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世界史ちょっといい話 Part5 @ [世界史板]


世界史ちょっといい話 Part5 @ [世界史板]
265: 世界@名無史さん 投稿日:2013/01/20(日) 10:52:03.88
ニザーム藩王国のある藩王はハイデラバーディー・ビリヤーニー(インドで著名なハイデラバードの郷土料理、スパイスの掛った炊き込みご飯)が大好物であったが、不摂生だったのか糖尿病を患ってしまった
当然医者から食事制限の指導を受けるが、どうしてもこの好物を食べたい藩王は医者に詰め寄り、スプーン二杯だけと言う条件で好物を食べることを許可された

するとこの藩王はスプーン二杯という決まりは守ったが王者とは思えぬようなことを始めた
大皿に乗ったビリヤーニーを、藩王が必死になって小さなスプーンに移して山盛りにし限界ギリギリまで盛ったら、作法も薙ぎ捨てて一心不乱に食したのだという
健康に悪いと分かっていても王ですらやめられない美味、ハイデラバーディー・ビリヤーニーの話
266: 世界@名無史さん 投稿日:2013/01/20(日) 12:14:09.20
そういうことじゃねぇw (2回目)

インド料理屋行けばあるかな?
要はドライカレーなんだろうけどちょっと食いたい
ビリヤニ
管理人より:こんな感じの料理。おいしそうですね!
269: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 投稿日:2013/01/21(月) 23:05:25.82
>>265
食は貴紳も狂わせますね。

藤原朝成(百人一首に歌有り)が、太り過ぎで「夏は水漬け、冬は湯漬けでお食事を」と言われてその通りにしたものの、山ほど食べて意味無しという逸話よりはましですが。

明恵明恵は味噌粥を食べたら美味過ぎたので「これはいかん」とわざわざホコリを入れて食べた、という逸話があるくらい、食の魅力は恐るべきもの。
268: 世界@名無史さん 投稿日:2013/01/20(日) 22:28:42.76
個人的にちょっと飽き易い味だったな、ベリヤニ
少し食うぐらいならとても美味い
272: 世界@名無史さん 投稿日:2013/01/24(木) 19:07:40.51
ソクラテスソクラテスは「あの人があなたを悪く言っています。」と告げた人に、「いいじゃないか。その男はよく言うことを学ばなかったのだ。」と言った。

あの人はあなたを中傷していませんか。」と言う人には、「そんなことはない。私には覚えのないことなのだから。」と言った。

ソクラテスは喜劇作家にはこちらから我々を話題にしてもらったほうがよいと言った。
彼らが我々の欠点を話題にするのならそれは我々自身を正すことになるし、そうでないのなら、自分たちにはまったく関係のないことなのだから、と。
273: 世界@名無史さん 投稿日:2013/01/26(土) 00:49:53.96
加来耕三「忘れられたバンクーバーの慰霊碑」
だが、この「平和の祭典」の舞台で、同じ日本人がかつて、生命(いのち)を懸けたもう一つの“物語”があったことを知る人は少ないようだ。

バンクーバーの代表的な公園スタンレーパークに、一種奇妙な記念碑が建っている。
日本人義勇軍戦没者慰霊碑」とでも訳せばいいのだろうか。碑文は、英語でつづられていた。
この碑については、多少の噺(はなし)がある。ここにいう戦没者は、約70年前の第2次世界大戦の戦死者ではない。その前の第1次世界大戦のおり、日本の大正4年(1915)にあたる年の11月、「加奈陀(カナダ)日本人同胞の権利獲得と名誉のために」をスローガンに、募集された義勇兵に応募し、カナダ軍に身を投じて、連合軍側の一員として戦った日本人戦死者のためのものであった。

現在のカナダは、200以上の民族が暮らす移民の国として、民族や人種の多様性を尊重する「多文化主義政策」を採(と)っていると聞くが、「晩香坡」とバンクーバーを書いた当時=大正初期のカナダ=は、アメリカと同様、「排日」の凄まじい嵐が吹きすさび、人種差別も重なって、日本人移住者はカナダに帰化できても「公民権」を与えられず、当然のことながら参政権も認められない状況下にあった。

にもかかわらず、カナダの日本人(大半はバンクーバー周辺にあった)は、自発的に自分たちを迫害するカナダ人を助けるべく、戦場に向かったのである。
274: 世界@名無史さん 投稿日:2013/01/26(土) 00:51:12.47
もっとも、義勇軍の方も、カナダのために戦ったのではなかった。彼らはただ、バンクーバー周辺に暮らす同胞=日本人=のため、その次なる世代のために、自らの生命を投げ出したのである。
換言すれば、人間の尊厳を守るための戦いであった。このような日本人の軍隊は、日本史上皆無ではなかったろうか。

義勇兵たちは、口を揃えていう。「われわれカナダに暮らす日本人は、祖国を出てからこれまで、何度も何度も失敗を繰り返してきた。いまさら、おめおめと故郷へ帰ることはできない。カナダを新しい祖国として、この国に永住することを決意した。妻子ある者は一刻も早く、日本から家族を迎えたい。そのためには、われわれは参政権を手に入れなければならない。ここにくらす日本人の
未来のために、われわれは征(ゆ)かねばならない。われわれはカナダの土になる。この戦いは、アメリカに暮らす同胞のためでもあり、日本人民族としての、血税を払うことにも通じるはずだ


ところが、カナダ政府・軍関係者は「義勇軍を結成してくれたことは感謝するが、採用するつもりはない」とつっぱねた。そのため、義勇軍は一度、解散に追いつめられている。

だが、ここで引き下がっては、渇望する選挙権は未来永劫、手にすることができない。義勇軍の中から、「26ドルの旅費を自弁して、個人的にアルバータ州カルガリー市まで出向いて、軍に志願する者は採用する」とのカナダ軍の言葉に、一縷の望みを託して、出頭することを決めた日本人が43名いた。ほかの義勇兵たちは、旅費が工面できなかったのである。

大正5年6月22日、彼ら第一陣はバンクーバーを出陣、征途の人となった。「さらば、敬愛する全加奈陀在留同胞よ!我等は勇んで英国に向(むか)って去る。我等の凡(すべ)ては健康なり
275: 世界@名無史さん 投稿日:2013/01/26(土) 00:52:15.31
たとえば、龍岡文雄という義勇兵がいた。彼は英国軍人が舌を巻くほどに優秀であり、その上官の連隊長は、「一兵卒にしておくには惜しい、1年の休暇をやるからイギリス本国へ戻り、士官学校に入って、士官になるように」と熱心に勧めた。
日本人義勇兵にとっては、空前の名誉といってよい。だが、龍岡はこれをことわった。

御厚意を深く感謝します。然(しか)れども義勇兵仲間からはなれ、私のみが仲間から敬礼を受くるに忍びません。殊(こと)に私は予備役ながら日本陸軍少尉でありますから、祖国日本の命によらず、戦時抜擢とはいえ、英国陸軍の将校たることは遠慮いたします。
(長谷川伸『生きている小説』)より)

ことわられた連隊長は、龍岡の言葉に涙を流し、「ならば曹長をやれ」と、小隊長代理を命じたという。龍岡はその後間もなく、最前線で両足を吹き飛ばされて戦死した。

10数人ずつに振り分けられた義勇兵の許にも、仲間の戦死は知らされる。しかし彼らは、勇をふるって自らの生命を捨てる覚悟で、前へ、前へとただがむしゃらに進んだ。
白人碧眼(へきがん)を青くしてこそ、日本人の真価なり」。多くの者が、カナダ兵の楯となり、戦場に倒れた。

九死に一生、後方の病院に送られた戦傷者の日本人義勇兵は、ここでカナダ人、連合軍の一員として、はじめて人種差別のない、平等な扱いを受けた。
276: 世界@名無史さん 投稿日:2013/01/26(土) 00:53:32.94
ジョージ5世このとき、病院を訪れたイギリス国王ジョージ5世から、彼ら日本人義勇兵は幾人か、声をかけられている。

祖父江玄碩という兵士の場合は、「何国の方ですか」と国王に問われた。
日本人で御座います」「加奈陀軍に属して、ビーシー州晩香坡から参りました」とも答えている。

国王はうなずきながら、次のように言ったという。
貴方が隊へ帰られたら、日本人の参戦を吾等が感謝致し居る旨、日本人諸氏に伝へて下さい
(山崎寧翁伝記編纂会『足跡』より)

国王は握手すら、祖父江に求めてくれたという。翌日のリバプール・エコー紙は、「唯一最大の光栄者」と見出しをつけ、祖父江のことを報じたという。

やがて大戦が終わり、日本義勇軍の人々はバンクーバーに帰ってきた。戦死した
「55名」も加え、199人全員が、このときカナダ市民としての権利=選挙権=を与えられたのである。
277: 世界@名無史さん 投稿日:2013/01/26(土) 16:57:45.52
>>274によれば、日本人義勇兵は43名
>>276によれば、そのうち55名が戦死して、199人が生き残ったのか
すげーぜ、カナダの日本人!
278: 世界@名無史さん 投稿日:2013/01/27(日) 00:54:57.40
一番最初に入隊したのが旅費が工面できた43名てこったろ

アルフレット・シュニトケドミートリイ・ショスタコーヴィチ
ロシアの作曲家シュニトケは若いころ音楽大学で師事していた
大作曲家ショスタコービッチにこう言われた。
私は君の音楽が全く理解できない。だが、その『間違った道』を突き進みなさい
シュニトケは、その言葉を守り大作曲家になった。
ちなみに、ショスタコービッチは同じ言葉を音大のころ大作曲家グラズノフに言われ、グラズノフは同じ言葉を音大のころ大作曲家リムスキー・コルサコフに言われていた。
284: 世界@名無史さん 投稿日:2013/02/01(金) 01:33:05.03
太平洋戦争終結後、インドネシア独立運動に参加するため駐留日本軍を離隊した
宮山滋夫氏が部隊に残した置き手紙。
敢えて大命に抗して独自の行動にい出んとす
言うなかれ敗戦の弱卒天下に用なしと
生を期して米英の走狗たらんよりは微哀に殉じて火による虫とならん
天道は正義にあり 歴史の赴くところ正義にあらずして何ぞ
敢えて不遜の行動に出ずるゆえん 乞うご容赦あらん事を 戦友諸君
宮山氏は東京帝国大学卒の俊英で日本軍に入隊後も士官になる道を選ばず、一兵卒でとおした。
インドネシア独立軍では教官として軍で習得した陣地構築、破壊活動、兵器製造などの技術を教え、独立を見届けた後、無事日本に帰還した。
285: 世界@名無史さん 投稿日:2013/02/01(金) 02:37:24.91
インドネシア独立を手助けしたのは良い話だけど、能力があるならそれを活かせる役職についたほうが結果的に多くの人を助けられるんだけど、こういう凄い地位につけるのにつきませんでしたっての美談にしてるのに納得できない
288: 世界@名無史さん 投稿日:2013/02/01(金) 11:27:49.84
>>285
ひねくれ過ぎ
307: 世界@名無史さん 投稿日:2013/02/10(日) 19:46:30.24
月へ行く途中で宇宙船が爆発事故を起こしたアポロ13号は、映画にもなった有名な話だが、このミッションは13という不吉な数がさまざまに付きまとった因縁話でも知られる。

もう30年も前だったろうか、子供向けの科学読み物でこの事故の挿話を読んだのだが、史上3度目の月面着陸という夢は叶わず、ぎりぎりのところで地球に生還した宇宙飛行士がインタビューに答え、13号の13は幸運の数なんだと言い張るくだりがあった。
何故かと言うに、「俺たちは生きて帰れたからだ!」とのこと。

台詞は少しうろ覚えだが、何やら不吉なジンクスを吹き飛ばす爽やかな読後感だったのは確かだ。
317: 世界@名無史さん 投稿日:2013/02/26(火) 17:54:14.66
ソクラテスソクラテスは結婚したほうがよいか否かと訊ねられた時、「どちらにしても君は後悔するだろう。」と答えた。
321: 世界@名無史さん 投稿日:2013/02/28(木) 22:35:09.51
中国南北朝、陳の後主。
後主隋軍が帝都建康に攻め込んできた時、後主がふと玉座の周囲を見回すと、皇帝を最後まで守ろうとする忠臣たちがいた。
その顔ぶれを見ると、遊興三昧だった自分に口うるさく諫言を重ねてきた人たちばかりであった。


日頃遊興のお伴をして心地よい言葉を連ねていた側近たちは、皆逃げ失せて影も形も無かったという。
322: 世界@名無史さん 投稿日:2013/03/01(金) 15:08:58.53
>>321
その話はどうやって後世(現在)に伝わったのか、その伝播ルートが気になる。
323: 世界@名無史さん 投稿日:2013/03/01(金) 16:08:14.14
そのボンクラ帝戦後も生き残って天寿全うしたから。
324: 世界@名無史さん 投稿日:2013/03/01(金) 19:36:47.66
>>323
なるほど。討ち死になさったわけではないのか。
325: 世界@名無史さん 投稿日:2013/03/01(金) 23:09:24.11
討ち死にどころか、宮中の井戸の底に隠れていた所を、敵軍に発見されて捕虜になってる>陳の後主

後主がそれまで散々冷遇していた真の忠臣たちは「せめてこうなったら玉座に端然と座して敵軍を引見し、天子の威厳を示されませ」と進言したんだけど、それを退けて命惜しさに井戸の底に逃げこんだ。

でも一族ともに助命されて天寿を全うしたのだから、まだ幸運だね。
但し、一緒に井戸に隠れた美貌で知られる側室の一人が、後の煬帝が自分の妾にしようとしたんだが「この女に惑わされて陳国は亡んだのです」ということで処刑されている。
326: 世界@名無史さん 投稿日:2013/03/02(土) 20:24:18.56
暗愚で知られた西晋の恵帝
八王の乱のさなか、反軍に皇帝と側近を乗せた馬車が追撃され矢が文字通り雨の如く降り注いだ。
侍中という高位にあった嵆紹はがばと皇帝に覆いかぶさり、全身に矢を浴びながら息絶えるまで皇帝を守り抜いた。

追撃を免れて皇帝一行が川のほとりにさしかかった時、従者が血まみれとなった皇帝の御衣を洗おうとした。
恵帝は言った。
これは嵆侍中の血だ。洗うなかれ」。

人民が飢餓に瀕していると聞いて「米が無いなら、なぜ肉粥を食べないのだ?」と言ったほどの暗君であった恵帝だが、目の当たりにした壮烈な忠義に報いる心は持っていた。
327: 世界@名無史さん 投稿日:2013/03/07(木) 13:34:26.46
4~50年ほど前に聞いた話。
その人は中国戦線を渡り歩いていた。
その中で一番激しかった城市での戦い。
数日続いた城内からの攻撃が突然止んで、市民が何人か転げだしてきた。
来てくれと言われるままに城内に入ると死体だらけ。
負けるとわかった国民党軍が城内を略奪して市民や兵士同士殺しまくって逃げてしまったらしい。


んで日本軍が総出で死体を埋葬するのだが、沢山の死体に気が変になる兵士が続出。
これが終わると城内を一戸ずつ廻って生存者の戸籍を作る。


それでその人は除隊されたけど、再徴用されて同じ城市の仮設役場の仕事をし、終戦を迎える。

帰国する時、市民は国民党軍の支配下になることを嫌い嘆き悲しみ、日本軍にとどまってくれと懇願されたそうだ。
328: 世界@名無史さん 投稿日:2013/03/07(木) 14:00:34.60
世界初の電子戦が行われたのは日露戦争の旅順攻略戦
日本艦隊が発信した電文をロシアの通信兵が同じ周波数で乱打しました。
旅順要塞降伏後、捕虜になったロシアの通信兵と日本の通信兵がお互いに顔を合わせ「お前だったのか!!!」と大爆笑。特徴があるので通信兵はお互い分かるらしい。
二人は無線機を前に通訳官を間に談笑していたが、数時間後殴り合っていたらしい。
何でも原因は電波の受信を最大にするには出力を大きくするか?、使っていない周波数に合わせるか?だったそうです。


その後、八木アンテナが開発されて、喧嘩の原因は解決しました。
329: 世界@名無史さん 投稿日:2013/03/07(木) 14:39:48.82
専門家同士のらしい閑話ですな。
所属国家の縛りを超えて歓談できるのも、専門域での意見の違いで衝突するのも。
330: 世界@名無史さん 投稿日:2013/04/03(水) 14:33:52.82
ペータル2世ユーゴスラビア王ペータル2世はドイツの侵攻によりイギリスに亡命した
同地で同じく国を追われていたギリシャの王女アレクサンドラと結婚、子を授かった
が、アレクサンドラが出産した嫡子が男子だった場合、ユーゴ生まれではないため王位継承権がなくなってしまう
このためイギリスに掛け合い出産場所であったクラリッジス・ホテル212号室をユーゴに割譲してもらった


無事にユーゴで誕生したアレクサンダル2世はその後王国滅亡の為即位はならなかったが、現在セルビアで王制復古を目指して活動している
331: 世界@名無史さん 投稿日:2013/04/27(土) 00:55:08.92
ソクラテスソクラテスが金持ち達を食事に招いた時、クサンティッペはご馳走がない事を恥じた。
ソクラテスは彼女に「心配するな。心得のある人達ならこれで我慢するだろう。つまらない人達なら、そんな者達を私達が気にかけることはない。」と言った。

またソクラテスは他の人達は食べる為に生きているが、自分は生きる為に食べていると言った。
332: 世界@名無史さん 投稿日:2013/04/28(日) 23:22:30.28
ソクラテスはこのスレにある逸話だけ見ると宗教家かのようだ
336: 世界@名無史さん 投稿日:2013/05/05(日) 19:46:43.90
ガイウス・ユリウス・カエサルカエサルは酒をほとんど嗜まなかった。政敵のマルクス・カトでさえ「後にも先にも素面で国家転覆をはかったのはカエサルだけだ。」と言っている。

ガイウス・オッピウスの伝えるところによるとカエサルは食べ物に淡白だったそうだ。
ある時、招待主から新鮮なオリーブ油の代わりに古くなった油を出された。
他の客は見向きもしなかったが、カエサルだけは主人を責めているととられないように、普段よりもたくさんおいしそうに食べたという。
337: 世界@名無史さん 投稿日:2013/05/05(日) 22:01:09.21
カエサルはガリアだったかで無駄に塩辛い漬物をだされ、部下が手をつけない中我慢して食った話あるな。
338: 世界@名無史さん 投稿日:2013/05/19(日) 16:17:25.18
本当の一流はそれなりの人格を持っている
281: 世界@名無史さん 投稿日:2013/01/29(火) 18:26:05.46
ガイウス・ユリウス・カエサルカエサルは平生より友人を愛想よく気軽に、かつ丁重にもてなした。
森林地帯を旅行中、随員のガイウス・オッピウスが突然病に倒れた。
カエサルはたった一件の番小屋をガイウスに譲り、自分は大地を枕にして眠った。
282: 世界@名無史さん 投稿日:2013/01/29(火) 21:57:52.60
>>281
2人でいっしょに寝ればいいのに。
283: 世界@名無史さん 投稿日:2013/01/30(水) 02:13:43.08
ガイウス・オッピウスが濃いめのホモだったんだろ
313: 世界@名無史さん 投稿日:2013/02/19(火) 21:34:34.64
アルカイオス古代ギリシアの詩人アルカイオスは言った。
ニカンドロスよ、君の脚の毛が濃くなってきたから気をつけたまえ。すぐに尻まで同じように濃くなるぞ。そうなったらきっと誰も君を愛してはくれない。君の美しさは松明のようなものだ。」と。
308: 世界@名無史さん 投稿日:2013/02/13(水) 13:13:48.29
愛人同士で編成されていたため、雄々しく堂々と戦ったテーバイの神聖部隊。
やはり愛し合う男性たちの勇気が軍隊を不敗、無敵の強力な組織にして呉れるのだな。

マケドニア王のピリッポス二世が涙ながらに感嘆したのも諾なるかな。
310: 世界@名無史さん 投稿日:2013/02/16(土) 10:58:50.73
密集陣形の左側に愛人を配置して必死に守らせたらしいな
309: 世界@名無史さん 投稿日:2013/02/14(木) 22:09:06.52
>>308
ホモが力強い軍隊を作った双璧は古代ギリシアと戦国期日本だな
311: 世界@名無史さん 投稿日:2013/02/17(日) 17:26:45.59
右の奴が好きな左の奴は自分の左の奴が好きで、その左の奴が好きなのはまた左の奴という、三角関係なんてメじゃない愛憎劇が繰り広げられるわけだな
312: 世界@名無史さん 投稿日:2013/02/17(日) 19:32:52.95
結論:みんな大好き
314: 世界@名無史さん 投稿日:2013/02/24(日) 00:50:08.79
同性愛者の軍隊は侵攻先で婦女に対する暴行を行わず、名誉を求める彼らの信条に加え、すぐそばに恋人がいてかっこつけなきゃならないから略奪もほとんどしなかった
315: 世界@名無史さん 投稿日:2013/02/24(日) 15:54:04.96
┌(┌ ;o;)┐ イイハナシダナー


 \  / .::::::::::::::::::::::::;;:;;::,ッ、:::::: )  く   ホ  す
  \ l  ,ッィrj,rf'"'"'"    lミ::::::: く  れ  モ  ま
     Y           ,!ミ::::::: ヽ  な  以  な
`ヽ、  |           くミ:::::::: ノ   い  外  い
     |、__  ャー--_ニゞ `i::::,rく   か  は
``''ー- ゝ、'l   ゙̄´彑,ヾ   }::;! ,ヘ.)  !  帰
      ゙ソ   """"´`     〉 L_      っ
      /          i  ,  /|    て    r
≡=- 〈´ ,,.._        i  't-'゙ | ,へ     ,r┘
,、yx=''" `ー{゙ _, -、    ;  l   レ'  ヽr、⌒ヽ'
        ゙、`--─゙      /!         `、
  _,,、-     ゙、 ー''    / ;           `、
-''"_,,、-''"    ゙、    /;;' ,'  /         、\
-''"    /   `ー─''ぐ;;;;' ,'  ノ
   //    /     ヾ_、=ニ゙
ハイ、そういうわけでシリーズ第5回目。やたらと濃厚なホモスレでした。
今回はたまたま、ソクラテスとカエサルがたくさん出てたけど、なかなかこのふたりの逸話はおもしろいですね。

カエサルというと、若いころからハゲてましたが、とにかくオシャレで女性にモテたとか。愛人への高価な贈り物も評判が高かったんですが、当然自分の収入では追いつかず、借金しまくって平然としてたというエピソードがあります。借金返済にセコセコしない、彼の器の大きさをかんじさせますね。
ソクラテスはの哲学はなんか「どっちに転んでもそんな変わんないでしょ」みたいで、管理人好み。お友達になりたい。

カエサルの死(ヴィンチェンゾ・カムッチーニ)
トップ絵はローマを好んで描いたヴィンチェンゾ・カムッチーニによる「カエサルの死」。
歴史上のいい話をテーマにした絵画とかもう思いつかないすねぇ…。
ローマ人の物語 (4) ユリウス・カエサル-ルビコン以前
塩野 七生
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元スレ:http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1327366681/

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    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.12.4 3:15
    ちょっといい話というか個人的にグッとくる話では、王承恩なんかも日本人好みなのではないかと思ったり。

    寵愛を受けていたわけでもなく、とりわけ有能というわけでもない、真面目だけが取り柄の目立たない男。
    国が音を立てて滅びゆき敵の軍勢が宮殿に迫る中、文官武官は残らず敵に寝返っており、皇帝に侍る者は王承恩だけであった。
    「国の滅亡は承知しています。ですが陛下のお世話を最後までする者も必要でしょう」
    敵の手にかかる前に皇帝が首を吊り命を絶つのを見届け、自らも皇帝の隣で首を吊って義に殉じた忠臣。
    • 王承恩って知らなかったので調べてみたら、このひと宦官なんですね。
      なんとなく自分の利益に汲々としてる感じの宦官の美談ということで、アジア一帯ではけっこう有名な模様。
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