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[閲覧注意] 生贄の歴史について語ろう @ [世界史板]


生贄の歴史について語ろう @ [世界史板]
1: 世界@名無史さん 2012/05/13 22:37:50
なぜ生け贄の風習、宗教儀式が生まれたのか?
2: 世界@名無史さん 2012/05/13 23:03:29
そんなもん、オマエ・・・
3: 世界@名無史さん 2012/05/13 23:18:07
農耕文明は当然のことながら狩猟文明の後だろうから、狩猟文化に於ける獲物の解体に伴う儀礼からだろうな。
9: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 2012/05/13 23:58:51
>>3
諏訪などの地方で鹿や猪(元々「狩り」と言えば鹿狩り、拡大しても鹿・猪
狩りを指した)を捕え、神前の俎板の上で解体し、調味料も添えたもので、
当然と言えば当然ながら、「食べる」ための行為でしたからね。

日本でも猟師は山中で解体した際に獣の内臓を食べ、平地の人々が漠然とキ
モやハラワタと呼んでいた部位を呼び分けていましたが。
要するに、狩猟で得た獲物を食べられるようにして神に奉げたもので、田畑
で得たものを餅や飯にして奉げるのと、本質的には変わりが無い。

かつては人間を奉げていたのを止めて鹿や猪にしたという話がありますが、
実際に人を奉げていたという明確な記録はないようです。


土木工事(特に水に関わるもの)で人を人柱として埋める行為よりも、この
手の解体・神と人との共食の方が古いように見えます。
弟橘姫が入水されたなどの、「神に魅入られた人、もしくは物」があったの
で水に入れざるを得なかったという話は古代からありますが、こちらは中国
からの移入かもしれません。

平清盛の経島や毛利元就の百万一心などは、人柱の代わりに文字を刻んだ石
を埋めたという美談
ですが、こちらも実行された確実な記録はない筈です。
類似したものとして、古代には人を殉死させたのを埴輪に代えた(提案者が
菅原・大江・秋篠氏の祖である土師氏)という話もある
のですが、これまた
美談を作るために「野蛮な往古の時代」を描いたものかもしれません。
儒教(『礼記』など)にも見えるように、中国的美談ですし。
97: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 2012/07/16 11:00:18
柳田や折口、中山太郎や和歌森太郎の時代は割と自由に考証出来ましたからね。
面白くはあるのですが、今から見ると割と際物な説もある。

玉串の件は、同じ時代の説でも玉を魂、串を枝とした柳田説の方が穏当かと。
玉は尊貴の称として、祀る道具(地に刺すから串)を尊んだとの説もあり。
扱い方に由来するとの説もありますが、上記二説の方がそれらしいですね。

巫女のことをイチ(一、市)と呼ぶことはありましたが、鎌倉時代以降の用
例しか存じません。より古いものがあれば申し訳ないのですが。
また、特に生贄の解体に携わった形跡もない。

「イケニへ」という言葉は平安中期の『倭名類聚抄』に登場するのが一番古
いようですが、実践を記したのは平安後期の『今昔物語集』が最初
で、三河
の風祭の例では猪を生きたまま在地の人々(男でしょう)が解体しており、
美作や飛騨でも宮司以下男ばかりが俎板と刀と調味料を人間の生贄と共に奉
げたことになっていますが、これも実際に使われたのは鹿・猪でした。


シシとは肉を指し、イノシシ、カノシシ(シカ)というぐらい肉と言えば両
者を指して重要視されたもの。>>9でも少し触れましたが。
伝承はあくまで人から代えた結果の「現代の祭儀」を説明するためのもので
あって、歴史的事実として人が奉げられた形跡はありません。

あったとしても記録に残るよりも以前のことで、巫女の制度や名称に残るよ
うなものではなかったでしょう。
4: 世界@名無史さん 2012/05/13 23:20:29
生け贄それはキリスト以降西洋宗教最大のテーマなのではないでしょうか
日本において生け贄文化はあまり発達しなかったと思いますが
いずれ生け贄文化と対面するときが来ると思われます
5: !kab 水 ◆TCygujgOWY 2012/05/13 23:21:56
>>4
あれ?人柱とかって日本じゃなかったっけ?
6: 世界@名無史さん 2012/05/13 23:24:46
>>5
生け贄文化は西洋ほど発達、宗教、習慣に組み込まれなかったという意味です
日本史上にまったくなかったなどとは言っていない
8: 世界@名無史さん 2012/05/13 23:52:02
日本は人柱やりまくりで、到底西欧の非をあげつらえる立場じゃないと思うぞ。
10: 世界@名無史さん 2012/05/14 00:02:51
>>8
朝鮮よりはマシだろ?
てか日本ディスるのやめね?
11: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 2012/05/14 00:10:09
一応、『魏志倭人伝』には卑弥呼死亡時に殉死者が出された話がありますが、
墓が見つかっておりませんので、現時点では確認不能
ですね。
近世初期の殉死となると、生贄とはまた異なる。

卑弥呼の話で思い出しましたが、ヘロドトスがスキタイの有力者が亡くなっ
た場合、妾(正妻ではない)以下従者や料理女を殉死させて同じ墓に埋葬し、
更に一年後に墓の周辺で戦士と馬を複数死なせた
と書いています。
実際、発掘結果からも共同で葬られた遺体が見つかっていますね。
殉死者は全員が絞め殺されたという話です。
魏志倭人伝 (Wikipedia) 魏志倭人伝(ぎしわじんでん)は、中国の歴史書『三国志』中の「魏書」第30巻烏丸鮮卑東夷伝倭人条の略称[1]。当時、日本列島にいた民族・住民の倭人(日本人)の習俗や地理などについて書かれている。著者は西晋の陳寿で、3世紀末(280年(呉の滅亡)-297年(陳寿の没年)の間)に書かれ、陳寿の死後、中国では正史として重んじられた[2]。
13: 世界@名無史さん 2012/05/14 02:15:07
うちのばっちゃんも仏壇にご飯供えて、そのあと冷めたお下がりをくってるが
これも生贄の名残というか、マイルドにマイルドになった結果なのだろうか

これは、死者もご飯を食べるだろうという考えなのか
生前と同じように米を出すことによって、習慣を持続させ死別の悲しさや仕事量の減少からくる寂しさなんかを紛らわせる意味なのだろうか

神に人や牛を捧げる行為とは根本から違うような気がする
14: 世界@名無史さん 2012/05/14 03:28:18
そもそも 生贄の儀式とはよく言うが
いつから生贄と儀式は一体化したのだろうか

デモンストレーションとしては、
・殺すということの派手さ
・人、牛などの重要なものを消費する主催者の太っ腹
・それを消費したのだから、効果も期待できるはずだ という倒置的期待

などの要素があるから、儀式の目玉として人々に見せるほうが都合がいいこともあるのだろう
スポーツ ギャンブル 破壊 宗教 振る舞い など いろんな要素が詰まってるな
いろんな文化や美学が生贄の儀式を起源としているのかもしれない
マグロの解体ショーとかの現代の生贄の儀式なのか

逆に要らないものを捨てるための生贄なんかは秘するのかな フェニキアとか
16: 世界@名無史さん 2012/05/14 17:30:21
昔テレビで日本の子供たちがどっかの部族にホームステイする番組あって、
その部族は客人に歓迎の食材にする子豚をヤリで突かせるんだよ。
真面目で大人しそうな小学高学年の女の子もやらされてて、
泣きながらやっている姿は見てられなかったな。

ああいう異文化交流の仕方ってどちらにも得はないなと思った。
同じ地域の他部族同士ならなんらかの意味もあるかもしれないが
17: 16 2012/05/14 17:43:05
ああいう儀式の絵面は強烈な印象を残すな。
テレビで観ただけなのにあの場面の記憶は、
他の懐かしい番組の記憶とはなにか強烈に違う感覚がある
管理人より:似たようなのを管理人も見たことがあります。
日本からフランス料理を学ぶため留学してる学生の、フォアグラ用の鴨の飼育体験!みたいなのですが、フォアグラて鴨の脂肪肝なので、ホースで口から餌を無理やり突っ込むんですね。
で、鴨もウェウェなってるし、さすがに可哀想ということでみんな泣きながらやってました。アレを見るともうフォアグラは食べられない!………お金もないし。
18: 世界@名無史さん 2012/05/14 19:12:35
25: 世界@名無史さん 2012/05/16 10:27:00
残酷です。それでもそれを残酷とひと言で片づけてしまったらその文明事態を見失います

なんて建前をまずいって。それでもオモロイつうか、それがどこの文明もふつうに
歩んでいる営みで。平安時代の陰陽道、式神も共通する自然への畏敬の念だと思うね
西洋の魔女狩りだって残酷さは生贄の単数を上回るものがある。これも結構近々まで行われていた
その本質、此処の文明はそれぞれ異なるし、其処に結構な発見とかあってそれを見るのが好きだな
たとえばちょっと違うかもしないけれど、錬金術とかさ。これも一風変わった自然へのあこがれが原点だったのではないっかってオモフ
26: 世界@名無史さん 2012/05/16 18:27:34
生け贄の儀式はそれに参加する者にどのような影響を与えるのか?
または生け贄の儀式とはなにを意図して行われるのか?

に興味があります
28: 世界@名無史さん 2012/05/16 19:58:52
生贄というと中南米のアステカ文明は一日に一度
生贄の心臓を太陽に捧げていた
そうだが怖いな
30: 世界@名無史さん 2012/05/16 23:32:00
確かに豊穣を祈る儀式と思うよ
神が糧を与え賜うた、それに感謝をささげる根源に
許しも請う意識はあったと思う。
菅原道真、崇徳院、平将門の三大怨霊を祀った、
あれは神の怒りを恐れた、そうばっさり切り捨てられてもな。
自然への畏怖、凶作の度にそれを神の怒りと思ったはずだ
31: 世界@名無史さん 2012/05/17 00:35:07
古代中国では、羊がよく生贄にされた。
羊を捧げるのはよいこととされ、「善」「義」「美」「祥」などの文字ができた。


善は羊+言で、羊を捧げて神判のお告げを得ること。
義は羊+我で、羊を大きな刃物(我)で解体すること。
美は羊+大で、羊の全身、ないし大きく肥えた美味なる羊。
祥は示+羊で、神の前の机に羊を捧げてよい結果を得ること。

ほかに鮮、養、羨、羞、儀、議、詳、群、翔など、羊部の漢字は多い。
羌は羊飼い(羊+人)で、姜はその姓(母系部族)である。
殷商では羌を家畜扱いして人身供犠を行っていたが、周は羌と結んで商を倒した。

また牛も生贄とされ、犠には牛も羊もいる。
諸侯の盟主は牛の耳を切って皿に血を満たし、これを飲み合って盟約の証とした。
32: 世界@名無史さん 2012/05/17 08:20:58
狩猟民族であるアイヌは熊祭を行ったが、これは殺される熊の霊を慰撫して、神々の世界に帰す儀式である。
もしこの儀式をしないなら熊の霊が悪さをして、次の獲物を邪魔するだろうという恐れや不安があったんだと思う。

生贄の場合、慰撫する対象が熊祭のような獲物ではなく、別の神になるから生贄にされる生物は手段と見なされて共感は減退する傾向にある。
33: 世界@名無史さん 2012/05/17 08:23:05
へえ、教えてくれてアンガト。
それで質問していい、信長が浅井長政を髑髏の飾りにしているの。
杯というのが小説家が書いて以来そっち通説になっちゃったけど、ほんとはそうなのね
資料文献はそっちを指す。でさ、世界史版だろ、此処さ。モンゴルとか
狩猟民族にそんな風習めく話あるのかしら。生贄のおどろおどろしさとも相通じるものがあるかな

教えてくれる?
34: 世界@名無史さん 2012/05/17 11:51:28
髑髏杯は、スキタイの昔からユーラシアに伝統の風習
匈奴の冒頓単于は月氏の王を、柔然の豆羅伏跋豆伐可汗は高車王の弥俄突を、
ペチェネグ人はルーシのスヴァトスラフ1世を、サファヴィー朝のイスマーイールはシャイバーニー朝のムハンマドを髑髏杯にした
また北欧神話にも、鍛冶師ヴェルンドがスウェーデンの王子二人を殺して髑髏杯にしたとある
「戦国策」には趙襄子が智伯の髑髏を杯にしたとあり、信長の話はこれに取材したものかも知れない
冒頓単于 (Wikipedia) 冒頓単于 冒頓 単于(ぼくとつ ぜんう、拼音:Mòdú Chányú、注音:ㄇㄛˋ ㄉㄨˊ ㄔㄢˊ ㄩˊ、生年不詳 - 紀元前174年)は、秦末~前漢前期にかけての匈奴の単于(在位:紀元前209年 - 紀元前174年)。「冒頓」は名であり、「単于」とは匈奴の言葉で君主を指し、漢語で言うところの王・皇帝に相当する。また「冒頓」とはテュルク語やモンゴル語の「勇者」を意味する「バガトル」の漢字音写、との説がある。トルコでは、トルコ陸軍の創設者と認定されている
郁久閭醜奴 (Wikipedia) 郁久閭 醜奴(漢音:いくきゅうりょ しゅうど、拼音:Yùjiŭlǘ Chŏunú、? - 520年)は、柔然の可汗。伏図の子。可汗号は豆羅伏跋豆伐可汗(とうらふくはつとうはつかがん)といい、“彰制可汗”(制度を明らかにする可汗)という意味である。
管理人より:なんか珍走団のような名前ですね。顔写真は見つからず…。
ペチェネグ (Wikipedia) ペチェネグ(英:Pechenegs)は、8世紀から9世紀にかけてカスピ海北の草原から黒海北の草原(キプチャク草原)で形成された遊牧民の部族同盟。9世紀末に遊牧民のハザール人とオグズ人の圧迫によって黒海北岸の草原に移住し、そこからフィン・ウゴル系の遊牧民マジャル人(後のハンガリー人)、ならびにスラヴ系の農耕民ウールィチ人,ティーヴェルツィ人を追い出した。10世紀を通じてキエフ・ルーシ,ブルガリア,ハンガリー王国,ビザンツ帝国などの隣国と抗争を繰り広げた。11世紀末に、遊牧民のポロヴェツ(クマン、キプチャク)に圧迫されてドナウ川を越え、ビザンツ帝国領内へ移住した。残った人々は、ポロヴェツに同化した。
(中略)これを脅威と感じた東ローマ帝国はキエフ・ルーシを追い払うべく、ペチェネグを使ってキエフ・ルーシ軍を壊滅させ、スヴァトスラフ1世を戦死させた。この時ペチェネグはスヴァトスラフ1世の頭蓋骨を盃(髑髏杯)にしたという[6]。
イスマーイール1世 (Wikipedia) イスマーイール1世 イスマーイール1世(ペルシア語: شاه اسماعیل‎; アゼルバイジャン語: Şah İsmayıl, 1487年7月17日 - 1524年5月23日)は、16世紀初頭にイランで成立したイスラム教シーア派の国家サファヴィー朝の建国者(在位:1501年 - 1524年)。イスマーイール1世の治世から、現在のイラン・イスラム共和国と周辺地域(アゼルバイジャン共和国とイラク共和国の一部)にシーア派の信仰が根付き始める[1]。
即位後に、王(シャー)を地上における神の影と見なす古代ペルシアからの伝統にのっとり、「シャー・ハン・シャー(王の中の王)」の称号を名乗った[2]。
趙無恤 (Wikipedia) 趙無恤(ちょう ぶじゅつ / ちょう むじゅつ、? - 紀元前425年)は、中国春秋時代の晋の政治家。姓は贏、氏は趙、諱は無恤、諡は襄。趙襄子と呼ばれる。趙鞅(趙簡子)の末子。
37: 世界@名無史さん 2012/05/17 14:25:14
ランゴバルド族の王アルボインはゲピド族を滅ぼして王の頭を髑髏杯にし
ブルガリアのクルム可汗は東ローマ皇帝ニケフォロスの髑髏杯を作ったという(後者は後付の伝説らしいが)
またヒンドゥー教や密教では、頭蓋骨の眉から上を切って髑髏杯(カパーラ)を作ることがあり
シヴァ神やカーリー、明王や憤怒尊が、よく血を満たした髑髏杯を手にして血をすすっている
ランゴバルド王国 (Wikipedia) ランゴバルド王国 ランゴバルド王国(ランゴバルドおうこく、羅:Regnum Langobardorum、伊:Regno longobardo、独:Langbardland、英:Kingdom of the Lombards)は、中世イタリアに568年あるいは569年に建国されたゲルマン系のランゴバルド族による王国である。 (中略)この隙をついてアルボイン率いるランゴバルド族がアルプス山脈を越えてイタリアへ侵入し、569年に北イタリアを東ローマ帝国から奪い、王国を建国した。首都はパヴィアに置かれ、王国の支配領域であるポー川流域一帯はランゴバルド人の土地と言う意味で、現在のロンバルディア州の語源になった。ランゴバルドとは「長い髭」(longa barba)を意味しているとの説がある。
36: 世界@名無史さん 2012/05/17 14:16:07
生け贄文化には自然への感謝と人間の業、原罪の自覚といった、
どちらかというと善い(とされる)方面の精神性と、
スケープゴート的な悪い(とされる)方面が見え隠れしてるな~
46: 世界@名無史さん 2012/05/18 00:00:09
昔、中国国家博物館展で見た殷商時代の四羊尊って青銅器の器は宇宙的と言ってもいい造型でヤバかったな。

羊が宝物って遊牧民的だよな。
47: 世界@名無史さん 2012/05/18 00:10:42
釈迦も前世では飢えた虎にわが身を差し出したり
火の中に飛び込んで老人にわが身を食べさせたりしてたよね
50: 世界@名無史さん 2012/05/20 12:18:35
生け贄と言えばドルイド教や古代ゲルマンの宗教も外せないしフェニキアのモロク信仰もある。
51: 世界@名無史さん 2012/05/20 15:27:47
カルタゴはバアル・ハンモンで
アンモンでの信仰がモロクでしょ?
ドルイド (Wikipedia) ドルイド ドルイド(Druid)は、ケルト人社会における祭司のこと。日本ではドゥルイドとも表記する。ドルイドという名称の由来は、Daru-vid(「オークの賢者」の意味。Daruがオークを、vidが知識を意味する)というケルトの言葉である。なお、vidはサンスクリットのvedaと同源である。
(中略)生贄とするために罪人を養い、足りなければ戦争をして捕虜を手に入れた、など決して平和愛好者というわけではなかった。
モレク (Wikipedia) モレク モレク(Molech)は古代の中東で崇拝された神の名。男性神。元来はモロク(Moloch)という。ヘブライ語では מלך (mlk)。元来は「王」の意。また、「涙の国の君主」、「母親の涙と子供達の血に塗れた魔王」とも呼ばれており、人身供犠が行われたことで知られる。
パレスチナにもモレクの祭儀は伝わった。古代イスラエルでは、ヘブライ語で恥を意味するボシェト(bosheth) と同じ母音をあて、モレクと呼ぶのが一般的であった。『レビ記』では石打ちの対象となる大罪のうちに、「モレクに子供を捧げること」が挙げられている[1]。しかしソロモン王は、モレクの崇拝を行ったことが『列王記』に述べられている[2]。ここではモレクは、アンモニ人の神であるアンモンの子らと同義に置かれる。
バアル (Wikipedia) バアル バアル(聖書ヘブライ語(英語版): ba‘alu、ウガリット語: b‘l)は、カナン地域を中心に各所で崇められた嵐と慈雨の神。その名はセム語で「主」を意味する[1]。バールや、バビロニア式発音のベール[1]、およびベルとも表記される。
もともとはハッドゥまたはハダドという名で、アッカドの雷神アダドの前身でもある。この名は恐らく雷鳴の擬音と考えられる。しかしハッドゥが主神、すなわちバアルと呼ばれ崇められているうちに、その呼称が固有名詞化し、後にはもっぱらバアルと呼ばれるようになった。
本来、カナン人の高位の神だったが、その信仰は周辺に広まり、旧約聖書の列王記下などにもその名がある。また、ヒクソスによるエジプト第15王朝・エジプト第16王朝ではエジプト神話にも取り入れられ同じ嵐の神のセトと同一視された。フェニキアやその植民地カルタゴの最高神バアル・ハンモンをモレクと結びつける説もある。さらにギリシアでもバアル(古典ギリシア語: Βάαλ)の名で崇められた。足を前後に開き右手を挙げている独特のポーズで表されることが多い。
59: 世界@名無史さん 2012/06/18 20:18:04
民族の歴史的文化や知恵は悪用しようと思えばいくらでも悪用出来るな
ためになるスレだ
管理人より:「賢者は歴史に学ぶ」……って、悪用ダメ!ゼッタイ!
60: 世界@名無史さん 2012/06/26 13:39:32
ホロコーストって元々は獣を丸焼きにして神前に供える儀式を意味するユダヤの宗教用語なんだってな
61: 世界@名無史さん 2012/06/29 22:46:23
古代アステカの「ウエイ・ミクカイルウイトル(死者の大祭)」

生贄になる奴隷の手足を縛り火の中に投げ込む

焼け死ぬ直前に引きずり出す

心臓を黒曜石のナイフで抉る

世界史で一番怖い生贄の儀式だわ
65: !kab 水 ◆TCygujgOWY 2012/06/30 00:13:38
>>61
生贄に麻薬を打ってから焼いたようだね。
火の神に関係する儀式だから焼いてるんだよな。

アステカの生贄だとピラミッドの上から心臓を取られた生贄を蹴落とすんだが
生贄がピラミッドの下に落ちてから「俺は死んじまった」だとか喋ったとかいう
のをスペイン人が聞いた逸話が残ってる。

生贄はすぐには死ねなかったようだね。
まあ何にしてもひでー儀式だった。
119: 世界@名無史さん 2012/07/16 18:42:45
小難しい話はいいから>>61みたいな残忍な生贄儀式の話をもっと教えて!!!
62: 世界@名無史さん 2012/06/29 23:25:58
どんな経緯でその生け贄儀式が生まれたんだろうな・・・
63: 世界@名無史さん 2012/06/29 23:35:16
焼け死ぬ直前っていう絶妙なタイミングの吟味に何回も何回も試行したのだろうか。
64: 世界@名無史さん 2012/06/29 23:52:59
アステカは儀式をつかさどる神官がクスリでいっちゃってたから
どんどんサディスティックになっていったんだろうな
72: 世界@名無史さん 2012/07/14 23:01:13
キリストそのものが人類への生贄だからな。
ただ向きが逆だよね。
神へ人類が生贄を捧げるか、
神の子が人類の生贄になるかの違いがある。
75: 世界@名無史さん 2012/07/15 08:07:39
生贄の呪術的意義というのは、生き物が死ぬ時に放出される強いエネルギーの利用。

一般に、生き物の種類によって、そのエネルギーの強さは変わるとされ、
また大型の獣は特に強いとされる。

スペインの闘牛なども、そうした考え方が大本にあるらしい。
77: 世界@名無史さん 2012/07/15 22:37:22
バラモン教が生贄中心だが、
仏教もヒンズー教もそれは否定したでいいのか?
ユダヤ教は神殿にいろいろなもの捧げてたけど、
パウロはそういう律法は否定した。

現代ユダヤ教はどうなんだっけ?
イスラムも喜捨や礼拝は求めるけど、生贄はないよな?
15: 世界@名無史さん 2012/05/14 04:55:42
いけにえはいけにぇーなぁ
41: 世界@名無史さん 2012/05/17 22:20:50
なんで神はもしかしたら草食系だと考えなかったんだろうか

草食系男神スエゼンクワーヌ………………………うむ。

歴史系のスレには必ずといっていいほどいるコテハンの「山野野衾」てひとは何者なんですかね。ものすごい博識。きっと彼は研究者なのでしょうね。
まぁ、クリスマス当日に生贄スレとかどうなの?とか思わないでもないですが、そろそろ世界史ネタも扱わないとバランス悪いですからね。もうマジで聖夜が性夜な連中は生贄に捧げられればいいのに……。


トップ絵はサー・エドワード・バーン=ジョーンズの「The Rock of Doom」というペルセウス物の連作の一部です。日本語訳はなんでしょうね?「破滅の岩壁」とか?例によって名画のトップ絵はクリックで拡大です。
オッパイ丸出しですが名画にモザイクかけるわけにはいかん!ということでそのままです。
ギリシャ神話の英雄ペルセウスが、見たものを石に変えてしまうゴルゴンを退治した帰りに、生贄に捧げられてる美女アンドロメダをみつけて、スケベ心を出すシーン。
この後、海の怪物ヌッコロして恩を売っといてから「ヨメにこないか?(*´Д`)」という流れになります。
ペルセウスという男はなかなかドジっ子な一面があり、ギリシャ神話でもやや異色の英雄です。
つうか、リア充爆発しろ!
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元スレ:http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1336916270/

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    • ※1 : ドクター・ノオ・ネーム
    • 2014.1.4 15:27
    山野氏は博識だけど、本人曰く研究者じゃないらしい。

    十年ぐらい前の世界史板は、山野氏以外にも、あやめ女史とか凄い人が一杯いた。彼らはどこへ行ってしまったんだろう。
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