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【山岳民族】山・高地の習俗・伝説【山の民】 @ [民俗・神話学板]


【山岳民族】山・高地の習俗・伝説【山の民】 @ [民俗・神話学板]
1: 天之御名無主 投稿日:2012/02/19(日) 21:11:55.56
山や高地の暮らし、習俗、社会、文化、伝説、歴史について語るスレです。

主な対象は、
東南アジア・中国のカレン族、モン族、ヤオ族、アカ族、ラフ族、リス族、
スイス人、バスク人、グルカ族、安曇族、マタギ、木地師、高砂族、クルド人、
コーカサス、チベット、アンデス、エチオピアといった高地に済む人々や、山岳信仰関係(修験者や、講等の信者組織)、あとは山篭り、比叡山や高野山などの寺院、メテオラに代表される修道院、天狗、山姥、鬼等の山に住むとされる妖怪等です。
2: 天之御名無主 投稿日:2012/02/19(日) 21:16:58.41
いろいろあり過ぎて、何から書いていいやら
3: 天之御名無主 投稿日:2012/02/19(日) 21:17:55.65
アサシンで有名な山の老人とか
12: 天之御名無主 投稿日:2012/02/20(月) 18:15:00.07
>>3
通称アササンはイスラム教イスマエル派スキート教団の騎士団のこと。
創設の目的は、聖山(須弥山)の守護。


よく言われる暗殺にも少しは関係していたが、実際には十字軍に対抗する軍の性格が強い。
本部はイランのアラモン。

テンプル騎士団は服装、会則等、様々なことをこのアササンのものを参考にしたらしい。
ニザームルムルクの暗殺
管理人より:スキート騎士団とはちょっとよく分からず調べられませんでしたが、いわゆる「暗殺教団」として名高いイスマエル派の中の一派、ニザール派というのはあったそうです。
文献に最初に登場するのは1122年で、「hashishiyya」という集団について述べられており、麻薬(ハシシュ・hashish)を使うならず者集団、のような位置づけであった云々。山の中に城塞を築いて本拠地としたなどなど。
第1回十字軍の1080年頃くらいあたりがその起源と言われており、十字軍の要人を次々と暗殺してまわったことから非常に恐れられ、伝説がひとり歩きしていった感はあります。ここからアラビア語の「Hashishin」というのができたんでしょう。
トップ絵で出した「Assasin's Creed」も、この暗殺教団をモデルに作られたゲーム。
テンプル騎士団
テンプル騎士団」とは、聖地巡礼者のための護衛を務める、という名目で設立された修道会の皮を被った武力組織。白地に赤の十字架が特徴ですね。
当時複数の国から支持と寄進をを受け、すさまじい財力を誇っていたと言われていますが、フランスのフィリップ4世に壊滅させられた際に、未発見の財宝がまだまだあるはず…という伝説も。
4: 天之御名無主 投稿日:2012/02/19(日) 21:40:51.42
インパール作戦で日本軍を銃で狙い撃ちしたリス族の話題がええな
5: 天之御名無主 投稿日:2012/02/19(日) 22:25:39.91
壮・苗・彝】中華 南方少数民族史3【白・瑶】- 266 達坡瑪吉 Dapo Maji - 傈僳兒女幸福多 The Lisu People Are Happyこれを見るとリス族は、牧畜の比重が高い農耕民であり、烏蕃の一部ということになる。

Lisu song, Lisu new year関連動画を漁ると、晋書の栗粟の記述にあるように弩の使い手であり、狩猟民のルーツを持つというのも正しいことになる。

(1) 视频: 怒江民歌(兰坪)——酒歌(慢板).wmv
(2) 视频: 怒江民歌(兰坪)——酒歌.wmv
周囲の民族が混じったコンテンツ
オレンジの布地にポンポンかついた帽子の4人がリス族の衣装
信仰が違うイカ帽子がイ族、弁髪ぐるぐるドーナッツがナシ族モソ人
シャンデリアにフンドシは言葉が通じない筈のミャオ族
これだけ隣接して混住しているので、リス族の本質が牧畜民、農耕民、狩猟民なのか不明である。
6: 天之御名無主 投稿日:2012/02/19(日) 22:51:22.38
人類学者James ScottのThe art of not being governed (2009)っていう本が、東南アジア山岳地帯の、人々がいかにして国家に統治されずに生きてきたかを書いていて面白いよ。
あのあたりをScottはゾミアZomiaと呼んでいる。
7: 天之御名無主 投稿日:2012/02/20(月) 10:01:30.43
もろこの板向きのスレだね
いままでこんなのがなかったのが不思議なぐらい。
8: 天之御名無主 投稿日:2012/02/20(月) 12:15:18.02
古代は、日本でも結構標高が高いところに住居ってあったんだよね。
時代が下るにつれて、段々人口密集地と言えば、平地になってきたけど。
15: 天之御名無主 投稿日:2012/02/20(月) 21:06:08.84
>>8
貝塚が多く作られる時代に、平地にある程度降りてきたんよ。
49: 天之御名無主 投稿日:2012/03/16(金) 00:50:04.40
>>8
宮城の地震にあった地区が、高台に集団移転しようとしたら、候補地から続々と奈良時代の遺跡が出てきてしまって大変らしいね。
あの時代は、やっぱり高台がメインの住居地だったんだろう。
9: 天之御名無主 投稿日:2012/02/20(月) 14:05:51.63
ヒント。縄文~平安期の海進現象。
当時は現在の多くの平野部や海岸線付近は海中。
11: 天之御名無主 投稿日:2012/02/20(月) 17:58:05.61
海進現象だけじゃなくて気温の変化もあったんじゃなかったっけ?
ある程度高地の方が快適に暮らせた時代だったって聞いた気が。
22: 天之御名無主 投稿日:2012/02/21(火) 23:45:08.45
>>11
高地に多人数が住むには、井戸掘りや水脈探しが重要だ。
鉱山開発がでてきてから、そのスキルは発展している。
50: 天之御名無主 投稿日:2012/03/16(金) 09:54:08.57
寧ろ歴史的経緯を無視して低地にすんだ現代人が愚か
51: 天之御名無主 投稿日:2012/03/17(土) 10:57:40.27
歴史的経緯と言っても、平安時代以降は平地に住んでたわけで。。
52: 天之御名無主 投稿日:2012/03/17(土) 14:02:02.18
平安海進で現在の平野部の多くは海です(現在の七メートル上が海面?)。
神社の場所は当時の台地や岬のハナに鎮座。
・・・香取神宮と鹿島神宮は向かい合った岬に鎮座。あたかも灯台のごとし。
熱田神宮も海に突き出た岬だぎゃーも。

関東平野も平野部は海中。日比谷台地にある皇居の辺りも直前まで海
大阪城や難波宮の上町台地や台地部分以外の平野部にはワンドや湿地帯が広がっていました。
住吉大社は正に社殿近くまで波洗う海岸で船団の船着場。(住之江津、難波津)になります。(大祓の想定場面の一つ、大津辺は住之江)
53: 天之御名無主 投稿日:2012/03/17(土) 17:59:03.80
>>52
ひょっとして、神社の起源ってそういうところにあったのかな
神社は船の目印から説、あったような


出雲、宇佐も、沖縄の斎場御嶽も海と関係あるし
56: 天之御名無主 投稿日:2012/03/20(火) 14:57:59.62
>>53
阿蘇や諏訪や浅間みたいに海と無関係な神社もあるわけで、それだけで神社の起源を云々するのは行き過ぎだと思う。
57: 天之御名無主 投稿日:2012/03/20(火) 17:30:55.08
>>53
目印というより、護りじゃない?
かつて海や森は異界だったっていうし、異界への護り、異界への信仰の表れだったんじゃ?
管理人より:神社の起源については以前まとめてます。合わせて読みたい?
55: 天之御名無主 投稿日:2012/03/20(火) 13:20:05.52
>>52
詩じゃあるまいし、無茶苦茶読みにくいんだけど。
60: 天之御名無主 投稿日:2012/03/23(金) 13:46:02.85
>>52
>平安海進で現在の平野部の多くは海です(現在の七メートル上が海面?)。
wikipediaでは、50cmとか1mの話しか出てこないけど?
61: 天之御名無主 投稿日:2012/03/28(水) 20:40:37.85
>>60
ソースがwikiとかww
因みに、単純な浸水とか海面上昇よりもむしろ埋め立てこそを考えるべきだろう。
今長崎に住んでるけど、埋め立てた場所とそうでない場所の境界上に寺社が建ってるぞ。
64: 天之御名無主 投稿日:2012/04/06(金) 20:02:49.33
>>52の書き込みは信憑性ないよ
たとえば
>日比谷台地にある皇居の辺りも直前まで海
というのは大嘘。存在しない地名まで造ってる。
具体的には日比谷入江は存在したけど日比谷台地などは存在しないということ。
江戸城が作られたのは本郷台地の南端。
江戸時代に仙台堀が構築されて本郷と切り離されてからは本丸台地という。
59: 天之御名無主 投稿日:2012/03/21(水) 12:16:21.80
江戸時代以前の関東平野は定期的に洪水が起こっていたわけで、そんな単純には調べられないんだな
62: 天之御名無主 投稿日:2012/03/29(木) 02:29:50.95
小牧長久手の戦いで知られる小牧山(平野の端の方)の名前の由来として、 山が見えたら船の帆をまくので帆牧山から、という説がありまして、いったいどこまで海だったのかと。
13: 天之御名無主 投稿日:2012/02/20(月) 18:32:37.82
バスク人ってのは、本気で独立を目指しているんだろうか?
14: 天之御名無主 投稿日:2012/02/20(月) 20:03:25.47
ETAに対する住民の支持が微妙な状態だからなぁ。
バスク地方の地形
管理人より:バスク地方は何度か当サイトでも出てきていますが、スペインとフランスの国境付近にある地域。固有語のバスク語は、日本語と同じく系統不明な言語と言われています。一応海に面してるけど、ピレネー山脈、バスク山脈の一部もあり、山岳地帯とも言えますネ。
18: 天之御名無主 投稿日:2012/02/20(月) 22:19:16.78
コーカサスって、どの国が山岳民族で、どこが違うのか分かりにくい。
19: 天之御名無主 投稿日:2012/02/21(火) 05:59:02.32
中央アジアのトルコ系、高地の遊牧型はかつて東アジアの端まで来ていた。
それが女真なんかのツングース系半牧半農型が6世紀以降勢力を伸ばし、さらに森林型のモンゴルが10世紀に勢力を張って高地に進出し駆逐された。
こう考えると日本がアルタイ語族の一員である理由も普通に理解できる。


言語は民族の重要な指標だから、日本の基礎文化も中央高原文化と同じであった可能性は高く、端にいけば行くほど古い文化が保存されてるのが原則。

シュメールが付近の山岳民族と活発な交流があった事はよく知られている事をふまえれば、日本の文化を調べれば、かつてのオリエントの文化の姿も見えてくるかもしれないな。
21: 天之御名無主 投稿日:2012/02/21(火) 22:09:16.44
コーカサスなんてカフカスアルバニアなんて眉唾物の国家も最近出来上がったぐらいだしな
今もせっせと当時の墓地をハンマーで叩き壊してるし、すごく修正主義的だという認識だが
コーカサス地方
管理人より:コーカサス地方はこのあたり。北・ロシア、南・トルコ、西・黒海、東・カスピ海…に囲まれた山岳地帯のある地峡。グルジア、アルメニア共和国、アゼルバイジャン共和国、など、やや政情不安定な国が多いですネ。
ちなみに日本語もバスク語と同じく系統不明な言語で、ウラルアルタイ語族起源説もあるにはありますが、いまだコレという説得力のある説は出ていない模様。トンデモ説の中には「シュメール語起源説」もあります。日本人はどこから来て、どこへ行くのか。当サイトの重要テーマのひとつです。
31: 天之御名無主 投稿日:2012/02/27(月) 19:35:18.30
32 名前:世界@名無史さん 投稿日:04/09/06 21:56
インドにいるタイ系民族は、ミャンマーから山脈を越えてアッサムに入ってきたのでしょうか?
33 名前:世界@名無史さん 投稿日:04/09/07 16:54
インド・アッサム地方のアホーム人(アホム人とも)は、ビルマ地方、現ミャンマーのシャン州あたりから移住した集団の後裔だそうです。

ビルマ地方東部にいたシャン人が、傭兵として王朝に地歩を築いた後、14世紀にアヴァ朝を創建。後、ビルマ地方各地にシャン系の藩王国が複数分立。
この内、現ミャンマーのシャン州付近からアホーム族(シャン族の一派)が、アッサム方面に侵出。アホーム族のシュカーバーが1229年登位してアホーム王国を建国。
同王国は19世紀初頭ビルマの侵攻で滅亡。1826年英領に。

現存するアホーム人は、このアホーム王国臣民の後裔。
ただし、現在のアホーム人は、タイ系とは言うものの、17世紀頃からヒンドゥー化しており、現在では、アホーム語は、祭式の際にしか用いられない典礼語となっているそうです。

このため、系譜的にはタイ系だけど、厳密にはタイ民族と呼ぶかどうかには微妙な問題もあるそうです。

現在のコプト人が、エジプト民族ではなくアラブ人の一派とみなされるような問題でしょうが。
当事者たちは、物語化された歴史に準拠し、シャン族の系譜としての帰属意識を共有しているとか。また、ヒンドゥー化してはいるものの、タイ族特有の精霊崇拝を色濃く残存させている、とする研究者もいるとか。
24: 天之御名無主 投稿日:2012/02/22(水) 20:58:00.80
25: 天之御名無主 投稿日:2012/02/24(金) 12:32:18.48
日本の山窩(サンカ)も入れるべきだと思いますが。
32: 天之御名無主 投稿日:2012/03/03(土) 23:31:40.81
>>25
でも、専用スレがすでにあるようだしなぁ。
遠野ふるさと村のマヨヒガ橋
管理人より:以前も出てきましたが「マヨヒガ(迷い家)」というのは東北地方に伝わる、もし訪れることができたら富をもたらすと言われる幻の山中家屋。画像は遠野幻想探訪記③(碧空の向こう)←コチラから拝借しました。
サンカ」というのは、日本の様々な時代において、山中に暮らすことを選んだ、または余儀なくされたひとびとの総称。三角寛という作家の小説で有名になりましたが、作者の創作による偏見・俗説もまた同時に根付いてしまった感があるそうです。
33: 天之御名無主 投稿日:2012/03/03(土) 23:37:14.85
そろそろ山姥か天狗ネタを誰か語ってくれないかな。
36: 天之御名無主 投稿日:2012/03/04(日) 19:14:58.70
>>33
そう言えば、そういうの語るスレで生き残っているのって、もう無いんだね。
39: 天之御名無主 投稿日:2012/03/05(月) 19:07:08.46
>>33
天狗ってのは、烏天狗タイプの方が古くて、鼻が長いタイプは確か、後の時代に追加されたバリエーション。
40: 天之御名無主 投稿日:2012/03/06(火) 02:39:58.24
>>39
猿田彦と習合しちゃったんだよな

天狗と関係ないけど高千穂神楽の手力男の面も猿田彦にしか見えない
41: 天之御名無主 投稿日:2012/03/06(火) 02:50:28.27
猿田彦さんと雨のうずめさんって、セックスの相性が良すぎたんだって。
で、親元の神がおこって、彦星と織姫を年に一回しか合わせないようにしたんだと。
37: 天之御名無主 投稿日:2012/03/04(日) 23:58:23.76
山姥と言うのは、西洋の魔女と同じく、人里離れた場所に住む一人暮らしの老婆が、不気味に思われたり、まじないの知識があったりしたことから通常の人間とは違う存在のように言われたって理解でいいのかな?
高尾山薬王院の天狗立像
管理人より:「天狗」はね、言わずと知れたこういう山伏みたいな格好をした謎のオッサン集団ですね。これは鳥天狗の方でしょうか。専用スレがありますんでそのうちまとめます。
天狗面を被った猿田彦役(面掛行列(御霊神社))
猿田彦」は日本の神様のひとり。鼻がすっごく長いのが特徴で天狗の原型になった説も。
佐脇嵩之『百怪図巻』より「山うは」
山姥(やまんば)」とは、山奥に住む老女の妖怪。最初は色っぽい女性の姿で登場し、旅人惑わして食べちゃう。口減らしの姥捨て山が変化したものと思われているそうです。
67: 天之御名無主 投稿日:2012/05/02(水) 15:48:12.48
日本だとサンカなのか
68: 天之御名無主 投稿日:2012/05/02(水) 20:15:39.93
あとは傀儡子と、キジモンと、又鬼と、験者ぐらいかな
75: 天之御名無主 投稿日:2012/08/15(水) 13:02:55.77 ID:8JVNG52A
588 名前:近畿人 [sage] :2012/08/13(月) 21:06:37 ID:8JVNG52A
確かに奥の方に洞窟がありましたね。
同じ洞窟かどうかわからないけど、小さい頃に明治生まれのおばあちゃんに聞いたら「三宝院の裏にある洞窟は戦後ぐらいまでもの凄く貧しい人が住んでいた」といってました。
これ、サンカじゃね?
76: 天之御名無主 投稿日:2012/08/15(水) 13:06:52.60 ID:LTxdopcA
587 名前:近畿人 :2012/08/13(月) 15:04:23 ID:LTxdopcA
私が子供時代の話なのですが、醍醐寺女人堂奥の横峰峠を登る道を更に奥に行った川沿いの山道によく昆虫採集に行っていました。そこで、洞窟を見つけ、よく探検に行きました。
一本道の洞窟で30mも行けば行き止まりなのですが、奥には下に続く階段がありました。しかし、水が溜まっており下に降りることはできませんでした。
あの洞窟は何だったのか大人になった今も気になってます。どなたか詳細ご存知の方おられませんか?

場所はこの辺りです。googlemapで
34.95308,135.83305
これも貼っとく
77: 天之御名無主 投稿日:2012/09/10(月) 13:20:57.41 ID:3l68MzaA
618 :近畿人:2012/08/15(水) 20:43:59 ID:3l68MzaA
長尾天満宮から醍醐寺金堂裏に降りたとこの洞窟は防空壕跡です。奥行きは数メートルです。
女人堂から高塚山方面に行ったとこの洞窟は戦前にマンガンを試掘した跡です。
こちらは試掘だけですぐに放棄されました。小学生の頃みんなで探検しました。
その後も貼っとく
78: 天之御名無主 投稿日:2012/10/21(日) 19:51:22.68
ずっと山で暮らしてる人らって、塩はどうやって手に入れてたの?
岩塩が手に入る地域ばっかじゃないよね
81: 天之御名無主 投稿日:2012/10/24(水) 10:03:34.26
>>78
そういうのは宮本常一の塩の道に書かれてる
83: 天之御名無主 投稿日:2012/10/24(水) 16:09:22.10
>>78
けものの肉からも取れるのかな
イノシシ、しか、
79: 天之御名無主 投稿日:2012/10/21(日) 21:02:48.93
行商人とかが売りに来るとか?
80: 天之御名無主 投稿日:2012/10/22(月) 23:54:11.22
塩水が湧く泉を利用する所もある
84: 天之御名無主 投稿日:2012/10/30(火) 22:05:19.21
アフリカのマリの辺りで炊事の際に出る木灰から塩を得ていた。
もちろん得られるものはごく僅かなので、サハラ砂漠を縦断したイスラム商人が岩塩を持って到来すると、同重量の金と塩を交換するという後世から見ると交換比率のおかしい交易をし始める。

とりあえずマリに関してはネットで見れる資料がなかったので、ボルネオ島民が同様のやり方で塩を得てることを紹介してるサイトがあったので、参考までに貼っておく
【 №13 2010.04.07 】 「植物からとれる塩~実際やってみた~」(サラワク・コラム)
87: 天之御名無主 投稿日:2012/11/10(土) 00:26:58.86
642 名前:450  [sage] :2012/02/12(日) 12:02:09.14 ID:???
昨日>>630さんの質問も含めて会える連絡が取れたので行ってきました。
ただここに書き込んでもいいのか昨晩本当に悩みました。ていうのもオレが抱いてた"山の民"はロマンという物からかなり異質で残酷で悲しい現実をオレは知りました。
>>619でのオレのドキドキワクワク感は今のオレには無く、今も続く日本という国の体質でクサイ物には蓋の歴史がモロに見えました。

その方の言うには、山から山に、その方の祖父世代は移住に移住の生活だったそうです。山を下りて箕作りした箕を農家に或る時は現金で或る時は物々交換で生計を立て、農家の新規開拓にも祖父は収入の為に山を下りてたそうです。

ある日、国の関係者?らしき方が数名、祖父の元に尋ねてきて1時間程何かを話した。その後の祖父のうなだれた顔を子供ながら未だに覚えてるとのこと。
ちなみにユサバリはテントの事ではないみたいでホッタテ小屋の事のような説明をオレは受けた。山の中にホッタテ小屋を住居に当時は住んでたらしい。

そしてその祖父のうなだれた原因が後々判明する。
きちんとした籍を持つか或る仕事で満州に行くかの選択を迫られたらしい。
祖父は仲間と相談した結果、後者を取った。後者は満州で鉄道を通す為の仕事であったらしい。

それは南満州鉄道株式会社(満鉄)の仕事では無いか?とオレの問いにそれ以前の国からの開拓であったみたいだ。
祖父の仲間以外の"山の民"の他、"川の民"も大勢、満州に来てたらしい。
戦争に負けて戦後からは或る山の僻地に国から開拓して住んでくれという事で、現在は農家とほぼ同じような生活をされているが、回りの村からかなり差別的な扱いを受けてきた。
内容は伏せる。

この一連のやりとりでオレの"山の民"の研究は辞める。
あまりにもオレも含めて皆さんがロマンと勘違いを防ぎたい為。どうしても調べたい方は田舎で竹細工をやってられる探し、そこから行き着くには容易なので調べてみては。
なんともオレは後味の悪い部分に首をつっこんでしまったなぁと・・・
89: えーりん 投稿日:2012/11/10(土) 15:06:13.13
以外におもいだなー
94: 天之御名無主 投稿日:2014/09/11(木) 13:59:00.14
山の習俗だな。

山梨県に「初鹿野(現在は甲斐大和)」という集落がある。
天目山のある村で、そこでは近年まで火葬場がなく土葬だった。
現在では廃れてしまっているだろうが、当時は墓には必ず、を差しておいた。
傘は雨が降っても仏様が濡れぬよう、鎌は山犬(狼)が死体を食うために掘り返さないようの用心だった。


土葬の墓に傘と鎌が挿してあるさまは、土地の人々の死者への思いをあらわして風情あるものだった。
傘は昔は「番傘」だったろうから、番傘が朽ちるころには仏様もいいぐあいに骨になったろうから、そのための目安でもあったかも知れない。
42: 天之御名無主 投稿日:2012/03/06(火) 18:30:29.12
イエティ
イエティの話とかももっと出ても良さそうなのにな
43: 天之御名無主 投稿日:2012/03/07(水) 11:20:38.11
ビッグ・フット
ビックフットは山岳系?
45: 天之御名無主 投稿日:2012/03/08(木) 20:05:31.73
雪女
雪女なら山岳系かもね。

ハイ、当サイトの人気記事、コチラも合わせてご覧頂きたいと思います。
昨年の今頃だったでしょうか、似たようなスレをまとめたものですが、 ↑これ、管理人的に神スレだろ…と思ってましたが、ビックリするほどアクセスがなくて、随分落ち込んだものです。
今回は、川の民に続く、山の民!ということで、まぁ地味なんでアクセスあんまりないでしょうが、もう年末だから良いでしょう。大晦日に民俗・神話学カテゴリーの更新がくるとわかっていれば、こないだやった これなんかピッタリだったんですけどね、惜しい。

そういうわけで山の民ですが、なんかロマンがあって良いな…なんて思ってましたが、なんか途中の他スレからの引用で、額にタテ線が入ってる管理人です。触れちゃダメな系なんすね…。
もうちょっと海外の山岳民の生活・風習なんかもあると良かったですが、なにしろ過疎板ゆえこれ以上の盛り上がりは望めない。
イスラムの謎の暗殺教団なんておもしろそうなんで、もうちょっと深く掘り下げて欲しかったところですねぇー。
民神板よ、なんて惜しい板なんだ!でもむしろこういうのは世界史板の範疇かな。

そゆわけで、今年の更新はこれで終わりです。昨年は当博士ちゃんねるにおいでいだただき、どうもありがとうございました。
ドクターの皆様、良いお正月をお過ごしくださいませ。新しい年もドクターの皆様にとって幸多からん年であることをお祈りしております。そして来年も当サイトをどうぞご贔屓に!
例年どおり、元旦早々から普通に更新しまーす。
来年もハッスル・ハッスルぅ!
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元スレ:http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/min/1329653515/

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    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2015.1.1 11:00
    >岬だぎゃーも

    名古屋弁でこんな言い方しねーよ阿呆
    「ぎゃー」の後に「も」なんて付けねぇよ
    知ったかだがや
    • ※2 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2015.1.1 19:13
    アサシンクリードって面白いのかなあ、とスレ違いのことを書き込んでみます。

    サンカと言えば、「鬼麿斬人剣」と言う、隆慶一郎の小説でその存在を知りました。
    太古からの山の民、と言う扱いでしたが、現実は近世農民だといいますし、
    どちらが正しいのでしょう。同じ作者の「吉原御免状」「かくれさと苦界行」もサンカに
    よく似た漂泊を事とする遊芸集団が登場します。その集団が作った場所が・・・で、
    主人公はその集団とも関わりのある、ある一族の出身です。

    以前、とある二次創作で、元テンプル騎士団の幹部がアサシンの長老の要求を
    心ならずも引き受け、十字軍の貴族暗殺を決行する話があったのですが、
    あんな山の中にどうやって美女や楽園のような豪華な庭や、大勢の戦士たちを
    収容し、かつそれを維持する財力はどこから出たのか、と思いました。
  1. >名古屋弁でこんな言い方しねーよ阿呆

    まぁたしかにw
    -------------------------
    >アサシンクリードって面白いのかなあ

    管理人はやったことないんですが、トゥームレイダーシリーズとか、プリンス・オブ・ペルシャシリーズの流れを組む系ですんで、けっこう人気あるようですよ。

    >あんな山の中にどうやって美女や楽園のような豪華な庭や、大勢の戦士たちを
    収容し、かつそれを維持する財力はどこから出たのか、と思いました。

    山中に城塞を築いたのは本当で、ちゃんと跡が残ってます。
    ただ、美女がどうのこうの…は伝説がひとり歩きしてるのかなと思いますネェ。
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