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「意識」って人体のどこにあるの? @ [哲学板]


「意識」って人体のどこにあるの? @ [哲学板]
1: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/23(金) 13:30:29.47
人類が長いこと考えても未だに決着の付かない最大の謎の一つ
意識はどこにあるのか?
日本の哲学者たちはどう考える?
2: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/23(金) 14:36:28.41
体の外にあるんだろ。
4: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/23(金) 17:33:52.75
意識って体内にも体外にも集められるよね

人体実験で丹田に関連するってことで、腰付近に1日意識を集中させてたら次の日、胃がモノを受け付けないくらい吐きまくって1日つぶれた


意識は適当にほっといた方が良いかも
その方が上手く循環してる気がする
自然体ってことなんだろうな
5: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/23(金) 17:40:01.31
意識、思考、感情って調整できるけど、調整しているのは脳か?
はたまたオカルトちっくな魂的ななにか?
7: ケシ 投稿日:2014/05/23(金) 17:55:17.26
意識は統一的な有機体じゃないの?
情報処理って意味じゃ脳だし、感覚器官はそれぞれにあるし、その全体の統合が意識であって、特定の器官に宿るというものでもないような気がする。
188: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/31(土) 10:46:26.21
>>7
ということは仮に 人間が5人いて全員 心臓、肺、胃、腸を抜き取って それらの臓器を他の4人から1つずつ移植した人間を作ったら、性格が似通った5人の人間ができあがるんだろうか
8: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/23(金) 18:20:00.43
素っ裸で歩けるかってことだよ
家の中なら歩けるな
外だと無理だろ
じゃあ意識は他人の視線によって変わるんだろ

>>1に日本とあったから日本風に答えてみたぞ
9: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/23(金) 18:43:43.23
物質には大きさがあります。意識には大きさがありません。
ゆえに、意識は存在しますが、どこに存在するという話とは無関係です。
10: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/23(金) 19:46:16.35
物質というのは、タテ、ヨコ、高さ、の“三次元”の拡がりを「物質」と定義されている。
だから、空間を含めて、“三次元で構成された領域ではない実体”を「精神」と定義されている。

従って、物質と精神は、相関的な関係にあり、“人間存在”を対象に考えると、精神(意識)と物質(身体)は、分離して捉えられるものではなく、心(精神)と身体(物質)は、“合一”されたものとして、普段、私たちは何の違和感なく、接しているのです。
11: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/23(金) 21:23:22.91
厳密には物質ではなく現象だけどね
人間など生物の身体は変化してしまうから、生まれた時の分子はすべて入れ替わっている

パソコンの中のデータみたいなものである

石ころみたいな変化しないものにまで、意識があるのかどうかは今はまだ分からない
14: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 03:45:37.36
自分の意識は自分の頭の中の脳の中に決まってるだろ
それ以上でもそれ以下でもない
17: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 06:12:16.04
>>14
本とかの文字に意識を集中したりしないか?
スレに書き込んだ自分の文章とか読むとき
15: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 05:52:23.36
脳はただの情報統合器官だから、脳に意識があるというのはただの錯覚だよ
というか、統合された意識という存在自体がまず錯覚だと知らなければいけない
21: ケシ 投稿日:2014/05/24(土) 11:07:45.26
>>15
統合された意識というイメージが仮に錯覚だとしても、そのイメージが長く継続し(基本的には死ぬまで)リアリティにまでなってるからには、錯覚で済ますのはどうかね。
錯覚だと考えたところで、錯覚が解けるものでもないし。
23: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 12:21:16.73
意識が錯覚なら、意識が錯覚であるという認識も錯覚じゃね?
18: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 09:36:50.66
脳の中に意識があるのではなく、意識の中に脳があるのである。
19: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 10:25:30.23
人間の内部環境と外部環境の軋轢の上にしか意識(らしきもの)は存在しないと思う
人間の内側に意識があるというのは腑に落ちない
22: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 12:19:09.93
意識って言っても主観的な意識や無意識とか色々あるわけだよね

主観的な意識は「私」と「私ではない世界」という差異が必要で、その差異を生むためには、両方が「包み込」まれてないといけない

ということで意識は「意識している空間全て」にある
25: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 17:24:22.93
意識は物質ではありません。人体は物質です。人体の中を探してもどこにも見つかりません。
意識は「どこにある」という性格のものではないのです。
26: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 17:33:12.00
>>25
意識なんかどこにもない、ということですね
27: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 17:53:08.25
脳の中だろ
少なくとも頭の中
意識は外からの刺激による感覚と、内からの思考とに成り立ってる

それ以上の存在はただの錯覚
それ以上のものがあると考えるのは神がいるといってるのと同じ
28: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 18:09:32.80
でも脳を解剖しても意識は見つからない
29: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 18:18:10.43
>>28

意識を何かの固まりだと思ってる?
それが存在すると思うなら神が存在するというのと大差ない
意識が見つかるわけがない
当然だろう
自分の意識を意識してみろ
その意識した意識はずっとそのままとどまってるか?
そんなわけない
意識した次の瞬間その意識は消える
何故なら意識とは脳の中で伝達物質の一瞬の交差によって生まれるにすぎないからだ

電気がスパークする時と一緒
それが一瞬一瞬連続してるだけにすぎない
それがずっとあるように感じるのはその連続する時間がとても短いことと意識とは別に記憶として保存されているからだ
30: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 18:38:17.37
>>29
連続する時間がとても短いと、ずっとあるように感じるの?

保存された記憶が再生されても、いつも「そのときの現象」でしかないよ
31: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 18:47:18.74
>>30
テレビも電灯も連続してるだけってこと知らないのか?
ずっとついてるように見えてないの?
お前のテレビや電灯は点滅してないのか?

記憶が保存されるということは時間に連続性を感じるということだ

意識が常に存在しているもののように感じるのは、連続しているからだ

本当は一瞬一瞬の化学反応にすぎない

つまり、一瞬一瞬意識している意識とはパラパラ漫画の一コマにすぎないが
それを連続で流しているから、連続性のある一つの意識として認識されるにすぎない
起きてから寝るまでの固まりの意識などない
起きてから寝るまでパラパラ漫画のように常に一瞬一瞬流れいるのが意識だ
記憶が保存されるゆえにそれが起きてから寝るまでの一塊の何かに感じられるだけだ
32: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 18:51:28.41
>>31
テレビが連続して点滅してるだけなのにずっとあるように感じているのは意識によってだろう?

貴方は一歩目から躓いているようだな
34: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 19:01:22.10
>>32

何言ってるんだ?大丈夫か?
ごっちゃにしすぎだろ
テレビの例は意識の連続性の例えだって理解出来てるか?

仕方ないからお前のその例で説明してやる

テレビが連続して点滅してるだけなのにずっとあるように感じるのは、人間の視覚とそれを処理する脳の働きが追いつかないというだけの話しだ
意識とはまた別の話


意識とはそういった感覚なり思考なりを一瞬一瞬の伝達物質の交差の連続、そしてそれを逐次保存する記憶によって成り立ってるにすぎない
36: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 19:05:11.67
>>34
ごっちゃにしてるのはそっちの責任
意識とは別の話ならば、しない方が良いだろう

伝達物質の交差の連続?
どういうことか説明して
46: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 19:16:20.26
>>29みたいな話ってのはな、「パソコンに意識がある」と言ってるのと大差ないわけよ
脳細胞が足らないのではないのかな、まじで
50: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 20:06:37.22
裏スレで戸田山の哲学入門が話題になってて、おくればせながら私も少し読んだのだが、あの本のハイライトは「情報」を意識(表象)にまで昇華しようとするところなんだろうけど
しかし「情報の意味論」は、>>29と大差ないように思えるな
つまり「足らない」

人によっては「足りてる」と思えるのかな
63: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 07:26:01.66
>>29
そうなんだけどさ。

じゃあ「その感覚器官に対する入力(刺激)によって得た出力(感覚)を第三者的にどこかで見ている自分(意識)はどこにいるのか?」って話になるわけでさ。
脳のどこかに意識がおこれていないことには「頭のなかの小人が自分を見ている、それをまた小人の頭のなかの小人がみている、それをまたその小人の頭のなかの小人が・・・・・の埒の開かない後退」になってしまう。
67: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 11:47:43.35
自由だね

矛盾があるわけでもないよ>>29
話にならないだけ
33: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 18:53:32.24
>>31
「記憶が保存される」とは物理的にはどういう状況なんだよ
35: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 19:03:35.42
>>33
受けた感覚を伝達して海馬に記憶されるんだろうが
医学書でも読んでろ
38: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 19:06:54.24
>>35
脳科学の本ぐらいは持ってる
海馬に記憶されるとは、どういう物理的な状態なのかときいている
管理人より:この後「ググレカス」とか「ネット調べて分かった気になってんの?」とかくだらない煽りあいになるので省略。
48: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 19:53:09.75
脳は意識という舞台の一出演者である。
49: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 19:58:31.38
それもなあ

意識という舞台にあるのは「脳についての思い」であって脳があるわけではない

言葉では「脳」で括られてしまうが
52: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 20:37:06.17
流れる情報を流れるままに、脳に於いて合理的に、つまり「軽く」なるように、簡易的に構成することが、システムの生存上有利だと説明されるなら、そこまではある程度納得もしよう
だが、それだけのことなら意識など不要

目的的に、意識は「何のため」にあるのか
それはですね、「世界を共有するため
もとい、「共有できる世界を持つため」です


人間は、大人の単体が一人で生き残れるような生物ではない
人間が結果としてこの数千年だか数万年だか地上に君臨していられるのは「思考を共有できる」という状況が生まれたからです
それは「世界(≒論理)を共有している」ことと一体
そしてこの「世界」では言葉を使うことができる

ここまで書いて、やっぱり足らないなと。。。
55: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 21:28:09.24
生命が創発し自己組織化していくためには、生命が自己と非自己の境界を「知る」システムが必要だ。
この場合の「知る」とは、細胞の機能性分子の単純なレベルだ。「無意識」のレベルだ。
「意識」はより深く自己と非自己を知りたいという「知る」ことへの強い欲求から来るのである。
56: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 21:35:43.55
以上を纏めれば、「無意識」も「意識」も自己と非自己を知るシステム全体として機能、現象、意味、構造として存在するのである。
59: ケシ 投稿日:2014/05/24(土) 23:20:25.92
意識は、外界に向けられた時に世界を、意識それ自体に向けられた時に自己を構築する働きを持つもの、と一旦定義してみる。
そうすると、意識は自己という視点から、世界という全体像を構成して、自己や他者がそこでどういう役割を演じることになるかというストーリーを探ろうとし始める。
ストーリーとは、意味の連関、脈絡であり、要するに連続性だよね。
動画を分解すれば一コマ一コマの静止画の集まりに過ぎないが、それを通してストーリーという連続性を共有出来るという前提があるからこそ、あらゆる映像メディアが成り立つわけだ。
視覚の残存効果云々は、映像表現の方法論の説明でしかない。
60: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 06:10:35.56
理屈の上では「パソコンに意識がある」でも問題ないよ
否定する例は見当たらない、日常と乖離しているから戸惑うだけで


神にしても似たようなものだ
「この意識は神が創りました」にすれば横にずらせる
神に抵抗あるのなら「この意識は誰のものか?」にしておけばいい
61: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 06:30:02.61
>>60
意味ないけどね
64: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 09:42:39.93
東洋的な世界観というか、ダイナミックに自己を組織化しつつある自己、という生命システム全体から見る癖があるので、不自然な感じはしない。
65: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 09:48:32.20
イメージだけってことね
68: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 12:56:39.82
寝る時に意識を集中させなければすぐ寝れるよね

今日あったことを気にせず、明日の予定も気にせず
横になっている自分、天井のしみ、瞑っている眼、
枕に沈む頭、気にならなければすぐ寝れる

意識って物理世界とは違う世界と重なって存在してるのか?
寝てる時は極端に違う世界に片寄っているイメージ
69: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 17:18:37.79
ある日、心が患うと弟子が訴えた。
菩提達磨はその辛い姿を哀れに思われこうおっしゃられた
そなたの心をここに持って来なさい。そうすれば私が成敗してやります
と。弟子ははっと大悟した。
意識はあるのやらないのやら。
70: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 17:25:26.56
植物人間に意識はあるのか?
意識とは「私の認識」という意味だけどな
72: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 17:40:06.09
それじゃぁ植物人間になった人間は脳味噌弄らなくても、外にある意識を持ってきてつなげれば復活するんだな?
73: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 17:59:16.78
意識もってこれるの?
何でもってくるの?
74: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 18:33:45.68
意識と肉体って無線で繋がってんのか?w
109: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/28(水) 07:22:51.88
>>74くすっと来た
76: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 19:19:57.46
意識不明の重体っていうけど、それはどういうことなの?
間違ってるの?意識は人体の外のあるんですよね?w
78: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 19:44:07.96
>>76
意識不明の重体ってのは、例えば車と激しくぶつかって、大けがをして、気を失っている、って意味やんね?

多くの人は、怪我の大小とか被害者の現状の説明として受け入れてるけど、その限りにおいては当然間違っていないけど、これを、人体の中にある意識が天国とか三途の川付近とか、どっかに飛んでいったとかそういう説明とは認識していないと思う

もちろん意識を取り戻したってのも、単に被害者の現状の説明とか怪我のレベルの話であって、もし意識不明の重体って言葉を人体の中にある意識が外に出た、って事の説明として受け入れてたり、意識不明ってのは意識が迷子になってるって認識をしていたら、それは言葉の使い方の間違いでしょ?
79: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 20:03:27.76
植物人間状態の人間には意識があるかないか?
80: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 20:26:22.63
意識が脳にないのなら脳がなくても人間は意識を保てる
意識=魂がペニスに憑依すれば首がなくても意識を保てる
81: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 21:02:06.64
すでにさんざん既出のとおり、「人体のどこにあるか」という質問が、そもそも不適切であって、別に解決すべき謎でもなんでもない
88: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/26(月) 04:02:29.71
>>1
意識とは「意して識する」こと。そのまんまで勝手な思い込みはやめろ。
つまり事のありさまであって、実在する物ではない。

日本語でおk


脳が主となる物事の働きに置いて、他と個の関係を繋ぐ神経の情報の、有るがままの現象名を名づけただけである。
「恋とは何処にあるのか?」「怒りとは何処にあるのか?」
お前が問いかけているのはそれである。
89: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/26(月) 08:27:23.42
それは感情だよね。脳内じゃねーの?w
ロボトミー手術ってのがあったよな
92: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/26(月) 17:33:18.73
すでに何度も既出だけど、「性欲」だろうと「恋愛」だろうとその他なんだろうと、そういうものが「どこにあるか」なんて、疑問としてそもそもおかしいことは明らかだよね。
そうしたら、「意識」だって、「どこにあるか」という疑問がおかしいのは明らかだと思うけどね。


ただ既出のものとはちょっと別の種類のものとして、例えば「痛みはどこにあるか」と聞いてみると、多少面白いだろうか、それとも結局は既出のものと同じだろうか。
86: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 22:58:58.56
遺伝子に束縛された反応だけではなく、より柔軟に環境適応できるように進化していく中で意識が発生したんじゃないかな。
人は無意識であっても免疫系や消化器系が働いているよね。脳神経系も脳幹や前脳基底部は無意識でも働いている。
自己と非自己を有機的に分けるレベルは無意識。瞬間、瞬間で短期的な反応をするレベルは中間的な意識。
それらをストーリーにしてまとめる統合的な意識・・・といった感じに、生命システムとして見て行けばいいんじゃない?
意識とは何かと考えていくと詰まるところ進化とは何だ?って事になると思う。

でも、残念なことに哲学ではこういう領域を不可知論で終了させちゃうんだ。
87: 考える名無しさん 投稿日:2014/05/26(月) 01:05:02.94
どこって…どこからどこまでがどこ?
点?線?面?

ウーム…、どうすんでしょうね、このスレ。笑

ルネ・デカルト
Cogito ergo sum.
(我思う、ゆえに我あり)

…という風に哲学者のデカルトさんは考え、そこから演繹法を発展させていったわけですが、さて「思う」というのはなんなのか。
意識とか記憶とか感情とか魂とか、そういう形のないもの、科学で定義できないものっていうのは、どういうふうにケリをつければ良いのか。
でも意識にしてもなんにしても、どういった形でかは分からないまでも、そこに「在る」のは、どうやら明らかなのです。ウーム。
「在る」といって良いのか分からないですが、例えば頭をぶん殴って気絶させると、医学的には「意識を失う」し、哲学的にも「意識を意識できなくなる(???)」わけで、脳と強い相関関係があると言わざるを得ない。

いつの日か脳科学が進歩すれば、こういった問題も明らかになるかもしれませんが、今はまだ、謎は謎のままに…ネ。

意識: 難問ににじり寄る
J.グレイ
北大路書房


元スレ:http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/philo/1400819429/

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    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.7.13 21:48
    西田は、場所の思想に立ったうえで、精神とは、欲求の対立だと言ってるね。
    それを踏まえて、考えてほしい。
    我々は、普段、自分を、どういうときに意識するだろうか。
    常に意識しているだろうか。
    • ※2 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.7.13 22:37
    臓器移植したら被移植者の嗜好や行動が変わった
    なんて話を聞くとなかなか混乱してくるな
    • ※3 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.7.13 22:41
    てんかん患者の脳梁分断手術がどっかのサイトにあって興味深かったな。
    一応てんかん症状は治った奴。

    脳梁を分断するわけだから、左脳・右脳の情報が相互に伝わらない。
    右目だけに「コップ」と言う字を見せて左手でコップを取って見せる事ができる。
    コレは右脳が処理してるから。
    しかし同時に、患者は「何をとればいいかわかる?」と聞かれ「分からない」と答える。
    こちらは左脳が処理してるから。

    右脳も左脳も患者が意識して行動を起こしている。
    じゃぁ、そもそも患者の意識は、左脳・右脳どちらにあるのか。
    もっと言えば、この患者を左右で真っ二つにして何らかの策を講じて生存できる場合、
    意識はどちらにあるのか、それとも両方にあるのか?って話になる。
    • ※4 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.7.14 0:39
    人間には五感がある
    それが眼耳鼻舌身の五識
    意識はそれら五識によって生まれる心の動きってのが仏教的な説明になるのかな

    以下は個人的な解釈
    意識は五識のメタ認知で、五識があるから意識がある
    意識はいわば五識の統合体であり、また管理者であり、かつ情報処理係である
    更に意識を意識できるわけだけど、これが阿頼耶識
    阿頼耶識は意識のメタ認知、多分思考がここにあたるのかな
    その上に末那識があるけど、これは神経を走る電流かな
    「心の中で思ったならッ!その時スデに電流は流れているんだッ!」という研究結果もある
    無理やりのこじつけな気もするけど、こう解釈してる

    意識がどこにあるかと言われれば、それはこの体に偏在してる
    それでいて何処にもありはしない、と私は答える
      • ※5 : ドクター・ノオ・ネーム
      • 2014.7.14 0:50
      字間違えた
      ×偏在
      ○遍在
    • ※6 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.7.14 10:16
    脳死の状態のドナーから臓器を取り出す時、痛みで体がのたうち回り、心拍数が増加する
    主に心臓と腎臓の移植でドナーが趣向や記憶が転移する
    脳死判定の誤診は結構ある
    これ知ってからは、移植は反対だわ
    正確に言うと、人の臓器は貰ってやるが、自分の臓器提供は文字通り死んでも嫌だ
    • ※7 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.7.14 10:31
    判らない
    馬鹿な話だが自分の考えでは3歳のときに今の体に憑依した意識が今の自分だと思う。
    3歳のとき突然学校のグラウンドで遊んでる自分に気づいた。例えると
    今テレビのスイッチを入れて初めて画面が見えたような感覚。
    その後の記憶はあるが、それ以前の記憶は全く無い
    だから今の自分は何らかの理由で他人の体に入り込み体を乗っ取った
    何かだと思う。
  1. わ、たくさんコメントありがとうございます。

    >精神とは、欲求の対立だと言ってるね。
    うーむ、深い…。

    >臓器移植したら被移植者の嗜好や行動が変わった
    ブラックジャックにそんなのあった気がする…。

    >てんかん患者の脳梁分断手術
    管理人もそれ見たことありますよ。この研究したひとはノーベル賞受賞してますよね。
    現在ではこの手術は禁止されているそうです。

    >意識はいわば五識の統合体であり、また管理者であり、かつ情報処理係である
    >更に意識を意識できるわけだけど、これが阿頼耶識
    エイトセンシズってやつですね。バルゴのシャカの…(聖闘士星矢)

    >ドナーから臓器を取り出す時、痛みで体がのたうち回り、心拍数が増加する
    ヒィィィ!!!???これほんとディスカ…。

    >今の自分は何らかの理由で他人の体に入り込み体を乗っ取った
    映画の「ヒドゥン」のようだ…。
    • ※9 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.7.14 23:40
    意識の問題を考えるときには、いつも「春と修羅」の序を思い出しちゃう
    宮沢賢治さんは、「わたくしといふ"現象"」、そんな表現を使った
    スレでも誰かが挙げていたけど、この現象という言葉に自分は収まりの良さを感じるよ
    雲の中で電子がはしり雷がひらめくように、空気の密度に操られた光が屈折して蜃気楼を立ち上げるように、意識はそんな自然現象みたいなモノなのかなと思う
    ある条件が満たされた時にだけそれは発生してる
    死んだ人間の身体では、その条件は揃わない

    こういうテーマは考えると頭ぐるぐるするけど楽しいな
    様々な見解を知ることができて面白かった!
    まとめ乙です
    • 「春と修羅」って読んだことないですが「わたくしといふ"現象"」という言葉はロマンチックですね。いろいろと考えさせられます…。
      管理人は宮沢賢治の作品なら「グスコーブドリの伝記」という作品が大好きです。

      >様々な見解を知ることができて面白かった!
      楽しんでいただければ幸いですー
    • ※11 : monoeye
    • 2014.7.18 1:00
    スレおもしろかったです。   長文失礼します。
    時間に対する反応プロセスだと考えます。単にデータを蓄積処理する身体感覚器官を満たしているだけではなく、時間上にも存在していると考えます。時間上とは、内外を含めて知覚しうる限りの時空間の広がりを指し、存在とは影響を与える因子を指します。知覚という、分子レベルで収集された感覚データの統合について言及しましたが、脳内のみならず、全ては過去に流れるため、知覚するという生存行為自体は、正誤を問わず、未来予測を繰り返している状態だと判断します。この行為的帰結は、脳内が脳外に依存している構造を顕していると考えます。
    この未来予測とは、データに対する共感を示しています。データ処理の指標として作用する、この共感の器こそ、意識=魂であると定義します。それでは、魂とはなんでしょうか?おそらく、ある同一エネルギーの変遷状態ではないかと推測します。無と魂が同じ系で移り変わっているという考えです。では、なぜ、そんな面倒なプロセスを経ているのでしょうか?これも、おそらくまみれで恐縮ですが、未来に向かうためにはタイムマシンが必要だったから、なのではないでしょうか?意外に思うかもしれませんが、私たちは、今、現在おおまかに、3つの形態でタイムマシンを作動させていると考えています。赤ちゃんは未来予測を『遺伝子』に刻み、つなげる、並行宇宙型の生体タイムマシンです。外部記憶のバックアップである『ミーム』を利用し、時代に合わせて改築をしていきます。この2つの事象では、タイムマシンとしての解り易い連続性が確認可能な状態ですが、肉体とその器である『魂』(逆もしかり)はなぜ、リセットという白紙化、言い換えると、過去への巻き戻しを経過に挟むのでしょうか?その理由が仮に、リセットを挟まなければ、共感の幅が画一化されてしまい、魂が縮小に向かってしまう結果にあるとするならば、未来を広げて選択肢を確保する為に、リセットを挟むのだと単純に考えてしまいます。話が取り留めもなく飛んで、申し訳ないのです。が、こうして個性を得た、魂=意識が、どこに存在するのかは、時間に沿ったエネルギー現象とする仮定から、それらが、脳や体を通して知覚し動作をしてはいるものの、逆にはみ出して、意識の方が器と化して生体を設計する側面もあるため、結論として、意識や魂は、肉体的存在に付随する時間上に遍在している、という珍妙な仮説に、この程度の頭だとオーバーランディングしてしまうのでした。 (てへぺろっ)
    • 長文ありがとうございます。
      難しくって管理人はよくわからないですが、「意識」というものの発生を因果関係きちんと説明出来る日が来るのでしょうかねぇ…。
    • ※13 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.7.20 18:44
    一つ書いておく。
    人間は心が痛むと脳がある頭を抱えたりしない。
    胸に手を充てるんだよ。
    でも心臓に意識があるわけじゃない。厳密に言えば、心臓は意識の一つに過ぎない。
    • ※14 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.8.3 23:19
    上の方が挙げた宮沢賢治の春と修羅の
    「わたくしといふ現象は
     仮定された有機交流電燈の
     ひとつの青い照明です」
    という一節には美しさと潔さで打ちのめされた覚えがあります。
    人も結局は数ある自然現象のひとつであるのではないかなとしみじみ感じます。
    自分自身は頭も良くないしわりとファンタジーな思考回路をしているので、
    擬人化的にコンピュータに意識があっても良いと思うし、
    日本人らしく八百万、数多のものに意識や神が存在している
    可能性も捨てきれないよな〜、とお気楽に思っているので
    こういうまじめな議論はとても面白いです。
    • ※15 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.12.9 1:27
    「意識する」を「認識する」とか「知覚する」とすれば文脈を取り違えないのに、なんで皆「意識を意識する」とか書くんだろう、言葉遊びのつもりなのか、語彙が足りないのか
    それと創発って概念を知らないのか、左右に分割したら意識はどちらに?とか頓珍漢なこと考えてる人もいるし、そんなの左右とも機能不全がある低機能な意識を持つに決まってるのに
    なんか読んでてイライラする位に低次元で迷走しまくりの内容、哲学板だから当然なんだろうけど
    自分的には米欄の方が知的で面白かった
    あ、まとめ方は読みやすかったですよ、この愚痴は哲学板住人への不満です、本来は哲学って科学を導く道標的な最先端の学門で理論物理よりも尖ってるはずなのに、科学がわからない文系のたまり場になってるのがムカついてしょうがない、と書いたらスッキリしました
    個人的には、意識は現象なので何処ってものじゃないと思います、しいて言うなら「認識によって変化する」が答だと思います、はい
  2. >科学がわからない文系のたまり場になってるのがムカついてしょうがない

    まぁ2chですからね。
    哲学板はちゃんとしてるスレ(希少)とそうでないスレ(大半)の落差がかなり激しいですw
    • ※17 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2015.6.5 17:10
    最近脳科学ブームで脳に関する色んな本が出ていたりするけれど、まだ脳についてはこんな事をしている時にここが反応している、とか、こんな事を感じている時にこんな物質が出る、位にしかわかっていない、それに脳についてはまだ2割程度しかわかっていない、しかも行き詰まっている…みたいな話を医学の勉強をしている従姉妹に聞きました。

    世に脳科学が広がって、意識はただの脳細胞の反応、と言う人が多くなった気がしますが、まだまだそうだとは決めつけられませんよね。
    科学も人間が理解できる範囲内での話であって、万能というわけではありませんし…。
    不思議なものですね。しかし不思議だからこそロマンがあるのでしょうね。

    科学に全く詳しくない文系の文章で、すみません。
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