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なぜ日本以外のアジア諸国は次々と植民地にされたの? @ [日本史板]


なぜ日本以外のアジア諸国は次々と植民地にされたの @ [日本史板]
1: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/11(日) 08:40:37.74
特にアジアの島国は全部植民地にされたけど、当時の船で運べる人員や武器から考えて軍事的にも大したことのないヨーロッパ人に、なぜつぎつぎと植民地にされたんだろう

どうして日本は植民地にされなかったのだろう
3: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/11(日) 09:20:42.49
簡単さ
武器、特に火力
銃と砲
モテる側と持たざる側

日本の場合は、目をつけた時はすでに、世界一の銃保有国になっていた
迂闊に手を出したら、全滅
当時、先駆けて間諜まがいのバテレンによる各種報告でも、こりゃまずいと、思われた
4: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/12(月) 07:42:56.38
>>1
冷戦時代の中東紛争(イラン/イラク・イスラエル/パレスチナ・アフガン・シリア)が、すべて米ソによる資源獲得の代理戦争だったように、各国の【内部対立】が、石炭/石油など【資源獲得競争】にしのぎを削っていた欧米列強同士の【代理戦争】に利用されたから。
手口としては、「体制に虐げられている弱者を人道支援するため」と称して反体制側に最新鋭の武器を与えて体制を倒させ、その見返りとして統治に不慣れな元反体制の新政府を乗っ取る(政治経済顧問を送り込む)のが定石。


インド:ヒンズー教徒vs仏教徒vsイスラム教徒 
中国:漢(農耕)民族vs満州(騎馬)民族…満漢全席は秦の始皇帝時代から犬猿の仲の両民族を統合した清朝を象徴する宮廷料理
日本:徳川vs薩長…明治維新→日清/日露戦争(明治帝)→太平洋戦争(昭和帝)→アメリカの植民地

16世紀スペイン/ポルトガル→17世紀イギリス/オランダ→18世紀フランス/ロシアも基本的に同じだが、スペイン統治下で南米の文明が次々に滅びていったのも、おそらく内部対立を煽られたからだろう。
5: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/12(月) 23:43:20.83
日本は武器を持った軍事国家だったから侵略されなかったとして、当時の船で運べる人員や武器から考えて軍事的にも大したことのないヨーロッパ人に、アジア諸国はなぜ植民地にされたの?

100人の銃を持つ兵士がいてとして、祖国を守る地元民数万人で攻めれば、剣や弓矢でも勝てるはずなのに
6: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/13(火) 07:49:30.86
>>5
確かに100人なら押し切れるかもしれないな。けど1000人なら?
剣と弓矢で武装した5万人のうち、銃兵1000人から撃たれて何人逃げずに戦うだろうか。ましてそこに突っ込めと言われて突っ込む兵は居るだろうか。
7: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/14(水) 08:41:55.48
日本人なら自分たちが暮らす祖国を防衛するんだから、銃兵が1000人でも余裕で立ち向かうわ
5万人で囲めば必勝だと思うがな

とうじの銃なんて連射出来ない代物だったし、かまえ、ねらえ、撃てーってやって、そうそう当たるものではない
狙撃ならば自分のタイミングで行うもの
号令で撃つものではない
だが、当時は号令で一斉射撃してた
それは精度に問題があり狙っても当たらなかったから、銃は相手をひるませたり脅かすことが目的だった
ビビらせて降参させる作戦

だから戦えば数で圧倒して地元民が勝ててたはずなんだけどな
9: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/15(木) 08:06:10.83
>>7
祖国防衛だろうがなんだろうが、訓練されていなければ逃げるよ
銃弾飛び交う戦場に留まって戦える兵士はそれだけで精兵
11: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/16(金) 10:55:52.00
中南米では、インディオが白人を神だと思ったから、他の地域では、組織的反撃が出来ていなかった
また土人は銃の威力や轟音にもビビったが、砲の凄まじさは反撃の気力を奪い去るに十分であった
南米では、馬も初めて見たのではないだろうか?
管理人より:中南米では家畜化できる動物が少なかったことから、そうした動物の持つ病原体への抵抗力が現地人になく、ヨーロッパ人の持ち込んだ梅毒他の病原菌で、なんと8割~9割の現地人が亡くなったそうですね。火薬や鉄砲云々もそうだし、白人を神と勘違いした云々も事実ですが、こっちのがよっぽどヒドイと言わざるを得ない。
6.6追記:コメ欄でご指摘いただき、よく考えたら梅毒は逆輸入でした。家畜由来じゃないし…。どうも失礼しました。
「天然痘他」ですね。
12: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/17(土) 19:48:21.23
相手が銃をもって、こちらは弓
そして、だだっ広い草原でってなら絶望的かもしれんが、山野や建物、火を使えば何とかならんもんなんかね?
15: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/18(日) 17:28:32.67
>>12
長英戦争を見よ
あれだけ多くのサムライがいても、英国のわずかばかりの水兵に、コテンパンにやられてしまっただろ
改心して、早くみとめろ
下関戦争 (Wikipedia) フランス海軍陸戦隊によって占拠された長府の前田砲台
下関戦争(しものせきせんそう)は、幕末に長州藩と、イギリス・フランス・オランダ・アメリカの列強四国との間に起きた、文久3年(1863年)と同4年(1864年)の前後二回にわたる攘夷思想に基づく武力衝突事件。
16: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/18(日) 22:08:08.98
アホか
日本は植民地にされてないだろ
それに対してアジア諸国の国や都市が占領されたり支配されたのはなぜかってスレ
17: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/18(日) 22:33:30.92
>>16
幕末から明治にかけて日本国内各所に置かれた租借地は、それらアジア各国に置かれた植民地と同じものだよ
19世紀も半ば以降になって始まる、(フランスの西アフリカ植民地の様な)占領型の植民地はともかく、それ以前の、例えばインドなんかは、既存の権力機構を乗っとれたかどうかの際と言ってもいいかもな

乗っとれなかった日本や清は、面として植民地化はされなかった
10: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/15(木) 21:10:23.56
南蛮人の時代には、インドや中国のような土地では商売相手としていくつかの都市を支配していただけ。
面で支配できたのは、アフリカやフィリピンやインドネシアのような国家の体をなしていない地域のみ。
その後は商業を握った優位性によって国家への侵略が始まるけど。
18: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/19(月) 01:34:32.42
なんか事実のように語られてるが日本が世界一の銃保有はちょっと・・・
テルジオ編成のスペインやらイニチェリのオスマンやらと比較されると明らかに無理な気が。他の国と比べてもどうなんだろうなぁ。


大航海時代のスペインが占領出来たところはまさに「植民」と言って良いぐらいなんだよね。東南アジアあたりとか。
政府的なものがほぼ無いに等しい。そりゃ植民地にもなりますわ。
切り取ったインカとかも鉄器時代にすらなってない。馬も使ってないんだぜ。軍事だけで見れば2000年ぐらい遅れてる。
20: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/19(月) 10:46:45.27
>>18
スペインと東南アジアて、フィリピンくらいしかないわけだけど……
21: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/19(月) 13:50:58.77
>>20
つかアメリカ大陸以外でスペインが取ったところってほぼそこしかないって言う
23: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/20(火) 09:19:54.05
20-21
あほかスペインから見れば 、占領しただけで立派
スペイン人数百人が船で来て一国を占領支配とかすごい話だわ


逆に数で圧倒してるはずのフィリピン人はなんで支配されたのか
支配される方が以前より高度な生活水準にあがるとか、そういう理由がないと理解できん
数百人の外国人に土地を奪われ虐げられて搾取されるなら、皆で命がけで大暴れしないものかね
管理人より:1898年、米西戦争でアメリカに負けて以降は、フィリピンはアメリカの植民地に。
22: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/19(月) 23:50:39.89
確かフィリピンにいたスペインの軍人さんが
フィリピンとか超余裕、でも日本、あいつらマジやべぇ。攻めてこられたら瞬殺確定
みたいな事を本国に送ってたらしいよ
24: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/20(火) 22:58:58.85
フィリピンは多民族社会でまとまりがなかったからかな
25: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/21(水) 15:57:41.28
日本は戦国で誰が天下とるか分からなかったし
インカみたいな絶対権力者はいないし
(天皇のことくらいは調べただろうけど当時の天皇に力がないこともあるし)

結局武力で日本倒すのはあまり現実的ではない
なら鉄砲とか売って交易して儲けながら権力争い様子見するほうが得策。


したら江戸幕府が出来たら交流すら禁じられました、というオチに。
49: 日本@名無史さん 投稿日:2013/10/21(月) 21:44:06.78
中国(香港)が植民地になったのは日本にとっては想定外だったろうな。あんなに大きな国が?っていう。
中国は中原を中心とした中央集権制で、地方まで守りが効いてなかったんだろう。
50: 日本@名無史さん 投稿日:2013/12/10(火) 01:43:03.49
キリスト教より鉄砲が先に伝来したのがラッキーといえばラッキー
51: 日本@名無史さん 投稿日:2013/12/10(火) 05:38:03.17
朝鮮は日本が併合したに過ぎないし、清-中華民国は「半」植民地化されただけ
世界の列強になった日本軍を引き付ける程度の軍事力は有している

タイは緩衝地帯として独立を保っている
日本は緩衝地帯、政治的統合どちらもあり占領コストのほうがかかるので植民地にしなかっただけ
52: 日本@名無史さん 投稿日:2013/12/10(火) 09:07:12.43
航路沿いにヨーロッパに近かったから

日本も危なかったけど本格的に侵略される以前にどんな連中でどんな手口使うか分かっていたから辛うじて助かった
53: 日本@名無史さん 投稿日:2013/12/11(水) 19:16:56.64
国としてまとまりがあったからだろうね。
戦国時代でも、争ってはいるけど文化は共通で文字もあれば流通もあった。

戦国大名が陣取り合戦してるくらいだから、入り込む余地はない。

でも、キリスト教を禁止したことが大きい気がする。
もし大名の多くがキリスト教徒になり、それらが領地を法王に献上していたら、
そんでキリスト教の神様のために戦ったとしたら。
今頃は南米のようになってたかも。

単なる宗教の布教でなく、植民地支配という言葉はなかったかも知れないが、その意味に気がついたんだろうね。
54: 日本@名無史さん 投稿日:2013/12/17(火) 08:21:48.28
清、朝鮮、日本の3か国については「西洋列強の」植民地になる可能性は皆無だった。
タイですら独立を守ってるのに、そんなホルホルするようなことじゃない。
55: 日本@名無史さん 投稿日:2013/12/17(火) 23:49:55.61
>>54
タイや清と日本は租借地や割譲した領土がない時点で違うから
57: 日本@名無史さん 投稿日:2013/12/18(水) 01:09:36.91
>>54
ロシアに喰われる可能性はあったんじゃね
58: 日本@名無史さん 投稿日:2013/12/18(水) 03:04:56.73
>>55
日本だって領土画定の段階で千島や樺太取られてるが…
あれは取られたんじゃない境界を定めただけだ
というなら、清のように版図のあいまいな帝国も同じこと
>>57
ない、ロシアはそんな国力ないし列強が抜け駆けを許さない
ポサドニック号事件でも実際にそれで解決してる
対日交渉で一番融和的だったのがロシア
56: 日本@名無史さん 投稿日:2013/12/17(火) 23:57:15.90
タイが独立国を維持したのは英仏の協定が有ったからじゃん。
英国はビルマとマレーシアを、フランスはインドシナを植民地にしてたから、中間のタイを英仏の緩衝地帯として植民地化しないようにしただけだ。

自力で独立を維持した訳では無いんだから。
59: 日本@名無史さん 投稿日:2013/12/18(水) 03:07:24.10
>>56
日本はタイとは確かに違うけどアロー戦争と太平天国にかかずってた諸外国公使が、わりと協調して介入を回避したという点では似てる所もあるよ、どの後進国にもその種の干渉はある
馬関戦争の講和でもイギリスは執拗に開港を迫ったけど幕府は他の列強を動かして要求をかわしてる
60: 日本@名無史さん 投稿日:2013/12/18(水) 03:13:18.93
日本の植民地化の危機って、よっぽど重大なミスしなければなかったと思うけどね。
アジアでも武力介入を招いた事例はだいたい無謀な外交や民衆煽動やって隙作ったか、内乱や王朝抗争などで中央権力が分裂・弱体化してたか、日本で植民地化なんてどの時期にも考えられない
33: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/30(金) 15:43:52.89
交易(貿易)で儲けることが目的だった訳だから、日本には交易の相手
になるしっかりした組織があったことが大きいんじゃないかな。
幕末関係の本を読むと、なんだかんだ言っても幕府の役人はしっかりしてる。

国というまとまりがしっかりしてたし、識字率も高かったから、英語や
フランス語を共通語にして地域住民が意思疎通を図るって必要もないし。
27: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/28(水) 09:51:33.33
結局、日本だけがアジアで特殊なんだよね。
モンゴル帝国の時代だって日本が無かったら全アジアがモンゴル軍に征服されてた
28: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/28(水) 20:46:23.88
モンゴル帝国(元)はベトナムやインドネシアでも負けてるよ。
29: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/29(木) 05:56:29.28
>>28
モンゴル帝国がベトナムやインドネシア征服できなかったのは、弘安の役で3500艘の江南艦隊が全滅したからだろ。
日本のおかげでベトナムやインドネシアは助かっただけ。
元寇 (Wikipedia) 文永の役の鳥飼潟の戦い(『蒙古襲来絵詞』)
元寇(げんこう)とは、日本の鎌倉時代中期に、当時大陸を支配していたモンゴル帝国(大元ウルス)及びその属国である高麗王国によって二度に亘り行われた対日本侵攻の呼称である。一度目を文永の役(ぶんえいのえき・1274年)、二度目を弘安の役(こうあんのえき・1281年)という。蒙古襲来とも。
特に二度目の弘安の役において日本へ派遣された艦隊は、元寇以前では世界史上最大規模の艦隊であった[41]。主に九州北部が戦場となった。
35: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/30(金) 20:57:55.82
実際カイドゥの反乱で実際3度目の日本遠征など論外になった
36: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/31(土) 07:56:10.43
>>35
3度目の日本遠征が中止になったのはモンゴル軍の軍事力じゃ日本に勝てるわけないし、今後負けたら元朝の存亡に直結するって家臣から大反対されたからだよ。
カイドゥの乱とか無関係。
37: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/31(土) 11:26:30.79
そんな日本遠征の是か否かを議論していた真っ最中にカイドゥが反乱し、カラコルム陥落の知らせ。
これを聞き捨てて日本遠征を続けていたらギネス級のアホだわw
38: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/31(土) 12:47:47.21
>>37
別に問題ないだろ
東部戦線と西部戦線はそれぞれ別の方面軍が担当し無関係なんだから
39: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/31(土) 13:05:27.88
1287年、オッチギン家ナヤンを盟主に東方三王家が元朝に対して大反乱を起こした。
満州全土が戦場となりフビライ自らが親征した。第三次日本遠征など暴挙である。
40: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/31(土) 13:08:32.94
>>39
その前に日本の方が強くて勝てないからって理由で対日遠征中止してるじゃん
結局それが全て
41: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/31(土) 15:04:11.23
1292年に日本遠征を討議したが、現実的には、反乱で疲弊した元朝には財政的にも兵力的にも無理で、卓上の空論に過ぎなかった。
43: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/31(土) 17:21:40.39
空論なら実際に船団を送ったりは出来ないが、実際に船団を送り14万もの兵力を繰り出した。
失敗はしたが船団は実際に存在して渡海してきた。
空論ではない。


1292年の時点で船団も無く兵力の補充もない状態で、遠征を言っても空論だという意味。
44: 日本@名無史さん 投稿日:2013/08/31(土) 19:26:03.17
>>43
1281年の弘安の役がモンゴル帝国の軍事力の頂点。
その頂点に行われた乾坤一擲の日本遠征で完膚無きまでに叩きのめされたんだから、それ以後の日本遠征案は基本的に全部空論だろ。
46: 日本@名無史さん 投稿日:2013/09/01(日) 09:29:47.13
1292年に高麗に船団の建造を下問したが、高麗側は禿山だらけになってしまいもう木材が無いので困難と回答した
47: 日本@名無史さん 投稿日:2013/10/21(月) 16:37:59.19
他人のふり見てじゃないけど、『日本の教科書に基づいて教えられた歴史』が本当に正しいのかな、こうやって、書き換えられたり覆されたることによる以外にも政治的な偽造とか無いのかなって考えると、あなたみたいに韓国を頭ごなしに笑える人がすごいと思うよ
私はそこまで自分の知識に自信を持てない


ネトウヨの行き過ぎた言動に疑問を感じる喪女14
管理人より:>>46はWikipediaの元寇にもほぼ同じ内容があります。『高麗史』巻三十一にある記述だそうで、別にネトウヨホルホルというわけでもない。

このへんの記述を読む限り、フビライはどうしても日本侵攻が諦めきれなかったようです。
何度も何度も、侵攻計画を立て、船を造り、兵を訓練してますが、国内の負担、家臣の反対、他の外征の失敗、大規模内乱、高麗の造船技術の低さ、などなど様々な理由で頓挫してる模様。

その間これまた何度も日本ヘ使者(降伏勧告)を送っていますが、台風で日本に届かない、日本に行くのを恐れて使者を殺害、日本まで届いても厚遇され使者は日本で生涯を終える…など、あまり効果はなかった模様。

鎌倉幕府もアホじゃないから、元のこうした動きは察知していたようですし、仮に第3回侵攻があったとしても、やはり撃退できたことでしょうね。
フビライの死とともに、日本侵攻計画も立ち消えになったようです。

ああ…、今回は肖像画がいっこもない…、寂しい…。

というわけで、日本はなぜ植民地化されず、列強に加わることが可能だったのか、です。
これはなかなか諸説あって、一概にコレ!と言えるものってないようですね。様々な理由があるにしても、やっぱり日本の歴史を鑑みるに、「運が良かった」の一言に尽きるんじゃないでしょうか。
日本が職人を大事にする風潮があったから、南蛮渡来の「種子島(火縄銃)」を改良、大量生産もできたし、海に囲まれて山の多い土地柄、モンゴルの大軍も撃退できたし、イギリスよりもアメリカが先にやってきたことも、そして、アメリカが南北戦争のせいで、アジア進出が遅れたのも運。
日露戦争だって、帝国陸軍、海軍ともに奮闘力戦したこともあるでしょうけど、これもやっぱり運が良かったですよね。
何事につけ「運が良かった」と思ってれば、そうそう傲慢になることもあるまい、というものです。

最終的には運が尽きて、アメリカにフルボッコされましたが、まぁまぁ、それでも頑張ったほうじゃないでしょうか。極東アジアに日本アリ!と知らしめることができて。
戦後は朝鮮戦争の戦争特需で大分経済的にも回復できたし、これも運ですね。
とはいえ、運だけでここまで繁栄することも不可能。幸運をモノにしてきた、かつてのご先祖方の努力の賜物あってこそです。我々はその遺産を後世に伝えていく大きな義務があります。

トップ絵は日露戦争当初、朝鮮半島において最初のロシア軍の敗北を描いた、ロシアの絵ハガキの模様。作者不詳。
War RF with Japan in 1904. First clash with the Japanese Cossacks in Korea

坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)
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元スレ:http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history/1376178037/

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    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.6.6 8:36
    梅毒はコロンブスが逆にアメリカからヨーロッパに持ち帰った説が多いみたいですよ。
    アメリカ原住民がやられたのは天然痘とかインフルエンザとかではなかったっけ。

    >白人を神と勘違いした云々
    ケツアルコアトルの話は有名ですが、どこかで実はあれはスペインにさんざんやられた
    アステカが、「いやあの時は勘違いしてたから」と後付で作った言い訳、なんて話も聞きましたが
    うーん、どうなんだろ?
    • ※2 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.6.6 9:51
    結局は軍事力の高さなのかなと
    元寇も、大航海時代の植民地化も
    稲作による膨大な生産力の裏付けをもった
    訓練された正規軍(侍)の動員力、武器の質の高さで押し返したわけで

    実際に武器研究をやめて200年ほどで、海外と武力が天地ほど離れてしまった時に
    幕府が外国勢力に開港と不平等条約を飲まされ
    権利の回復も、対外戦争による武力の証明によって成されました

    武力を蓄える余剰生産力が高かったから、植民地にならなかった
    とも言えるかもしれません
    • ※3 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.6.6 10:46
    戊辰戦争が早期に集結したおかげで列強の介入が最小限で抑えられたのがでかいと思う
    慶喜はヘタレだのなんだの言われてるがもし徹底抗戦してたら列強の影響が強まって遠からず他地域みたいに植民地になってた可能性が大きかったはず
  1. >梅毒はコロンブスが逆にアメリカからヨーロッパに持ち帰った説
    ぶわー!またまたやらせていただきましたァん!
    そのとおりでした。管理人の勘違いです。毎回歴史系は1個はうっかりをやらかすなぁ…。
    いつもご指摘くださるドクターでしょうか、ありがとうございます。
    アナタには「博士ちゃんポイント」を1pt差し上げます。
    1万ポイント貯めたら「ハワイ旅行に行った気分」になります。

    >訓練された正規軍(侍)の動員力、武器の質の高さ
    鎌倉時代の侍たちは、当時世界でもっとも強い戦士だったという説もありますよね。

    >もし徹底抗戦してたら列強の影響が強まって
    尊皇攘夷も幕府の力がちょうどよく弱まってたから成し遂げられたとも言えますね。
    江戸末期~昭和初期の日本を見てるとなかなか危ない橋を渡ってる気がする…。
    • ※5 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.6.10 13:21
    >もし徹底抗戦してたら列強の影響が強まって

    慶喜公が抵抗しなかったのは、列強の介入を恐れてじゃないの? むしろ新政府の側が無駄に戦線を拡大したように見える
    • ※6 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.1.22 20:53
    管理人の言う通り、運の要素が強いよなぁ
    軍事力や人口でいえば中国・インドは勿論、イランやオスマンも普通に高い
    が、いずれも国の衰退期に西洋に上手いことつけこまれた感がある
    ベトナムも元寇より20年程前、モンゴル帝国がもっと強かった時代にも勝利しているし、
    各地域に銃自体は普及していて、軍事力は決して低くない。
    西洋が反体制勢力を上手く扇動して味方に加えたのと、
    産業革命によって生産力が桁違いになっているのが大きいと思う。
    日本は立地、時期に恵まれていたことに加え、
    近代国家に速やかに移行、国内統一が図れたのが植民地化免れた要因かな
    • ※7 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2016.9.14 12:33
    慶喜有能説ってのは疑問だな。実際幕府軍の弱さを目の当たりにしてとても戦える軍隊じゃないことを痛感したんじゃないかな。幕臣もリーマン化して特権階級に居座ってるだけの豚に成り下がっていたというのが事実に近いと思う。東北諸藩もコロコロ負けるとこばかりだし。現在の米兵なんかも、すぐメンタルを病む奴が続出して弱兵揃いだからな。同装備ならISなんかのゲリラ兵にとても勝てない。同じように自衛隊も相当弱いだろう。人民解放軍も弱かろうな。
    • ※8 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2017.1.27 15:23
    *47を太字にするなら

    かつて国の旗振りで何度か開かれた双方の専門家による日韓歴史認識共有作業がどういう経緯を辿り、どういう結末になったかを、調べて記事化されたらいかがですかね、管理人さん?

    「博士」ちゃんねるなんだしさ
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