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タグ : セオドア・ルーズベルト

世界史やってて紛らわしいと思ったこと @ [世界史板]

世界史やってて紛らわしいと思ったこと @ [世界史板]
1: 世界@名無史さん 投稿日:2014/09/06(土) 15:57:11.68
世界史の事件・人物・用語など、まぎらわしく混同しがちなことをあげつらい、後進が同じ間違いに嵌りこまないようにしようではありませんか。

普段どんなにおとなしい受験生でも、コンキスタドールのフランシスコ・エルナンデス・デ・コルドバが二人いると知った日には、思わず毒づいてしまうでしょ。
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世界史ちょっといい話 Part3 @ [世界史板]

世界史ちょっといい話 Part3 @ [世界史板]
112: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 2012/06/24 21:46:42
袁術の美談
陸績が6歳の時、袁術の下へ行き、橘を出されたことがあったが、彼は橘を三枚(枚は数え方)懐に入れておき、辞去する際にこれを落してしまった。
袁術いわく「陸君、客として来ていながら、橘を持って行くのかね。」
陸績は言った、「持ち帰って母に食べさせたかったのです。
袁術はこれをおおいに奇とした。後世、二十四孝の一つとされている。
『真・恋姫夢想』の劇中でもネタにされていて今更ですが、一応。
袁術 (Wikipedia) 袁術 袁 術(えん じゅつ/すい[1])は、後漢末期の武将・政治家。後漢の司空である袁逢の子。太僕である袁基の同母弟。袁紹の従弟又は異母弟。
後漢の名門である汝南袁氏出身。当初は官界にあったが、董卓による動乱の中で群雄の1人として名乗りを上げ、反董卓連合の崩壊後は孫堅らの支持を受けて一族の袁紹と抗争を繰り広げた。一時は曹操に破れ揚州に追いやられるが、孫策らの力により揚州を実効支配し勢力圏を再構築。やがて自らを帝舜の血族である陳の宣公時代の大夫・轅濤塗の末裔と称し、皇帝を自称し、仲王朝を創設したが、孫策らの離反や曹操の攻撃により数年で瓦解し、失意の内に没した。
管理人より:袁術で検索して画像のっけたかったのですが、なんか萌え絵ばっかりヒットする件。
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