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【てつはう】銃・火砲の世界史【ギリシャ火薬】 @ [世界史板]


【てつはう】銃・火砲の世界史【ギリシャ火薬】 @ [世界史板]
1: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/06(水) 22:14:23
従来の武器に代わって主力兵器となるという戦略的革命を起こした、銃・火砲について語りませう。
Knights of Honor Soundtrack - First Battle管理人より:このスレでは銃の前身としての火器について語られているので、ミリオタな方には食い足りないかも。往年の名作ストラテジー「Knights of Honor」の戦闘BGMでも聞きながら見てください。全曲のプレイリストはこちら。
11: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/08(金) 19:20:55
後装式ライフルが出てくるまではそれほど凄い兵器でもなかったのでは。
ルフォーシュー式ライフル
管理人より:「後装式」というのは火器の弾丸を銃身のケツから込める式のもの。上記のように中折れ式のやつもありました。15世紀頃にはすでに登場していたようですが、火薬の圧力を封じ込めるような精密な鋳造技術がなかったため、先込め式に比べて威力が弱かった模様。
13: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/08(金) 20:00:03
じゃあ 火薬が発明されたところから始めようか
14: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/09(土) 15:55:51
ロジャー・ベーコン火薬を発明したのはイギリス人の学者ロジャー・ベーコン
ベルトルド・シュバルツまたはドイツのバルトリド・シュワルツ修道士といわれている。
15: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/09(土) 16:13:12
中国で唐末ないし北宋初期から花火に使われていただろーが!
18: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/09(土) 16:46:30
いきなり中国で発明されたといわれても納得いかない。
まだイギリスやドイツのほうが信憑性あると思う。
21: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/09(土) 17:22:07
>>18
そりゃ君がおかしな先入観を持ってるにすぎん。
イギリスやドイツなんてのは、世界史的にみれば後発国だ。
それならスペインやオランダやポルトガルが、と言われたほうがまだ説得力がある(w
19: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/09(土) 17:18:55
花火の原型は万里の長城の烽台から打ち上げられた狼煙だそうですが(秦代)
23: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/09(土) 17:26:31
火薬の発明は中国だってのはよく聞く話だけど具体的なソースを見たことがない。
大体それならなんでポルトガル人が来るまで銃がなかったの?
25: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/09(土) 17:32:15
>>23>>24
おおい、元寇の時に元軍は「てつほう」という火薬を使った兵器を使用しているじゃないか。
中国で火器が余り発展しなかったのは、統一王朝が成立しやすいという地理的な条件が関与していると思われ。
26: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/09(土) 17:35:18
>>23
具体的なソースをあげるとするなら、中国、唐代に書かれた、「真元妙道要路」があげられる。
この書物には硝石、硫黄、炭を混ぜ合わせると激しく燃焼する物体ができるということが記されているぞ。


つか、君、頭大丈夫?
蒙古襲来絵詞に描かれた「てつはう」
管理人より:「火薬」はなんと唐代(7世紀頃)、上述の「真元妙道要路」に黒色火薬と思われる記述があることから、中国が最も早いということになっています。硝石が取れたということもあるでしょう。蒙古襲来の文永の役(1274年)には、「てつはう」という炸裂兵器を実用化していました。スゴイですね。(ただし「てつはう」の文字は江戸時代の加筆という説も。「てつはう」→「てつほう」→「鉄砲」ですかね)
ヨーロッパでの火薬の起源についてはよくわかっておらず、ロジャー・ベーコン説もベルトルド・シュバルツ説もどうやら信ぴょう性が薄いようです。
28: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/09(土) 17:52:16
中国でも元末明初の戦乱なんかでは銃や大砲が結構使われてたらしい。
漢人勢力同士だと歩兵中心の軍隊で城塞都市を奪い合う、わりとヨーロッパ型の戦争になりがちだからね。


統一王朝ができると主敵が遊牧民になるので、騎兵中心のユーラシア型軍隊になっちゃうんだけど。中国はその二つのパターンの繰り返し。
29: 山野野衾 ◆a/lHDs2vKA 投稿日:2005/07/09(土) 17:53:39
とりあえず、『金史』巻123に、「震天雷」が出て来ますね。
其攻城之具有火砲、名震天雷者、鉄?(火では無く、石)盛薬、以火点之、砲起火発、其声如雷、聞百里外、所?囲半畝之上、火点著甲鉄皆透、大兵又為牛皮洞、直至城下掘城為龕、間可容人、則城上不可菜何矣、人有献策者、以鉄縄懸震天雷者、順城而下、至掘処火発、人与牛皮皆砕迸無迹、
・・・とまあ、白髪三千丈混じりとしても、凄まじいのなんの。
これを使用され、鎌倉武士がえらい目に遭ったのは、よく知られている通り。
1232年には、金軍が防戦に震天雷を使用しています。
32: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/09(土) 18:36:22
たしか太田天洋が描いた文禄の役の海戦図で、日本の武士が中国風のロケット槍をもってたような気が。
「海と水軍の日本史」って本の表紙なんだけど。
火槍
管理人より:「中国風のロケット槍」というのはこういう「火槍」と呼ばれる兵器。銃身はなんと「竹」!槍の先に花火をつけた感じのこけおどしな武器ですが、やがて弾丸を飛ばすハンドキャノン式の兵器も登場。

火箭
このように、世界初のロケットと言っても良い「火箭」という兵器も宋代にはすでにありました。なんかまっすぐ飛ばなさそうだけど。
34: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/09(土) 19:25:37
元軍がジョウハンを包囲したときにペルシアから巨大投石器かなんかをもってこなかったっけ。
イスラム世界に火砲が伝播した時期は?
35: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/09(土) 19:40:30
>>34
それは回回砲。カウンターウエイト式投石器だったはず。

モンゴル侵攻以前から「中国の雪」つまり火薬はイスラム圏に伝わってたらしい。
アイン・ジャールートの戦いでマムルーク朝軍が火砲を使ったという記録まであるそうだ。
回回砲
管理人より:「回回砲」というのは「襄陽・樊城の戦い」で元が使用していた攻城兵器。イスラム由来の「マンジャニーク」というカタパルトの一種。
37: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/09(土) 20:17:11
いずれにしろ、13世紀には実用化されてるってことは確実だな。
年代が十字軍と微妙にかぶる気がするが、その頃イスラム側が火器を使ったという認識がない。
ギリシャ火なら使ってるはずだが、あれって、石油の類のようなものか?
38: 朱由檢 ◆MfD.4zQt1. 投稿日:2005/07/09(土) 21:46:06
>>37
ギリシャ火は粗製石油説も確かにあるけど、水に触れて発火するため、生石灰が原料ではないかと考えられてるけど、詳細は不明なの。

イスラム帝国の焼夷特殊部隊“バファットム”が使用した焼夷兵器は、生石灰、樹脂、硫黄などの混合物であり、ギリシャ火と同種と考えられてる。
39: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/09(土) 23:30:18
「中国の雪」は硝石のことでしょう。
未だ火薬じゃないでしょ。

火薬は、道士たちが外丹術とかで、怪しげな薬をたくさん作っていたらできたらしいね。唐は道教が盛んだったから。

ギリシャ火は名前からビザンツの発明かと思っていたら、ルーツは中近東と聞いたんだけど、真相はどうなんでしょう?
あと、火炎放射器は中国でもあったという話を聞いたことがあるけど、これも中近東から伝わったんでしょうか?
47: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/10(日) 12:14:24
>>39
猛火油櫃のことかな
50: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/10(日) 14:26:43
>>47
>>猛火油
そりゃフタバガキの樹脂だって
ギリシア火薬
管理人より:「ギリシア火薬」は東ローマ帝国で使用された火炎放射器のような兵器。「水と反応して激しく燃え上がる」「サイフォンで発射」「液状の物質である」「濃い酢、古い尿といった限られた物質でのみ消火できる」「雷および大量の煙が発生」など製法がよくわかっていない世界史ミステリーのひとつ。射程が短くそこまで実用的ではなかったようですね。
40: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/09(土) 23:41:56
ギリシャの火は、七世紀ころシリア人のカリニコスが発明したはずだよ。
41: 4げっと 投稿日:2005/07/10(日) 00:28:44
『戦争の科学』っていう本によると紀元900年頃に中国で発明されていると書かれている
その後、交易を通じて西へ伝わっていった


(※下記は火薬とは少し関係ない)
同本によればギリシャ火の「前身」というものが、古代ギリシャで発明されている
ギリシャ火薬(古代ギリシャ人たちはそう名付けた。厳密には火薬ではない。ややこしいので注意)というもので、今で言えば「火炎瓶」にあたる
松やに、硫黄、粒状にした乳香、松の木のおがくずを混ぜて、布製の袋に入れる。
袋を紐で縛り、火をつけて、カタパルトで投げて敵の要塞内に投げ込む。地面に激突すると炎が四方に飛び散る
水をかけると」さらに炎は勢い良く燃える


ギリシャ火は上記に書いたギリシャ火薬を手本に作ったと書かれている
ギリシャ火は港湾都市であるコンスタンティノーブルが海から攻められるのを防ぐための防衛手段から発明された
相手は当然(木製の)軍船で攻めてくるから火を使った攻撃が有効だと思い、古代ギリシャ人が使ったギリシャ火薬を使おうと検討した
しかし、「皮袋」をカタパルトを使って百メートルも飛ばしても、まずほとんど命中しない
船に乗っけて、至近距離から投げるという案もあったが、船に乗ってる自分たちも揺れるので余計に当たらない。
そこで開発に携わった科学者たちは、異臭を放ち、可燃性の高い奇妙な液体、ペトロレウムの存在を思い出した
42: 4げっと 投稿日:2005/07/10(日) 01:29:30
ペトロレウムは当然石油(粗製石油だと思う、本には書いてない)だが、彼らは油とギリシャ火薬を組み合わせ、ギリシャ火薬を「液状化」することを思いついた。
液状化したギリシャ火薬に石灰、骨粉、尿から作った燐火アンモニウムを組み合わせ、混合液をつくった
これにより、火炎放射器「ギリシャの火」が完成した。

なお構造は混合液を大きなタンクにいれ、手押しポンプを付け、火花を発する引き金(火打ち石)がとりつけられたノズルを引くことで火が出る(※厳密には油が飛ぶ)
またギリシャの火を使うための専用の小型ガレー船も作られた
43: 4げっと 投稿日:2005/07/10(日) 01:32:14
この兵器がつくられてすぐ、サラセン人が海上から攻撃をしかけてきた
ギリシャの火を搭載したガレー船は機動力を生かし、サラセン艦隊に接近、なおガレー船の甲板の下では男たちが必死にポンプで上下させている
射程範囲内に近づくとノズルを向け混合液が噴出する、その瞬間火打ち石をから火花が飛び、燃える液体が最大で45メートル(小学生の頃読んだ本では30メートル)サラセンの艦隊に向かって吹き出す
一隻、また一隻と船が炎上し、恐怖に駆られたほかの船はほうほうの体で逃げ出した

後に716年にイスラム勢力の艦隊が攻撃をしかけたが、ギリシャの火に艦隊を丸ごと焼かれた(※本にはオスマン・トルコと書いてあるが時代的にありえない)
(※秘密を手に入れようとコネや金を使って交渉したが、取引に応じず、コンスタンティヌス帝の下に天使が舞い降りて新兵器の作り方を教えてもらった、という話しまで広まった。結局最後まで秘密は暴かれなかった)
48: 乙事主さん 投稿日:2005/07/10(日) 13:58:34
映画「もののけ姫」で登場した「石火矢」って中国に本当にあったようですが、我が国にも実際に伝来したのでしょうか?
確かあれは時代設定が室町中期頃(1450頃か?)らしいですけど
石火矢(もののけ姫)
管理人より:こういう感じのアレ。ちょうどアニメGIFがありました。
51: 山野野衾 ◆a/lHDs2vKA 投稿日:2005/07/10(日) 15:33:32
>>48
>室町中期頃(1450頃か?)
この頃なら、琉球に原始的な鋳銅製の銃が伝来しており、その後間も無く日本にも伝わって、所謂「鉄砲伝来」の頃には、瀬戸内の海賊衆が火器を使用しています。
応仁・文明頃には、火薬が渡来していた筈。
映画の時代は、もう50年ほど後ではないかと思いましたが。
もう少し、正確なソースを探しておきます。
49: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/10(日) 14:06:12
タッチホール式の銅銃ですか?
たしか鉄砲伝来以前に武田家が輸入してたとかどっかのスレに書いてたような。
52: 乙事主さん 投稿日:2005/07/10(日) 17:32:10
49様、山野様
レス有難うございます

あの棒の先に付いてたのは銅銃というのですね
もののけ姫ではタタラの鉄で作ってましたね
しかも弾倉部を脱着するタイプも開発してましたね
ところであのような物の資料はどこかに現存しているのでしょうか?

もしあるとすれば種子島銃以前の火器ですね
あと戦闘で使用された記録や絵巻など現存してるのでしょうか?
56: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/11(月) 18:27:41
>>52
銅銃は支那に実物が残ってる。最古のは1374年製のものらしい。
63: てる兄 投稿日:2005/07/12(火) 03:13:52
>>52
宮崎駿監督の映画もののけ姫で出てきた明の指火式手銃は日本には伝来していない。
古銃研究の第一人者である所壮吉氏や国立民俗博物館教授の宇田川武久氏の調査によって立証済み。
当然ながらそのような手銃の現物資料など日本のどこにも無い。
応仁の乱で使用されたものをただちに火砲の類と考えるのは早計過ぎるし、他の文献にしても信憑性が低い。
琉球の使節が足利将軍に謁見した際に鉄砲を打ち鳴らしたという記録があるが、現在の研究では爆竹のような物だとする見方が妥当らしい。
一部では火薬の使用はあっただろうが実戦で武器として火砲が使われたのはポルトガル人来航以降の事である。


だからあの映画で出てきた火砲・爆雷などはすべては宮崎氏の空想である。
銅銃
管理人より:元朝の頃の「銅銃」というハンドキャノン。英語版の「History of the firearm」より。大越との戦争で使われた兵器だと書いてますね。撃てば銃身が熱くなって持てないだろうし、単発の使い捨てだったのかなァ。
57: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/11(月) 20:54:51
世界最古の銃器は銅銃なのかな?
ヨーロッパで銃器が出始めた頃とどっちが早いのだろう?
58: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/11(月) 21:49:33
中国とヨーロッパかあ。
そういや間に位置するイスラム世界では何もなかったの?
59: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/11(月) 21:53:58
オスマン・トルコがコンスタンティノープル攻略で、大砲の威力をヨーロッパに知らしめていますが、なにか?
コンスタンティノープルの陥落
管理人より:上記はジョー・ダニエル・カブレラ・ペーニャのイラスト。「コンスタンティノープルの陥落」は1453年、オスマン・トルコが勝利しました。10万の大軍に対し、防御側は傭兵含めて7000人。それでも2ヶ月ほどは持ちこたえたのですが、ハンガリー人ウルバンの開発した「ウルバン砲」を採用していたトルコ軍の物量作戦に持ちこたえられなかった…。
最初このウルバンは東ローマ帝国に売り込みに行ったらしいですが、採用されなかったのでトルコ軍へ売り込みに行き採用。なんとも皮肉。
65: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/12(火) 15:02:05
>>57
欧州でも火器が使われ始めたのは百年戦争の頃なのでだいたい支那と同時期。

>>59
作ったのはセルビア人ですが。
66: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/12(火) 16:48:39
>>65
突っ込みどころ満載
>欧州でも火器が使われ始めたのは百年戦争の頃なのでだいたい支那と同時期。
百年戦争も後期になってからだから、14世紀末から15世紀初頭、対して中国で火器が作られるようになったのは13世紀ごろから。百年くらいの差がある。

>作ったのはセルビア人ですが。
残念!ハンガリー人ですから!ギリ!
111: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/30(土) 03:57:39
>>66
>百年戦争も後期になってからだから、14世紀末から15世紀初頭、
13世紀末から14世紀初めの物がスウェーデンに現存してるとか。
ドイツでも13世紀末の物が発見されたけど第二次大戦中に行方不明。

文献ではDeutsches Museum所蔵のCodex Germanicsが同時期の物。
流石に中身を読んだ事はないけど。 火薬・弾丸製造法、銃・砲術の解説が載ってるそうで。


>>82
>後装式の~実は16世紀に既に存在していた。
前装式と後装式はほぼ同時期に登場してるよん。15世紀には実用されてる。
falconetto砲とかspingarda砲とか。
71: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/12(火) 22:10:20
イスラム独自の火器にはマドファというものがある。
1300年頃の文献には出てくるから相当古くからある銃器。

あるいはこれが銃器の起源かもしれない。
木製のタッチ・ホール式の銃。
マドファ
管理人より:「マドファ」はこんな感じのハンドキャノン。
82: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/18(月) 22:17:00
後装式の大砲は19世紀の代物だと皆思ってるだろうが、実は16世紀に既に存在していた。
豊臣秀吉がインドのゴアで製造された青銅製の大砲が今も残っている。

ただ、当時は閉鎖機の技術がまだまだ未熟だったので、早々に廃れてしまったが・・・
84: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/18(月) 23:26:16
>>82
閉鎖機が不十分な後装砲って、世界初のロシアンルーレットだね
85: 朱由檢 投稿日:2005/07/18(月) 23:32:21
>>82さん
仏朗機”は世界史板ではよく知られてるよ~。
現物が見たければ、靖国神社へどうぞ。
87: 神機営 投稿日:2005/07/20(水) 10:27:02
>>85
仏朗機は、もともとはヨーロッパ人を意味するアラビア語の「ファランギース」の音訳で、明代におけるポルトガル人、スペイン人の呼び名でしたが、彼らから購入したり、模倣して作った大砲もこう呼ぶようになりました。
この大砲は、16世紀の明代後半では最も多く使用されていました。
明末清初には、アダム・シャールやフェルビーストといったイエズス会の宣教師によって、新しい火砲の製造法が伝わり、紅夷砲という性能のいい大砲が製造されるようになりました。

それにしても仏朗機が靖国神社にあったとは知りませんでした。
88: てる兄 投稿日:2005/07/21(木) 02:56:01
>>87
大阪冬の陣の鉄製大砲と大友氏の国崩しは遊就館の一階にあるね。
あと二階には文禄・慶長の役で豊臣軍が戦利品として持ち帰った明や朝鮮の大砲もあるよ。
さらに遊就館前には薩摩藩が幕末の薩英戦争で使用した大砲と、同じく幕末に江戸湾防備の為のお台場に設置された肥前鍋島藩製造の大砲があるね。

いずれも巨大な青銅製前装砲で、薩摩の大砲は後の明治初期に大阪兵器工廠で線条を施されたらしい。
98: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/23(土) 18:39:35
>>85,>>87,>>93
仏朗機は、もともと大砲を後退させる空間のない狭い船内に積むために設計された艦載用の大砲だったそうです。
仏朗機は、母砲と子砲(薬室、カートリッジ)からなっており、重くて仕組みが複雑であるという欠点がありましたが、速射が可能でした。
フランキ砲「国崩し」
管理人より:大友宗麟がキリシタンから輸入して使用したと言われる「国崩し」。後ろ込めですね。
そしてどうでもいいことながら、田中芳樹の小説「アルスラーン戦記」に出てくるファランギースは「ヨーロッパ人」って意味だったのか…。ガッカリ。
89: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/21(木) 20:34:07
中国では古くから、竹筒に火薬をこめて矢や弾丸をとばしていました。
英語の大砲は「cannon」ですが、これはイタリア語の竹のステッキ「cannone」に由来しています。
この技術が中国起源であることを示しているといえるでしょう。
金属製の大砲が最初に使われたのも中国であると考えられています(11世紀末~12世紀初め頃)。


ヨーロッパでは、14世紀の初頭には、金属製の大砲が全域で使用されていました。
皮肉なことに、教会の鐘の鋳造技術が進歩するとともに大砲も大型化していったのです。

当時の大砲には、組立砲と呼ばれるものとその改良型である糸巻き型と呼ばれるものがあったそうです。
16世紀に鋳造砲が登場して、その飛距離・大型化・寿命など、著しく発達します。
95: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/23(土) 10:41:12
明で倭銃、ルーミ銃、ポルトガル銃の性能を比べるテストをしたらしいが、倭銃は「点火孔の位置が顔に近すぎる」というので採用されなかったそうだ。
99: 朱由檢 投稿日:2005/07/23(土) 20:08:22
>>95
神器譜で趙士禎は、日本式銃が点火孔が顔に近いことのほかに、現代の明の技術力では製造が不可能であるとも書いてあるよね。
101: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/24(日) 15:54:05
>>99
ネジのことかな?
日本でも相当苦心したらしいからね。

当時は旋盤など無しでよく作れたよね。
103: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/25(月) 18:42:58
>>101
雄ネジはともかく雌ネジとなるとねー・・・
最初の頃は、尾ネジから型をとって作ってたらしい。
そのうちにタップを使うようになったようだが。
114: 世界@名無史さん 投稿日:2005/08/02(火) 17:13:03
1259年の中国の記録に現われる突火槍は、太い竹筒に火薬と多くの小石を仕込んだもので、点火すると轟音とともに敵に向かって小石をまきちらしました。
これが火薬のエネルギーを利用して物体を発射する兵器の最初のものです。

竹筒が青銅の鋳物でできた筒になり、木の柄を取り付けて使用されるようになると「銃筒」「銅銃」「手銃」と呼ばれるようになりました。
青銅製の筒で石を飛ばす兵器は、反動を地面で受けるため斜めに立てて発射したり、肩にかついで射撃したりします。

騎兵用の銃筒は小型で柄も短く、装甲した胸でしっかりと反動を受け止めて発射しました。

現存する1332年のモンゴル軍の銅銃(至順銅銃)は、口径が約11ミリ、銃身の長さ35センチ、重量約4キロの青銅製です。
117: 朱由檢 投稿日:2005/08/05(金) 23:50:34
ヨーロッパの火砲の起源として引用されるのは、14世紀の壺型の火砲(dart throwing vase)なの。
これはエドワード3世(1327-1377年)に献上された『ミルメートの手写本』(Waiter de Millemete著)で紹介され、ドイツのフランチェスコ派黒人修道士ベルトルド=シュワルツが1313年に開発したとされている。
121: 世界@名無史さん 投稿日:2005/08/06(土) 13:34:30
>>117
昔から疑問に思ってたけど何で初期の火砲は「矢」を飛ばすんだろう?
124: 世界@名無史さん 投稿日:2005/08/07(日) 08:10:40
>>117
ほとんどが石弾や鉛弾だと思うけど?「矢を飛ばす初期の火砲」ってどんなのがある?
火箭は「火砲」とはちょっと違うし。
126: 世界@名無史さん 投稿日:2005/08/07(日) 15:24:14
>>124
The Gun - The First Guns
117で言及されてるdart throwing vase(一番上の絵)
鉄製の矢だったらしい。
69: 世界@名無史さん 投稿日:2005/07/12(火) 20:25:05
初めて火薬を発明したのって中国の錬丹術師だっけ?
おそらく当初は爆竹レベルの炸裂だったのだろうけどビックリしただろうなぁ~。

オレがもし術師で、研究中に偶然「パンッ!」って爆発したら「うおッ!」ってビビって以降錬丹術から足を洗うかも知れん。

いやーなんかけっこうまとめづらいスレでした。この後初期の火縄銃とかマスケット銃とか、薬包とか薬莢とか、銃身のライフリング加工の話になるんですが、長いので切り上げました。興味のある方は元スレをどうぞ。

昔の銃っていうと先込め式で、火薬と弾丸を槊杖でせっせと突き固めて、火皿に専用の発火用火薬を入れて、火縄に火をつけてこれを引火させて、銃身の玉薬を爆燃させて弾丸発射…ってものすごく手間がかかるもの。
1分間に2~3発しか撃てず、しかも命中率は悪く射程も短いので、ヨーロッパでは華麗な軍装と鼓笛隊を備えた「戦列歩兵」なんていう戦術が考案されました。ズラリと銃兵を並べて音楽に合わせて行進、列を乱さずに味方の死体は踏み越えて、敵と至近距離で撃ちあう…。危険にさらされながら敵の目の前で銃に弾丸を込めるわけで、臆病者には務まらなかったかもしれない。

The Battle of Waterloo - Charge of the British Heavy Cavalry
Now, Scots Greys, NOW!!
ロッド・スタイガー主演の「ワーテルロー」という歴史映画がありますが、ちょうどその頃の時代を舞台にしたスペクタクル映画。ナポレオンの100日天下とワーテルローの戦いを通してナポレオンの半生を描く、1970年の作品です。
当時はCGなんてありませんから、後半の戦争シーンは2万人ものエキストラを投入して撮影されました。動画はスコッツ・グレイ連隊の突撃シーン。ラッパの音と共にこんな風に勇ましく突撃してたんでしょうかね。
これは管理人、高校の時に見ましたけどなかなか良い映画でしたよ。どうもamazonに商品が見当たらず、まさか国内ではDVD化されてないんでしょうか?そんなバカな…!

トップ絵は2010年の映画「Puppets of War」という映画のたぶんポスター?ちょっと詳細よく分からず。ホントは「ワーテルロー」の画像使いたかったけど、良いのが見つかりませんでした。
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    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2015.5.26 22:12
    驚異博士ワロスw

    ベーコンと火薬の関係は、友人が爆竹っていう爆発させて遊ぶおもちゃを持って来てカルチャーショックだったわ、ていう話しを自著にかいただけだ
    • ※2 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2015.5.27 14:08
    ワーテルローの戦いで、両軍あわせて大砲を長時間撃ちあいし続けてたら、
    ただの曇天だったのが豪雨になり、期待してた個人装備の新兵器である、
    散弾や炸裂弾が威力を発揮できずに、仏軍の敗北に繫がったっていう、
    そういう説もありますね

    大砲の硝煙と音が雨雲を励起して、期せずして雨を呼び込んだ
    しかし実は裏で、ナポレオン軍を敗北に導くための世界初の人工降雨の試みが・・・
    と、管理人さんに負けずに妄想を膨らませておきます
    • ※3 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2015.5.27 17:35
    火薬が欧州発祥とかいう残念君が世界史板にいるとは驚いた
  1. >友人が爆竹っていう爆発させて遊ぶおもちゃ
    >火薬が欧州発祥とかいう残念君が世界史板にいるとは驚いた

    あーなるほど。そういう勘違いなんですかね。驚異博士もいろいろ大変ですね。
    火薬が中国って常識の範疇かと思ってましたが、世界史板にもいろいろいるってことでしょうか。
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    >ナポレオン軍を敗北に導くための世界初の人工降雨の試みが・・・

    おお!いいですねー(゚∀゚)=3
    もうちょっとオカルト風な味付けして、錬金術士のパラケルススとか出しましょうか…(時代が違う
    • ※5 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2015.5.28 0:23
    本文32で触れられてる中国風のロケット槍について
    小説「功名が辻」でチラッと解説されてた覚えが(うろ覚えやから違ったらスマソ
    確か竹筒?に火薬詰めて点火して投げて発射する代物だったような
    • ※6 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2015.5.28 17:31
    水滸伝で砲撃戦の描写があるものの12世紀前半を舞台にしている話なので、
    この辺りは明代の描写が入り込んだものでしょうね。とは言うものの、この時代を
    舞台にした話で砲撃戦が登場するのは水滸伝ぐらいだとか。中国人が火薬を
    使った戦術に早くから親しんでいた例証かもしれません。
    • ※7 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2015.5.31 15:11
     中国で一000年以上前に、不死の薬を見つけることに熱中していたある錬金術師が、探しているものとは違ったものを見つけた。さまざまな物質の組み合わせを試しているなかで、すり潰した硫黄をハチミツで溶き、ごみを捨てる穴、納屋のある庭、墓地などによく見られる石から削り落とした白い粉を混ぜた。その石は塩(ソルト)と呼ばれていた。
    (中略)
     中国の錬金術師がその混合物を熱したところ、驚くべきことが起こった。爆発して炎を上げ、煙となって消えてしまったのだ。この発見はあっという間に拡がり、「火薬」のつくりかたは、他の錬金術師たちの手によってどんどん洗練されていった。ハチミツはすり潰した木炭に代わった。それを使うのは魅力的だったが、危険でもあった。九世紀にはすでに、道家の教典に「手と顔が焦げ、仕事をしていた家も焼け落ちた」錬金術師の話が出ていた。

    トーマス・ヘイガー著「大気を変える錬金術 ハーバー・ボッシュと化学の世紀」みすず書房、21頁~22頁
  2. >小説「功名が辻」でチラッと解説されてた覚えが

    へぇー、投槍だったんですかねぇ。ちゃんと飛ぶのかなぁ
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    >中国人が火薬を使った戦術に早くから親しんでいた例証

    スゴイ!水滸伝読んだことないから1回ちゃんと読んでみなくては。
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    >不死の薬を見つけることに熱中していたある錬金術師が

    みなさん博識ですねぇー。
    秦の始皇帝なんかも不老不死の薬を探し求めていたとか。ヨーロッパでも錬金術でいろいろやってるうちに、結果として塩酸とか硫酸とか金より貴重なものを発見してますネ。
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