのだから、本当に戦っていたとしたら実際に実力差はあったんだろう
高田又兵衛との勝負は、自分の流祖に印象よく書くだろうから記述が分かれるのは当たり前だけど、どちらの記述を見ても、せいぜい腕比べの試合という感じ
ガチの真剣勝負では無かったんだろう

しかし、権之助が武蔵と再戦したって話は、些か出来過ぎじゃないのかね
そもそも一回目自体、武公伝に無いから本当に戦ったかは断定できんし、武蔵は後半生は大名や武家と癒着していて、そうそう立ち合いが出来たとも思えん
管理人より:「権之助」→夢想権之助のこと。
25: 日本@名無史さん 2010/07/02 22:26:36
刀 槍 薙刀 鎖鎌 手裏剣の五つの勝負って事は、武蔵と兵庫が二強じゃないの
武蔵は手裏剣・薙刀の達人で、兵庫も新当流の槍・長刀を学んだ
管理人より:「兵庫」→柳生利厳(兵庫助)のこと。
26: 日本@名無史さん 2010/07/03 22:22:44
たぶん1000人切りの米長邦雄
管理人より:米長邦雄は将棋の棋士ですw 若い頃はすごくモテたとか。昨年亡くなりました。
28: 日本@名無史さん 2010/07/04 21:33:40
武蔵はどういう系統の長刀を習ったのかな?
31: 日本@名無史さん 2010/07/04 23:06:10
>>28
判れば苦労しねえ。
武蔵自身「俺には師匠は居ない」って言ってるから、そもそも剣術も何処で修行したのかわからんし
一番ありそうなのは当理流経由だけど
29: 日本@名無史さん 2010/07/04 22:46:49
上泉信綱が最強だと思う。
34: 日本@名無史さん 2010/07/04 23:54:16
実際あれだけ多くの流派の祖となり、
実績もあり、そして逸話からして剣の悟りを開いていると言えるし、
上泉を越えてる人物はそうはいないんじゃ無いかな。
あと戦国武将としての能力も高いし。
36: 日本@名無史さん 2010/07/05 00:27:21
>>34
悟り開いたとか剣禅がどうとか、そういう話は上泉にかぎらず、色んな人間にある気がするけど
つーか物凄く抽象的な問題だろ、それ
小笠原先生に言わせると自分より前の人間の剣法は皆「畜生の剣」だし
37: 日本@名無史さん 2010/07/05 00:30:29
ま、上泉の位が高い事は否定せんけどね
38: 日本@名無史さん 2010/07/05 02:43:01
まあ宗矩が関が原の時に一族挙げた諜報活動で頑張ったからこそ新陰流流行ったわけだが
もちろん各地で受け継がれていっただろうが、中央の主流にはなれなかったろう
まあ仮に廃れたとしても、信綱の技量とは関係の無い話だが
管理人より:「宗矩」→柳生宗矩のこと。
39: 日本@名無史さん 2010/07/05 06:39:04
こういうのは、誰が最強って言うのは難しいけど、
少なくとも一番のグループに上泉信綱はいるだろうな。
最強かどうかはともかく、明確に上泉信綱より強いと言える剣豪はいないと思う。
同じくらいの強さと言える人はいるけど。
40: 日本@名無史さん 2010/07/05 08:36:32
『一刀流極意』によると一刀斎は塚原卜伝にも上泉伊勢守にも勝っているから
一刀斎が最強の剣豪だろう。
管理人より:「一刀斎」→伊東一刀斎のこと。
42: 日本@名無史さん 2010/07/05 17:20:33
小野さんは宗矩や十兵衛をコテンパンに叩きのめしている。
新陰と一刀流どちらが強いかは言うまでもない。
管理人より:「小野さん」→小野忠明(神子上典膳)のこと。一刀斎の弟子。
管理人より:「十兵衛」→柳生三厳(十兵衛)のこと。
47: 日本@名無史さん 2010/07/05 22:12:05
>小野さんは宗矩や十兵衛をコテンパンに叩きのめしている。
剣豪の伝記の中でも最も信憑性に乏しい部類の一刀流三祖伝以外にソースあんの?
48: 日本@名無史さん 2010/07/05 22:53:48
二天記とか信じてるヤツが一刀流に辛いってダブスタだろ。

武蔵は小野さんを避けてるから小野さんが最強だな。
51: 日本@名無史さん 2010/07/05 23:15:55
>>48
二天記信じてる奴とか何処に居んの?
まあ二天記は傍証できる史料の少ない伝記だけど、
一刀流三祖伝は傍証史料が皆無な上に徳川実記に真っ向から矛盾する伝記だからw
『一刀流極意』なんて与太本はそれ以前の問題
69: 日本@名無史さん 2010/07/08 22:32:39
>小野さんは十兵衛をコテンパンに叩きのめしている。
小野さんが閉門になったのって、確か1614か15年だっけ。
十兵衛が生まれたのが1607年、だからこの時で7歳か8歳か。
13の時に家光の小姓として出仕しているから、時期的これ以降立ち合うのは状況的に不可能。
すると小野さんは10歳そこらか、あるいはそれに満たない少年の所に押しかけに行って、しばき倒して「柳生、恐るに足らず!」なんてやってたわけか

さすが小野さん、パネエね~
49: 日本@名無史さん 2010/07/05 23:02:10
“小野さん”って
なんだか身近なおじさんっぽいねw
43: 日本@名無史さん 2010/07/05 18:27:01
虎眼流とかどう?
流祖の内藤虎眼は柳生宗則にも勝った事のある猛者だ。
50: 日本@名無史さん 2010/07/05 23:03:59
どうやら一刀流最強で結論が出たな。
54: 日本@名無史さん 2010/07/05 23:38:34
一刀流一刀流言ってるけど、
小次郎の名前が出てるし、中条流系と言った方が良いんじゃないの
56: 日本@名無史さん 2010/07/05 23:42:30
一刀斎があの富田一放を倒していることから一刀流は
中条・富田流系でも最強と思われる。
60: 日本@名無史さん 2010/07/05 23:53:44
『武芸小伝』
有馬喜兵衛
有馬喜兵衛は松本備前守政信にしたがって刀槍の術に達した。
63: 日本@名無史さん 2010/07/06 00:17:37
>>60
実際に有馬豊前守の一族出身だったら、素性がはっきりしないどころか超エリートだよね
62: 日本@名無史さん 2010/07/06 00:05:14
小次郎がガン流という流派の師範で、豊前ではでかい勢力だったんだろうと言うのは沼田家記から推察できるが、
実は中条流だったかどうかは確定出来ないんだよな
二天記の記述と、図説古武道史に所収されてる自斎が「佐々木小次郎」に宛てた中条流の伝書からその可能性が高いと言うだけで
後者が真筆であれば中条流系で確定なわけだが
64: 日本@名無史さん 2010/07/06 20:30:30
有馬喜兵衛「グアアアア」
有馬大和守乾信「喜兵衛がやられたようだな…」
有馬豊前守満秋「ククク…奴は有馬流の中でも最弱…」
徳川家康「小童ごときに負けるとは有馬流の面汚しよ…」
66: 日本@名無史さん 2010/07/07 13:08:35
しかも五法の太刀を頂いてるから鐘巻門下としとは一刀斎と同格
67: 日本@名無史さん 2010/07/07 16:40:08
卜伝、上泉に勝利した一刀斉と同格の小次郎に完勝した武蔵が結局最強か。

客観的な指標に基づいているのでこれはもう覆しようがない。
71: 日本@名無史さん 2010/07/08 23:05:16
年齢的にいうと十代の一刀斎がもうすぐ死ぬ卜伝のところに押しかけていって勝った計算だ。
さすが>>69の師匠だけはあるな。
76: 日本@名無史さん 2010/07/10 15:49:23
>>71
塚原卜伝伝説

元亀2年、常陸の国鹿島で死亡を確認される。享年八十三。
慶長末年頃、某山中で庵を編んで隠棲しているところを確認される。宮本武蔵相手に鍋のふたで圧勝。推定年齢当時百二十。
元和年間、琵琶湖の渡し舟に乗っているところを目撃される。無手勝流に流儀名を変更。推定年齢当時百三十。
寛永年間、江戸に出現。ぼけちゃったのか柳生宗矩に「心が下手だ」とたしなめられる。推定年齢当時百四十。
70: 日本@名無史さん 2010/07/08 22:42:32
卜伝、上泉と一刀斉って勝負してない気がするんだが。
72: 日本@名無史さん 2010/07/08 23:38:41
まあ一刀流開祖でありながら上泉、ト伝の影に隠れた一刀斎
同じ将軍家指南役でありながら宗矩の方にばかり光が当たり、民衆人気は武蔵一人に持っていかれてしまった小野さん
知名度の点でいつも二番手、三番手に甘んじていた一刀流系門人の、潜在的な劣等感ってのは有ったんだと思う。
柳生に勝った、武蔵に勝った、という逸話を一刀流の弟子が作っても、一刀斎に勝った、小野さんに勝った、という逸話は武蔵や柳生の弟子達は作らなかった事が、その辺の心情を物語っているんでは
73: 日本@名無史さん 2010/07/10 01:40:15
しかし、柳生宗矩にも、挑戦してきた剣士に猿を立ち会わせたとか、
塚原卜伝を「心が下手だ」とたしなめた、なんてうそくさい逸話が
あるわけだし。
武蔵については、それこそ。
要するにどの流派もボスを持ち上げるのには余念がなかったってだけの
話でしょ。
74: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2010/07/10 15:43:15
ト伝って梶原長門と落合虎衛門以外に具体的に誰と戦ってんの?
75: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2010/07/10 15:46:09
あとは宮本武蔵を鍋蓋で封じこめ、柳生宗矩に門前払いされたエピソードくらいだな。
84: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2010/07/10 19:35:14
まあ文献批判をした上で、確実と考えられる試合や合戦での働きの比較、流派の特性や利点の比較、後代に与えた影響の
大きさ、体格などの個人的資質、武器の特性や有利性、後代の識者による論述・評判とか、論点はそこそこあるけど、これだ
と一般的な歴史以外の武術的な知識がいるからねえ。

個人的には竹刀試合しか経験のないもの、介者剣術のみの経験者は除外だと思う。
100: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2010/07/10 23:34:20
>>84
全日本体道連盟の瀧元誠樹先生は、自身の論文や講義などでたびたび宮本武蔵や五輪書を武術的な観点から肯定的に取り上げているね
まだ四十そこそこだったはずだが、この人は達人だよ。
武術と身体運動に非常に造詣の深い氏が言うのだから、宮本武蔵名人説は信用できる
101: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2010/07/10 23:51:43
>>100
武蔵は強かったと思いますよ。第一に当時としては抜群の体格の理があるし、勝負の回数も多かったようです。また「運」というもの
を勝負を左右する大きな要素と捉えている節があるけど、これは謙虚な姿勢だと思います。ただし二刀の技は普通の人には学びが
たいでしょうね。
110: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2010/07/11 01:03:12
・・・ただ剣というのは個人を高めるものという側面が強いと思うので、ある程度のところまでいくと、禅とか兵法とか政治とかに
興味が移っていくんじゃないんですかね。実際に身体は若いころの動きはできなくなるだろうし。・・・仏教が小乗から大乗に移
行していくような感じで。
131: 日本@名無史さん 2010/07/14 00:27:44
首切り茂吉と言う農民がいた。
17歳から戦場で戦い、57歳までの間に40数度の闘いに出て居る。
首を切る時には鎌を使っていたという
稲を刈るがごとく首を刈る姿から「首刈り茂吉」と言われていた。
その強さから高禄で召し抱えたいと申し出た織田信長を前に、あさりと断り、年貢を免除して貰いたいと願い出た。
自分の申し出を断られ激怒した信長は斬りかかるも、茂吉は「やるならやんぞ!!」と怒鳴りあげ信長を震え上がらせたと言われている。
その後信長の領地で唯一年貢を免除された男として首刈り茂吉は有名である。
かの秀吉も茂吉を召し抱えようとするも「秋だし狩ろうかな」と言われて引き下がったと言われている。
茂吉が刈った首は100を超えていたと言う。
一体人知れずこの男はどれだけの戦功をあげていたのだろうかと武士達の間では伝説的な農民であった。
57歳の時、ついに茂吉は関ヶ原にて討ち死にした
銃弾が頭に当たり即死だったという。 
40数度の戦に出て、生き延びた首刈り茂吉。有名ではないがまさに最強であり多数の戦をした男であり
その武勇伝説は現代にまで伝わっているのである。



民明書房刊 ~乱世のつわもの達~ より
132: 日本@名無史さん 2010/07/14 03:04:00
茂吉凄いなw
最強は茂吉で決まりだな

ロマン溢れるスレでしたね。
けっこう強かったであろう、疋田文吾とか、吉岡拳法とかひとつも出てこなかったけど、まさか蝙也斎の名前をここで見るとは…。笑
管理人的にはやはりスレでもかなり出てた塚原卜伝、上泉伊勢守このふたりのうちどちらかかな、と思います。
塚原卜伝は木刀で大岩をまっぷたつにしたり、上泉伊勢守は、甥の疋田文吾の額に、水で貼りつけた半紙を、居合いで「半紙だけ」切り落としたとか、なかなか人間離れした伝説があります。

元スレ:http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1276508271/

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    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.11.2 12:36
    桂小五郎は一人も切らなかったけど剣士としては沖田とかより数段上なんだよな
    • へぇー!そうなんですか?
      沖田総司っていうと、天然理心流でしたっけ。
      桂小五郎は今調べたら柳生新陰流ですね。こりゃ強そうだ…。
    • ※3 : hage
    • 2015.3.20 18:59
    坂本龍馬は真っ赤なウソだけど桂と武市はガチの江戸三大道場の塾頭だしな

    まぁ桂は長州藩上士だからそれで祭り上げられたのもあるとは思うが
    刺客に追われながら生き延びて大事を成し遂げてるしなんだかんだ図抜けてるよな
    • ※4 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2015.5.18 23:35
    たしか司馬遼太郎の燃えよ剣で合戦とかじゃなくてルーティンワーク的に
    毎日人(しかも道場で一応剣術習った志士)切ってた新撰組は
    最強の人斬り軍団と書いてあって、
    確かになーと思ってしまった。
    戦国時代の剣豪って、合戦以外じゃ早々人斬る機会ないだろうし。
  1. 桂さんすごいなー。さすが柳生剣法。
    そういえば、塚原卜伝なんかは、戦場でも鬼のように強かったと言われていますよね!
    武蔵はそうでもなかったのかな。
    • ※6 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2015.9.22 15:20
    ルパン3世の石川五ェ衛門だろwww
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