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この情報化時代に最適な思考形式とは何か @ [哲学板]


この情報化時代に最適な思考形式とは何か @ [哲学板]
1: 考える名無しさん 投稿日:2012/08/02(木) 20:22:04.43
もはや単純な知識は意味をなさなくなった
3: 考える名無しさん 投稿日:2012/08/02(木) 21:33:07.20
6: 考える名無しさん 投稿日:2012/08/03(金) 12:07:27.69
ペシミズムじゃない?

無意識に生きれなかった不適合な人間にとって思想は自己正当化への試みでしかないんだから
管理人より:「ペシミズム」とは悲観主義、厭世主義のこと。反対は「オプティミズム」。
7: 考える名無しさん 投稿日:2012/08/03(金) 14:59:52.53
>>1
高次な知識もいつかは単純になる。
対象が盲目なら既知の知識など邪魔なだけである。

後ろを見て繰り返すもの、前をみて生み出すもの。
君はどうやって前を見るか教えられなかったのか?
8: 考える名無しさん 投稿日:2012/08/03(金) 20:05:30.47
>>7
「対象が盲目なら既知の知識など邪魔なだけである」
と述べている。
現代の哲学も対象となる問題点が搾りきれず行き詰まりを呈している。
又、政治、経済、教育にしても複雑、多様化している状況の中で、問題の対象を絞り込む事が出来ない。
従って、まず的確に対象を絞り込む事によって「思考法」を組み入れる事が必要です。
思考法とは、システム思考、論理思考、全体思考、水平思考等いろいろある。
9: 考える名無しさん 投稿日:2012/08/28(火) 04:39:23.30
>>8
頭が悪いな、対象が盲目なら従来の意味のある思考法は全て無駄。

盲目には無意味な思考法、たとえば考えない、理解しない、デタラメ、直感、これが基本だ、おまえはもった人生経験を積むべきな。
論理が矛盾した状況を超えた経験もないのか?
10: 考える名無しさん 投稿日:2012/08/28(火) 04:52:59.59
「論理が『矛盾』した状況」
とは例えば?
14: もうちょっと勉強しよう。 投稿日:2012/12/18(火) 02:39:53.24
>>10
目の前の論理の正しさが必ず普遍の正しさではない。
よってそれより正しいことによって目の前のそれが否定されたとき矛盾となる。

なんで正しいことしているのにダメなんよ、と思う奴には説明しても無駄。


論理は活きている、生ものってことだ。
過去の論理が正しくても未来で成立する論理で考えれば非論理にすぎない。
11: 考える名無しさん 投稿日:2012/08/28(火) 16:46:19.71
「対象が盲目」という言い回しがよくわからない。
ぐぐってみたけど、そういう使い方をしてる人はいないみたいだな。どういう意味なんだろ。
16: 考える名無しさん 投稿日:2012/12/18(火) 02:48:38.59
>>11
たぶん。”対象が盲目に「見える」”ってことじゃないか?

国語とか書籍の記事やアナウンサーの言葉じゃないのよ。
2chで日本語おkとは俺は無能で正しい表現や構文じゃないと読み取る力がないと自慢しているようなもの。

流れから汲み取り空気をよめ。ここの正確さなど2chで求めるのは「便所の落書き」に文法が違うとか真剣になって赤ペンでその上に訂正しているおばかさんだよ。
15: 考える名無しさん 投稿日:2012/12/18(火) 02:45:55.99
矛盾って言葉はかなりイイカゲンに使われるからね
非合理と呼ぶべき場面で使われることさえある
18: 考える名無しさん 投稿日:2012/12/18(火) 02:55:22.27
論理的という言葉もかなりイイカゲンに使われるね
合理的/理論的と言い換えた方がいい場面は数知れない
20: 考える名無しさん 投稿日:2012/12/18(火) 03:08:30.09
>>18
主観的なものから組み立てたのもだから論理的(俺の思い込み論理)
君が言うのは完成した学術やら知識からできた理論的(実績のある知恵)
知性に適っているなら理論でいいんだけどね。
情動によってできたポエム的な仮説に対して理論といったら詐欺だよ。
23: 考える名無しさん 投稿日:2012/12/19(水) 08:39:39.28
>>18
論理は輸入であり、道理とかぶるからな。
このへん整理しないとな。
22: 考える名無しさん 投稿日:2012/12/18(火) 08:30:29.25
人知を超えた領域はオカルトであり、科学が科学という体質を超えない限りオカルトは否定される。

科学は知識と技術という力で人々を縛る、人知の及ばない未知への領域には、知識も技術も力にはなりえない、その領域で必要なのはオカルトの類の力
デタラメであっても始めの1歩は言葉の定義となりそれを基準に修正してゆく流れは人知の範囲では科学であっても人知の外ではオカルトの類でしかない。

完全に見えないものを見るには見える方法を探すのでは完全に見えないを否定できない。
それは見えるというルールそのものすら変えるトンデモへの飛躍、デタラメの領域への旅立ち。
そこで初めてルールの外に出れる。出たその先にはたどり着けないはずの未知が待っている。
こじつけの定義の中から真実が浮かび上がってくる。
技術や知識を信じるとこの方向へ門を開き手を伸ばすのは事実上不可能である。
それだけ科学信仰はオカルト的なトンデモ領域をアレルギー体質のように否定する。
管理人より:???
46: 考える名無しさん 投稿日:2013/03/24(日) 00:08:53.92
現代に「最適な」思考形式

目的合理性(目的と手段、優先順位の明確化)と物事の全体を有機的に捉えるシステマティックな視点、それらの背景にある生存本能。
てことではないだろうか。
47: 考える名無しさん 投稿日:2013/03/24(日) 18:29:10.06
情報化時代に最適な「思考形式」とは何か。
この課題は、「産業革命」以降から始まっている。


産業革命当時の人々にしても、いままでキリスト教世界観のなかで、穏健で静的な生活様式から、急激な情報の洪水の中に巻き込まれて行く。今日の私達の生活もその延長上ある。

では、この情報の洪水の中で、どの様な「思考法」が良いのであろうか。
実は、この問題に最も敏感に直面しているのは、哲学であると思う。

ルネ・デカルトイマヌエル・カントゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルカール・マルクスエトムント・フッサール
デカルトから始まり、カント、ヘ-ゲル、マルクス、フッサ-ル、そして、大陸哲学と英米哲学へと「思考法」は変遷している。


現代は、科学技術(テクノロジ-)の更なる進歩によって、更に情報量は増大している。このテクノロジ-と多様化し続ける「情報」に対して、哲学はどの様な「思考法」を提唱しているのか。
その思考法を大別すると、「現象学的思考」、「生哲学的思考」、「論理実証主義的思考」となると思う。
これらの思考法に共通するのは「生命」を基底として、全体を「有機的」に捉えることが重要であると思う。
管理人より:あ、ようやく?哲学的な話しになってきました。
現象学」というのは簡単に言うと、「意識上の対象物を、先入観を排してあるがままに見る」ということだそうです。(公理を必要としない)
生哲学(生の哲学)」とは、すべての事象には理想像があるという「イデア論」や、全ては無意味なものであるという「ニヒリズム」などと違い、人間の生をあるがままに見つめる「非合理主義」とでも言うべき、一種の哲学的反動。
論理実証主義」は、あらゆる理論・システムを言語学的に細かく切り分けていき、因果関係を煮詰めることで、「科学」と「エセ科学」を弁別しようとした哲学的ムーヴメント。
101: 考える名無しさん 投稿日:2013/11/17(日) 14:51:43.45
現代は、価値観の多様化、種々の情報の氾濫、科学技術(テクノロジ-)の専門的化等々、複雑に絡まった社会の中で、どのようにして自分にとって最も「的確」な判断を下すか、これは非常に難しい問題です。

的確な判断を下す為の「最適な思考形式」を現代に於いて求めるとすれば、まず考えられる事は、形式論理思考、現象学的思考、弁証法的思考の三ツの思考形式が考えられる。
この三つの思考形式には、それぞれに長所と短所がある。まずは、互いの思考形式の長所と短所の分析をし、長所を生かした新しい「思考形式」の確立が必要となる。


現代社会の混乱(世界的な経済格差、地球規模の環境破壊、人間の叡智を超えた“核”の課題、資本主義-社会主義の限界等々)の源は、現代に適した「最適な思考形式」が、見つけ出されていないからであり、今、人類に最も求められていることとしてある。
管理人より:「形式論理学」は、カントが自ら考案した「超越論的論理学」の対比として、アリストテレスの論理学に対して名づけた概念。「思考の内容を捨象し、大雑把な抽象モデルによる形式的法則による推論を研究する論理学」のこと。
弁証法」とは、客観的に物事を理解し、論理を発展させる単純化された思考整理の方法論のひとつ。
ある定義(テーゼ)に対して、その反論(アンチテーゼ)があり、それらを受けてのより高次元な論理的結論(ジンテーゼ)が生まれる、ということ。
102: 考える名無しさん 投稿日:2013/11/21(木) 18:22:38.89
エトムント・フッサール戦後の実存主義は、フッサ-ルの「発生的現象学」という思考形式を基底としているが、この現象学的思考と、形式論理思考との長所を取り入れた“思考形式”の論究により、現代に適した「最適な思考形式」を創出していくのが、これからの哲学の方向であると思う。

戦後の現象学を基底とした哲学者は、メルロ=ポンティ、サルトル、ハイデガ-、レヴィナス、デリダ、ドゥル-ズ、フ-コ-、カミュ、ム-ジル等々という戦後の社会に大きな影響を与えている。
107: 考える名無しさん 投稿日:2013/11/23(土) 14:48:38.23
合理主義的思考(論理実証的思考)にも長所と短所があり、実存主義的思考(反形式論理的思考)にも長所と短所がある。
現代は、ますます科学的な合理主義思考(形式論理思考)が強まっている。
巨大化したテクノロジ-(科学的思考)の影響により、結果として人間の“極小化現象”が起きているのだと思う。


巨大化したテクノロジ-は、一面に於いて人間に物質面の“脅威的”な豊かさをもたらしたが、その反面、大量生産による“大量消費”という思想を作り上げてしまった。
その結果、PM2.5の大気汚染、CO2の地球温暖化による天候異変、又、“核(原発等)”による地球規模の環境破壊、そして、木、石炭、石油、その他の鉱物資源の無計画な消費による、地球資源の枯渇が深刻化している。
109: 考える名無しさん 投稿日:2013/11/23(土) 16:12:58.94
現代社会が、世界的な環境破壊、そして経済に於ける留まることのない世界的な経済格差、その結果多くの人々は、生活環境が厳しく、また精神面でも生きづらい社会となっている。

現代社会への生きづらさは、誰しもが切実に感じていることであり、その原因となる源は何かと考えてみると、やはり、社会にある“種々の問題”を的確に捉えていくための“基本”となるものとしての「最適な思考形式」ということに辿り着く。


ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルナポレオン時代以降のヘ-ゲルの「弁証法的思考」、イギリス産業革命時代の「論理実証主義的思考」そして、第二次大戦後の「現象学的思考」と言う思考形式の流れの延長線上で今日に至っている。
114: 考える名無しさん 投稿日:2013/11/28(木) 16:37:16.52
モーリス・メルロー=ポンティジャン=ポール・サルトル
戦後のモダン哲学は、メルロ=ポンティ、サルトルを中心とした“発生的現象学”を基底として哲学的な展開がなされていった。

クロード・レヴィ=ストロースレヴィ=ストロ-スの構造主義も、メルロ=ポンティの思想(構造の概念)の影響を受けている。
メルロ=ポンティの「知覚に於ける差異化の運動」が、“ポストモダン”のデリダ、そしてドゥル-ズへと引き継がれていく。

この戦後の「発生的現象学」の流れに対して、科学的思考である「論理実証主義」が相対的関係にあり、今後の最適な思考形式の方向性は、両者の長所を取り入れた新しい“現象学”が主流となって行くのであろう。
115: 考える名無しさん 投稿日:2013/11/28(木) 17:09:26.98
終焉現象の学?
116: 考える名無しさん 投稿日:2013/11/28(木) 17:35:37.44
アカデミックに構えると、時代に取り残されて産廃扱いされる時代。
119: 考える名無しさん 投稿日:2014/03/14(金) 07:40:28.69
>>1
それは何を軸にすればよいか?かな
それとも何か違う観点か
120: 考える名無しさん 投稿日:2014/03/14(金) 13:31:23.76
>>119
それは何を軸にすればよいか・・・。
現代は種々の価値観が重層化し、且つ、複雑化、専門化している。これらの種々の要素(種々の課題)に対して、的確に判断することは容易なことではない。
だからと言って今までの様に専門分野(大学教授、経済学者、政治家等々)に一任していては、課題は解決しない。一任の結果が今日の状況を招いている。

一人一人が立ち上がって行かなければ、現代に堆積した環境問題、経済格差、資本主義の歪み、核の問題、人口増加の問題、地球資源の問題は解決されて行かない。


個々人がどうすれば現代社会を、多様的、且つ的確に捉えていくことが出来るのか、その中核となるのが「最適な思考形式」であると思う。
「最適な思考形式」とは何かということであり、方向性として>>114で記述しているように、論理実証主義の長所と発生的現象学と静態的現象学の長所を取り入れた新たなる「思考形式(論理)」の構築が求められている。
48: 考える名無しさん 投稿日:2013/03/25(月) 00:07:05.36
既知を扱う思想形式と未知を扱う思想形式があり、前者は学び励み明晰に、執念や情熱と共に積み重ねれば誰でも叶う類である。

だが未知を扱うには見えすぎる目では何も見えない。
見えないものを明白に明晰に的確に見るとはコリエイトするのとなんの違いもないわけだ。
49: 考える名無しさん 投稿日:2013/03/25(月) 00:10:43.83
ぼんやりした意見すなー
52: 考える名無しさん 投稿日:2013/03/27(水) 23:45:41.62
現実への適用は大事だね。それは抽象論が通るべき必須のテストだ。

>>48を善意で解釈すると、既知はこれはわかるわな。
未知をどうあつかうか。未知をわかったようなつもりになるのは嘘だ。この場合の未知とは人間の知性で把握できない物事のことだ。となると、わからない未知を我々はどう扱うのかという問題提起?
これはある種の実存主義的な考え方への誘いか。
管理人より:「実存主義」とは、簡単に言うと心より身体を重視しますよ的なこと、といえば良いでしょうか。
人間の実在を中心に置く哲学思想。あるいは本質存在(essentia)に対する現実存在(existentia)の優位を説く思想。
53: 考える名無しさん 投稿日:2013/03/31(日) 02:51:49.51
>>52
人が得る現実など抽象的な類でしかない、どんなに非抽象的と表現しても嘘にすぎない。
知性をしってさらに非知性を知れば知性だけで考える愚かさを理解できるだろう。

見えているものだけが全てならば学べる学問ものを全て暗記しそれが全てである。
見えていない部分や間接的にも永遠に見えない類を存在すると言えば、見えているものだけで思考する人には滑稽にしかみえないだろう。


自分が全てのように驕る思考を否定するべきであって、解らないこと、見えないこと決して知りえないことを、軽く知識ではないと否定したとき何が得られるかは、自分で考えること。
54: 考える名無しさん 投稿日:2013/03/31(日) 07:40:03.07
>>52
未知をわかったつもりになるとは、未知を作り出す立場かその能力があることです。
既知しか知らない貴方には創造という未知を理解することができないだけです。
80: 考える名無しさん 投稿日:2013/04/06(土) 23:50:03.89
情報化時代≒情報過剰
情報量の制限をするか、情報量分の思考をするか。
82: 考える名無しさん 投稿日:2013/04/07(日) 14:23:28.14
ルネ・デカルト心身二元論が創出した経緯は、デカルトが「方法的懐疑」により、「私は考えるゆえに私はある」という命題の「超越論的主観(私)」の視点より、心(精神=私)を主観的領野として、身体(物質)を客観的領野(物質)として、解釈することが出来る。
近代哲学で、主観と客観の分離は、このデカルトの超越論的主観(私)より、創出したものであり、「主観(精神=私)と、客観(物質)」構図は、デカルト以後、「主観と客観の一致」の認識問題の謎として現代に至っている。
83: 考える名無しさん 投稿日:2013/04/07(日) 15:29:25.76
>>82
解釈はいい。解釈で謎とするのもいいが貴方の解釈にすぎない。
85: 考える名無しさん 投稿日:2013/04/07(日) 17:51:26.90
>>1
選択と集中。なのかねえ
87: 考える名無しさん 投稿日:2013/04/07(日) 22:43:33.34
おれ、90年代とか80年代の本やコラムを読むのが趣味なんだけど、昔のコラム読むと、的外れだなぁと思うことがよくあるね。
特に90年代のコラムは痛いのが多い。
なんというか、妙な全能感みたいなのを、どのコラムニストも持っている。
あと、コギャル叩きが激しすぎ。すべての女子中高生が援助交際してると思ってる。

あれはどういう時代だったんだろうか?
オッサンは、テレビを真に受けやすいからな。ひどい時代だったよ。
108: 考える名無しさん 投稿日:2013/11/23(土) 15:08:51.26
情報化社会では、情報の「意図」を読み取ることが切実に必要になる。
そのためには、権力闘争に関する心理学や歴史物語を研究するのがよいと思う。
賭け事も一種の権力闘争なのだから、それについての研究や歴史物語でもよい。
111: 考える名無しさん 投稿日:2013/11/28(木) 14:48:52.44
情報化時代は終焉しつつあり。次に来る社会とは??
112: 考える名無しさん 投稿日:2013/11/28(木) 14:57:38.39
煩悩で焼かれる火炎地獄。
自業自得と自己責任のフラクタル。


捨てねばならない我欲は、全と共有される速さと競ってる。
急がないと苦しむ。だから回り道せずにこつこつと捨てていくほか、ない。
「諦めること」は、捨てきることと同じ。即ち、今のままだと諦めきれずに苦しみ藻掻き続ける。
今までは、苦しみから目を逸らす事ができたが、全てが共有された後、目が逸らせない社会がくる。
目蓋を切り落とされる。目が瞑れない。


さあ、どうする。
113: 考える名無しさん 投稿日:2013/11/28(木) 14:59:36.71
企業資本と国家資本からの広告しかない新聞はネタがうんこッティなわけよ
123: 考える名無しさん 投稿日:2014/03/14(金) 21:53:29.21
これほどの変革の時代に、真に必要とされる「新しい哲学」を誰も明確に提示できないでいる。
いまほど本物の哲学者が渇望される時代はないというのに!!
90: 考える名無しさん 投稿日:2013/04/09(火) 01:39:27.75
>>1
この板に多いややこしい思考形式ではないようだ。

ちょっとこれ、どのへんに需要のあるネタか、さっぱりわからないですけどもね。笑

当初はホントに、哲学板のまとめなんて「枯れ木も山の賑わい」というつもりだったんですよね。でも、一見需要全くなさそうに見えて、これでけっこうアクセスもコメントも頂きますんで、扱いに迷っています。普通のひとはこんなジャンルは興味ないはずですしね。
このスレも途中でまとめるのやめようかどうしようか、迷いつつ結局最後まで行きました。きっと当サイトのドクター方ならば…と思いつつ。

まぁあの情報化社会に最適な思考方法!ということで、なかなか前向きで活発な討論が繰り広げられていたスレなんですが、スレチの議論がけっこう多くて、だいぶんバッサリカットして、順番並び替えたりしました。興味のある方はゼヒ、元スレを。チンプンカンプンですよ。

さて以前、プロ棋士の羽生善治というひとがですね、「この情報化社会においては、『情報を捨てていく』ことが最も大事!」なんて言ってましたけども、スレでも似たような意見がありますね。
おそらく、今の10台20台くらいの若い方は生まれながらにして、こういった社会になんなく適応できるんでしょうから、過渡期の世代について、という部分が大きいでしょうね。ついていけないひとは次々に脱落するわでして、なかなか厳しい時代です。

まぁでも、管理人が子供の時なんてね、テレビと新聞と図書館くらいしか、情報を摂取する手段がないですから、もうー管理人なんかは常に情報に飢えてましたよね。
ほぼ毎日図書館に通って本借りて読んでたことを考えると、今はなんていい時代なんだ!って思います。
たくさんの情報は必ずしも消化する必要はない、と管理人も思いますが、情報の真贋判定含めて、取捨選択ということも、息をするようにできないといけません。

そしておそらくは、個人が消化した情報のユニークさはある一定の価値を持つだろうということ。誰でも知ってることを、さらに後から知ったところで、それにはたいして価値はないのではないか、というのが管理人のポリシーですよ。
当サイトでは、できるだけ、「情報のユニークさ」という点についても気を配っておりますので、他のまとめサイトにはない「何か」を感じていただければ良いですけどもねー。
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元スレ:http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/philo/1343906524/

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    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.12.5 22:47
    私はこういうまとめ好きです。
    哲学は全く触ったことがないし、まとめられている内容も分からないところが多い(ほとんど)ですが、何となく哲学の薫り的なものを感じて楽しんでおります。
    • ※2 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.12.6 1:14
    その答えは42だ
    というのは冗談だけど、最適を求めるというのは結果として、無意味なことがある
    最適とは、ある地点Aからある地点Bまでの事象について最も良く説明したものは南だろうか、ということだ
    ではその説明が、地点Bから地点Cまでの事象について説明しうるだろうか、というとそんな事はありえない
    地点Aから地点Bについてよく説明すればするほど、他の事象にはあてはまらない
    これを過剰最適という
    その究極の姿が、おそらくはディープ・ソートなのだろう
    たったひとつの冴えた考え方が欲しいようだけど、この世にはそんなものはない、と知るところから始めるべきじゃないかな
    大事なのはどう考えるかではなく、どう切り取るか、どう捉えるか、ではないだろうか
    そしてこの考え方に長けているのは哲学ではなく、経営学ではないかな
    • ※3 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.12.6 3:21
    >>2
    俺も42だと思うね。
    過剰最適というワード、気に入った。まぁ汎化・特化の問題はスレでは触れられてないが大事かもね。
    形式とかフォーマットとかパターンとかフレームワークとか…未知のものに対して外枠から作ってどうする気なんだろうね?サンプルをたくさん見ないとひな形なんて作れんだろうに。
    • ※4 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.12.6 8:29
    俺好みの話題。まとめてくれてありがとう。
    • ※5 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.12.6 10:25
    どうでもいいけど、学問領域で曖昧な言葉を使っておいて流れを汲めってどうなんですかね……?
    きっちり議論したいなら言葉を尽くすべきでは
    • ※6 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.12.6 11:45
    最適なのは自分にあったもの。みなに共通して最適なんてものは無い。
    スレでは、なんか難しい言葉にしようと必死だけど、結局は理不尽な権力への不満をどう解消するかって話に終始してる、この程度の哲学的思考()など、サラリーマンやニートの井戸端会議でしかない。だからサラリーマンやニートに人気が出る。
    • ※7 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.12.6 21:08
    最適ったって論理的な思考なんて三種類しかない
    インダクション、ディダクション、アブダクション、これだけだ
    後は非論理的思考として感情論があるかなって程度だ
    その中から好きなものを選べばいい

    無限にも思える情報から、有益な情報を得たいなら統計学を学べばいい
    皆を一つに纏め上げたいならリーダーシップを学ぶべきだ
    世界を変えたければ先ず隗より始めよ

    だいたい>>1は最も大事な問いに思いを巡らせていない
    それは「仮に最適な思考形式とやらが見つかったとしてどうするのか」だ
    満足してスレを閉じるか?
    研究し、発展させるか?
    人々を啓蒙するか?
    文章に起こして広く世に問うか?
    人生の指針として生きるのか?

    そこが明確でないなら、ただの自己満足で終わってしまうしかない
    それにしても、なんというか、頭でっかちばっかりって印象
      • ※8 : ドクター・ノオ・ネーム
      • 2014.12.6 23:13
      君、そうとう恥ずかしいから矛盾許容論理を勉強しようね
      まずは単純な2つの集合のヴェン図で論理演算の組合せが何個あるか数えてみようか
      規則のトレードオフとかは後回しでいいからさ
        • ※9 : ドクター・ノオ・ネーム
        • 2014.12.7 1:02
        ご指摘どうも
        AND/OR/EXOR/NOTの四種類があるって事なのは分かる
        組み合わせの数は面倒だから省かせてもらうとして
        論理回路の動作としては習ったが、数学?でいいのかな
        そっちで論理学を習ってないから、その矛盾許容論理ってのが現実にどう応用できるのかってのはいまいち未知数だな
        それが現実の意思決定なりに使える、もしくは使ってるなら幅を広げる為に手を出してみよう

        ところで、どの辺りがどう恥ずかしいのかを教えてもらいたいのだが
        厚かましくも重ねてもうひとつ、初学者向けの本なりを知っているなら教えていただけるとありがたい
          • ※11 : ドクター・ノオ・ネーム
          • 2014.12.7 18:50
          >論理的な思考なんて三種類しかない
          ここだぁね、恥ずかしいのは。
          まず論理的思考って推論だけじゃないよってこと、それに演繹は論理的だが帰納や仮定なんて感情的以外の何物でもないし、間違うことで真偽を導けるなら恒真式だってなんだって真理値を導き出せる、論理ってだけならだいたい10種類あるよ
          あと、矛盾許容論理の現実への応用については色々あるけど代表的なのはパラドクスの真偽判定が可能になるとこかな、問題が間違ってると自信をもって言えるようになるってこったね

          初学者向けの本って言うけど、初学者は本じゃなくて人に聞けって感じ
          本は素晴らしいものだけど入門には向かないよ時間のムダ、大まかに肌で感じてから教えてくれる相手が勧めるものを読むべき、教え方も学び方も色々あるんだし自由だけどさ、もし通勤途中に勉強するとかならウェブでも図書館でも調べようはあるでしょ、wiki以外ならなんでもいいんじゃね?まぁ読むならグレアム・プリーストが定番かね
  1. >哲学の薫り的なものを感じて楽しんでおります。
    >俺好みの話題。まとめてくれてありがとう。

    わっ、良かったですよ。盛り上がってて…。
    ---------------------
    >その答えは42だ
    >俺も42だと思うね。

    42ってなんのことかよく分からなかったら調べたら、「銀河ヒッチハイク・ガイド」に出てくる「究極の答え」なんだそうですね。
    ---------------------
    >きっちり議論したいなら言葉を尽くすべきでは

    2chのしかも哲学板ですから…
    ---------------------
    >なんか難しい言葉にしようと必死
    >頭でっかちばっかりって印象

    管理人もそんな印象を受けました。カットした部分はもっとひどかったです。笑
    ---------------------

    まぁ、どうぞ管理人は無視して活発な議論を続けていただければと思いますー
    • ※12 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.12.12 1:22
    サイバネティックスがなぜでない
    実存主義については知らないけ土その祖のキェルケゴールは体が大事といってる印象は無かったですね。
    ただ自分自信、がどう考えるかってんが大事で形式主義批判したとか。本の受け売りですけど

    僕は、例をだせば論理哲学のウィトゲンシュタインは初めは完璧な論理を追い求めていたけど、最後にはかれは日常使われている非論理的で矛盾のある言語こそが一番と認めている。
    かレが正しいかは解らないけど
    ひとの考え方は彼のように時間と共に変わるのが普通だと思う。だからこんなところで教えてもらうのではなくて、自分で考えて行くのが哲学だと思います。
    本を読むだけの人は偉くなくて、読んだあと考えることが大事だとショーペンハウアーさんも言ってますし(引用使う時点で説得力ないですけど笑)
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